その17
爆音を轟かせながら進入して来た飛行輸送機の姿が大きくなる。
下膨れでずんぐりとした機体。
物資、貨物、偶に人間を輸送するための飛行機械。
少しでも多く詰め込められる様にとこの姿。
第三小隊の頭上、
掌に収まる位の大きさになった飛行輸送機。
何か塊が機体の後方から転げ落ちた。
放り出された様にも見えた。
統裁所で、
『兜と籠手』社ゴレム発令所区画から、
「信号を確認。降下姿勢に入ります。」
報告が挙がる。
上空を、
騒音を撒き散らしながら飛行輸送機が通過。そのまま離れて行く。
飛行輸送機が去り、残響も小さくなった中空に残った点。
放り出されたのか、蹴落とされたのか、落下する塊。
マーカー・ハストン中尉が覗く双眼鏡のなかで、
握った拳を開いたかの様に、割れる様に開く。
拡がった姿は三葉の木の葉の様。
地面に向かって水平を保ちながら、舞い落ちる枯れ葉の様に回転を始める。
統裁所で、
画像を見つめるミルドルト・トロウヤ大尉。
初めて見るゴレムの姿。回転速度が上がったか。
管制職員に映像を寄せる様指示。
見学者の立場のブレダ・ガルダルタは顎に手をやり、目を細めて映像を見る。
その隣でソーリッド・シルタは顔こそ映像に向けていたが視線はゴレム発令所区画に向いている。技術屋としてはゴレムもだが、管制機器も気になるところ。
エルムト・ドレトギャンはといえば、映像が気になると同時に『兜と籠手』社ゴレム発令区画の様子も気になり、代わる代わる顔を向ける。忙しない。
忙しないのはリーリッサ・ペロロペルアも同様。しかし、こちらはゴレム管制の指揮を執りつつ映像を一瞥。
第三小隊では、
指揮車の屋根に胡座で座るハストンが双眼鏡で追い続ける。
〖法術じゃ無いな。ああいう方法も有るのか。〗
落下速度が緩やかになったゴレム(仮)。揺れはあるが水平を保ち回転を続けている。
照準器を覗き込んでいるエエレ伍長も回転しながら降下しているゴレムを捉え続けている。
ゴレムの降下速度が緩くなったのは好都合。狙いやすくなったのは喜ばしい。
エエレは装甲兵員輸送車の天板上で、寝伏姿勢で長銃身の銃器を構えている。その銃身に手を添える二人の隊員。
エエレが構える、標準より銃身が太く長い銃。
戦車並みの装甲相手の銃器。
しかも、更に魔術的な仕掛けが施して有る。
おまけに使う弾丸も特殊仕様。
エエレ伍長は照準器を通してゴレムの姿を眼に映す。魔法を整え上げるまで逃してはならない。
引き金に指をかけ、薬室内の銃弾が命中するのを思い浮かべながら、言葉を紡ぐ。
【我は令する。彼に印を標す。結ぶ道を逸すこと無く、違わず。至に他無し、其は道理也。唯ひと.........】
口にするのは「魔弾の射手」の呪文。
「魔弾の射手」は見対必中を旨とする魔法。
エエレは狙撃に特化した魔法使い。
視野に捉えた対象に必ず命中させることが出来る。
銃身に手を添えているひとりが銃に施された術式に魔力を通す。
もうひとりも詠唱を始める。
銃に施された術式と同様の働きをする、銃身内を通過する銃弾を加速させる魔術。
銃で加速、外部から干渉して加速。
それぞれの手許が淡く光り出す。
魔力光。
法術を使う際に出現する光。
魔力が作用力あるいは運動力に変移するときに光を放出すると考えられている。
魔素仮説では、魔力とは作用力、運動力を持つ『魔素』と云う量子であると説明。
この魔素が、物質と結びついたり、自身の運動や作用、運動力に働きかける事で事象が現出。
法術は空間中に存在する魔素に役目を与え、振る舞いを命じる。その際に励起状態から基底状態にさせることだと考えられている。
このことから、
中心が最も明るく、外へ向かうに従い減衰の様に明るさを失う発光現象が起こる範囲が、魔力、魔素が変換されている場だと説明。
また、
明るさの度合いは効力にも比例しているのではとの指摘も。
使役する魔素量と放つ光量に因果があるとすれば、魔力が大きい程魔素量は多い、放出する光量も当然多くなる。
魔力光の色についても、魔素が結びつく対象が由来ではないか。
物質と結び付く、または力に干渉するのかの違い、魔素の振る舞いによるものではないか。ともいわれている。
最近では、この魔素と精霊が、実は同一ではないかという学説が浮上している。精霊の振る舞いが量子として説明が出来るというのが理由。
ただ、この説には、精霊があたかも意思を持つ生物的振る舞いをする事を説明できていないとする弱点がある為、主流になっていない。
アンゾ一等卒は指揮車の車体に背を預けたまま、ゴレムを狙うエエレ達から視線を外さず、
「良く、許可出ましたね。」
呆れているやら感心しているのやら、ないまぜな言葉は指揮車の屋根上に座ったままの上官のハストンへ。
「俺もびっくりだ。」
双眼鏡から眼を外さずに、感情を載せない答えをするハストン。
浮かぶのは、トロウヤに持ち込みの可否を尋ねた時のトロウヤの笑み。
随分と簡単に了承が出たのもなんだかと思うが。なんで、可否を訊いただけなのに、あんなに笑顔だったのか。
対装甲銃器を使っても良いかとしか訊かなかったからなのか。
〖術式も銃弾のことも言わなかったしなぁ。〗
指揮車の屋根上に陣取ったまま、双眼鏡を覗きゴレムの姿を追うハストン。
銃と云うには出て来てはいけないんじゃ無いかと云う轟音と共に、
赤。と言うには黄味がかった火焔が巻き起こる。
双眼鏡と照準器の中で、ゴレムが弾き飛ばされてもんどりを打つ。
肉眼では、中空で突然、飛び跳ねた様に見えた。
同時に、何故か残念感の有る、金属を叩いた音色が届く。
「次弾準備!」
照準器から目を外さずエエレが指示。
銃の薬室から空の薬莢を排出、次弾を送り込む。
再び詠唱が始まる。
平衡を失ったらしいゴレムは、姿勢を戻そうと回転しながらも大きく揺らいでいる。
詠唱を終えて第二射。
再びの轟音と火焔が装甲車の上で巻き上がる。
再度、残念感もそのままに、高く響く金属を打った音色。
確認するまでも無く命中は確実。
「硬ってぇー。」
照準器から顔を上げ、声を挙げるエエレ伍長。ハストンへ向かって、
「駄目でしたー!」
大声で報告。
試験と云う名の模擬戦続行が確定。
ゴレムは、遂に平衡を保てなくなったらしく、投げ出された様に、そのまま言葉を絵にしたように急落下、墜落。
エエレ伍長の報告に周りの隊員達は、
「ダメだったかー。」
肩を落とす者。
「残念!」
「くっそー。」
等など口にする。
余程想うところがある隊員が、
「俺の!俺の!自由が!」
膝を付き地を殴る。
それも複数人。
悔し過ぎる余り蹲るのもちらほら。
自分の感情に素直な連中。
エエレからの駄目だったとの知らせは、ゴレムに命中はしたものの撃破には至らなかった。と云うこと。
ハストンにも、命中したことは判った。
でなければ、あんな音が何処からしたのだと言うのか。
ペロロペルアが胸張って自慢しただけのことは有る。
使われているであろう耐物理力と抗法術の術式が怠けてい無い証明。
統裁所で、
映し出された、ゴレムが撃墜された光景を見て、
「なんなの!」
驚きに怒りを滲ませ加えた声を挙げるペロロペルア。
ドレトギャンのみならず、シルタもガルダルタも光景を凝視している。
予想もし無かった。
近距離で打ち出された砲弾をも跳ね返すゴレムが簡単に弾き飛ばされるとは。
「降下中で態勢が整わ無いうちに攻撃するのは常套です。」
平然と解説するトロウヤ。
内心では、
何かやるだろうとは思っていたが、よりによって
の心境。
ペロロペルアが以前、得意気に語った、
「ゴレムは物理弾を跳ね返す。」
のは地に脚が着いていたから。
衝撃の方向に向き合う、干渉する力が無ければ、衝撃の方向へ飛ばされるのは当然。
平衡を失ったゴレムは着地予定地点を大幅に外した場所へ落下。
辞書の例文に書き連ねられそうな見事なまでの墜落。
唯単に落下するのと違い、降下は破損、損傷を軽減するため緩やかな着地を求める。そのための方法のひとつがゆっくりとした速度で着地すること。
落下そのままに、着地寸前で法術なりで制動を掛けることはできるが、速度が乗った状態でいきなり制動を掛けるとどうなるか。
石の壁に生卵を勢い良く投げつければ理解できるかもしれない。
卵ほど脆弱では無いだろうが。
此方側での話。
時は二度目の大戦中のとある冬季。
厳寒厳冬が援軍だと云う大国が、落下傘も着けさせずに兵士に強襲を強制した。
降り積もった雪が緩衝するだろうという見積もりでの許。
死者が出たとの公表は無いが、結果は推して測るの通り。
光景を映像で見ていたトロウヤ。
エエレの姿を目に留め、
〖あれは.........。〗
気付く。
関係者揃って品定めに訪れた
ハストンに言わせれば、
「『押し掛けた』の間違いだろ。」
第三小隊事前連絡会で、菓子がどうの、と質問していた隊員。
あの時はふざけている。と思っていた。冗談だろうと、考えていた。
先程が在って、思い返してみるに、
あの遣り取りには隠れた意味があったのではないか、
がもたげて来た。
撃墜したのは質問したあの隊員。
あの話に出て来たのは「二百」という数字と「豆」。ハストンが返したのは「四百」と「果実」。
意味有り気。何かの符号か。
そう考えれば、
あの時のハストンの苦笑や周囲のにやけた笑みは、学童と教員の遠足についての真似事な遣り取りに対してでは無く。
意味するところを外部に悟られず、ハストン含め仲間内のみに判る言葉で遣り取りを、堂々と表立ってしたことへのものだったのでは。
してやったり。悪戯が成功した時の顔だったと思えば.........。
頭の中で今更な分析をしているトロウヤ。
心の平穏。映像越しとは云え、目の前で起きたことは衝撃だった。
受けた衝撃軽減の為の逃避。
ゴレム発令所区画で、
解説したトロウヤへ、ペロロペルアが返事代わりに睨むように視線を送る。
ペロロペルアの視線が外れたからなのか、重なる時は重なるもの。
管制制御盤の警告灯、信号灯の全てが一斉に点灯。
したかと思えば、制御盤上の全ての信号灯が突如消灯。
眼前にした管制作業の職員が固まる。
続いて無規則に明滅を始めた各種信号灯に慌てた作業職員は、平常を取り戻そうと制御盤を操作するが、
「信号途絶!」
中でも光を失ったままの信号灯を見て叫ぶ。
操作を繰り返しても光を戻さない信号灯。ペロロペルアの指示で操作を続けるが沈黙したまま。
職員が、
「信号が返って来ません。応答無し!」
声に、焦りが乗る。
第三小隊では、
「この辺りですかね。」
墜落地点を予想する小隊副隊長のテドラルド・ラーフグリーフツ少尉。
指揮車の屋根に地図を拡げ、手を伸ばし指差すのは地形が森を示す区画。
地図を挟み、未だ屋根に座ったままのハストンは地図で指さされた地点を見下ろし、
「移動しよう。分隊長を集めてくれ。」
ラーフグリーフツが、
「分隊長、集合。」
の号を掛ける。
隊務長のテェエアス曹長と隊務副長が、
「移動準備!」
の号令を掛けて回る。にわかに慌ただしくなる第三小隊。
指揮車の上に立ち上がったハストンが、
「エル!クロゾ!
『零、三、五』だ!
勝った方が斥候!」
声を大にして指示する。
名指しされたクロゾ・ロドエイ曹長は第一分隊長。
聴こえたと、合図で手を振り応える。
エル・シッド =ファルファレア曹長は第二分隊長。こちらも手を挙げて、了承したことを伝える。
ロドエイとシッド =ファルファレア二人が向き合い構える。
『零、三、五』とは、
此方側で云う『ジャンケン』のこと。
出す指の数で勝敗を決める。
方法は似たもので、合図で場に、
拳。指三本(出す指はどれでも良い)。開いた掌のいずれかを出す。
場に出たのが、
拳と指三本では、指三本側が勝ち。
指三本と掌では、掌側の勝ち。
拳と掌の場合のみ、拳側の勝ち。
互いが同種であった場合、或いは三者以上で三種が同時に出された場合は仕切り直し。
移動準備で慌ただしくなる中、
装甲車に積み込んであった折り畳み式二輪車を引き出す第一分隊。
第三小隊は装備として足漕ぎの二輪車を用意している。
動力が要らず、簡単な構造。折り畳み式で収納。
車輛が小型でも進むことが難しい小径でも分け入ることが出来る機動性。結構な速度。ほぼ無音に近い静穏性。小回りが利くので偵察など隱密活動に重宝している。
ハストンの許に四人の分隊長と第一分隊から隊員四人が二輪車を携えて集まる。
ハストンはラーフグリーフツ始め、分隊長、隊務長、選任した斥候班を交えて地図を囲み、小隊の位置を変更することを伝える。
また、第一分隊から編成の斥候班にはゴレムの墜落地点捜索とゴレムの状態の確認を目的とした偵察を命じる。
地図を指し示して小隊の進出地点を分隊長達と斥候班員と共有。
小隊進出地点は森区画と道を挟んだ、向かいの高台部分であることを確認。
ひと通り伝えたハストンは斥候班を送り出す。
二輪車は道沿いで無くとも、道ならぬとも突っ切って近道を取ることが出来る。本隊より先に目的地へ到達が可能。
到達までの間に周辺は素よりゴレムの位置情報を探らせる時間が取れる。
統裁所から試験終了の知らせが無い。
従って、試験は続行中。
ゴレムは未だ稼働中。
撃破も行動不能判定も出てい無い。
〖無傷なのかよっ!〗
ハストンは現状況をそう判断。
同じ頃、統裁所が、ゴレム発令区画がてんやわんやとなっていること等、露とも想像してい無い。
それどころか、
〖驚かせるくらい出来たかねぇ?〗
等と暢気に考えていたハストン。
ゴレムは森の中に墜ちたと予想。
先ずは、ゴレムの移動を阻止する。
足を止める。
ゴレムの行方を追わねばならない。
「出発だ。」
ハストンは命令する。




