その14
人類最大の発明は『車輪』だという話がある。
自身の身体のみで物体を、或る点から或る点への二点間の水平方向へ移動させるとする。
移動させる物体が非常に軽く、持ち運びに無理無い大きさで、移動させる距離が短い、であるならば、
自身が消費する労力は少なくて済む。
これがひとつでも逆、
重量がそれなり以上有る。大きさが持ち運びには難がある大きさ。移動距離が長い。となると、身体と能力の個人差等を鑑みても、消費する労力は大きい。
つまり、疲れる。
若しくは、それ以前に移動は不可能事。『手も足も出ない』と云うやつ。
全て逆なら、何をか況や。
これは水平方向移動も勿論、垂直方向もまた、然り。
車輪は、この移動させる労力を軽減させることが出来た。
一対の車輪の間に台座を乗せるか、または台座に直接車輪を取り付けるか。どちらにせよ台座に物を乗せれば自身で携行するよりは大きな物体や量を移動させる事が出来た。
回転と云う運動力を手に出来る道具。
人は車輪を手に出来た事で文明を築く事が出来たのかもしれない。
車輪が活躍するのは、この世界、法術が存在する世界でも同じ。
法術で物体を移動させることが出来るなら車輪は要らん、のではないか?
となりそうだが、
この世界もまた車輪を必要とした。
法術が使える人間ばかりでは無い。のも在るが、
法術は、体躯の大小、筋力の有る無しに関係無く、また、物体の大小軽重の如何を拘らず問わずに移動させることが出来る。
が、しかし、
法術を使うに肉体的消耗が伴う事はあまり無いが、精神的消耗は大なり小なり付き物。
法術の行使操作は緊張を伴う事が知られている。
法術行使に伴う緊張と行使時間の長短の比例が精神的疲労度、精神的消耗。
なれば、魔術師と魔法使いも出来るのであれば、消耗の少ない楽な方が良い。労力の軽減手段は魔法使いや魔術師にとっても魅力的。
法術とて、では無く、使う人間が万能では無い。
車輪は手に入れた。
次に涌いて出たのが、
如何に自身の労力を掛けずに出来るか。
物体は力を与えなければ、動かすことが出来ない。
車輪は力を軽減することは出来ても自分から動くことは無い。
自身の力を使わ無いのであるならば、どこか他所から調達することになる。
自分で無い他者となると、お願いするか強制するかの二択。
人間相手だと、お願いするにそれ相応の対価。強制するに力関係の障りが頭をもたげる事がしばしば。
そこで、目を着けたのが動物類。
その括りに「人」は含めないものとする。
体格が良くて、穏やかで、足の速い、のや筋力がありそう、な動物に餌やりを含む世話をして飼い慣らし世代を重ねて従順にさせる。
所謂、家畜化。
それまでの食肉、食糧の獲得で無い、労力を肩代わりさせる事を目的とした家畜化。
それでも結局は胃袋へ、となるのだが。
この世界も暫くは動力の大半をこの畜獣に頼っていた。
しかし、法術が身近に在るこの世界、当たり前の存在を使わない理由が無い。
法術でどうにか出来ないか。
そう考えることは、
人が『火』を手にして、使い道を考えた。
と、同様の『奇跡』くらいには自然の流れ。
諦めのわる........。
........。
.........諦めることを知らない人々の汗と涙のおかげで、
魔術と機械技術が結びつき、この世界に『魔導機関』が登場。
この世界は新しい段階を開いた。
『魔導機関』の話は何れ、また。
さて、
近現代の軍隊というのは荷物が非常に多い。多くなってしまった。
装備が近代化するに比例して多くなった。
戦争と云う、ただでさえ大量消費する事象が、近代化でより拍車が掛かる。
物資、資材の輸送問題は軍、というより人類が古来より抱える問題。
特に大量消費する戦争を仕事とする軍にとって、胃に穴を空けるくらいには頭痛の種。
問題なのは動力。
物資の量が増えれば、調達する動力も増える。増えた分だけ運送用の人間、畜獣を確保する必要がある。
時には、戦闘に従事する以上の数を集めなければならなかった。
そこに『魔導機関』を駆動機構とした『自動車輛』の登場。
軍が齧りつ.........、
違った。
飛び付かない訳がない。
軍の近代化は軍の機械、自動車化でもある事を意味した。
大量の物資の輸送。ただでさえ重い大砲の牽引。
軍のあちらこちらで動力が必要。
それまでの人力、畜獣による携行と牽引を機械の力で行う。
偶に拗ねて動かなくなるのは誰に似たのか、
それにしても、比べて力強く、持続力がある。
移動時間の短縮、輸送量は増大。
差は歴然。
畜獣が動力の座から早々に姿を消した理由はいくつも在るだろうが、そのひとつに、畜獣の機嫌を気にしなければならないと云う、のも有ったハズ。
時間短縮は反復を可能とし、運ぶ量を増やせた。
輸送力が増えたことで、ついには、兵士も荷物同様に運ばれる。荷物を持ったままの兵士が、そのまま荷物扱いで輸送される。
「集合!整れーっつ!」
第三小隊隊長マーカー・ハストン中尉の隣に立つ副小隊長のテドラルド・ラーフグリーフツ少尉が声を大に号令を発する。
ハストン隊長の背後に小隊本部要員が控えるように横並び。
隊長を正面に対峙する形で、各分隊長を先頭に四つの列が並ぶ。
「気を、着け!」
続くラーフグリーフツの号令と伴に、隊長以下小隊全員が一斉に背筋を伸ばし、踵を合わせ、上体をやや反らして『気を着け』の姿勢を取る。
副隊長が『気を着け』の姿勢のままで、
「小隊四十七名、揃いました。」
小隊長へ報告する。
「了解した。」
ハストンは副隊長へ返すと、隊員達へ
「待て。」
号令が掛かると、隊員達は揃って、合わせていた踵を肩の幅で開き、後ろ手を組む。視線はハストンに向ける。
ハストンは眼前に列なす四十人に向かい、
「これより、小隊は演習場へ移動する。
言うまでも無い。だと想うが、」
間を置いて、
「移動中に警察の厄介になる様な事が無い様に。
事故を゙起こしただの、法令違反だで悶着なぞ、
なんて理由で試験が出来ません。
.........笑い話にもなら無いのは、
解っている、な?」
最後は念を込め音量高め、声質強め、で隊員達に喚起する。
「出発は予定通り、掛かれ。」
ハストンの言葉に、副隊長のラーフグリーフツ少尉が隊員に向けて、
「総員、乗車。」
各分隊が割り当てられた輸送車の荷台部に乗り込んで行く。
これから、この兵員用仕様の輸送車で演習場へ運ばれて行く。
荷台部分に腰を降ろした隊員から、
『市場へ売られて行く家畜の気分だ。』
『いよいよ、出荷か。』
『高い値が付くといいなぁ。』
の声。
誰だそんな事を言う奴は。
小隊装備の兵員輸送装甲車に搭乗して、そのまま演習地へ移動すれば良いのでは?
と、なりそうだが、出来無い理由が有った。
兵員輸送装甲車の足回りは『履帯』。別名『無限軌道』。
不整地での走行が想定。
戦時等の出動時ならいざ知らず、
横車を押し出す、だの、横槍を投げ入れる、横紙を破って捨てる、が罷り通ってしまうのが戦時、特別事態。
平時に履帯で舗装道路を走行するなんて、道路の保全管理を担う役人がいい顔をし無い。どころか親の仇を目にしたかのすごい形相を向けて来るのは間違い無い。
前涼期が半ば近くを過ぎるにつれ、その役所が不機嫌になる原因がこれ。
後涼期には軍の恒例のアレが在る。
その時だけは特別なつもりなのか。
此時とばかりに舗装道路を幾つもの重量級が我が物顔で履帯で踏み荒らす。
円滑な走行の為に舗装した道路は、荒い鑢へ姿を変える。
その無惨な姿を元の滑らかに戻すのが件の役所。
仕事を増やす相手に愛想笑顔は無料でも出来ない心情も判らずとも。
なので、『では、無い』件で、
舗装道路を走行させる訳に行かない兵員輸送装甲車も荷物扱い。
車輛専用搬送車に載せて演習場に運ぶこととなる。
演習場で使用する隊装備の装甲車はこれより前に搬送車に載せられて待機。
輸送車と搬送車はハストン小隊を演習場へ運ぶために派遣されて来た輸送専門の部隊。
輸送車と搬送車の運転手も含め輸送部隊とハストン小隊の幹部連の間で行程や経路を確認。
最後の『準備完了』の報告。
ハストンは自分の時計を見る。
予定を六刻(此方側の六分)程過ぎている。
「出発!」
声の後、ハストンは指揮車に乗り込む。
装甲擲弾兵連隊、第二大隊、第三小隊四十八名は基地から出発。
二輛の指揮車と四輛の兵員輸送車それに隊装備の装甲車を載せた四輛の搬送車の車列が移動を開始。
先頭の指揮車にハストンとラーフグリーフツが座乗。運転するのは従卒。もし、この指揮車が何かあれば第三小隊は機能不全。
平時ならではの配置。
「運転してると、いっつも思うんですけど。」
基地を出発してから暫くして、運転席の従卒その一、ウウリ一等卒が口を開く。
「こう、ぱぱっと目的地に着く方法って無いんですかね?」
運転に飽きて集中力が低下してきたのだろう、気分転換に話し出す。
目的地が有る移動は、
移動すること自体を目的として無いならば、
時間短縮、出来るのなら一瞬で、労力をかけず楽にする。
のが、古くからの人の夢。
「そういうの、空想小説に在ったな。」
隣の助手席に座する従卒その二、クムトルタ一等卒が話に乗る。
この世界、
法術と云う卑怯なまでの便利な技術が在りながら、瞬間移動に類する方法を実現するには至って居無い。
ただ、幾つか方法は考えられている。
ひとつは、
簡単に云うと、
出発点で、法術により移送対象を目に視え無いくらいに小さな粒子にまで分解。
分解した粒子を目的点へ移送、法術で再構成する。
そのままの大きさ、重さが無理なら、分解して小さく軽くすればどうか。
大きさも重さも、在るか無いか感知出来無いくらいになると光の様になる。
光は瞬く間に到達する速さが在る。
これを利用すれば、光が届く様に一瞬にして目的点に移動できる。
と、云うもの。
もうひとつは、
出発点と目的点の間に法術で、
ほぼ無いに等しい距離の近道を創り、
その近道で移動する。
と、云うもの。
どれも解決しなければならない難問が強敵すぎて、現状、屈強の巨人戦士と農夫の少年の一騎打ち。
当然、少年が難問を解く側。
隠し持つ投石器みたいな新しい着想が無ければ、とても太刀打ち出来そうにも無い。
実現、成功した。
の言葉を噂でも聞かない。
もっと、世界の理の深淵を覗き込めば手にすることも可能なのだろう。
「眠気覚ましに怪談話を聞かせてくれよう。」
後部座席でラーフグリーフツと書類を点検していたハストンが言い出した。
「その瞬間移動の魔術陣実験関連にまつわる話なんだがな.........、」
ハストンが語る。
魔術陣間転送を実現に漕ぎ着けた、
「何度か実験を繰り返し。いよいよ動物を使ってみる。となった訳だ。」
研究者は一方の転移魔術陣に『鼠』を置き、稼働させる。
陣の『鼠』が姿を掻き消したと同時に、もう一方の
「魔術陣には、何だかよく解らない肉の塊が出現した。
で、調べてみたところ、
口らしきもの、特徴的な耳とかな、毛もあった。そういったものが確認できた。と」
肉塊を想像して苦いものを口にした様な顔をするウウリ。隣のクムトルタは何処か遠くに視線を遣る。
「まだ有るぞ。」
ハストンが続ける。
或る研究者が自身を使って魔術陣間移動実験を行った。
間違いがあったのだろう。陣で姿を消したのは、まぁ良いが、もう一方の魔術陣に何時まで経っても姿が出現し無い。
以来、
「行方不明。今でも、実体化出来ずに何処か彷徨っているのかもしれない。」
更に続ける。
それは、動物での転移実験でのこと。陣に出現した姿は、
「頭部の一部や足の一部が虫の姿になっていた。」
実験動物に虫が着いていたのに気が付かずに魔術陣を稼働させた。らしい。と、のこと。
運転席の従卒の顔色が悪い。
車酔いなのか、何かを思い浮かべた結果なのか、その両方なのか。
陽が大分西寄りへ傾いた頃。
第三小隊は『北東第二演習場』出入口。哨戒詰所に到着。
詰所にて、ハストンは身分証と幾つかの書類を詰所駐在警備兵に提示。
確認の遣り取り後、演習場と外部を分つ鉄格子扉が開放される。
平時は手続きを重要視。
ハストン隊は演習場敷地内へ。
北東第二演習場は国内でも最大級の広さを持つ演習場。
大規模火力を伴う訓練等を想定している。
敷地内には森林、河川等の地形の他に、再現した集落もある。
演習場敷地内の小高い場所に今回の試験の為の統裁所が設けられた。
統裁所は仮設ながら風雨を凌ぐ頑強さが在る。併設されているゴレム用発令所の管制機材を雨露風から守る為。
その隣に慣らして拓いた車停め場にハストン隊の車列が進入。警備兵の指示に車輛を停めて行く。
指揮官車から従卒が先に降り立つ。続いてハストンとラーフグリーフツが車外へ。
「総員、降車!」
ラーフグリーフツが号令。
輸送車の荷台部から隊員達が降りて行く。先に降り立った分隊長が、
「整列!」
の号を掛け、各分隊は乗車していた輸送車脇に整列。
「来たね。」
ハストン達が、掛けられた声の方に顔を向ければ、
「やあ。」とばかりに片手を掲げている、軍用ゴレム性能試験の責任者ミルドルト・トロウヤ大尉の姿。
その場に居たハストン隊長以下幹部級は踵を合わせ上体を反らせながら背筋を伸ばす。
ハストンが、
「第二装甲師団、装甲擲弾兵連隊、第二第大隊、第三小隊、到着しました。」
先に報告。
トロウヤは、
「了解した。
ご苦労。楽にして良い。」
返す。




