その10
軍隊と云うものは、兎に角、金が掛る。
兵士一人を取ってみても、
服を与え。武器と防具の装備を与え。食事を与え。質を落とさない為に訓練を施す。
これが近代へと時代が進むと、此れ等に、読み書き算術の教育。指揮官へ育てるなら軍事教育と云う専門教育が加わる。
その上で、給料を支払う。
これを何十、何百、何千、何万.........、
此方側の話。
二度目の世界戦争での、独立して軍事作戦行動、戦闘と補給、部隊内会計を自己完結で行える戦略最小単位である『師団』は各国の軍制の差があれど、
九千から一万八千名位で構成されていた。
軍隊の『強さ』と云う尺度が頭数に比例するのは古くから変わらない法則。
質に比重をかければ兵士一人当たりに掛る費用は嵩む。
質に兎や角言わ無ければ、それなりの頭数に頼らざるを得無い。
少数精鋭、凡夫数多。質と量。どちらにしても、または、どちらも両方で軍の強さを求めるとして、
当然、「財布と要相談。」は、回避出来ない。
政治学用語で『暴力装置』の二つ名が有る『軍隊』と云うものを所有する側が、常に抱えて来た悩みの頭痛の種。
この世界でも例外では無かった。
戦時なら必要経費と言い訳出来るが、平常に軍隊は経費削減、歳出抑制と目の敵。
税を、「取られる」では無く「納める」と云う意識で、税金の使い道に目を光らせる民衆の代表が財布の紐を握る国では顕著。
出来れば増強、拡張。でなければ最低でも現状維持を求める軍。
歳出抑制、軍事予算削減の大合唱の議会。
板挟みの政府。
あちらを立てれば、こちらが立たず。
互いに譲らず、主張ばかりで啀み合うそんなところへ、
軍の中から天才が出現。
天才は言う。
指揮、運用の利便性と云う観点から、それまでの一個師団は四つの連隊で編成されている。
これを既存の各師団から一個連隊を引き抜き、これからは三個連隊で師団を編成。
引き抜かれた連隊、
半分は泣く泣く解体、廃止。
半分で新たに三個連隊編成師団を創設。
戦力として、師団数は増加。兵力は削減。
兵力削減なら軍事費も抑制できると議会への説得材料。
数的詐術。数的欺瞞。
それまで主流だった、基幹部隊が四個連隊で編成されていた師団が以降、三個連隊になったと言う話。
話を聞いた諸外国も、
「これは具合が良い。」と、
次々に採り入れられ主流になったと云う話。
他聞に洩れず。王国軍も流行に乗り軍制改革の末、師団は三個連隊編成に。ハストンが属する第二装甲師団の基幹部隊は二つの戦車連隊と装甲擲弾兵連隊。これに、機械化砲兵連隊を始め各種支援部隊、後方部隊で構成。
そして、王国陸軍の中で、『装甲擲弾兵』はこの連隊しか存在しない。
隊内連絡掲示板に、
『第三小隊。事前連絡。二号議場』が書き込まれた。
二号議場は、然程、広く無い。
五十もの人間が講聴席を埋めると、やや、狭く暑苦しく感じる程の広さ。
講聴席側と演場の距離も近い。
階段一段分の高さの演場を正面として、通路を挟み、講聴席側が演場をやや見下ろす格好で三層設けられている。一層は階段一段分位の高さ。最奥層の席列はそれほどの高さのものでは無い。
講聴席側には第三小隊に所属する四十四人が既に腰を下ろし、演場を背に席側の隊員達と向かい会う小隊副隊長の
テドラルド・ラーフグリーフツ少尉が立つ。
隊長の登場を待っている。
席では、
「なんで集められたんだろ?」
「演習が中止になったとか?」
「誰か、何かやらかしたか?」
「有り得無.......有ったらいいなぁ。」
「嫌だぞ、前倒しなんて。
炎天下なんて言ったら地獄だぜ。」
「誰だよ......。」
「雪の中と、どっちが増しだか。」
声を潜めて憶測や推測を交わす隊員達。
ざわつく議場。
少尉は現在時刻を確認。
時計は予定時間を示す。
従卒を先頭に小隊長のマーカー・ハストン中尉が見掛けない顔の五人を連れて入場する。
「起りぃーっつ!」
四十四名の男が、副隊長の号令と共に立ち上がる。
「気ぃを、着けっ!」
副隊長ラーフグリーフツ少尉以下、従卒を含め小隊全員が一斉に、視線を中空に止め、踵を合せる。手指、背筋を伸ばして胸を張り上体を反らす姿勢。
小隊が『気を付け』の姿勢でいる前を進むハストンと続く五人。
『気を付け』の姿勢でいる隊員は、
視線を中空に据えたまま、その視界に映る姿を。それが出来ない者は一瞥。或いは、移動するのに合わせ瞳で追う。
ハストン隊長が連れている五人は何者なるや。
隊員達が関心を持つ。
五人の構成と、何しに来たのか、この議場に居る理由が謎。
面子の内に参謀章を着けた大尉。目的は不明だが、お仲間である。
「仕事上での。」と云う但し書きが付く。
なので、この場に居るのはそれ程不自然では無い。
上官の来訪。
監査が目的というのも有り得るが、それだと参謀本部から、と云うのが解らない。
誰か何かやらかしたことを調べに来たのなら陸軍省から、それ専門の《おっかない》のが来る。
参謀と一緒に来ている他の面子との関係が解らない。
隊員達の頭の中で憶測が膨らむ。
私服姿から民間人だとは推測出来る。なので、見学か視察なのかといえば、まぁ、その辺が順当ではないか。
だが、参謀と一緒に居る理由が謎な上に、内でも目を引くのが、少女ひとり。
これが情報を錯綜させ推測を混乱させる。
『気を付け』の状態なので、声を潜めて周りと意見の遣り取りをする訳にもいかない。
ハストンと五人は階段一段位の高さの演場に上がる。
連れられた五人は隊員達から見て正面左手、従卒が運び込んだ折り畳み椅子に座る様に促される。
演場の中央に立ったハストンは、起立している隊員を見渡し、ラーフグリーフツに向かって頷く。
「着席!」
少尉の号令。
「第三小隊、四十七名。欠員、欠席ありません。」
副隊長から隊長へ報告。
「了解した。」
ハストンが返し、ラーフグリーフツから進行を引き継ぐ。
ハストンは講聴席側に向かって、
「本日は来賓が居られるので、お行儀良くするように。」
言葉に小隊数名の口許が歪む。
演場と講聴席側の距離が近い。
演場から講聴席側隊員の表情が判る。のであれば、演場に居る人間の表情も講聴席側から判るということ。
相手を見るように、相手から見られている。
「来賓を紹介する。
参謀本部よりいらした
ミルドルド・トロウヤ大尉。」
ハストンが近くに座る人物から順に名を呼ぶ。
「『兜と籠手』社から
リーリッサ・ペロロペルア女史。」
議場隅の講聴席の隊員達が潜めた声を交わし合うのが見える。
「ドルムト・ドレトギャン氏。」
ドレトギャンが頭を下げる。
「『双剣と盾』社から
ソーリッド・シルタ氏
ブレタ・ガルダルタ氏。」
演場で座る人物の紹介を終えると、ハストンは真面目な顔で、
「それと、既に知っていると想うが、本官が諸君らの隊長、
マーカー・ハストン中尉だ。
忘れていないだろうな?」
場を解す冗談なのか 、
しかし、何処からも期待したであろう反応が無い。
ペロロペルアなぞは、
〖何を世迷言を言っているのだか。〗
と言う顔。
それにしても、講聴席側から寄越される此方への眼差しが、
《奇異なものを見る。》
なのは何処も変わらず。
ペロロペルアはうんざりすると伴に苛つきが芽生える。
小隊の兵士達からすれば、
訓練、見物?に来る民間人はそれなりの数が居る。
しかし、直接対面すると云うのは物珍しい。
しかも、どう見ても少女。十代後半。
軍に従事する女性は珍しいことでは無い。事務方であれ現場方であれ。
軍の外、街中であれば、それこそ少女と云うことだって珍しく無い。
軍という空間で、民間人で、それに企業から来たと云う少女。
三倍だか三乗だかの付加。
自然、隊員の視線も珍しいものを見る様になろうというもの。
見世物を見ている見物人も、見世物から見られている。
ハストンは反応が無いのが通常であるのか、それまでの顔を崩さず続ける。
「それでは、本題だ。
小隊は、前涼期の三十三日より行われる模擬戦に参加することが決まった。
期間は二十二日間。
場所は『北東第二総合演習場』。」
隊員達がざわめく。
内、数名が発言を求めて掌を挙げようとする。
「質問は後だ。静粛に。」
ハストンは機先で告げる。
続けて、
「それで、模擬戦だが、
題目として『性能試験』となっている。新型兵器の性能試験に付き合うことになる。
平たく言ってしまうと、
軍が将来、導入予定の兵器の実験だ。」
聞いた隊員の中に渋い顔をしたのが散見する。
ハストンが追い打つ。
「聞いて喜べ。相手は『ゴレム』だ。」
前の席の影に隠れているつもりなのか、何人か卓に突っ伏している。
演場から丸見えなのだが。
「全員参加だ。休暇は認めない。雨天決行だ。」
とどめとばかりに、歯を見せる笑顔を作るハストン。
講聴席側の隊員達の表情は不満であることを隠しもし無い。
口を尖らせる者。眉を顰める者。睨む者。口許を山形に結ぶ者。白目になる者。睨ま無いまでも、細めて冷ややかな目をする者。
見本の様な不満気な顔がこれでもかと居並ぶ。
〖随分、自由な連中だな。〗
ハストンの発言の間、講聴席側を観察していたトロウヤの評。
今、憚ること無く、不満をあからさまにする。これでお行儀が良いのなら、普段の振る舞いは如何ばかりか。
しかし、休暇を申請してまで演習から逃げようと考えるとは、
〖その手があったか。〗と、
得心するトロウヤ。
それなりに真面目?
「行程を説明する。」
不満であると表情で意思表示をする隊員を前に平然と説明を始めるハストン。
「三十三日、九点双零に基地を出発。
同日中に演習場、到着。
到着後、直ちに設営を.........。
この世界の時間単位名は『点鐘』。略で『点』。
時刻を知らせるのに、鐘を鳴らした事が由来。
一『点鐘』は六十『刻』。
この世界も一日を二十四分割する。
理由は此方側と同様。使い勝手が良い事に他ならない。
十と云う数は二と五、十の三種でしか、余を残さず分割出来無い。
これに対し、
十二という数は、二、三、四、六と十二の五種で余さず分割出来る。
さらに云えば、
六十と云う数は二から六までの連続した数を礎に十一種で割り切れる。
この数として使い勝手の良さが、採用された理由。
.........同日中に基地へ帰着。
解除は、まぁ、実質、翌日だな。
.........余所に言うなよ......。」
隊員達に向かい、声を低くして、共犯者に口止めする口振りのハストン。
賓客臨席で何を言い出すのか。
トロウヤを始め、賓客の男達は聞き流しているようで、何も無かったという顔。
ドレトギャンはやや強張っている
か。
ペロロペルアは冷めた目をハストンに向ける。
背に受けている眼差しに気付いているのか、い無いのか、平然としているハストンは続ける。
「試験と言っても、中身は模擬戦だ。それもゴレム相手。
演習と同じと想え。
というより演習だ。」
聞かされた隊員達は多少の差はあっても、軒並み『げんなり』と云う顔をする。
ハストンは構わず、
「それでは、質問を受け付けよう。」
ハストンの言葉を合図に講聴席では次々に掌が挙がる。
それを見て、
種から芽を出す様を思い出したのは誰だったか。
それは置いて於いて。
「アイスン二等」
目についた隊員を名指すハストン。
名指しする事は発言の許可を与えたことを意味する。
「はいっ。」
名を呼ばれた隊員が返事。立ち上がる。
両足を肩幅よりやや狭く広げ、後ろ手を組み、上体を反らす姿勢を取り、
「装備の追加はありますか?」
質問を口にする。
「通常装備に変更は無い予定だ。変更の場合、都度指示する。」
ハストンの答えにトロウヤの片眉が僅かに上がった。
質問者の隊員が着席する間にも掌が挙がる。先よりも幾らか数が減ったか。
「ロドエイ曹長。」
ハストンが指名。
名指しされた隊員が返事。起立。
先の隊員と同様の姿勢を取り、口を開く。
「対手するゴレムはどの様な.........、
性能でありますか?」
途中、欲する答をより具体的に明確にしたいと考え、質問の言葉を選び直す。
〖気になるのはそこだよなぁ。〗
場内の多数の思い。
ごく少数の例外、演場で冷めた目をしている少女を除く。
避けて通れない質問と予想していたハストンとトロウヤ。
いざ、されてみて、困る。
質問にハストンは何処へと視線を外し、黙る。
実のところ、責任者のトロウヤも公開された書類上の要目諸元値でしかゴレムのことを知らない。
ハストンに至っては、何故だか解らないが、正式な性能は未だ知らされていない。
トロウヤの告げ口によれば、何やら何処かの意向らしい。
持っている情報は、先の会合で漏れ出た、人伝えと云っても良いようなものだけ。
『重複集積描法』の件も、ハストンの推測で終わり、『答』も言うなればペロロペルアの個人的見解。
『兜と籠手』社として公式に認めた訳では無い。
対象のゴレムについて持っている情報が少ないトロウヤにハストンの二人。輪にかけて、実物すら未だ見たことが無い、と云う現状。
良いのかそれで。
良い訳が無い。
不確かでも情報を共有するか、
不確実故に情報を与えずにいるか、
ハストンはこの時点まで決断が出来ずにいた。
ハストンにしてみれば、
ツイニキタカァアー。
である。
受けた質問への答を脳内で纏めたハストンが再び口を開こうとした時、
そこへ、演場の賓客側から小さな掌が挙がる。おそらく、この議場内の誰よりも小さいであろう手。
トロウヤとドレトギャンが思わず目を見開いて凝視。
背後の気配にハストンが身を捩る。
ペロロペルアが挙手している。




