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#3 出会い


それからしばらくして、俺はバイトに行かなくなった。行く意味も、理由もなかった。しかし、そのことを知った両親は、強い口調で非難してきた。学校を辞めてフラフラしていた俺がバイトも辞めたのだ。まあ当然だろう。

だが俺がオンラインの口座の残高を見せると、何も言わなくなった。そしてその日以来、非難する目は、不気味なものを見る目に変わった。

別に構わなかった。もはや彼らとは違う世界の住人なのだ。説明する気もないし、きっと理解できないだろう。

その後、俺が家を飛び出し、一人暮らしを始めるまでそう時間はかからなかった。


全ては順調なはずだった。オンラインのバトルゲームで人気プレイヤーとして活躍し、オンラインカジノでバイト時代の何倍もの稼ぎを得る。何の問題もない、文句もない…はずなのに。なぜか何か満たされない感覚があった。そしてその正体がわからないのが不満だった。


その日も小さな棘のような苛立ちを感じていた。仕方がないので、俺は買ったばかりのエアスクーターに乗ってカジノ街へ向かった。オンラインではない本物のカジノだ。気晴らしにリアルな人間を相手にしてプレイをしようと思ったからだ。

街灯に照らされる夜の道を、エアスクーターで滑走する。リアルな夜の空気を体いっぱいに吸い込む。脳ではなく皮膚を通して感じる風が心地よかった。


しばらくして、後ろを走る車に付けられていることに気が付いた。先ほどから一定の距離で付いてくる。嫌な胸騒ぎを覚えた。これは“能力”とは関係ない、勘だ。

車は、こちらがスピードを上げれば加速し、落とせば減速する。運転席に人影が見えるのでオートパイロットではないようだ。撒こうかとも考えたが、カジノ街までは大きな幹線の一本道、スピード勝負では分が悪いように思えた。


そのままカジノ街へ向かい、パーキングにエアスクーターを止めると、俺はダウンタウンに足を向けた。パーキングを出る時、ちらりと後ろを振り向くと近づく人影が見えた、女だった。ダークグレイのフィールドジャケットを着て、サングラスをしていた。

煌びやかなネオンに照らされたダウンタウンは、週末で多くの人で賑わっていた。俺はなるべく人が多い所を選んで進み、後ろの気配を探る。サングラスの女は変わらず付けてきていた。


通りを進み、俺は何度か来たことがある建物に入った。レトロなアーケードタイプのカジノゲームを集めた店で、複数の出入り口がある造りになっている。俺は大きなゲーム機の筐体の陰に隠れながら奥へ進み、手近な出口から表へ出た。そのまま、通りの向かいにある平屋の建物へ向かうと、ゴミ箱を利用してその建物の屋上へ上がり、そのまま身をひそめた。

見下ろす建物の出入り口は複数あるが、ここからなら、女がどこから出てきても見渡すことができる。


しばらくすると女が出てきた。二度三度あたりを見回すと、携帯デバイスで誰かと連絡を取り始めた。通話を終えるとどこかに向かって歩いていく。


—どうする?


後をつけるか、逃げるべきか?逃げるにしてもどこへ?パーキングも危険かもしれない…。しばらく考えて、後をつけることにした。少しでも危険を感じたら、”すぐに逃げよう”と自分に言い聞かせながら。


女はいくつかの通りを抜けた後、暗い道の先にある、人気ひとけのない小さな公園に入っていった。気づかれぬように公園に近づき様子をうかがう。中央付近のベンチに一人の男が座っていた。黒いスーツ姿、遠目ではっきりしないが初老の男のようだ。女はその男と話を始めた。もう少し近づいて様子を探りたいが人気ひとけがなさすぎる。


—これ以上近づくのは危険だ


動きがとれず、そのまま様子をうかがっていると、ポケットの中が震えた。携帯デバイスがメッセージを受信したのだ。ポケットから携帯デバイスを取り出しメッセージを確認する。


───

ハロー、デスペラード。

それとも今日はブラックウルフかな?

───


心臓を他人に直接掴まれたような衝撃だった。


—やばい。ここにいてはいけない


条件反射のように振り返り、俺はそのまま走り出そうとした…、しかし、振り返った数メートル先に一人の男が立っていた。先ほどの女と同じような恰好、フィールドジャケットを着てサングラスをしている。この暗がりの中でも、その視界にハッキリと俺を捉えているようだった。


男に気づいて逡巡する俺。すると携帯デバイスが再び震え始めた。今度は音声通信のシグナルだった。先ほどのメッセージと同じく、発信元の名前はない。


—出るべきか、出ないべきか


出るにしても、これ以上相手のペースに乗せられたくない。俺は、素早く”ショートビジョン”を発動させた。再生される映像の中で、通話ボタンを押した俺が話しかけていた。


「誰だ?」


「そう警戒するな。少し話そうじゃないか」


しわがれた男の声がそう告げた。映像の中の俺が振り返る。それを見て俺は理解した。声の主は、ベンチに座るあの黒いスーツの男なのだと。


「話って?」


「君のその能力についてだよ。その能力の使い道についてさ。君は…」


ここで映像が途切れた。10秒が過ぎたのだろう。

我に返った現実の世界、俺の手元では、まだ携帯デバイスが振動している。


—あの男は危険だ


やつは俺の能力のことを知っている。

俺はオンライン以外では、極力能力を使わず、また身バレもしないよう、慎重に行動してきた。だがあの男は知っていた。リアルのことも、能力のことも。


—逃げなければ


そう決意した俺は…携帯デバイスの通話ボタンを押した。


「誰だ?」


「そう警戒するな。少し…」


やつが話し始めた途端に、俺は走り出した。


すぐにサングラスの男と女が挟み込むような形で追いかけてくる。しかし、その動きを俺は能力で確認していた。二人の間となるルートを迷わず進む。さらに、彼らの次の動きを読もうと、再度、能力を発動した。


映像の中の俺が振り返り、後ろの二人を確認する。その瞬間、映像が乱れた。バグった電子機器の画面のようにノイズが一面に広がり映像が停止した。だがそれはほんの一瞬だった。すぐにノイズは消えた。

しかし、その後映し出された映像の中で…血だらけの俺が地面に横たわっていた。


—うわっ!


悲鳴を上げ、足をもつらせ、地面に転げ落ちる俺。

何が起きたのかわからなかった。わかっているのは、自分がまだ生きてること、体のどこにも傷は無いということだけだ。呆然として仰向けで地面に横たわる俺を、追い付いたサングラスの二人が黙って見下ろしていた。



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