ステファニー北方領主見習い視点
「ステファニー。そなた、自領の下位貴族シャロンを不当に扱っていると聞いたが本当か?」
昼食時の食堂で、北方領の食卓に突如現れたクリント第一王子が、ステファニー領主見習いに詰め寄っていた。
ステファニー北方領主見習い視点
-そろそろ接触してくると思っていましたけど、先触れもなく、まして食事中に来るなんて。相変わらず相手のことを全く考えていないのですね-
ステファニーはナプキンで口を整え、座ったままクリント王子に顔を向け驚愕する。
-何でこの方一人なんです?えっ、護衛の方達は?えーと、こういう時は・・・。そうです。わからなければ聞けば良いのです-
「クリント王子、ただ今私達は食事中です。そもそもクリント王子からご訪問の先触れもありませんでしたが、護衛もつけずどうなされたのですか?」
ステファニーの質問は、上位貴族としてあり得ないクリントの行動を指摘するものだが、自身の言動が絶対の正義であるクリントには通じない。
「ステファニー、王族に対する礼儀がなっていないようだな。私の質問に答えてもらおう。先日そなたら北方領の下位貴族シャロンより、昼食後に不当に監禁されていると訴えがあった。確認したところ、シャロンの訴えは事実であることが判明した。この件について、そなたの言い分は?」
北方領だけでなく、食堂にいる全ての学院生と教師の注目がステファニーに集まる。
-あくまでご自分が優位であるとお考えなのですね。良いでしょう。せっかく大勢の方がいらっしゃるのですから、クリント王子の本質を見てもらいましょう-
ステファニーは立ち上がらず、先ほどと同じく座ったままクリントに応える。
「クリント王子、学院内とはいえ、護衛と離れるのはいかがなものかと思います。しかも護衛だけでなく側近のどなたもお連れせず、お一人でいられるのはよろしいのでしょうか?」
自分自身に敬意と忠誠を全く見せないステファニーに対してクリントは不快感を露わにする。王族が絶対の上位者であることを理解させようと言ってはならない言葉を口にする。
「ステファニー。王族として命ずる。私の先ほどの問いに答えよ」
クリントのこの言葉を聞き、自領・他領の学院生だけでなく、何人かの教師が静かに食堂から退出して行く姿がステファニーの目に映った。正面のクリントは感情的になっていることもあり、周囲の変化に気づいていない。
-こんなにも早く目的が達成してしまうなんて、拍子抜けですね。あとはそうですね。食事を中断された分楽しませてもらいましょう-
「よくわかりませんが、クリント王子のご用件は急を要するようですね。ジョディ、マイケル。そちらの空きテーブルにお茶の用意を」
ステファニーの命を受け、侍従達が会談の場を整えるため動き出す。
普通会談は、特に上位者同士の重要な案件は密室で行われる。たった今、食堂で場を整えようとするステファニーにクリントは困惑する。
「ステファニー。何故大勢いるこの場で会談の場を設ける?」
-いつも自分の望むように相手が動いてくれると思っているのでしょうね-
「はて?ご用があるのはクリント王子のはずでは?私はクリント王子が側近を連れておりませんので、私の側近に場を設けるよう指示したのですが?急ぎなのですよね?」
「ここで良いのか?あまり大っぴらにするような話ではないと思うが?」
クリントの言葉を聞き流し、会談を始めるべくステファニーは席を勧める。
「クリント王子。どうぞおかけになってください」
クリントが席に着くと同時に「クリント王子」と呼ぶ声が聞こえた。声のした方を見るとクリントの側近達が現れ近寄ろうとするのが見える。主の失態を感じ、連れ出すのだろうとステファニーはクリントを貶めるのはここまでかと内心諦めるが、クリントは手を挙げ側近達を制止した。
クリントは側近達がその場に留まるのを確認し、ステファニーに向き合う。
「側近達の突然の乱入、失礼した。このまま進めてもらって結構だ」
-さすがクリント王子、優秀ですね。会談中に側近を追加するのはルール違反ですからね。正しいことですけど、それは悪手ですよ-
準備を続けるようジョディに目配せし、ジョディが二人にお茶を差し出す。役目を終えたジョディは他の側近達と同じく後ろに控える。全ての準備が整い、会談を始める合図としてステファニーは一口お茶を飲む。
食堂という開かれた場での会談。さらにクリントの背後には側近は一人もいない。普通ならステファニーの様に背後に護衛と書務、侍従が控えている。誰の目にも異様な光景であった。その場にいた者が見逃すまいと、集まり囲んでいた。
「ではクリント王子、改めてご用件をお伺い致します。本日はどのようなご用件で?」
「先ほども申したが、そなたは自領の下位貴族シャロンに対して不当な扱いをしていると聞いたが事実か?」
「不当な扱いをしているつもりはありませんが。クリント王子がお聞きになったのはどういったことでしょうか?」
「午後はそれぞれ自由行動が許されている筈だが、そなたがシャロンを北方寮に閉じ込めていると聞いた。この事についてはシャロン本人の訴えだけでなく、他者の証言も確認している。もう一度問う。事実か?」
「そうですね。シャロンは礼儀作法が不十分故、ふさわしい作法を身につけるよう指示しました」
「シャロンとは何度か話をしたが、下位貴族として問題ない礼儀を身につけていると感じた。何が不十分とそなたは判断したのか聞かせてもらえないか」
「クリント王子の仰るとおり、下位貴族としての作法は身につけております。しかし王族と接する礼儀作法は不十分と感じました。それ故、シャロンには礼儀作法の特別指導を言い渡しております」
「シャロンは下位貴族と聞いている。何故それ以上の礼儀作法を強要する」
「先ほど申したままです。王族への礼儀作法を身につけさせる為です」
「ステファニー、この学院の規則に『学院内において、全ての学院生は身分に関係なく、各々が接する機会を平等に与えられる』と記されているのを知っているであろう」
「はい。その規則は私も知っております」
「それならば何故シャロンに下位貴族の作法以上の事を強いるのだ?」
「申し訳ありません。クリント王子の仰っている事がよくわかりません」
-王族を貴族とは違う上位者と考えている内はわからないでしょうね。あくまで自分本位の考え方しかできない方ですし-
「もうよい。とにかくシャロンへの礼儀作法の強要はこれ以上不要である」
「しかし、これは北方領として必要と判断したことですので」
「この学院は王族が管理している。私も王族の一人だ。シャロンへの不当な扱いは止めること。これは決定である。それと、この件は北方領領主のイライジャ・ウヌス・セプテントゥリオーネス・タナー様へも報告させてもらう。後日そなたへの処分が言い渡されるであろう。覚悟しておくように」
-いけない-
クリントの暴言に後ろで聞いている北方領の学院生の雰囲気が一気に変わった。護衛のドナジョーからは動き出す気配もする。
-何があっても動かないように言いましたのに。失敗ですか-
上位者に暴力行為を働いては身分剥奪の処置も十分あり得る問題行為である。大切な側近を失ってしまうのかと諦めかけたが、ドナジョーがそれ以上動くことはなかった。
-これは、もしかして。アレックス良くやりました-
ドナジョーはクリントに殴りかかろうと一歩踏み出していたが、その後ろにいた書務のアレックスに腕を掴まれそれ以上進むことができなかった。これにより何とか会談の失敗は免れた。しかし北方領の学院生達がクリントに対して明らかな敵意を浮かべている状況は続いている。危機は脱していない。
彼らの敵意に全く気づかないクリントが、用は済んだとばかりに席を立とうした時「クリント兄上」と声がかけられた。群衆の中から、一部始終を見ていたのであろうデンゼル第二王子とその側近達が近づく。デンゼル王子の突然の乱入とその動きに虚を衝かれ、北方領の学院生達は気勢を削がれてしまう。場が静まったことで周囲の者達は安堵の息を吐く。そんな中デンゼルは会談の場に近づき、クリントの肩に手を置くとステファニーに声をかける。
「ステファニー様、クリント兄上との会談中に割って入るご無礼をお許しください。お互い意思疎通ができていないように思えたので、橋渡しの役目を頂ければと思い参上しました。ステファニー様、クリント兄上よろしいでしょうか?」
-デンゼル王子のおかげで場は静まりましたけど、会談を継続させようとするのは何故でしょう?クリント王子の失言は庇いきれない程ですし、証人は大勢。クリント王子側につくメリットはなし。ならば逆?クリント王子を失脚させる?もしかしてクリント王子が一人で行動したのはデンゼル王子の差し金?こちらの計画に乗って動いていたということでしょうか?-
「ステファニー様。こちらの席に着かせてもらってもよろしいでしょうか?」
-会談を継続させたいってことは、デンゼル王子側にはまだ何かあるということですか?おもしろそうですね。是非見させてもらいましょう-
「ジョディ。お茶のお替わりを」
ジョディにお茶の準備を命じ、クリント王子とデンゼル王子を観察する。
-クリント王子はせっかく側近を呼び寄せる機会なのに、相変わらず機転が利きませんね。側近も指示されたまま動かないですし、能力だけが高い愚者ですか-
-デンゼル王子は王位を狙っていたということでしょうか?成績や評価について優秀と聞いたことはなかった筈ですが。まぁお手並みを拝見させてもらいましょうか。
ジョディが用意したお茶を一口飲み、ステファニーは会談を再開させる。
「それではデンゼル王子を加えて、改めてクリント王子との会談を再開致しましょう。まずはデンゼル王子に伺います。先ほど私とクリント王子の意思疎通ができていないと仰っていましたがどういう事でしょうか?」
「そうですね。まずクリント兄上に伺いたいのですが、先ほど申していた『学院内において、全ての学院生は身分に関係なく、各々が接する機会を平等に与えられる』という規則の目的をご存じでしょうか?」
「“国を導くために、上位・中位・下位貴族と平等に接することで各貴族のあり方を知る機会を学院という場で学べ”であろう」
クリントの言葉に対して、聞いていた者達から驚きの声が上がる。王族とはいえ貴族の一員。先ほどのクリントの言葉は“王族と貴族は別格であること”“王族という立場でしか物事を見ていない”と貴族としての常識は持ち合わせていないと宣言しているものだった。
-大勢の前でクリント王子の傲慢な勘違いを自ら口にさせることで孤立させますか。自らの手で破滅させたいということでしょうか?あら、楽しそうに笑われましたね-
目の前には、周囲の反応に不安を初めて感じたクリントが「違うのか?」と自信なさげに尋ねてきた。
「クリント兄上、学院の規則は通う貴族全てに向けられたものです。その解釈では王族視点のみになってしまいます。“身分に関係なく、能力の高い者が平等に活躍の場を得られるように”というのが規則を作った目的です」
「そうか。どうやら私の解釈が間違っていた事については理解した。しかしそれが問題であるシャロンへの不当な扱いとどうつながる?」
「“活躍の場が平等に与えられる”のであって、“平等に接して良い”ではないのです。身分による礼儀作法は必要ということです。ステファニー様。シャロン嬢への特別講習は、王族への礼儀作法を身につけさせるためではないでしょうか?」
「はい。クリント王子とシャロンが話されているところを私も含め、幾人もの学院生が目にしております。しかしシャロンの言葉遣いや作法が下位貴族同士のものであった為、相応しい作法を身につけさせようとしました。どうやら当人は理解していなかったようですが」
クリントが俯き歯を食い縛る。
-ようやく自分の常識が非常識であることを理解されたようですね。それにしてもデンゼル王子は本当に楽しそうですね。このように自ら直接貶めますとは、相当歪んでらっしゃる方ということでしょうか?-
これで計画も無事終了したと満足感を得るが、彼の非常識さはステファニーの想像を大きく超えていた。
「どうやら私の認識が間違っていたようだな。二人とも、今回の件では迷惑をかけた。すまない。私はまだまだ未熟であった。もし良ければ、これからも私を正してもらえるとありがたい。どうだろうか?」
- -
-えーと、とりあえず目の前のお茶をいただきましょう-
-ジョディのお茶は落ち着きますね-
-そうではなくて、どういう事ですか?この方はまだ王位に就くおつもりなのですか?
想像を超えるクリントの傲慢さにステファニーは意識を飛ばしてしまうが、表情や仕草に全く表さなかったのはこれまでの努力の賜だと言えるだろう。
-周りの皆さん、クリント王子に注目されているようですし、みっともない表情や仕草はしなかったようですね-
ステファニーが秘かに混乱から脱しようと心を落ち着けていると王城所属の騎士が数名入ってきた。食堂にいた者達は邪魔にならないよう、三人が座るテーブルまで道を開ける。
「何事か?」
クリントが立ち上がり、向かってくる騎士にこの場に現れた目的を問いただす。すると再び周囲の者達が驚愕の声を上げた。
クリント王子の言葉を聞きステファニーは目を閉じる。
-聞こえません。聞こえません。私は何も聞いておりません-
三人の騎士がクリント王子の前に立ち、隊長章をつけた先頭の騎士が話しかける。
「クリント王子。貴方は越権行為により、王族としての身分を剥奪されました。捕縛」
隊長の命令に従い、後ろにいた騎士二人がクリント王子を拘束する。
「待て。なぜだ。私が何をした?おい、説明しろ。どういう事だ」
「私達は貴方を捕縛することが仕事です。説明の義務はありません。抵抗するようならそれなりの処置を施します。おとなしく連行されますか?」
「わかった。そなたの指示に従おう」
目の前でクリントがいつまでも王子でいることを疑わない姿に、ステファニーは再び意識を飛ばす。
- -
-えーと、何だかやけに疲れましたね。今日は特別に夕食にデザートをつけてもらいましょう。そうですね、皆さんも疲れたでしょうから、全員分つけてもらいましょう-
自分の理解を超えるクリントの言動に、ステファニーが現実逃避をしている間に、クリントは騎士達に連行されて行ってしまった。
-ようやく終わりましたか。こちらが仕掛けた事とはいえ、こんなに心乱されますなんて。クリント王子。強敵でしたわ。それにしても意外でしたのはデンゼル王子ですね。大勢の前でここまでクリント王子に貶めるなんて。デンゼル王子はそこまでクリント王子を憎んでいらっしゃるのでしょうか?-
会談を取り囲んでいた学院生、教師達も慌ただしく食堂から出て行く様子を見て、自分たちもそろそろ引き上げようと考えていたところ、デンゼル王子に声をかけられる。
「ステファニー様、少しよろしいでしょうか?」
「何でしょう?」
「まずはクリント兄上の振る舞いに対して、弟として謝罪させてください」
「クリント様の事でしたら、あの方の問題ですので、デンゼル王子が謝罪される必要はありませんよ」
-今回の件はクリント様個人の問題ですからね。それにデンゼル王子の謝罪を受け取って、問題は終わったと解釈されても困りますし-
「そう言って頂けると助かります」
デンゼルは一口お茶を飲み、笑みを消した真剣な顔つきでステファニーに向き合う。
「正直なところ、クリント兄上が次の王になるものとばかり思っていました。おそらく王国のほとんどの者がそう考えていたでしょう。しかしこの度の件で、次期王位の座は振り出しとなりました。クリント兄上が優秀故、私は補佐を務めようと考えておりましたし、下の弟妹はまだ学院に入ってさえおりません。今後どのように事態が変わるか予測もつきませんが、王国を発展させるという意思は王国民にとって変わらないものです。互いに手を取り合って責務を果たしていきましょう」
-王座を目指す為に味方を増やそうというところでしょうか?とは言えデンゼル王子の能力はわかりませんし、何よりあの歪み方は好きになれませんね。とりあえず勝手な判断もできませんから曖昧に流しておきましょう-
「デンゼル王子の奮闘、期待しております」
デンゼルはステファニーの曖昧な返答には反応を示さず立ち上がり、別れの言葉を口にする。
「それではステファニー様、再び大神の導きがありますように」
デンゼル王子が側近達を連れて歩き出し十分離れたと判断すると、ステファニーは立ち上がり北方領の学院生達に向け指示を出す。
「皆さんご苦労様でした。これから急いで片付けて寮に戻ります。クリント様が連行されたことで、早急に皆にも色々動いてもらいます。それでは」
ステファニーが最後に手を叩くと、学院生達は一斉に動き出す。クリント元王子の来訪によって中断された食事が片付けられていく。食べかけを名残惜しそうに包み袋にしまう学院生もいるが、これ以上食堂に居座ることはできない。残っているのは北方領の学院生だけだ。そんな彼らの姿を見てステファニーはジョディとマイケルに指示を出す。
「ジョディとマイケルは先に寮に戻り、皆が集まる部屋を整えなさい。それと料理人に、夕食にはデザートを全員分つけるように伝えなさい。経費は私が持ちますので、皆が満足する物を」
ステファニーの言葉に学院生達が喜色満面の笑みを浮かべる。デザート自体滅多に食べられる物ではない。それが北方領領主の娘が満足する物が食べられる。下位貴族はもちろんだが、中位貴族の大人でさえ食べた者は少ないだろう。それが学院生の身で食べられる。ステファニーが北方領領主となる為、地盤を大きく固めた瞬間であった。
片付けが終わるのを確認すると、ステファニーは皆を引き連れ北方寮へと急ぎ戻る。歩きながら今回の件について考える。
-結果的には上手くいきましたが、色々なことが想定外に起こりましたね。元々は王子の失言を引き出したらお父様に丸投げして、領主として追求していただく予定でしたのに。空腹は冷静な判断を鈍らせてしまうということですか。色々考えることはありますが、最優先はシャロンを無事北方領に戻すことですね。今回の件で責任を負う者達に逆恨みされて、クリント王子失脚の首謀者にされかねないですから。もっともシャロンはもう北方領に向かっていますでしょうから、どれだけ中央領の騎士を寮に引き留められるか次第ですね。あとは、寮に戻ったら反省会でしょうか?それから情報収集のため動いてもらう必要がありますし、領主に報告のお手紙を書かないと。他領への対応も統一する必要がありますね。やるべきことが多すぎて先が見えないというのは気が滅入るものですね。領主となるにはまだまだ精進が必要ということでしょう。まずは空腹でも冷静でいられることからでしょうか-
考えている内に寮に戻り、ステファニーの騒がしいお昼が終わった。
これからステファニーの慌ただしい午後が始まる。
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