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ステファニーの騒がしいお昼  作者: 薄っぺらい
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デンゼル第二王子視点

「ステファニー。そなた、自領の下位貴族シャロンを不当に扱っていると聞いたが本当か?」


 昼食時の食堂で、北方領の食卓に突如現れたクリント第一王子が、ステファニー領主見習いに詰め寄っていた。



 デンゼル第二王子視点


 -ついにクリント兄上が動いてくれた。しかも、まさか側近の一人もつけずに。ここまでは期待していなかったが、ハリソンには褒美を与える必要があるな-


 食堂の片隅でデンゼル第二王子が、側近達を後ろにクリントとステファニーのやりとりを眺めている。無論、食堂にいる全ての者が二人に注目している。ただクリントに訝しげな目を送る者がほとんどだ。教師達は全員厳しい目を向けている。


 -それにしても優秀というのはやっかいではあるが、愚かだな。ここまで傲慢になるとは-


 クリント王子の最初の声こそはっきり聞こえたが、二人のやり取りを聞こうと全員が二人の席へと少しずつ集まっていったため、人の壁でよく聞こえない。デンゼル達の周りには誰もいない。それを待っていたのだろう、側近のクリストファーがデンゼル王子に声をかける。


「デンゼル王子、よろしいのですか?クリント王子の行いは王位を目指す者として致命的では?」


 書務を務めるクリストファーの進言はクリントの立場を考慮してのものではない。声音がわずかに明るい。側近の中には拳を握りしめている者もいる。表情にこそ出さないが、周囲の困惑とは違う気配がデンゼル達からは上がっていた。


「クリント兄上が始めた事だからね。ただ、万が一の時は介入できるよう、近くに寄っておこう」

 デンゼル達はクリントとステファニーのやり取りが把握できる所まで近づき、群衆に紛れる。

 -ステファニー様ならクリント兄上を失脚させてくれるでしょうが、ここまで来て無視されたらたまりませんからね-



 言葉だけ聞くと二人のやり取りは、ステファニーがクリントを自身の非常識な行為をたしなめているようだった。しかしデンゼルにはステファニーがクリントを煽っている様に聞こえた。実際そうだったのだろう。


「ステファニー。王族として命ずる。私の先ほどの問いに答えよ」


 食堂にいる全ての者が驚く中、デンゼル達は気づかれないように口角をわずかに上げる。


 -まさかこんなに早く終わるとは。少々拍子抜けですね。いや、ステファニー様が上手だったと言うことでしょう。こんな大勢の前で失言を引き出しのですから。本人は自分が何を口走ったかわわかってないようですが。王位継承から下ろされるだけではなくなりそうですね。予想以上です-


 しかし予想を超えることが更に起こる。ステファニーがこの場で会談を提案したのだ。本来、王子と領主候補生の会談など人の目につく場で行われるものではない。おまけにクリントが失態を演じた直後だ。一瞬でも見逃すまいと周囲の者達の関心は高まる。


 -場を変えない?徹底的にクリント兄上を叩き潰すつもりですか?まさか、そこまでされるとは。私の計画では、イライジャ北方領主経由でクリント兄上に訴状が送られると考えていましたが。しかし好都合ですね。折角ですから、私の王位継承参戦への晴れ舞台として使わせてもらいましょう-


「この学院は王族が管理している。私も王族の一人だ。シャロンへの不当な扱いは止めること。これは決定である。それと、この件は北方領領主のイライジャ・ワン・ノース・タナー様へも報告させてもらう。後日そなたへの処分が言い渡されるであろう。覚悟しておくように」


 クリントの一方的な暴言に北方領の雰囲気が一気に変わった。ステファニーの護衛の一人は殴りかかろうとしており、何とか引き留めている状態だ。


 -マズい。クリント兄上の失言とは言え、まだ第一王子を殴るのは-

 デンゼルは場を収めるべく声を上げた。


「クリント兄上」


 デンゼルの出現にその場にいた全員が虚を衝かれた。ステファニーの護衛もデンゼルに意識を向けている。デンゼルはゆっくりとクリントとステファニーのテーブルまで歩いて行く。たった数秒であったがデンゼルに意識を持って行かれた事で、先ほどの一触即発の雰囲気は消え去っていた。


 ―とりあえずの危機は脱しましたね。次は舞台に上がれるか否かですが、ステファニー様なら私も裏で動いていたことがわかった筈。こちらを探る目的も兼ねて受け入れてくれるでしょう-

「ステファニー様、クリント兄上との会談中に割って入るご無礼をお許しください。お互い意思疎通ができていないように思えたので、橋渡しの役目を頂ければと思い参上しました。ステファニー様、クリント兄上よろしいでしょうか?」


 クリントが立ち上がろうとする気配を感じ、肩に置いた手に力を入れ押しとどめる。

 -これで兄上にも私の関与がバレてしまいますが、今更ですね-

「ステファニー様。こちらの席に着かせてもらってもよろしいでしょうか?」

 クリントがこちらに顔を向けて睨んでいるが、無視してステファニーの返事を待つ。


「ジョディ。お茶のお替わりを」


 クリントの立ち上がる気配も消えたことで、デンゼルは肩から手を離し席へと移動する。デンゼルの同席が許されたことでデンゼルの側近達が背後に控える。


 -それにしてもあのクリント兄上の側近も能力は高いのに、主人の危機を救えないとは。折角近づけるなり、引き上げる機会なのに。制されたまま動こうとしないなんて。これまで優秀で正しかった主人と共にいた為か。いくら優秀な忠犬でも、自身も破滅するのに動こうとしないのは愚かとしか言えないな-


 三人の前にお茶が差し出され、準備が整っていく。


 -のんびりしていては騎士達が到着してしまうし。早急に終わらすか-


 ステファニーがお茶を一口飲み、場を仕切る。


「それではデンゼル王子を加えて、改めてクリント王子との会談を再開しましょう。まずはデンゼル王子にお伺いします。先ほど私とクリント王子の意思疎通ができていないと申していましたがどういう事でしょうか?」


 -それではクリント兄上、最後に勝たせてもらいます-

「そうですね。まずクリント兄上に伺いたいのですが、先ほど仰っていた『学院内において、全ての学院生は身分に関係なく、各々が接する機会を平等に与えられる』という規則の目的をご存じでしょうか?」


「“国を導くために、上位・中位・下位貴族と平等に接することで各貴族のあり方を知る機会を学院という場で学べ”であろう」


 クリントの言葉に対して、聞いていた者達から驚きの声が上がる。王族とはいえ貴族の一員。先ほどのクリントの言葉は“王族と貴族は別格であること”“王族という立場でしか物事を見ていない”と貴族としての常識は持ち合わせていないと宣言しているものだった。


 -貴族として非常識な言動に意識。これでクリント兄上を擁護する者は現れないだろう-


 クリントは周囲の反応に訝しげに辺りを見回している。クリントは他人が自身を異質な存在として見る理由がわからないのだろう。その姿が滑稽で笑みが深くなる。


 さすがに自分の言葉がおかしいと気づいたのであろう、「違うのか?」とデンゼルとステファニーに自信なさげに尋ねる。


 -あぁ良い。その反応を見たかった。高く積まれた傲慢さが崩れていく姿。クリント兄上、最高です-

「クリント兄上、学院の規則は通う貴族全てに向けられたものです。その解釈では王族視点のみになってしまいます。“身分に関係なく、能力の高い者が平等に活躍の場を得られるように”というのが規則を作った目的です」


「そうか。どうやら私の解釈が間違っていた事については理解した。しかしそれが問題であるシャロンへの不当な扱いとどうつながる?」


「“活躍の場が平等に与えられる”のであって、“平等に接して良い”ではないのです。身分による礼儀作法は必要ということです。ステファニー様。シャロン嬢への特別講習は、王族への礼儀作法を身につけさせるためではないでしょうか?」


「はい。クリント王子とシャロンが話されているところを私も含め、幾人もの学院生が目にしております。しかしシャロンの言葉遣いや作法が下位貴族同士のものであった為、相応しい作法を身につけさせようとしました。どうやら当人は理解していなかったようですが」


 クリントが俯き歯を食い縛る様を見ながら、デンゼル王子は笑みがこぼれそうになるのを必死に堪える。

 -クリント兄上、私は生涯この日を忘れないでしょう。そろそろ騎士達も到着するでしょう。さようならです-


 しかしクリントは顔を上げ、二人に対して向き合うとデンゼルの予想を超える言葉を発する。


「どうやら私の認識が間違っていたようだな。二人とも、今回の件では迷惑をかけた。すまない。私はまだまだ未熟であった。もし良ければ、これからも私を正してもらえるとありがたい。どうだろうか?」


 -この人はどこまで傲慢なんだ。この場にいる学院生や教師の反応を見て、自分の陥った立場をまだ理解できないとは-


 デンゼルは予想を超えるクリントについに笑みを浮かべてしまった。しかし、ステファニーだけはこれまで通り平静を保っている姿が目に入り、慌てて表情を取り繕う。


 -この人は私でも予想できなかったクリント兄上の傲慢さを理解していたのか?素晴らしいな。聞いていた以上だ-


 おそらくこの場にいる誰よりも秀でているステファニーの才能を見せつけられたデンゼルは感銘を受けていると王城所属の騎士が数名入ってきた。食堂にいた者達は邪魔にならないよう、三人が座るテーブルまで道を開ける。


「何事か?」


 クリントが立ち上がり、向かってくる騎士にこの場に現れた目的を問いただす。すると再び周囲の者達が驚愕の声を上げた。


 周囲の反応を見てデンゼル王子は、満足げに目を閉じる。

 -ここまで傲慢さを見せられて、再びクリント王子に寄り添う貴族はもういないでしょう。想像以上の結果でしたね-


 三人の騎士がクリント王子の前に立ち、隊長章をつけた先頭の騎士が話しかける。


「クリント王子。貴方は越権行為により、王族としての身分を剥奪されました。捕縛」


 隊長の命令に従い、後ろにいた騎士二人がクリント王子を拘束する。


「待て。なぜだ。私が何をした?おい、説明しろ。どういう事だ」


「私達は貴方を捕縛することが仕事です。説明の義務はありません。抵抗するようならそれなりの処置を施します。おとなしく連行されますか?」


「わかった。そなたの指示に従おう」


 クリントは抵抗しない旨を伝え、後ろ手に錠をかけられながらも、王族としてあるべく威風堂々とした振る舞いで歩き出す。食堂を出る際、先ほど近づくのと止めた護衛に声をかけている様子が見えた。その後クリント王子は振り返り、食堂にいた者達に向かい声をかける。

「皆、騒がしてすまない。心乱されることなく、貴族として相応しい態度で過ごすように」


 クリントは最後まで王族としての態度を貫き、騎士達に連行されて行った。騎士達が立ち去るのと同時に、学院生と教師達が動き始める。未成年の学院生徒とは言え、時期王位継承者と目されていたクリント王子の失脚は、王国全土に影響を与える。今後の方針を決めるため、情報収集が頻繁になされるだろう。


 テーブルに残ったステファニーを傍目に見ながら、現状の最大有効利用を考える。

 -せっかくステファニー様と同じテーブルに着けたのだし、この機会を活かさないと。時間はわずか。迷っている暇はないな。とりあえず縁を繋ぐところからかな-

「ステファニー様、少しよろしいでしょうか?」


「何でしょう?」


「まずはクリント兄上の振る舞いに対して、弟として謝罪させてください」


「クリント様の事でしたら、あの方の問題ですので、デンゼル王子が謝罪される必要はありませんよ」


「そう言って頂けると助かります」


 -さてと、ここからどうなるか-

「正直なところ、クリント兄上が次の王になるものとばかり思っていました。おそらく王国のほとんどの者がそう考えていたでしょう。しかしこの度の件で、次期王位の座は振り出しとなりました。クリント兄上が優秀故、私は補佐を務めようと考えておりましたし、下の弟妹はまだ学院に入ってさえおりません。今後どのように事態が変わるか予測もつきませんが、王国を発展させるという意思は王国民にとって変わらないもの。互いに手を取り合って責務を果たしていきましょう」


「デンゼル王子の奮闘、期待しております」


 -薄く笑みを浮かべているが、まだ手を取り合う意思はなさそうか。「奮闘を期待」と言ったな。まずは私の実力を示せというところだろうか?先ほどの返答ではこれ以上話を続けるのは難しいし、引き上げるか-


「それではステファニー様、次は良き縁を結べる機会に。失礼致します」


 デンゼルは立ち上がると、側近達を引き連れ食堂出入り口へ向かう。北方領の学院生以外はすでに立ち去っている。普段なら食堂を閉めるまで教師が一人残るのだが、残っているのは学院の警備兵のみ。食堂を出ると、デンゼルも急ぎ足で王都寮へ向かいながら側近に指示を与える。


「クリストファーは寮に戻った学院生を全員集めるように。食堂での情報を統一した後、それぞれに親元に連絡させるので、勝手に連絡させるな。アーノルドとシルベスターは学院生を集める場の準備を整えろ。行け」


 デンゼルの命を受け、三人が寮に向けて走り出す。その姿が見えなくなるとデンゼルは振り向き側近達に話しかける。


「ジェットは、クリント兄上の護衛のハリソンと交流が深かったな」


「はい」


「ならば、クリント兄上の側近達が勝手に行動しないよう声をかけとくように。連行される時、クリント兄上が護衛に何か指示を出していただろう。勝手に動いて事態を悪化させないようにと伝えれば良い」


「わかりました」


 ジェットが急ぎ駆け出そうとするのをデンゼルが呼び止める。


「待て。もしすでに勝手に動いている者がいるのなら、寮内に残っている者だけでも声をかけるように」


「はい、かしこまりました」


 デンゼルの命を聞いたジェットは、先ほどとは違い、ゆっくりと駆け足で寮へと向かう。

 その姿を満足そうに見送ったデンゼルは残った側近達に声をかける。


「これからは今までにない困難と多忙が待ち構えているだろう。しかしここまで私を支えてきたくれた皆に、まずは感謝を伝えたい。ありがとう。そしてこれからも王国を発展させる為に共に歩んでいってくれないだろうか。よろしく頼む」


 5歳から10歳の学院に入るまでの間は各領地で子供達は集められ、初等教育を受ける。そこでデンゼルは同年の者達と比べ、自身が優秀であることを早々に知る。しかし同時に、二歳上のクリントには決して届かないことも理解してしまった。最初はクリントへの憧れが大きかった。「クリント兄上みたいになりたい」「クリント兄上が王位に就いたら誰よりも近くで補佐したい」と。しかしある時、クリントの優秀で正しすぎる態度に不満を募らせている者がいることに気づいたことで、デンゼルの見る世界が変わっていった。

 デンゼル達は決して目的を悟られないようこれまで振る舞ってきた。クリントを蹴落とし、デンゼル王子が次期王位に就くように。


 側近達の満足そうな顔を見たデンゼル王子は、新たな一歩を踏み出す。


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