アリハハとお買い物
「買い物に行きたいだぁ?」
「はい」
アラヴィナイト家のお坊ちゃん、アリハハがあたし達”ラミアー”のアジトに来て一週間ほどが経とうとしていた。
普通は盗賊団なんかにさらわれたら狼狽え反抗し脱走をしようとするだろう。
だがこの人質は反抗するどころかあたしらのアジトの炊事掃除洗濯を全部まかなうという、およそ人質とは思えない行動ばかりしていた。
・・・まあおかげでアジト内は綺麗になったし、服はさっぱりとした状態で着れるし、毎日の飯も旨くなったが・・・。
そのせいか他の団員達もこの人質に対してフランクな態度で接する奴らが増えてきた。もう人質というより気立てのいい使用人かメイドといった感じだ。
だが買い物だと?あくまでも盗賊団の人質であるこいつがアジトを抜け出して買い物だと?
「許可できるわけねーだろ」
あたしは当然な答えを一応吐いておいた。
「なんでですか?」
こいつは当然のごとく聞き返してきた。
「お前自分の立場分かってんのか!?」
「人質、というか交渉材料でしたよね?」
「そこまで分かってんなら買い物なんてできるわけないことも分かるだろ!!?」
「・・・・・。」
十数秒ほど考えたようだ。
「なぜでしょう?」
十数秒ほど考えた答えがこれらしい。
「人質は!!買い物なんかに!!!行かねーんだよ!!!!」
地団駄を踏みながらあたしは突っ込む。こいつと話すと調子が狂うというか体力がガンガン減っていく。
「でもそもそも人質なら料理なんかも任せないと思うんですけど」
「そうだよ!!!そうなんだよ!!!!!そのはんずなんだよ!!!!!!!だから今の状況がおかしーんだよ!!!!!!!そもそも言い出しっぺはおめーだろうがっ!!!!!!!!!!」
「あっ、そうでしたね。すいませんでした」
ツッコミどころが多すぎてあたしは肩をぜーぜーと鳴らす。どこまでマイペースなんだこいつは。
「お疲れのようですけど・・・。コーヒーか紅茶でも淹れましょうか?」
「誰のせいだよ・・・・・。コーヒー砂糖とミルクなしで・・・・・」
「わかりました。ちょっと待っててくださいね」
こいつは早速コーヒーを淹れてきた。コーヒーを口に含み、気分を少し落ち着かせる。豆は今までと変わらないはずなのに、なぜかこいつが淹れると美味く感じる。
「そのコーヒーも関係してるんですよね。買い物に行きたいわけ」
「あん・・・?どういう意味だ?」
ソファに座り、一息つきながら人質の話に耳を傾ける。
「そのコーヒーの豆、素人目でも分かるくらい粗悪なものなんですよ」
「・・・・・?これがか?」
「はい」
「お前が金持ちだからそう見えるだけだろ?」
「いえ。僕、仕事の合間にその辺のコーヒーハウスで一服することも多かったんですけど、それでも今テュフォンヌさんが飲んでるものよりかははるかに上質なものだったんです」
お金がないということを考慮に入れても豆が粗悪すぎるんです、とこいつは付け加えた。そういや自分たちで豆を買う時は一番安いのを選んで買ってるから、あまり質とか考えてなかった気も・・・。
「粗悪すぎると美味しくないだけじゃなくて、工業油みたいな不純物も混じってるときもあるんです。体にも悪いんですよ」
その話を聞いてさすがの私も顔を引きつらせる。
「コーヒー豆だけじゃなくて。他の食材なんかも割と粗悪なものが多いんですよね。盗賊団のお仕事で手に入れたようなものはそんなことないんですけど」
思い返すとこいつが来る前の飯って日ごとに差異が大きかった気もする。適当に買ったものと、金持ち連中からぶんどったものがごっちゃになっていたのか・・・。
「食費は切り詰められるなら切り詰めた方がいいんですけど、さすがに体に悪影響が出るほど安くて粗悪なものは選ばない方がいいと思って」
「・・・・・。それとお前が買い物行きたいのとどういう関係があるんだ?
」
「僕が自分で食材の目利きをしようかなって」
「あん?」
「僕、仕事の都合上、品物の目利きが割と得意なんです。その特技を生かして手ごろなお値段で割と上質な食材を自分で手に入れたいなと思ったんです」
一応、団員さん達の栄養管理を担ってる責任があるので、と頭を掻きながら答える。
「無理だろ。お前は人質だ。治安安全局の奴らも血眼になって探してる。見つかってあたしらのアジトがバレるようなことがあったらあたしらは壊滅だ」
「そうですよ。だから別に一人で行くわけじゃないです」
「・・・・・?」
「何人か見張りを付けてもらって一緒に同行してもらうんです。もちろん僕もアラヴィナイト家の当主だとバレないように変装したうえで」
なんだこいつ。あたしら盗賊団のためにそこまでするのか?あたしらはお前を誘拐した張本人だぞ。
あたしはコーヒーを飲み干し、フーとため息をつく。
「分かった。一応頭領にかけ合ってみる。ただ断られても恨むなよ。それが当然だかんな」
「はい。期待しないで待ってます」
いつも通り屈託のない笑顔を浮かべて答えやがる。およそ盗賊団に向ける顔じゃねーだろ。
まあ、コーヒーの借りと思って掛け合ってみるか。そう思いながらあたしは頭領の部屋に向かった。
頭領の答えはOKだった。私とヒュロナが同行すれば問題ないと考えたらしい。頭領に信頼されていると実感し喜びがこみ上げる。
「テュフォンヌさん、ヒュロナさん。今日はよろしくお願いしますね」
アリハハの野郎は深々と頭を下げる。身バレしないよう頭から深くフードを被らせている。
「買うもん買ったらすぐ帰るからな」
「はい」
「テュフォンヌ、ついでにぬいぐるみ店回ってもいい?」
「お前話聞いてたか?」
「野菜はお尻の部分がキュッとなってるのが鮮度がいいんですよ」
「へー」
「葉が綺麗な緑色な野菜は美味しい証拠です」
「ほー」
人質が今晩のメシの食材を目利きしていく。ヒュロナはその話に興味津々にくっついている。まあ、よく考えたらヒュロナに買い物当番を頼むなんて滅多に無かった。だから物珍しいのかもしれない。
「テュフォンヌさん。この調子で一週間分の食材買い集めちゃいますね」
「あ、ああ」
そのテンポで食材がどんどん増えていく。こりゃあ荷車も一つ買わないといけないかもしれんな。
「おお兄妹で買い物とは偉いねえ」
「兄妹?」
店の主人が感心の表情と言葉を投げかける。それに思わずヒュロラが反応した。確かに傍から見たらあいつとヒュロラは仲のいい兄妹にも見えるかもしれない。
「お母さんの買い物の手伝いとはしっかりしてるなあ」
・・・ん?お母さん?
「はい。そうなんですよ」
おい待て。
「よし!その親思いの心に免じてその野菜2割引きにしてやろう!」
「ありがとうございます。おじさん」
その調子で人質とヒュロラは戻ってきた。
「テュフォンヌさーん。野菜は買ったので次は魚を痛たたたたたたた」
「なんで!私が!お母さんなんだ!?」
この野郎の頬をつねりながら尋問する。そんな年に見えるか私が!?
「いやあの、それについてはすいません。ただ」
「ただ!?」
「少しでも食費を安くできるチャンスだったので」
「おまえ思った以上にちゃっかりしてんな・・・」
いいとこの家の当主だったとは思えないほど庶民じみてる。こいつホントにアラヴィナイト家の当主か?間違えて攫ったんじゃ・・・。自分たちの行動に自信がなくなってきた。
「本当にすみません」
「・・・あーっ、もういい。さっさと終わらせて帰るぞ」
「はい」
「アリハハ、あのお菓子美味しそう」
「いいですね。ちょっと買いましょうか」
「おい早速余計なもんに金使うんじゃねーよ!!」
自由すぎる二人を諫める。確かに行動は母親染みてるかもしれない。ムカつくが。
「やっと終わった・・・・・」
「ふふふ、久々に良い買い物ができました」
「意外と楽しかった」
帰りの道中、普段の盗賊の仕事とは違う疲労感に私は襲われていた。世のおふくろの買い物に付きあう親父どもは毎度こんな疲労感に襲われているのだろうか。少し同情する。
「なあ、お前は何で私たちのためにここまでするんだ?」
「え、逆に聞くんですけど何でですか?」
「何でって、そりゃあ私たちはお前を誘拐した犯人だぞ。健康管理するどころか憎むのが当然だろ」
馬に揺られつつふと思ったことをそのまま口に出した。というから前から思っていたことだ。盗賊団の人質が主犯の奴らを心配して食材の目利きなんてしないだろう。
「んー。普通に僕の料理食べて気分が悪くなってもらっても困るので」
それに、と付け加えてこいつは言った。
「人には親切にするのが当然でしょう?」
澄ました顔で言いやがる。私らは世間に名をとどろかせる盗賊団だぞ。
親切にされる謂れなんて何一つない。
いつお前に向かって強硬手段に出るかもしれないんだ。
そんな私たちに親切だと?
「・・・・・一つ忠告しとく」
今日の晩飯代の代わりだ。
「その甘さ、とっとと捨てろ。痛い目見るぞ」
「はい。肝に銘じときます」
屈託のない笑顔でこいつは答えやがる。こういう奴が汚い奴に搾り取られるんだ。
「とっとと帰るぞ。頭領にどやされるからな」
私たちは日が暮れる中、馬を飛ばした。
「今週アリハハと買い物行く係はー」
「あっ、次私行きたいですー」
「いや私が行こう。この間の礼もしたいしな」
「・・・・・たまには・・ボクが行っても・・・いい」
「いいやあたしが行くっす!」
その名を世間に轟かせる女盗賊団ラミアー。
現在、買い物の主導権争いをしている真っ最中だ。
「あの、頭領、この盗賊団このままでいいんですか?」
「いや・・・まあ、本来の仕事に支障は出てないし・・・」
「それにご飯が美味しくなるのは良い事」
「それはこの間聞いた!!」
アリハハが来てから段々と団内がアリハハ色に染まってきている気がする・・・。こののほほんとした空気は盗賊団としていいのか・・・?いや、ダメな気がする・・・?
「頭領、やはりここはビシッと喝を入れた方が」
「う、うん・・・」
「あっ、エキドナさん。約束の砂糖菓子、ちゃんと買ってきますから」
「・・・頭領?」
「えっ、いやあの、違くてだなテュフォンヌ」
・・・・・当分は喝は入れられない気がする。