アリハハとエキドナ
「みなさーん。お茶が入りましたー」
いつも通りアリハハが茶と自家製のケーキを運んでくる。こいつ人質のはずなんだがな。
「ああ、サンキュー。そこに置いといてくれ」
アリハハの淹れる茶と菓子は私だけじゃなく、盗賊団全員の楽しみだ。盗賊団頭領としてはどうかとは思うが、団員たちの士気を挙げるのにはかってるからまあいい。
「アリハハ、今日はなんだ?」
「スフレを作ってみました。はちみつを入れてるからしっとりしてると思いますよ」
「楽しみ」
テュフォンヌもヒュロラもすっかり胃袋をつかまれたようだ。特にヒュロラなんかは朝、自分の髪をアリハハにといてもらうほどに懐いている。
「はい。エキドナさんも冷めないうちにどうぞ」
「ああ」
紅茶の香ばしい匂いとスフレの甘い匂いが鼻を突っつく。テュフォンヌとヒュロラは皿が置かれるなりかぶりついていた。
さて、私も一休みするか、と思いながらケーキに手を伸ばす。その時気づいた。アリハハがじっとこっちを見てくることに。
「・・・・・・・・・・・」
「なんだ?」
ポケーッという音が似合いそうなどこか抜けたあどけない顔でこっちを見てくる。流石の私でも食いづらい。
「いえ。なんでもないです」
「そうか」
話も終わってケーキを口の中に放り込もうとした瞬間だった。
「あの」
アリハハが尋ねてくる。
「エキドナさんってご結婚はなさらないんですか?」
その瞬間、私は手に持っていたケーキを床に落とした。テュフォンヌは口から思い切り紅茶を吹き出し、ヒュロラはスフレをのどに詰まらせたらしく胸をドンドン叩いている。
「・・・・・アリハハ」
「ケーキ落ちちゃいましたね。もう一度焼いてきましょうか」
「いやケーキはどうでもいい」
私はなるたけ平静を保ちつつアリハハに尋ねる。
「なんでそういう話になった?」
「ああいえ、特に理由はなくてふとした疑問です。すみません。流石に失礼でしたよね」
「・・・・・・・・・・」
「アリハハ」
「なんですかテュフォンヌさん」
「あたし前に言わなかったか?泣く子も黙る女盗賊団ラミアーが所帯なんか持つわけないって」
「はい、勿論覚えてますよ」
「じゃあ頭領に聞く必要ねえだろ!!?」
「そう・・・ですね。でもあれは既に結婚なされてたかという話で。今回はこれから結婚するんですかっていう話なので微妙に違うかと」
「同じようなもんだろ!!!前提条件として盗賊は所帯なんか持たないんだよ!!!!」
「でも盗賊団は所帯を持ってはいけないとは法律では書かれてないと思うので、別に良いんじゃないんでしょうか」
「アリハハ、そもそも法律に従うなら盗賊団は存在してすらならない」
「ああ!そうですね!さすがヒュロラさん!」
「ブイ」
「なんだそのピースは!!?うまいこと言ったつもりか!!?仲間と自分の存在を同時に否定すんじゃねえーっ!!!!!」
部屋がだんだん騒がしくなってきた・・・。テュフォンヌもツッコミが板についてきたな・・・。でもさすがに見かねてきたので止めよう。
「テュフォンヌ、もうその辺で」
「そもそもエキドナさんはな!その辺のひょろっちい男じゃ全然釣り合わないくらいすごいお方なんだよ!!」
「テュフォンヌ」
「50人の自警団に囲まれたとき!たった一人でそいつらを蹴散らし団員を助け出したほどの強さ!!」
「テュフォンヌ」
「黄金の鎧相手の騎士を拳のみで倒すほどの腕っぷし!!!」
「テュフォンヌ」
「肉も酒も魚も普通の野郎の三倍は食う!!!!」
「テュフォンヌ・・・テュフォンヌ?」
「腹筋!胸筋!前腕筋!女とはとても思えない鋼の肉体の持ち主!!!」
「テュフォンヌ」
「大熊を横目で睨むだけで熊に腹を出させる、愛嬌とは無縁の力強さ!!!!!」
「テュ・フォ・ン・ヌ」
「そもそもの話!!掃除洗濯炊事なんて一切やらないがさつっぷり!!!!!!」
「テュフォンヌちゃ~ん」
「これだけの凄さをエキドナさんは備えてんだ!!!釣り合う男なんてこの世に一人もいないんだよ!!!!!!そもそも嫁姿なんて想像もつかない!!!逆に無理やり嫁をぶんどる側」
ゴチンッ!!!
「途中からフォローになってねえだろ」
「すいません・・・・・」
見かねすぎてぶん殴って止めた。個人的な怒りでは決してない。決して。
「つつ・・・。とにかく分かったか?エキドナさんがどれだけの女か」
大きなたんこぶを抑えながらテュフォンヌがアリハハを諭す。
「なるほど・・・・・」
ふむふむ全て理解した、と言うように顎に手を当てアリハハは頷く。
「確かにエキドナさんたくさん食べますよね」
「「そこ!!??」」
思わずテュフォンヌと一緒に突っ込んだ。
「健康的でいいと思いますよ。いっぱい食べる女の人って魅力的ですし」
「じゃあアリハハ、私も今日からたくさん食べる」
「ふふふ。無理しないで、適量でいいんですよ」
アリハハは微笑みながらヒュロラの頭をポンポンと撫でる。ほほえましい光景だ。まるで親子というか兄妹のようだ。一応ヒュロラの方が年上なんだが。
それにしても・・・。
「あたしが魅力的、か?」
「はい、それにとてもお綺麗なので、旦那さんを取ったりしないのかなーっと思ったんですけど」
ふーん、あたしが綺麗ねぇ。ふーん。
「おう、だったらよ」
私はニヤつきながらアリハハに言った。
「お前が私の夫になるってのはどうだ?」
もちろん冗談のつもりだ。だからテュフォンヌ、そんなこの世の終わりみたいな顔するな。ヒュロラ、親を殺した相手を見るように私を見るな。
「う~ん、それは無理ですね」
一言で断られた。まあそりゃそうだろう。腐っても私らとアリハハは犯人と人質の関係だ。分かり切ってるさ。
モヤァ
なぜか知らんが胸がモヤモヤする。まあ気にすることはない。ないったらない。
「はんっ。まあお前は捕虜だからな。頭領と結婚できるわけねえ」
「そうだよ頭領とじゃ釣り合わないよ他のにしときなよ」
二人がアリハハを諫めている。若干鬼気迫っているようだが気のせいだろう。
「あ、いや、そうじゃなくて」
アリハハは訂正するかのように答えた。
「僕、誰とも結婚できないんです」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」」」
あまりに予想だにしない答えで脳みそが静寂に支配された。
「アリハハ・・・?」
最初に口を開いたのはヒュロラだった。
「なんで・・・?なんで誰とも結婚できないの・・・?」
目の前で親をなぶり殺しにされたかのような顔で答えを求めている。
「う~ん、ちょっと答え間違えたかな」
アリハハは困ったかのように天を仰いだ。
「誰とも結婚できないというか」
「アリハハー。今日戸棚の修理するって約束だろー」
「ああ、そうだった。今行きまーす」
他の団員がアリハハを呼んだ。
「ごめんなさい。この話また今度で」
アリハハは部屋を出て行った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
再び部屋の中を静寂が支配する。
「「「何で!!!!!!?????どゆこと!!!!!!???????」」」
私たち三人はその後しばらくの間、疑問のあまり仕事も睡眠も手つかずだったことは、言うまでもない。