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アリハハと40人の女盗賊  作者: 岩ノ森
2/8

アリハハと盗賊団アジト

 「テュフォンヌさん、今日もお仕事お疲れ様です」

 ひと仕事終えて帰ると入り口でアリハハが出迎えてくれた。もうこの光景にもなれたもんだ。

 「今からスープあっためるんで夕ご飯までちょっと待っててくださいね」

 「ああ、わかったよ」

 晩飯ができるまで一息つこうと部屋に行こうとしたら、後ろからヒュロラが長い銀髪をなびかせながら口をはさんだ。

 「アリハハ、あれちょうだい」

 「はい、砂糖何杯いれますか?」

 「さじで三杯」

 「わかりました。すぐ用意しますね」

 ここで言うあれとはミルクの入っていないコーヒーのことだ。もう”あれ”で通じる辺りヒュロラとアリハハの仲もツーカーになってきたな。一応、人質と犯人なんだが・・・。

 「アリハハ、私にもくれ」

 「砂糖はどうします?」

 「あたしはいらない」

 「わかりました。奥の方で待っててください」

 微笑みながら台所の方へアリハハは姿を消す。これじゃあたしもヒュロラのことを言えないな。そう思いながらあたしは軽いため息をついた。

 「テュフォンヌ、疲れた?」

 「いや。アリハハはもはや人質というより使用人かなにかだなって思ってな」

 40人の食事を朝昼晩作り、そこそこ広いアジトの掃除、全員分の衣服の洗濯までこなす。下手な金持ちの家にもこんな優秀な使用人はいないだろう。というかちょっと前まであいつの方が使用人を使う立場だったと思うんだが。

 「アリハハは使用人って感じしない」

 ヒュロラがいつも通り淡々とつぶやく。

 「じゃあ執事か?」

 「もっとしない」

 「確かに」

 執事と呼ぶには顔が幼すぎだ。本人に言ったら嫌がるだろうが。

 「じゃあメイドか?」

 「ちょっと近い」

 「近いのかよ・・・・・」

 まああの顔立ちなら執事服よりかはメイド服の方が似合う。本人に言ったら嫌がるだろうが。

 「一番近いのはなんだ?」

 「お母さん」

 「・・・あぁ・・・・・」

 確かに朝餉の際に私に嫌いなセロリを進めてきたり、朝弱いヒュロラの世話を焼いたりするのは皆が想像する母親像そのものだ。本人に言ったら絶対嫌がるだろうが。

 「一応あいつ人質なんだけどな・・・・・」

 「アリハハもみんなもそのつもりはなさそう」

 「だな。あいつ最初からあんな感じだったもんな」

 アリハハを誘拐して、初めてこのアジトに連れてきてからそうだった。思うに最初からアリハハの術中にはまっていたのかもしれない・・・・・

 

 

 「テュフォンヌ、ヒュロラ。この坊やを部屋に連れて行きな。特等室にな」

 そう頭領に言われて、あたしとヒュロラは人質の腕をつかみ強引に小部屋に連れて行っていた。人質は暴れる様子もなく無抵抗のまま、なされるがままだ。

 「どうしたぁ?怖くて声も出ねえかぁ?」

 この坊主、男にしてはひょろっちい体してやがる。その気になればヒュロラでも押さえつけ、強引にぶんどれそうだ。

 「怖いんだったらあたしが何もかも忘れさせてやろうかぁ?男の誇りってやつの保証はできねえけどな!ヒャハハハ!」

 うまそうな蛙を目にした蛇はこんな気持ちなんだろう。ただその気持ちが気持ちよくて有頂天になっていた。ヒュロラは相変わらず無表情で佇んでいるが。

 そんな調子で笑っていると人質がキョロキョロとあたりを見回しているのに気付いた。顔も恐怖のあまり無表情になっているというより、何か変なものでも見てきょとんとしている顔だった。

 「なんだぁ?逃げ場所を探してんなら無駄だぜ?」

 威嚇するつもりで声をおどろおどろしくする。そうしたらそれまで無口だった人質が初めて口を開いた。

 「あの~、お名前なんておっしゃいましたっけ?」

 「・・・・・あぁ?」

 いきなり何を言い出しやがる、この人質は?

 「ですからお名前です、あなたの」

 「何でお前にそんなこと教えなきゃいけねえんだ」

 こいつは自分の立場を分かっているんだろうか。人質の分際であたしらにこんな口をきいてくるなんて。

 「ん~、じゃああなたのお名前は?」

 「ヒュロラ」

 「おいヒュロラ!」

 話しかけられヒュロラは間髪入れず自分の名前を答える。ちょっとぬぼーっとしているところがあるからな、こいつ・・・。

 「ではヒュロラさん、少しお尋ねしたいことがあるんですけど」

 「何?」

 「おい・・・」

 あんまり人質と口をきくと頭領になんてどやされるか。そう思い止めようとした矢先、人質の口から信じられない言葉が吐き出された。

 「頭領さん、ご主人はいらっしゃらないんですか?」


 「「・・・・・・・・え・・・・・・・・・・・・・・?」」

 声が重なる。時も止まる。人質は俺、何か変なこと言っちゃいました?みたいな顔をしていた。

 「んなもんいてたまるか!!!!!!」

 あたしの絶叫にヒュロラもコクコクと頷く。さすがのヒュロラも少し目を見開いていた。

 「ああ~、でも失礼ながら使用人の方がいらっしゃるようには見えなかったので。可能性としてはご主人の方がと」

 「お前あたしらを何だと思ってんだ!!!泣く子も黙る女盗賊団だぞ!!!!所帯なんか持ってるわけねーだろ!!!!!」

 あたしのツッコミにヒュロラもコクコクと同意する。

 「いやでも・・・・・」

 「・・・あん・・・・・?」

 人質が辺りを見渡す。周囲には乱雑に重なった小物や洗っていない鍋、埃をかぶりまくった服が風景を彩っていた。

 「どうかした?」

 「いえ、他者の家なんであまり口を出さないのが正解なんでしょうけど、もう少し片づけた方が過ごしやすいんじゃないかなーって」

 あたしとヒュロラは思わずじっとアジトを見つめた。よく見ると埃の他にカビやハエ、ネズミのクソなんかもアジトにゴロゴロしていた。

 「そんなにひどいか?」

 「見慣れてるから」

 ヒュロラは変わらぬテンションで答える。まあ・・・確かに住みにくいっちゃあ、住みにくい気も・・・。

 「あの~、よろしければなんですけど僕にアジトのお掃除を任せてはもらえませんか?」

 「は?何言ってんだお前。人質にそんなこと任せられるわけねーだろ」

 「はい。でもどうせ人質なので時間が余ると思うんです。その時間を使って掃除をした方が色々と効率もいいと思って」

 「・・・・・どうなんだ?ヒュロラ?」

 「人質に労働を課すのはどの勢力もやってること。別に間違いじゃない」

 「・・・・・やるとしてもあたしらは手伝わねーぞ」

 「ご婦人方の手は煩わせません。ああ、ただ動かしちゃいけないものなんかは聞くかもしれませんけど」

 ・・・・・婦人なんて呼ばれたのは初めてだな・・・・・・。

 「まあいい。全ては頭領が決めることだ」

 「はい。よろしくお願いしますね」

 まるで金持ちの女を目の前にした金持ちのじじいみてーな屈託のない笑みを浮かべやがる。人質って自覚があるのかこいつには・・・・・・。

 

 頭領の答えは好きにやらせろ、といったものだった。ただもちろん複数人による監視付きだが。

 その日の夜、あたしとヒュロラは頭領に付いて安全局に行った。目的は脅迫文を安全局に投げ込むためだ。

 「手紙にラミアーの紋章は描いてあるか」

 「はい、バッチリです」

 「よし、石を括り付けて投げ込め」

 あたしは石を手紙でくるんで投げ込んだ。手紙の内容は簡単、アラヴィナイト家の小僧はいただいた、の一言と盗賊団ラミアーの紋章だけだ。紋章を描くのには蛇の血を使ったラミアー特製の絵の具を使ってるから本物とは一瞬で分かるだろう。

 パリーンとガラスの割れる音がしたのを合図に、あたしらは馬でその場を離れた。

 「これで準備は万端だな」

 「へへへ、安全局の馬鹿どもが慌てふためく様子が目に浮かぶようですぜ」

 「あとは身代金の受け渡し日時と場所を教えるだけ」

 頭領もヒュロラも有頂天のようだった。あんな小僧一人さらうだけで金が入ってくると考えると世の中ぼろいもんだ。

 「さて、帰って酒でも飲んで寝るか」

 「いいっすね!ヒュロラもどうだ?」

 「お酒弱い」

 「ははっ、知ってるっつーの!」

 あたしが笑うと頭領もつられて笑い出す。ヒュロラも口元に笑みを浮かべていた。

 満月の光を全身で受けながら、あたしらはアジトへと急いだ

 

 「イフタフ・ヤー・シムシム」

 あたしらのアジトは呪文を唱えると岩の扉が開く。呪文を唱えなきゃただの切り立った岩壁にしか見えないのだ。

 「ん?」「へ?」「あれ?」

 あたしらはアジトに入った。その後すぐにアジトの外へ出た。

 「ライオン岩に満月がかかっている。アジトの場所はここで間違いないな?」

 「はい」

 「さすがに間違えないと思います」

 「じゃあ何かの見間違いだな。アジトに入ろう」

 そうだ。きっと見間違いだ。

 「イフタフ・ヤー・シムシム」

 あたしらのアジトがあんなに綺麗なわけがない。

 「あ、おかえりなさい」

 ゴゴゴと岩が動くと人質が入り口で迎えていた。で、アジト内には埃一つなかった。

 「・・・・・・・」

 「あ、えーと」

 「あ、どうですか?少しは片付いたでしょう?夕食の用意もしてるので是非食べてください」

 人質に言われるままにあたしらはアジト内に入る。床がきらきら光っていてまるで金の装飾をしたようだ。

 「テュフォンヌ、ここの壁白かったんだね」

 ヒュロラが壁を見て言う。壁どころか床、テーブル、椅子、何から何まで白く輝いている。

 「なあ?ここ本当にラミアーのアジトで合ってるよな?」

 「多分・・・・・」

 信じられない光景についに頭領も疑い出した。あれだけの汚れを一人で片づけたのだろうか。さすがに誰か手伝ったよな?でも掃除を手伝える奴なんてラミアーにいたか?

 そのまま人質についていって食堂に入る。そこでは全員がものを教えられた子供のように大人しく座っていた。

 「お前ら何やってんだ?」

 「いや、あの・・・」

 「頭領が帰るまでは食事はダメって人質が・・・」

 あたしが尋ねると部下たちがおずおずと答える。頭領も顔が引きつっていた。

 「ようやく全員揃いましたね。ではご飯にしましょう」

 あたしらが席に座ると人質は料理の入った皿を出した。どうやらシチューのようだ。

 「じゃあみんな揃って、いただきます」

 「「「「「「・・・・・・・・・・・・・」」」」」」

 「・・・・・?いただきます!」

 「「「「「「・・・・いただきます・・・・」」」」」」

 思わず全員で合掌してしまった。

 ちなみにその人質が用意したであろう飯はすごく美味かった・・・・・

 

 

 「なーんて感じだったよな」

 あたしの話を聞いてヒュロラはコクコクとうなずく。

 「あの頃から人質というよりも母親って感じだったな」

 「もうみんなアリハハのいる生活に慣れちゃってる」

 「いて当然って感じだしな」

 ソファの上でそんな談笑をしているとコーヒーのいい匂いが漂ってきた。

 「お待たせしましたー。何の話してたんです?」

 アリハハがコーヒーを持って聞いてくる。はた目から見てもこいつを人質と思う奴はいないだろう。

 「いや別に。コーヒー楽しみだなーって言ってただけさ」

 「アリハハの淹れるコーヒー美味しいから」

 「そうですか?ホントならうれしいです」

 アリハハは笑いながらそれぞれにコーヒーを配る。ちょうどいい温度だった。

 「これからもよろしく。お母さん」

 「お母さんじゃないですよー!」

 ヒュロラの言動を、流石のアリハハも渋い顔をして否定する。

 「そうだ、よろしくな母ちゃん」

 「テュフォンヌさんまで!」

 アジトの中に笑い声が響いた。これがあたしらの今の日常だ。

 ・・・・・そういえば何か忘れているような気がするが、まあいいか。

 

 

 ここは治安安全局、この国の安全を守るために日夜努力している。そんな安全局には最近ひとつ悩みの種があった。

 「今日こそラミアーから脅迫文は届いたろうな?」

 「いえ?全く」

 「そうか・・・・・」

 アリハハ・アラヴィナイト氏誘拐の件についてである。誘拐したと自己申告してきたのに身代金の要求といったその後の連絡が一切ないのだ。これではこちらも動きようがない。

 「早いとこなんか要求してこいよぉ・・・」

 局長は頭を抱えた。おそらくだが悩みの種は当分の間、解決することはないだろう。


だいぶ某ホームズなぞっちゃった感じに

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