少年と女盗賊団
-アラヴィナイト家の当主、誘拐さる-
「本日未明、本国きっての資産家であるアラヴィナイト家の当主、アリハハ氏が女盗賊団ラミアーに誘拐されたことが判明した。アラヴィナイト家は5年前に前当主が死去した後、当時10歳であったアリハハ氏が全権限を相続し、その家系を保ってきた。盗賊団ラミアーの狙いは十中八九身代金であろうが、未だ盗賊団から報告があったという情報はない。治安安全局はアリハハ氏の安全を第一に目下盗賊団を捜索中とのことであり…」
「おう、やっと起きたか。金持ちの小僧」
少年が目を覚ますと、暗がりの中で複数人の女性に囲まれていた。こう書くと羨ましい状況に見えるが、その女性たちは敵を目の前にしたゴリラのように屈強で、だれもかれも獲物を狙う大蛇のような眼をしていた。
「そうビビんな。お前は金を得るための大事な人質だ。殺すような真似はしねえよ」
髪を後ろでまとめた左目に傷のある女性がそう言った。ひときわ屈強そうな見た目からこの女が盗賊団の元締めのようだ。
「だがな」
女頭領は目を妖しく光らせ、下唇を舐めて言った。
「殺す以外のことはするかもな」
女頭領がそう言った瞬間、他の女性団員たちもゲラゲラと笑い出した。どいつもこいつも女性とは思えないくらい品のない下卑た笑いである。
「テュフォンヌ、ヒュロラ。この坊やを部屋に連れて行きな。特等室にな」
頭領の横にいた側近と思われる女性二人が少年の腕を捕まえ、強引に動かした。一方は虎に様に鋭い目を、一方は氷のように冷たい目をしていた。
「てめえはもう私らのもんなんだよ」
女頭領と少年がじっと見つめ合った。その姿はまさに蛇と蛙だった。
少年は虚ろな目でアジト一帯を見渡した。
「みなさーん。朝ですよー。起きてくださーい!」
カンカンカンとフライパンとお玉を打ち鳴らす音がアジト中に響く。女盗賊団ラミアーでは恒例の光景だ。
「朝ごはん出来ましたー。冷めないうちに食べてくださーい」
僕がこうして大声で言ってもすぐに出てくることは少ない。こうしたことも先と同じく恒例の光景だ。ラミアーには意外と寝坊助さんが多いのだ。
「しょうがない」
まず僕は頭領であるエキドナさんの寝室に行く。盗賊団のリーダーである彼女が起きればおのずと他の団員たちも起きてくる、それが集団というものなのだ。
「エキドナさん。朝ごはんが出来ました。起きてください」
「んぅ・・・うるせーな。今日はいらねえ」
エキドナさんは団長用に用意されたベッドにくるまって寝ていた。ここに来てから数日で確信したが、この盗賊団が寝坊助さんなのは頭領であるエキドナさんが原因だ。
「ダメですよ。朝ごはんは活力の源なんだからしっかり食べないと」
頭領が毎朝こんな調子なら他の団員達も寝坊助さんで当たり前だ。下の者は上の者の背中を見てついていく。だから上の者がだらけていたら下の者もだらけるのは当然のことなんだ。
「ほら、頭領なんだからシャキッとしてください」
この盗賊団は僕が来る前の朝は一体どうしていたのだろう。朝、こんな調子で盗賊活動がちゃんと務まっていたのだろうか。そんなことを疑問に思いながら僕はほかの団員さんたちを起こしに大部屋の寝室へと向かった。
「はい、全員揃いましたね。いただきまーす!」
「「「「「いただきまーす・・・・・」」」」」
今日の朝食のメニューは昨晩仕込んでおいたスープに作り置きの手作りのパン、簡単なサラダに干し肉だ。40人もいるとメニューひとつ作るのにも大変な労力がいる。あらかじめ用意されているものを活用することも上手にたくさんのご飯を作るコツだ。
「テュフォンヌさん、サラダのセロリ残さず食べてくださいね」
「えぇ~、いいだろ別に。食わなくても死にゃあしねえよ」
「栄養満点なんですよ」
僕はテュフォンヌさんをジトーッと見つめた。
「わかったよ・・・」
テュフォンヌさんはバツの悪そうにセロリを口に運ぶ。渋い顔をしながら食べていた。
(トマトを使ったソースと和えれば食べてくれるかな)
そんなテュフォンヌさんを見ながら僕はセロリの新しいレシピを模索していた。ただ食べろ食べろと言うのは単なる押し付けで効率が悪い。苦手なものを食べさせたかったらこっちが美味しい食べ方を工夫することも必要だ。
「う~ん。むにゃむにゃ・・・」
反対側でヒュロラさんが半分眠っている状態で座っている。
「ヒュロラさん、まだ眠いですか?」
「うん・・・」
「熱いコーヒーでも淹れましょうか?」
「うん・・・・・」
「というか髪ボサボサじゃないですか」
「うん・・・・・・・」
「痛んだら大変ですからとかしますよ」
「うん・・・・・・・・・」
「朝ごはんもちゃんと食べてくださいね」
「うん・・・・・・・・・・・」
さらさらとした銀髪が僕の手のひらでとかされていく。上質な髪だけど盗賊団になる前はどこかの家のお嬢様だったりしたのだろうか。他の人と比べて品がある気もするし。
「アリハハさぁ、毎朝ヒュロラに甘すぎじゃない?」
「そうですかね?」
「そうだ、団員差別だ」
「そんなことはないですよ」
そんな様子を見た他の団員さん達に突っ込まれる。でも実際ヒュロラさんのさらさらとした髪をとくのは楽しい。だから自然と贔屓してしまっているのかもしれない。
「エキドナさん、今日のお仕事のご予定ってどうなってます?」
ヒュロラさんの髪をといて、エキドナさんの席へ向かう。エキドナさんも髪がボサボサなのでとかないと。
「今日は輸送列車を全員で襲うつもりだ」
「じゃあ晩御飯いりませんか?」
エキドナさんの髪を結いながら僕は訪ねる。予定によってはご飯がいらない場合もある。無駄な負担を増やさないためにも予定は僕もしっかりと把握しておく必要がある。
「いや、日帰りの予定だ」
「じゃあ晩御飯用意しておきますね」
「ああ頼む。昼飯はいらない」
「わかりました。何かリクエストとかあります?」
「肉」「肉!」「ステーキ」「丸焼き!」「酒煮!」「ローストビーフ」
「あ、お肉は昨日食べましたから、魚でなにか食べたいものお願いします」
団員からブーイングの嵐が響く。けど毎日栄養バランスを考えたうえで料理するなら同じジャンルの食べ物が連日続くのはやはり避けたい。まあ、盗賊団なんて仕事やってるならエネルギーの付く肉をたくさん食べたいのもわかるけど。
「そういえばスープのお替りがまだ残ってますけどいる人?」
ほぼ全員の団員が皿を掲げてお替りを所望した。こりゃあ、また喧嘩になりそうだな。僕はそんな光景を見ながら微笑んだ。
「アリハハ、コーヒーは・・・?」
「ああそうでした、すぐ淹れてきます」
こんな騒がしい朝が、今の僕の日常だ。
「頭領、ちょっといいすか?」
「なんだ?」
今日襲う予定の輸送列車の路線図をヒュロラと確認しているときにテュフォンヌが入ってきた。作戦の伝達に不備でもあったのだろうか。
「あの、今日お話ししたいのはアリハハのことなんですけど」
「どうした?脱走の予定でも立てているのか?」
「いえ、全く。むしろ次の休みに他の団員たちとどこの売り場に買い物に行くか話し合ってます」
「なら問題ないじゃないか」
「そうですよ。その問題ないのが問題なんです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「本来私らあの小僧を餌に金ぶんどることが目的だったと思うんですけど・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「何か違くないですか・・・・・・・・・・・?」
私とテュフォンヌとヒュロラの三人しかいない部屋を一時の静寂が支配する。
「人質って本来もっとこう・・・・・」
「みなまで言うな・・・。私もおかしいと思ってる・・・・・」
「私は別にいいと思います」
間髪入れずにヒュロラが話に割って入ってきた。
「アリハハ来てからちゃんとしたご飯が食べれるようになったので」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
私とテュフォンヌは顔を見合わせる。
「「そりゃあ、まあね・・・・・」」
意図せず声が重なった。とりあえずこの件は忘れて今日の仕事のことだけ考えるようにしよう。そうしよう。
名探偵ホームズのハドソン夫人誘拐の回とか、ラピュタのシータがドーラ一家の飛行船で家事するシーンとかいいよね・・・と思ってたら書いてました。ゆらゆらと続けていければなと思います。