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突き当たりの石壁に取り付けられていたのは、古びた石室には場違い過ぎる、現代的な機構だった。
それは、古典的な近未来風デザインといった風体ではなく、むしろ今の近未来……今のIT会社が必死に追いかけているようなデザインをしていた。
故に古代の息吹満ちるこの場所には、より似合わない。
「……あー……これは……当たりやがったな」
ベルモンド卿が目を閉じながら、夢現な声で呟いた。
当たった、とは懸念がだろう。和の国関連で一番最悪な懸念。もちろんそれは、地球外存在に関する事か魔術に関することだ。
和の国は、過去に地球外存在を大量に使役して失敗した過去を持つ。オーバーテクノロジーが存在していてもおかしくは無い。今風の意匠であるところに、また恐ろしさを感じる。
使い魔かも知れないから石壁に識の魔力を通すか、と話を切り出そうと思った時、石壁の機構がファンを動かすような音を立てる。
「動き出しました!」
レト・ソテイラの叫びに呼応するようにすぐさま見やると、石壁に埋め込まれた流線型のサーバーのようなものが突き出され、さらにその中から蟹のハサミのようなアームが現れた。
それは、一番前にいた黒井氏に向かって進み、その眼前で停止した。
「対象を確認。調査術式を展開。対象は静止してください」
生気を感じない女性の声が響き、アームの先端から識の魔術と思しき銀色の光が溢れる。
「攻撃魔術じゃねぇ……みたいだが、異常は?」
思わず手を伸ばすベルモンド卿を、黒井氏が目線で止める。
「あぁ、なんにもな。侵入者を悠長にスキャンするとは、ちょっと意外だぜ」
銀髪を更に銀の光に煌めかせながら、黒井氏は直立だ。肝が座ってるというべきか。
なおも機械音声は続く。
「神話体系、遺伝子確認……七割の一致を確認。
魔力組成……一致。
日向系神職従事者と認定。第一拘束承認。
身体情報……男性体と確認。
第二拘束の承認失敗……………。
再調査を開始します……」
「勝手に認定されて失敗されてますが、本当に大丈夫なんですか?
認証に失敗したとあれば、侵入者と見做してペナルティーが飛んでくることも……」
そういうと、黒井氏は笑って返した。
「大方、俺が和系だからの偶然だろ。
ペナルティーはもともと侵入者なんだから避けられない事だし?構えておいてくれよ。
……そういや、男だからダメだ的なこと言ってたな?」
黒井氏は更に笑みを深め……胸に手を当てる。
「偶然で通ってるなら、それやっても無駄なんじゃねぇの?」
やや呆れたように、やや不安そうに言葉を投げるベルモンド卿。レト・ソテイラは何が起きているのやら、という顔だ。
「まぁまぁ。偶然で通れるなら御の字だろ。そいやっと」
軽く振るわれた黒井氏の右手から水の魔力があふれ、螺旋を描きながらその輪郭をなぞる。
その端から細波走る水の膜が伸びて、輪郭から内側を包んでゆく。
水流が黒井氏を包み切ったあたりで、彼の形が変わっていく……それはさながら、変身といった有様で——これが「部署」の資料で見た、「特異体質」である。
黒井氏の身長がやや縮み、丸みを帯びていく。
レト・ソテイラは水紋の一つまで目を大きく広げて見入っている。……もしかして、使い魔に自分の体質について話していなかったのだろうか。
程なくして黒井氏の体の変化が止まり、水の薄膜が剥がれ、地へと吸い込まれていく。
そこには、黒井氏によく似たにょしょうが立っていた。
身長は170半ばほどか。和系の女性としてはかなり高身長な方だ。
そのかたちは美しく、タレ目がちな瞳や常に微笑を浮かべる艶やかな口元は、黒井氏の漂わせる柔らかく怪しげな雰囲気をそのまま残していた。
「こうするもの久々だな。あぁ、リュツィフェールさん……はその様子だと知ってるみたいだから良いか」
徐に頷く。黒井氏は目を白黒させているレト・ソテイラを放置して、再び機械腕の前に立った。
「ほら、どう見ても女だぜ?もう一度やってみな」
機械はなんの困惑も疑念も示さず、再度彼……いや彼女に、識の魔力を通す。
「神話体系、遺伝子確認……七割の一致を確認。
魔力組成……一致。
日向系神職従事者と認定。第一拘束承認。
身体情報……女性体と確認。
第二拘束承認。
神性の属性一致を確認。
第三拘束承認。
……対象を日向系封印解除者と認定。
解錠を開始します
……ここからは警告となります……
封印対象は荒神です。現在は大幅に神格を縮小していますが、暴走の危険は依然としてあります。勤めて、英雄として観測をお願いします……」
その音声とともに機械腕は引っ込み、しゅううと音を立てて機械の駆動音が収まる。
それとともに、大きめの摩擦音を伴いながら、石壁が横へずれて道を開けた。
「おおっ?上手く行っちゃったみたいだな、ハッハッハッ」
「ちょっ……先輩なんですよね?どういう……?」
レト・ソテイラがやっと至極当然の質問を投げかける。そうだ、ちゃんと説明してあげるんだよ。
「あー、まぁ特異体質だよ特異体質。世界のガバでこんなことが軽ーくできちゃうというかな?そんなんだ」
あまりにも雑な解説だが、実は報告書とそう変わらない。仔細は一切合切謎だが、体質として性別の変更が任意で出来る。……と主張している。
本人曰く世界のミス、先天的なものなのでわからないとの事だ。つまりわからない。不毛な文章だ。
「それよりさっき機械が言ってたことだよ!封印解除がどうのとかのさ」
黒井氏が露骨に話題を逸らすが、それも大切なのでひとまず性別転換については捨て置く。レト・ソテイラは説明になってなーい!と膨れ上がっていた。
「封印っつたら、まぁ……やっぱり神話生物なのかね?」
「和人は神話生物を御し切れなかったのだから、暴走の末封印で始末は……あり得ると思います。しかしその場合封印解除者、というのが引っかかりますね」
「解除者を確認するからには、解除者を用意していたわけだろ?暴走したモンの封印を解く前提があったのは変じゃないか?」
銀髪男子(?)三人で首を傾げるが、答えは出てている。
この先に、意思持つ者がいる可能性が高い。
ならば憂いは無駄、確認あるのみだ。
開いた道は少々天井が低かった。あの機械が言ったように、特定の存在の通行だけを想定していたのかも知れない。
長身のベルモンド卿と黒井氏、同じくらいの身長のある僕は少し頭を気にしながら歩かねばならなかった。
光源のほとんどない石窟を魔力で照らし、三分ぐらい進んだところに開けた空間が見えた。
そこはベルモンド卿や黒井氏も窮屈でないほどの広さ……縦横三メートルほどか。
今までの道が石の断面が滑らかで侵食による自然洞窟の様相であったのに対し、ここは切り出された断面をしていた。後付けの空間、あるいはこの空間のためにこの石窟を隠したのか。とかく、ここは異質な空間なのだった。
その空間の中央には、石の塊が鎮座していた。
石の塊は蓋と入れ物の形をしており、閉じられていた。
塊の蓋を飾るは翡翠と色糸の飾り紐。側面には更に古代ルルリアレ、古代中の国の文字が。
蓋の面には、金剛杵を構え、海面を走る神が掘り込まれている。ルルリアレの神だろうか。
明らかに中のものを権威づけるあり様だ。
塊は長方形をしており、細くなっている方の蓋面には透明な板が打ち込まれている。中を覗けるが、白い布が見えるだけだ。
側には碧色の屏風が建てられており、随分と達筆な古代中の国の言葉で、抜山蓋世とある。
ただし、その屏風は逆さである。和の文化だろうか?
上の遺跡と同時期のものであれば、ここも二千年は経っているはずだが非常に新しい。
魔力が漂っているので、それが形を保ってるのだろう。
「黒井さん、これは……」
僕には何物か、わかりかねた。
ならば安直だが、和系である黒井氏に判断を仰ぐ。
黒井氏は屏風を指差して言った。
「逆さ屏風は死人のもの……墓だ。こいつは、誰かの棺だよ」
そういうと彼は手を合わせる。
レト・ソテイラやベルモンド卿もそれに続く。(ベルモンド卿は十字を切っていた)
黒井氏曰く、様々な時代の和の文化が混ざり合っており、魔力による保全も相まってどの時代からどの時代の物なのかは、わからないそうだ。わかるのは、死人の在り処であることだけ。
……そうとわかった以上、中のものを改めねばならない。使い魔となる可能性もあるのだから。
例えそれが死者の冒涜でも、僕たちは神秘に縋るほかない。
棺を写真に収めて、飾りを丹念に外し、識の魔力を通す。
それぞれがやるべきことを成したのち、黒井氏が蓋を開けた。
「開けるぜ?いいな?」
「はい、お願いします」
見た目以上の重さを持つ棺の蓋を、彼(男性に戻っていた)はプラスチックでも拾い上げる様に持ち上げた。
そこには白い布で覆われたヒトガタがおさまっており、古代人にしては長身だった。
また写真に収め、ゆっくりと、形を乱さない様に布を剥ぎ取っていった。
顕になったその男は、非常に美しかった。
身の回りのもの全てが死した人を偲んでいるのに対して、その身体だけは浅い眠りをのみ得ているようだった。
当世風に荒く切り分けられた黒髪は若さに満ちて艶やかで、纏う碧色の羽織には皺ひとつなく、傍に置かれた中の国風の直剣は、錆どころか柄の凹みすらない。
両手は銅剣を握っており、銅剣もなんの傷も得ておらず、遺品か家族の品か、煌びやかな装飾品がいくつも添えられており、彼が相当な貴人であったことを窺わせた。
閉じられた瞳は苦しみのない表情を作り、安らかな夭折を想像させる。……ついさっき眠りについた様な、それを。
その顔は、その顔は。
その顔は、ベルモンド卿そのままだった。
「…………ランス卿の隠し子か?」
ベルモンド卿が無そのものの顔で呟いた。
「やったねジャネ兄!家族が増えた!」
「「やめろ」」
黒井氏とベルモンド卿が同時に声を発する。
当然だが。
「ソテイラさん、どこでその言葉を……?」
「忘れちゃいました!」
黒井氏を見やる。目があったが、いつも光のない瞳が更に暗くなっていた。……流石に、心当たりはない様だった。安心した。
「はは……ひとまず、この人を魔力調査しましょう……」
そうだな、と疲れた顔で遺体……と思われる彼に手を翳すベルモンド卿。
レト・ソテイラが杖を構え、援護を図る。
「Vide et audi」
ベルモンド卿の腕から銀色の魔力が滲み出、遺体を包もうとした——瞬間、目にも留まらぬ速さでその腕を掴まんとする何かがあった。
「——ッ!」
ベルモンド卿はすんでのところでそれを避け、カソックを翻してバックステップで距離を取り、得物の双十字架を構えた。
ベルモンド卿のその様子を見るまでもなく、黒井氏と僕は得物に手をかける。
ベルモンド卿の腕を掴もうとしたのは、他でもない……遺体の腕だった。
いや、遺体ではなかった。最早遺体ではなかった。
その眼は開かれ、呼吸が体を震わせ、随意筋の運動すらある者を死人と言えるだろうか?
その虹彩は透き通った碧色の蛇の目。
その細部、睫毛の一本さえベルモンド卿と同じ。
男は剣を手に取って起き上がり、目を瞬かせた。
その間はどれ程であったか。一瞬であった。
「誰だ」
低く、感情の見えない声は、声色に違いあれベルモンド卿と全く同じ声をしていた。
「……というか、ここはどこだ?
俺は、死んだはずなんだが」
素直に浮かべられる困惑。素直に浮かぶ困惑。
やはり彼は死人で、今動いているが死んだ覚えがあるらしい。
「……自分が誰かはわかるか?」
得物を下ろしながら、ベルモンド卿が尋ねる。
「俺は……俺は、……………わからん」
使い魔足り得る者たちは、往々にして自分のことを覚えていない。
レト・ソテイラもそうだ。長い年月や、魔力の増減、負傷により記憶を失ってしまっているのだ。
彼もその様だ。
「お前達、俺の情報は持ってないか。使士なら……」
「残念ながら、な。アンタがなんでこんな古い遺跡に埋葬されてたのに、使士の事知ってるのかもだ」
「……使士は、和の国が解体された後の組織であるはずです。つまり約千年前……この遺跡とは千年も合わない。貴方は……人間では?」
青年は考え込む様にする素振りも見せず、ああ、とだけ言って剣を納めた。
「俺に害意はない。なぜ目覚めたのか、何故覚えていないのか知りたい。だからお前達の扱う様に俺を扱え」
「……協力的なのは嬉しいね。いかんせん謎塗れだが、悪いようにはしないさ。レト、一応スキャンしてくれ」
「あいあい!」
レト・ソテイラが識の魔力を放ち始める。
男はそれに抗う様子もなく、虚空を見つめている。
「……そういや、名前は?それも思い出せないか?」
黒井氏が問うと、男は少し目を閉じて悩んだ末、
「……姓も名も、それがあったかもわからんが……ギオンと呼ばれていた記憶がある」
ギオン?あまり聞かない名前だ。和の名詞だろうか。
「ギオンは和の国の地名だ。ということは姓の可能性が高い。……やっぱり和系かー。うーん、下の名前は?」
わからん、決めてくれと返ってくる。あまり興味のなさそうな返事だ。まだ虚空を見つめている。
ベルモンド卿は和の名前はわからんからクロナガ頼む、とのこと。レト・ソテイラもネーミングセンスに難があるのでダメとのことだ。僕は言うまでもない。
「……ギオン、ギオン…………よし。
フツシなんてのはどうだ?」
男は首を傾げながら、フツシ、フツシ……と名前を繰り返した。
そして満足そうに頷いた。
そうしてフツシ・ギオンは極めて無表情のまま、黒井氏から順に僕たちを見やり……血を吐いて倒れた。




