表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

4

任務の終わったあと。

あたしたちは寺院のある農村の村長さんに報告をして、炎の精の討伐……表向きは、不審火の調査らしいけど……を終わらせた。

あとは先輩と協会に報告して、お賃金を貰ったらお休み。

先輩に服を買ってもらう約束をしているから楽しみだ。

ジャネ兄はロムリアの教会に行って報告らしい。

大変だねーというと、ジャネ兄は、まぁ聖職者なんてそんなもん、と言った。


先輩が村長さんに報告している間、あたしは農村を散歩していた。

目覚めたばっかりのあたしには、色んなことが楽しい。

ルルリアレはあっつくて、人がいっぱいいて、映画だとすぐに踊る。楽しいところだ。

ジャネ兄が言うには、都市部は発達していても、農村まで未だ貧しい、らしい。

初めて見る生活様式を堪能しながら、村を歩いていると、穏やかじゃない声が聞こえてきた。

「なんだ、命を懸けてる割にはこれっぽっちか」

「……すまない、俺の力不足だ」

民家の戸口に、茶髪の男の人が立っている。

家の中から対応しているおじさんは、茶髪の男の人からお金を受け取っているみたいだ。

「ジャネ兄、あれは?」

「あぁ……出稼ぎ帰りだろうな。ここじゃ仕事がないから都会か外国に出てるんだろう。それで家族に会いにきて、金を渡してるってヤツ」

「ふーん……」

別にそれはおかしくないけれど、遠くに行って稼いでもらっているのに、不満そうなのはちょっと変だ。

「……お前はいつもそればかりだ。気色悪い。

次も遅れず持ってこい。それしか取り柄がないんだからな」

「わかっている」

「それから……次は金だけ置いていけ。顔は出さんでいい」

茶髪の男の人が返事をしきるより前に、おじさんは扉を強引に閉じて引っ込んでしまった。

男の人は暫く扉の前でじっとした後、踵を返して歩き始めた。

——あたしは、よく考えず声をかけていた。

「ねぇ、そこの人」

「……?何か、用だろうか」

「あんな風に言われて嫌じゃないの?」

あたしは、思ったことをそのまま口にした。

この男の人が悪い人に見えなかったから、軽い気持ちでそうしてしまったのかも知れない。失礼だけれど、あたしには不思議でしょうがなかった。


彼らのやりとりを見て、あたしは人に苛まれるのも嫌われるのもすごく怖い、と思った。


あたしは幸運で、先輩やジャネ兄のような優しい人にお世話してもらっている。

目覚める少し前は、あたしを巡って沢山の使士が喧嘩をしていたらしいけど、先輩が助けてくれた。

でも、あの男の子は違うのかな。

あたしなら。

「……どうだろうな。あまり、考えてことがなかった。こんな俺を慈しんでくれた者には、尽くすのが、当然だから……」

「慈しんでたの?あれで?変なの……」

普段のあたしなら、いくらあたしでももっと言葉を選べたと思う。

多分、あたしが嫌だったから、こんなこと、初対面の人に言うのだ。

「レトちゃん、気持ちは分かるが、事情ってものがあるさ」

ジャネ兄に肩を叩かれて、はっとした。

「あっ……ごっ、ごめんなさい!急に、急にこんな……」

男の子から叱責が飛んでくるかと思ったが、飛んできたのは笑顔だった。

「いいや。ありがとう。その言葉は、他人をおもうこそだ。……名は、なんと?」

優しい太陽のように真っ赤な左目が、素敵な人だった。

ジャネ兄のギラっとした赤とはまた違う、宝石の様な瞳。

先輩のどんな光も飲み込む暗さと全く違う、輝く瞳。

前髪に隠れた右目は、どうやら青いみたいだった。

「レト。レト・ソテイラ……あなたは?」

「ギシュティバル・ラーダーという。……君の言葉を、少し考えてみる」

男の子は目を細めて、何処か遠くを見つめながら、去っていった。


不思議。本当に。こんなに人の苦しみ……ともわからないものに気を病むなんて。あたし自身の事のように。

先輩が戻ってくるまで、あたしはギシュティバルの背を見ていた。








使士協会のあるテッサリアに着く頃、ジャネ兄に連絡が入った。

あたしたちにも後日騎士団に来て欲しい、とのことだった。ジャネ兄が嫌そうな顔をしていた。

あたしも嫌そうな顔をした。お休みが減ってしまう!

でもしょうがないし、ジャネ兄に会えるからいいやと納得して、協会でジャネ兄とわかれ報告に行った。


使士協会。

使士と呼ばれる、使い魔を使って異星の魔物を倒す魔術師達の組織。

聞こえは良いが、個人戦争屋と言っていいと先輩はいう。

実力主義だけれど、倫理観はピンキリ。最低限の規約さえ守れば、使士の称号を持っていられる。人手不足だから。

ただし、その最低限の規約に抵触した場合、どうなってもおかしくない。星を守っているのだから。

そういう場所が、あたし達のお仕事場なのだ。ちょっと怖いけれど、先輩がいるから怖くない。

魔術とか怪物とかなんて大っぴらにできないから、殆どの使士教会支部は研究機関や宗教団体を装っている。

ここテッサリア支部は、普段は図書館として営業している。先輩とあたしはここに籍があるので、先輩の表の職業は司書さんと言うことになるのかな?


図書館の門を潜って、特別なカードでしか入れない部屋へと入っていく。傍目から見るとバックヤードにしか見えないけど、その先はまったく違う世界。

使い魔の売買、研究、化物の情報集積、任務の受領、報告とかは、みんな支部の中で行なっている。

色んな部署があって、それぞれ使士や使い魔が職員をやっている。SCPがSCPを破壊・研究すると言えばわかりやすい、らしい。なんのこっちゃ。


病院の受付のような報告窓口に向かう。

そこには、赤毛を腰まで伸ばした、ツリ目の綺麗な女の人がいる。

「ベリィ、例の合同任務の報告にきたぜ」

「今回は真面目にやったんでしょうね」


彼女の名前はベリィ・クルヌギア。人型使い魔の女性で、ここテッサリア支部の使士任務管理をやっている人だ。

「開口一番それかよ。まぁ、誰かさんが気を回して親友と仕事をさせてくれたお陰で、モチベーションは高かったね」

「ふん……あれは先方の望みよ。大枢機卿、よっぽどベルモンド卿に好かれたいみたい。

ほら、さっさと報告書を出して」

先輩が飛行機の中でガリガリ書いていた報告書を出す。意外なことに、いつも不真面目そうな先輩でも、報告書は真面目に書くのだ。

多分ベリィさんにめちゃくちゃに言われるからだと思う。

「なるほどね。レトちゃん、順調に魔術を覚えてるみたいじゃない。えらいえらい」

任務を終えると、ベリィさんは憧れちゃう綺麗な笑顔で褒めてくれる。あたしの大切な楽しみの一つだ。

「俺に労いのことばないのかよ?」

冗談半分、悲しみ半分で先輩が尋ねる。

ベリィさんの金目がジト目になる。

「変態にかける言葉はないわね」

「ヒァ………」

うーん。仲良しだぁ。

「解放者……解放者ねぇ。貴方、この件は追うの?」

「追うったってな……手掛かりもないし。今んとこ人類に敵対していないなら、放置するしかないのでは……?」

「ま、そうよね。この件はジルに伝えておくから、続報が入ったら教えるわ」

報告書をひらひらさせながら、ベリィさんは次の資料を取り出す。

先輩と騎士団への報告日程や、報酬の受け取りについて話しているみたいだ。

同じ使い魔でも、あたしとベリィさんは全然違う。

ベリィさんは、稼働して長いらしくて、とっくに人権も認められている。スレンダーな美人で、知的で、とってもかっこいい人だ。

彼女の主も凄い人らしい。とっっても頭が良くて、予知じみた事までできるらしい。ジル、というのはその人のことだろうか。

先輩とベリィさんはまだお話中。

置いてけぼりなのが寂しいけれど、この待ち時間も悪くはない。後でいっぱい構って貰えば良いのだ。






数日後。フランカ国、聖霊騎士団第十三師団本部に、あたしと先輩は呼び出された。

数人の師団員に通された師団長の書斎で、ジャネ兄はSw◯tchをやっていた。

「……ガラハド、勤務中じゃないのか?」

「あ〜〜。今日は非番だからさ〜〜」

すごく投げやりな答えを返すジャネ兄。

非番なのに職場でゲームをやる意味とは。

「団長。確かに今日貴方に職務はありませんが、非番ではありませんよ」

「ほら、BLAZB◯UEやってないで、ちゃんとお二人に説明してください!」

「ぶぇえ〜〜〜ちくしょぉ〜〜〜」

奇声を上げながら机に突っ伏すジャネ兄。

ふざけているのか本気なのか、イマイチわからない落ち込み方だった。

「どうしたんだよお前……何があった?」

先輩には本気で落ち込んでいるとわかったようだ。やっぱり、付き合いが長いからだろうか。

赤ん坊の頃から知っているというからには、並ではない理解があるんだろう。

あれ?ジャネ兄っていくつで、先輩って今いくつなんだろう………あれ?

先輩は若い男の人だ。勿論ジャネ兄も。

計算が合わないぞ?

まぁ、世の中変なことがいっぱいあるし、後で聞けば良いよね!




ジャネ兄の話はこうだった。

任務の報告を終えて、故郷フランカ国に帰ってきたら、ベルモンド大枢機卿から連絡が来た。

「ガラハド卿。今回の任務、実に手際の良いものだった」

「……ハイ」

「そこでだ。今後の騎士団と使士協会の連携を考え、卿を暫く使士協会に派遣したい」


「………………えっ?」


こんな感じで未知の業界への出向(?)が決定したので、あの任務が終わってから、ずっと引き継ぎをしていたらしい。

団員さん曰く、団長がいなくても一、二年は大丈夫だと。

またその言葉もジャネ兄を傷つけたようだ。

「それで?俺たちが呼ばれたのは、やっぱりアレか?お前の面倒を見ろってか?」

「そういうことらしいけどよ……ん?待てお前、この話を聞いてねぇのか?」

「ああ。ここに呼ばれたのは、次の合同任務の調整って話で、お前と組めなんて話は聞いてないぜ」

ジャネ兄は跳ね起きて、そしてまた脱力して机に突っ伏す。

「あのオッサン連絡通してなかったのか……?なんでそうなる……?」

どんどん萎れていくジャネ兄。辛辣な視線を投げていた団員さん達も、だんだん可哀想な小動物を見るような目になっていく。

これが……閑職なのかな?

「ふぅ……ま、協会と騎士団は仲のいい方じゃないからな。連絡の行き違いの一つや二つあるだろ。

……お前と組むのに異存ないし、連絡まわりは若干どうでも良い。レト、お前は?」

考えるまでもない、OKだ。

もっともっと、ジャネ兄について知りたいし、一緒にお仕事をしたい。

そのままに先輩とジャネ兄に伝えると、ジャネ兄の表情が凄く明るくなった。

「そうか……そうかぁ…………」

そうして、あたし達はジャネ兄とお仕事をする事になった。

ジャネ兄があたし達と組んだのは、先輩が大好きなのもあるけれど、大枢機卿の頼みを断って師団の立場を悪くできないと考えたからだと、団員さんに教えてもらった。仲間思いの良い人ですね、というと、サボり癖があるけどね、と返された。


あたし達は現状、大陸東部のテッサリア共和国で暮している。

ジャネ兄は大陸西部のフランカ共和国だ。

ジャネ兄は自分がテッサリアに移住する、と言ったが、先輩は拒否。

いくら出向しているとはいえ、師団から極端に離れるのは良くない、身軽な自分達がそっちに行くと言って譲らなかった。あたしなんかは身軽さの化身なので、先輩さえ居るなら後はあまり変わらない。だからあたしも先輩の側にまわり、あたし達はフランカにお引越しになった。

ジャネ兄は、ならば住所はベルモンド家の別荘を提供する、と言い出した。

先輩は渋り、ならばせめて家賃を払うと言い、ジャネ兄は騎士団が言い出した事だから要らないし引越し費用も持つ、と言い出し……よくわからない譲り合いケンカが起きた。

そうして二人はレースゲームで勝敗を決そうとしたりして、全然勝負がつかなくてジャネ兄の家で一泊したりした。

結局、ベルモンド家の別荘に住み、家賃は払う、引っ越し費用はジャネ兄持ちという所に落ち着いたけど。

この二人がいると、楽しいことばっかりだと知った。


フランカ共和国に移住の手続きが終わった頃には、家財の運び出しも引っ越しや、使用人さん達への挨拶も終わった。

あたし達が借りる家の周辺は、殆どがベルモンド家の別荘や土地で、ご近所さんはいない。

近くには教会がある。ジャネ兄が司祭として所属する教会で、先輩も昔からよく行っていたという。

とりあえず御近所トラブルはなさそうだった。

ベルモンド家の別荘の中でも一番小さい家を借りたのだが、それでも、二人で住むには広い。

恐るべし、ベルモンド。


落ち着いた後の休日はジャネ兄に連れられて、フランカの観光名所を回ったりした。

テッサリアとはまた違った、キレイで人のたくさんいる国だった。

すっかりフランカに住む実感が湧いた頃、先輩にお仕事の連絡が入った。

次はこの星をぐるっと回り込んで、中の国へ行くそうだ。

あたしは当然どこぞ?なんぞ?なので、お仕事までの間、お勉強。

先輩が中学生向けの地理の本を買ってきてくれたので、それを読む。わからないところは先輩に聞く。わぁお、先輩が先輩らしいことをしている!というと先輩に小突かれたので、大人しく本を読んでみる。



中の国。

古来より文明の栄えた地で、様々な国が現れ、様々な民族が流入し、文化的にも政治的にも大陸東部の中心。

現在、人口において世界一を誇り、世界の工場と呼ばれるまでである。

貧富の差やら制度の粗やらは大陸西部の国に指を刺されることもあるけれど、そんな国々も、中の国無しでは生きていけない程に大国。

また、和の国跡地の前線としての役割も持つ故に、多くの国が干渉と監視を試み、当事者たちはそれに反発する。


……また新しい国が出てきて混乱したが、この国は非常にややこしい経緯を持つので、またの機会に教えてくれるそう。今は、立ち入り禁止の激ヤバゾーンだと覚えておく。


中の国の事が軽くわかったところで、先輩に今回の任務のことを聞いた。

今回は、中の国沿岸部で見つかった、「和の国由来の遺跡」探査。

沿岸部というと経済特区で、開発が進んでいる。

なのに今の今まで発見されず、更に古代和の国と関係があると推測され、激烈にヤバそうで先輩に回ってきたとのこと。


「今回は何が起こるからわからない。ま、いつもそうだが、今回は特にだ。俺が危ないって言ったら、必ず退け」


「はい、わかりました」


先輩にしては珍しく、おどけもせずに言うのでついついキリッと反応してしまった。

それ程に、和の国絡みというの面倒なんだろうな。

でも、先輩はあたしを連れて行くことにした。

あたしだって、それなりに先輩に信頼されているのだと思うと、ちょっと笑っちゃう。

「おーい、人が珍しく真面目にしてるのに、そのだっらしないニヤけ顔はなんだよ」

また小突かれた。いてて。


そんな風に任務について話していると、インターフォンが鳴り響いた。

「はーい」

先輩が居間を出て、玄関に行く。

しばらくして、聞き慣れた声が聞こえてきた。

「そうそう。今回、国連からだろ?ヘマしたら色々睨まれそうだしよ。打ち合わせはしとこうと思ってな」

「いつも通り、お目付役も来るしな。ここじゃなんだ、上がってけよ。そもそもお前の家だし」

来たのはジャネ兄のようだ。

話の内容からすると、今回の任務のことっぽい。


今回の任務は国連からだ。

国連には極秘裏に、宇宙からの化け物に関する「部署」がある。

そこは、様々な組織を超えて協力、時に管轄する。

カルト的な小規模組織から、使士協会みたいな大規模組織まで。

「部署」は実質、化け物討伐者達の総本山なのだ。

協会も、国連相手となると慎重にならざるを得ない。国連も国連で、使士の実態調査として色んな使士に任務を投げる。監視員付きで。

「レトちゃんのこともあるし、俺も監視員には気ぃつける。契約したてのころは、国連にも色々聞かれたんだって?」

「あいつがあんまり巧妙に隠されてたから、白黒戦争時代の権力者かもって凸って来てなー。わからん帰れって追い返した」

「そうか……本当、お前が奪い合いの場にいて良かったと思うぜ。各組織に単独で喧嘩の売れる使士なんざ、お前含めて何人いるよって話だもんな……おーこわ」

廊下から和気藹々とした会話が聞こえてくる。

先輩がそんなにすごい人なんて知らなかったり、あたしが目覚める前の話をしてたり、知らない戦争の名前が出てきたり、聞きたいことがありすぎる。

というか、先輩はやっぱり説明が足りない。自分のことを全然話してくれない!

二人が居間に入ってきたところで、あたしは思わず立ち上がった。

「ちょっと先輩!あたしが目覚める前の話はなるたけしてくださいよね!あと先輩のことも、もっとちゃんと教えてください!」

先輩が気まずそうに横を向いて、機会があったら……とはぐらかす。

「諦めろレトちゃん。俺様、二十二年来の付き合いだが、コイツの過去なんて全く知らん。そういうやつだ」

いやぁそのほうがミステリアスじゃんとかぬかす先輩。ぐぬぬ……いつか絶対聞き出してやる……。

席についたジャネ兄に宥められながら、仕事についての打ち合わせを始めた。

と言っても、ほとんど目的地と内容、今わかっている情報の確認だけだ。

目的地は中の国東端にほど近い遺跡。

外壁に碧色の雨の装飾があったことから、碧雨遺跡と仮称が付けられた。

放射性年代測定では、だいたい二千年前の遺跡とのこと。

任務内容は、遺跡の探索。使い魔になれる存在があれば確保、それ以外は写真に納めて放置。

脅威があれば然るべき記録のうえ無力化。

要するに……後の調査のための露払いをさせられちゃうのだ。面倒だね!

「さぁて、あとは監視員の事だな」

ジャネ兄が首を回しながら欠伸まじりに呟く。

背もたれに体重を預けて、気怠そうに天井を見る。

「そればっかりはな……現地集合だからな。もはや運だぜ」

先輩は右手で頬杖を突き、目を細めながら資料を見つめ直した。

「『部署』は相変わらず好き勝手やるだろうからな。レト、連中には気を付けろよ」

資料から目を逸らして、あたしよ顔を覗き込むようにしながら先輩がいう。

「わかりました。……具体的にはどんな感じに気を付ければいいんですか?」

途端に先輩の顔が崩れ、ジャネ兄がクスクスと笑った。

これだから天然は困る、と首を竦めて先輩は立ち上がってあたしの後ろに立つ。

そして、あたしよ頭をわしゃわしゃと撫で回す。

髪の毛が!静電気が!!

「あー。やっぱり無し。お前は気にするな。何かあったら、俺がなんとかするから」

保護者だしといって、先輩はあたしの頭を軽くポンポンした。

その時の先輩はとても優しくて、遠いところまで映すような目をしていた。

先輩の昏くて紅い瞳を見て、あたしは守られてばかりじゃダメだと思った。

何を気を付ければ良いのかわからないけれど、この深すぎる目に全てを委ねるのは、なんだか怖かった。いつもの先輩の筈なのに。

怖さに気まずさを感じて、ジャネ兄を見やると、少し顔色が悪かった。

先輩の顔を直視したままピクリとも動かなかったけれど、すぐにハッとした様な顔をして、俯いてしまった。

ジャネ兄も先輩の瞳が怖かったのだろうか。

それとも、あたし以上の何かを感じたのだろうか。

先輩もまた何かに気づいた様な顔になって、慌てて手を引っ込めた。



いつも通りの薄ら笑いを顔に張り付けて、先輩は後ずさる。

「ハハ、顔がいい男は大変だねぇ。レトちゃん、ビビってるぜ?」

ジャネ兄もいつも通りのニヤけ顔をして、さっきの様子をカケラも見せない。

あたしの勘違いだったのかと思うほどに、二人は最後までいつも通りだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ