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ルルリアレ。

大陸中南部に位置し、多種多様な気候区分の土地を持つ国。

古くから様々な多神教が栄え、様々な哲学が興隆した地。

かつてはブリタニアの植民地であったが、今や有数の人口を誇る、IT国である。

ただ、ブリタニア時代の傷跡は残り、ブリタニアの人体実験施設があるだの、ブリタニアから来た邪教が現地の教団のフリをしているだの、オカルトな噂は絶えない。

今回俺たちが任務で向かうのは、サバナ気候に分類される地域の、小さな農村である。

「あーあ、俺にも水適性があればなぁ…」

不自然に漂う冷気をかき込む様に襟をくつろげ、バタつかせながらガラハドが呟く。

本来なら熱帯に属する地域だが、俺が冷気の魔術を起動していた。

「そればっかりはなんともな。俺だって風属が欲しかったぜ?」

この世界の魔術は、大まかに六つの「世界の要素」で成っている。


地属性

大地、母胎、鉱物、大衆の属性。


水属性

水、流体物、水棲生物。あるいは命、低温の属性。


火属性

炎、高温、破壊、蹂躙、文明、明瞭の属性。


風属性

強風、天候、流布、伝染の属性。


天属性

空、空虚、器、広域、空間、神域と人域の境、天体の属性。


識属性

認識、幻惑、霧、伝承、人格、加護の属性。


魔術の適性のある人間は、これらの1〜3の属性に適性を持って生まれる。

ガラハドは識、風。

俺は水。

適性がない属性の魔術は扱えない訳ではないが、莫大な魔力を要する。

また、適性にも強弱は存在し、適性の数が多い程、適性が強いほど、その人数は少なくなっていく。

魔術世界が狭いため、全属性ともなると、とんでもない身バレ率を誇る。

「へへん。あたしは全部ありますから、いつでも頼ってくださいね!」

何故こいつが俺の保護を必要とするかというと、全属性を超高強度で保有していたからである。

「お前はその前にコントロールの勉強だ。暖房爆発させやがって……」

「ば、爆発……お前も大変だな……」

杖を振り回すレトを、爆発物を見る様な目で見るガラハド。

あー懐痛い。養育費と思えば安いもんだが。


ぶつくさ言いながら歩いていくと、目的地——アグニ寺院に着いた。

アグニというは、ルルリアレの旧い炎の神だ。

例の教団は炎神信仰に紛れて、外の星の邪神、クトゥグァを信仰していたという訳だ。



神の姿が優美に彫り込まれた、こじんまりとした寺院を見つめる。

不気味に静まり返ったその寺院は、無機質な畏怖を伴っていた。

何と言わずとも、ガラハドが頷いて識の魔力を込めて、耳を澄ませる。

「Vide et audi」

レトに目配せをする。

俺の使い魔はにこっと笑うと、杖を振り上げて、力をガラハドに注いでいく。

彼女の有り余る力は、適切な制御無しでは天災となる。危険の少ない援護魔術で、少しずつ慣れさせるという寸法だ。

「Ut benedicat tibi Dominus」

高められた認識の力が寺院を包む。

気配は十数と言ったところ。配置や大まかな生命状態は、命を司る水の力を注ぐのが適当だろう。

故に。

「vita」

広がっていく識の力が細波を帯びて、寺院に染みてゆく。

細波の反響が脳裏に響き、建物の内側を思い描かせる。

……何かが、おかしかった。

「……なんだ、こりゃ?」

ガラハドが首を傾げ、俺を見やる。

俺は同意する様に困惑を目に示す。

「ほぼ全員発狂してら。その上……これは凍傷、火傷……凍傷しながら火傷を、している」

火傷はわかる、炎の精に焼かれたのだろう。

だが凍傷となると話は別だ。

クトゥグァ関係で、冷たいものとなると……。

「炎の精だけなんて訳にはいかねぇか。急ぐぞ」

走り出し、寺院の中に3人で滑り込む。

伽藍——と言うべきか——に鎮座するアグニ像を模した邪神像のさらに奥、信者の集会室へ走り込む。

炎の紋が描かれた、大きな床の部屋だった。

石造の寺院で全面的に古いのだが、床だけ真新しい。まぁ、そういうことだ。

地下室があって、信者と炎の精の一部はその奥。

人間はほぼ発狂か重傷。炎の精は大した知能を持たない。だったら……。

「よぉし、派手にやりますか!」

「なんで???」

「地の文は俺たちには認識出来ないんですが?」

左右から非難とも疑問とも付かぬ声が飛んでくる。

おおメタいメタい。


アハ、と笑って流しながら部屋の中央で体を捻って飛び上がり、回転しながら両手のガンブレードの引き金を引く。

銃声に次ぐ銃声と共に、床に真円の穴が空く。

ふわり、と宙で身を翻して真円の中央に着地。

そのまま、抜ける床と共に……地下へと舞い降りた。


砂煙が止んでから、肩に銃を掛け、前方に見える灯に歩み寄る。

レトとガラハドも飛び降り、各々構えをとる。

灯火は次々と顕れ、主に焼けた人間の供物を捧げるべく寄ってくる。


「さ……はじめようか?」




「Stagnatione putidus」


まずガラハドが駆け出し、風の詠唱をする。

炎の精に流れ込む空気が止まり、炎が小さくなっていく。

すかさずガラハドは両手に十字架を握る。

十字架の先端から、魔力でできた菫色の糸が伸びる。

糸は交わり、絡まり、やがて……鞭となった。


「そらよ!」


十字架を後方に振り上げて、鞭を宙に浮かせる。

そして前方に振り下ろし、鞭を反動で叩きつける。

物理法則に則ったとしても、この動きで鞭の先は音速を超える。

だが超人的かつ魔力を込めた一撃は、それを遥かに上回った。

バァンッという凄まじい破裂音と共に、炎の精はコアを潰されて霧散する。打撃の余波が、地下の床にヒビを入れた。


そんな光景を見ながら、俺もちゃんと仕事をしていた。してたよ。


柱に手をかけて、柱の周りを回転しながら、手足を縦横無尽に動かして、群がる敵を、水の力の籠もった弾でブチ抜く。

時折両手を柱にかけて、体を大きく捻って、柱の周りを大回転キックする。

いわゆる、ポールダンスの要領だ。

肩口に銃を構えて撃つ、右脇に構えて撃つ、足を通して撃つ、足を上げて撃つ。

次々の潰れていく灯火に、恍惚を覚えて、一つ踏みつぶし、一つの揺らめく炎に手を差し入れて、口付けるままに撃ち抜く。

炎そのままの熱さが、一瞬で冷めて無に帰す様に、恍惚は深まっていく。



レトがそんなラリった俺を見て目を輝かせ、何を思ったか奮起する。


「おお!流石先輩です!

あたしも負けてられません!

——いっきますよぉー!」


強大な、強大すぎる水の力が高まっていく。

炎の寺院に似つかわしくない冷涼さが満ち、このあとやって来る大災害を物語る。

まずい!

「!?おい待てレト、それは……!」

「あ〜こう言う事ね、確かに爆発するよな〜!」

『Redundantiam!!!!』

小さな水滴が、空に浮かぶ。

それが、どこからともなく顕れた水を吸い上げ、急激に巨大化する。

水滴が人の頭ほどになった瞬間——破裂。

ひたすらに膨大な水の力が疾走し、魔力でできた水が穢れを洗い流さんと溢れる。

視界が途切れるほどの遠くまでも、おそらくこの地下空間全てを満たす水量で。


炎の精達は悉くかき消え、跳躍によって難を逃れた俺とガラハドは、氾濫した大河川もかくやと言った地下空間を見つめる。

「水の性質はちゃんと調整されてんな。なら、信者共は生きてんだろうけど……」

腰を下ろし、地下を覗き込みながらガラハドは呟いた。

「……レトちゃん、人命は考えてたけど、こりゃ……大雑把というか、持て余してるな」

耳が痛い。彼女の性質もあるが、勿論本質的には俺の教育が問題だ。力はめちゃくちゃでも、心は子供なのだから。

したり顔で待っていたレトを褒めながら説教し、一気に湿った地下を進む。

何もいない道中を進んで、何の捻りもない隠し扉を破壊して、最奥の部屋にエントリーした。

レトの力は恐ろしい。悪用されるようなことだけは、今後も防がなくてはならない。

「ハァイ、おげんきでーすーかーっと」

「ひいっ」

座り込んでいた男に銃を突きつける。

部屋は割と小さく、中央に不気味な魔法陣が浮かんでいる。

狭い空間のそこ彼処に、火傷や凍傷を負った者らが倒れ伏している。もはや何ともつかない、消し炭も転がっていた。クトゥグァの狂信者達だ。

レトは少し顔を歪め、ガラハドも眉をしかめる。

「やだなぁ、そんなにビビらなくてもね?俺はちょーっとお話が聞きたいだけ。聞けたら、然るべきところに預けて、安全で真っ当な生活を保証する。

少なくとも、お前らがお呼び出しになったモノを覚えて生きるより、ずっとマシだ」

「し、知らない!何も知らない!何も!ああもうやめてくれ、もう嫌だ!なんで、なんでこんな、嫌だ、嫌だ嫌だ痛い痛い冷たああああ!!」

まぁ、こうなるわな。

恐怖にかこつけて口を割らせようにも、その恐怖が天元突破してるので無駄。それはわかっていた。

多分、レトの洪水魔術があろうとなかろうとコイツはこうだったろうしな。

「クロナガ。取り敢えず俺がやるから、お前らは傷の手当てをしてやってくれ」

「おう」

ガラハドは腰を下ろして、目線を信者の男に合わせる。

彼の赤い蛇の目は、じっと見つめられると中々インパクトがあるモノだ。

「Credo」

識の魔力が男を包み、男は虚な瞳でガラハドを見つめ返す。

『俺達は決してお前を害しないし、お前の事を信じている。さぁ、何があったのかを話してくれ』

男は暫くガラハドを見つめた後、少し安堵したように口を開いた。

「俺達は……いつものように、クトゥグァ様を称える儀式を……して、いて……使いたる炎の精霊を呼んで…………そう、したら」

『ルリム=シャイコースは呼んでいないのか……?』

ルリム=シャイコース。

クトゥグァの眷族、アフーム=ザーの下僕である、冷気を吐き出す巨大な白い蛆のような怪物。

クトゥグァ絡みで冷気といえば、コイツのはずだ。

「呼んで……いない……」

発狂していて、その上ガラハドの魔術にかかっている。嘘がつけるとは思えない。

「……レト、魔法陣の解析頼むぜ、一応」

「わかりました、先輩!」


レトは杖を振り上げて、識の魔力を全開で注ぐ。


ガラハドは、男に続きを促した。

「……そうしたら、女が……来た……。新たな信徒でもなくて、上の寺院から迷ってきたわけでもなかった……その黒髪の女は……お、俺達に……」

男が震え出した。最も恐ろしい記憶に近づいているのだ。ガラハドは識の魔力を練り上げ、更に魔術を強める。

「先輩、ジャネ兄、解析終わりました!この魔法陣、炎の精召喚以外の機能はありません!」

「ありがとう、レトちゃん。つまり、凍傷の原因はその女ってわけか」

「使士か?任務の重複なんてそうそうないと思うけどな……ま、続きを聞こうぜ」

手当が終わった信者を気絶させて床に転がす。

治療魔術は、かなり適性を問う魔術だ。俺では応急手当がせいぜい。あとは使士協会に連絡して、然るべきところにブチ込んでもらう。

「……女は、灰色の炎を出した……その炎は、異様に冷たくて……冷たく、て……女が来た途端、精霊達が言うことを聞かなくなって……女は精霊もっ、俺たちもっ、構わず焼いた!仲間が何人も凍って、精霊も殆ど凍って消えてっ、そうでない精霊は逃げるか、俺たちを焼いた!魔法陣も壊された!!悪魔…………悪魔っ……!!」

異界の化物呼んどいて他人を悪魔呼ばわりとは、相当に恐ろしかったのだろう。だが、問題はそこではない。

「灰色の冷たい炎を操る人間……まさか」

「そんな奴の話は聞いたことがない。

——アフーム=ザーの『解放者』かもな」

狂える文により、そとの世界の化物達を伝える文学者達がいる。

彼らは夢旅行人と呼ばれ、国家単位で存在を秘匿・守護される。

そんな彼らの一人が、アフーム=ザーの封印を解く運命を背負わされた人間、アフーム=ザーの解放者について言及した。

炎のような痣を持った、人間。

灰色の冷たい炎、アフーム=ザーに見初められたもの。

「この寺院を攻撃したってことは、人間側……なんですよね?」

レトが不安そうに呟く。

レトの頭に手を置いて、わしゃっと撫でると、レトは不思議そうな顔をした。

「ま、だろうな。クトゥグァ絡みの場所を攻撃したってことは、そうだろう。ひとまずは安心だ」

「それでも、発狂したら分からんがね……ありがとう、もう、眠っていいぞ」

「う……皆…………」

悲しげに呻いて眠る男を尻目に、ガラハドは立ち上がる。

遺体とも似つかぬ姿に変えられたもの達に向かって、ガラハドは十字を切る。

「きっと……天の国にゃあいけねぇだろうけど……それでも、改心する権利はある。安らかに、とはいかねーけどよ」

「Au revoir」

こういうところを見ると、コイツの信心深さを思い出す。

問題の多い奴だしふざけているが、神への敬愛と信仰は底知れない。

「俺たちも手を合わせるか、レト」

「はい」

手を合わせ目を閉じながら、死、もとい、殺しを思う。


俺達は、人類の生存の為に狂信者を殺す。

今回はその必要が無かっただけで。

だが、そこに何の違いがあるのか。

避けられぬ人間の矮小さ故に、心の弱さ故に、狂信に溺れる者達。

知り得ぬ、大きすぎる驚異に怯えて、必死に排除する者達。


どちらも、邪神に相対した者としては、当然の反応……種としての生理現象だ。

俺達に、彼らを責める権利はない。

しかし、冥福を祈ることもできない。互いに。



周囲に炎の精がいないことを確認して、俺達は帰路についた。

アフーム=ザーの解放者。

また、厄介な者にぶち当たったものだ。





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