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はじめてのお仕事

「そろそろ目的地ですかぁ、先輩ぃ……」

岩に囲まれた草木を踏み締め、踏破の証とするように、手にした杖を突き立てる少女。

可憐なかんばせは汗ばみ、豊満な肉体は熱をこもらせる。

「地図が正しければな」

答えた青年は、振り向くこともなく、少女の五歩ほど先を歩く。

離れては立ち止まり、少女に合わせて歩幅を落とす。

ここは所々奇岩が突き出し、視界が悪い。

石灰岩が雨に溶かされた、所謂カルスト地形が広がっているからだ。

あちこちに穴があり、足元もおぼつかない。

更には、岩の後ろにナニカの気配。

そんな地を、少女は警戒半分、好奇心半分で、見渡しながら歩いて行く。


「本当にいるんですか?そんなヘンなの」


暫くしたところで、少女が尋ねる。

青年はやはり振り向きもせず、岩の欠片をを踏み砕きながら答える。


「まぁ、いると思わない方が普通だ。

俺たちが相手にするのは、基本そういう、

"存在を肯定出来ないもの"だからな」


「わかりやすくお願いしますぅ!」


子供のように頬を膨らませ、青年を非難する。

自分が上手く理解できないと分かって、はぐらかす様に答えるのは、青年の癖のようなものだ。そんなのは、映画の中だけでいいよ、と思う。

そんな少女の異議に答えてか、静まり返っていた奇岩に、二人以外の音が響く。


「噂をすれば」


青年は岩の柱を背にし、ナニカの息遣いを感じると、後ろにいた少女を見つめる。


光のない真紅の瞳が、眩い黄金の瞳を映し出した。


「………いけるか?レト」


少女は大きくうなずき、手にした杖を振りかぶった。


「もちろん!クロナガ先輩!」


微笑みを浮かべ、安堵したように息をつく。

次の瞬間、玲瓏たる笑みを浮かべ、クロナガは得物を引き抜いた。

両手に握られたそれは、二振り、いや二丁のガンブレードだった。

更に、大きく左脚を引き上げ、そのまま後ろに蹴り出す。

すると、大きな音と硝煙の臭いが立ち込める。

奇岩の向こう側に潜む息が、次々と敵対者の来訪を察し、音の方向を見遣る。


音は、銃声だった。


「わぁ、驚いた。ブーツって銃なんですね!」


「いやこれは俺のが特注だからな、勘違いするな?

……おっと、来るぞ。俺が前衛やるから、お前は上から、後ろを叩け」


「はぁい!」


クロナガは地面を蹴り上げ、岩の向こうへと躍り出る。

同時に、少女は杖を振りかざした。


「Ventum!」


旧い言葉を唱えるや否や、不自然な風が吹き付け、レトを包み、その身体は中空へと舞い上がってゆく。


空から見たそこには、なんとも形容し難い存在が群がっていた。

蛇頭の人間…いや、二足歩行の爬虫類というべきか。緑褐色の鱗、真黄色の虹彩に、時折飛び出す枝分かれした舌は、間違いなく爬虫類のそれだった。


「…………ッ」


胃液の逆流するような、暗澹たる思いを振り払い、レトは杖を構え、後方に控える蛇人間どもを見据えた。

既に、クロナガは攻撃を始めており、戦場に似合わぬ、舞の如き四丁銃撃にて、単独で前線を作り出していた。


レトは杖を両手で握り込み、眼前で回し、円を描きながら、祈りを呟いた。


「Apollon, Iovis et Martis.

Lux in caelo in illa potestas……」


眼前の円が緋い方陣を描く。

レトが杖を振り上げると、青空に同じ方陣が描かれ、広がっていく。

方陣はどんどんと大きくなり、後方の蛇人間を覆う程となった。

空の異変に気付いた蛇人間たちが空を仰ぎ、走り出すが、もう遅い。


「もーーえーーろぉぉぉ!!!!」


杖を思いっきり振りかぶり、重力に任せて振り下ろす。

刹那。方陣が眩き光をたたえ、幾重もの光輪を生み出す。

光輪の最奥から、赫奕たる光の矢が、蛇人間目掛けて撃ち出される。

光は竜巻となって、炎を孕み、蒼穹に赤を添え、蛇人間たちを巻き上げ、焼き尽くし、燃え上がる。

大凡、この星の者とは思えない悲鳴が、岩間にこだまして。

余りの炎は、前線の者すら焼き払い始めた。


「うわっちち!はぁ……火力だけはあるんだから……ッ!」


独りごちながら、クロナガは蛇人間を打ち据えた。

その舞は、手のひと凪で数十の命を奪い、雨霰と銀色の雨を降らせていた。


「はぁっ!」


地を踏みしめ、瞬間移動もかくやの縮地。

魔術を使い始めた蛇人間へ突貫し、風も過ぎぬ間にその心の臓を突き破る。

鮮血に濡れた刃を振り払い、背後の蛇人間をまた撃つ。

息をするより早く同胞が倒れ、確実に群れが萎んで行くのを感じ、蛇人間達は心底恐怖した。

……これは天敵だ、と。


「まだまだ、此処からが見所さんだぜ?」


血の音を恐れれば胸に風穴、

誰かの倒れる音に慄けば自分の音。


銃と剣の舞踏は決して止まず、踊りに誘われた者を全て冥府へと送り込む。


華麗なステップで肉を切り裂き、

軽快なターンで頭蓋を砕く。


足を回せば縦断が飛び、ゆびの微動で誰が死んだ。

一匹たりとも例外なく、舞の中で断末魔をあげた。


こうして前線は突き破られ、後衛は竜巻に焼き払われ、間も無く全ての蛇人間が骸と化した。




「お疲れ、レト。初めての仕事を終えてのご感想、どうよ?」


血塗れた地面を厭い、奇岩の上に腰を掛けるクロナガ。その表情は、実に飄々としたものだった。

レトは答える。


「面白かったです!」


「小並感あるな……というか、あんな化け物見て、殺して、面白かったのか?」

 

末恐ろしさを感じながら、茶化すように尋ねる。


「あ、違います。違いますよ。それは勿論怖かったんですが…思ったより簡単に倒せましたけど。

楽しかったのは、先輩です!」


「俺?……が?」


予想外の返答に、思わず思考を巡らせる。

何かヘマっただろうか、それとも何かボケでもない言葉をボケと捉えられたか……この天然には何が面白かったのか。

しかして、その答えは、


「先輩の動きです!」


「………は?」


キラキラと、憧れの何かを想起するようなレト。彼女の話を要約すると、舞うが如き銃撃と斬撃は、どんなダンスよりも蠱惑的なのだそうだ。

彼女は、ステレオタイプな女性的動きや姿に憧れを持つのだろうか。



「………ご立派ァ」

教育方針の四文字が脳裏に浮かぶ。

確かに、自分は戦闘となると半ばトランスし、魅せる動きを取ってしまいがちではある。とはいえ、娘のような、引き取った少女にそのように言われると、かなり、めちゃくちゃ、いたたまれない。


また見せてくれ、とせがむ彼女に、どうせこれから仕事で嫌というほど見る、と跳ね除けるクロナガ。

二人のお仕事は、まだ始まったばかり。

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