魅了爆発フワモテヒロインの誤算
自業自得なエンディングです。苦手な方はお手数ですがブラウザバックをお願い致します。
フィリアと名乗ったそれは、目の前のソファに足を組んで座り、私の侍女スピラに淹れさせた紅茶を悠々と飲んでいる。
見た目は15、16歳位、人形の様に整った中性的な顔からは男女の区別がつかないけれど、薔薇色の目尻と頬、深紅の唇、引き込まれる様な長い睫毛に縁取られたヘーゼル色の瞳は、今まで出会った誰よりも魅力的だ。
緩いダークブラウンの巻髪は首元までふんわりと広がり、庶民が着るシンプルなふくらはぎ丈のコットンワンピースから伸びた傷一つ無い白磁のような美しい足を組んだままゆらゆらと揺らしている姿は実に行儀が悪い。
『ハッピーエンドおめでとうございます。この度は大変多くの魅了の力をお使いになられたとの事で、契約を結びに参りました。わたくしフィリアと申します。短いお付き合いですから、名前などどうでも良いのですが、一応規則なのでお知らせしました。』
オーロベルディ王国の魔法学園を舞台としたネオロマンスゲーム、『オーロベルディ恋物語・光と影のオリベスク』のヒロイン、ラルンダ・スペクトラである私は、前世の記憶を使ってオーロベルディの王子ルクリウスを攻略し、更に逆ハーレム成功、エンディング卒業式での断罪を成功させて、私の為に用意された特別室に案内された。
先に部屋に案内されたというスピラがお茶の用意をしながら『後で殿下がお嬢様を陛下の元にお連れするそうです』と伝えてくれた次の瞬間、突然部屋が閃光で満たされて、気がつけば目の前のソファにそれが座っていて、無表情になったスピラがそれに紅茶をサーブしている。
基本不登校でギリギリの保健室出席と課題提出で高校を卒業した後、ニートゲーマーのまま成人した私。よくは覚えていないのだけど、激しい揺れに襲われたと思ったら、ラルンダに生まれ変わっていた。生まれ変わったと言っても、既に10歳、町の国民学校に通っていて、花屋の娘として育った10年間の記憶はしっかりあった。
元々ゲーム以外の事であれこれ考えたくない私にとって、衣食住で困らない10歳なら堂々と親に集れるなーと思ってひとまず状況を受け入れた。
ラルンダはふわりとしたセミロングのブロンドに、ホライズンブルーの瞳の王道可愛い系ヒロインキャラ。にこりと微笑めば誰でも心を許してしまいたくなる、にこぽヒロイン。12歳の時に学校の合唱祭で歌で心を癒す聖なる力が発動。スペクトラ魔法大臣の家に保護されて貴族のマナーを習い15歳で魔法学園に入学する。
ここからがゲームのスタートで、好感度が上下する選択式のメインシナリオと、隠しキャラを含めて5人の攻略キャラ専用オリジナルシナリオと、ステイタスを上げる五種類のミニゲームと、アイテムを買える本屋花屋雑貨屋があって、ゲーム内時間の三年を使ってエンディングを目指さないといけない。
このゲーム、通称ベルベスに逆ハーレムは存在しない。一人の好感度を上げると、残り四人の好感度が若干下がる。だから自分がラルンダになったと気がついた時、現実の今なら逆ハー狙えないかなって思った。無理なら諦めればいいだけだし。
それから、この世界がずっと続くのか、それともどんな形であれエンディングを迎えたら日本に戻るのか、実はあの時倒れてそれ以来起きずに夢みているのか。実際はどういうパターンなのか分からないから、縛りプレイをする事にした。いけそうなら逆ハー。無理目な攻略対象は放置する。無理だと思ったら引き下がる。単独王子エンドは狙わない。手に職をつける。
日本に帰れるのなら、正直何をやってもいい。ベルベスの世界を堪能し、持てる限りの記憶を使ってゲームでは有り得なかった逆ハーの為に、使えるかは分からないけど知っている仕様バグや実装バグを全部試しても、その後の生活が無いのなら問題無いもんね。
けど、異世界転生や異世界意識転生みたいになっていてエンディング後も生活が続くのなら、無駄な敵を増やすべきじゃないし、後で困る様な結果にしてはいけない。
例えば王子エンディング。シンデレラストーリーならめでたしめでたしで終わるけど、王子妃になるのは面倒だ。勉強どころか家のお手伝いですら真面にした事の無い、高卒のガチニートがいきなり国レベルの仕事を目の前にするなんて考えただけでも寒気がする。幾ら向こうが『禍い除けの祈りを捧げるだけでいいですよ』とか『難病を患う者を癒すだけで良いですよ』と言ったとしても、本当にそれだけで済む筈が無い。もし本当にそれだけでいいなら、
「聖女様には今後必要になりますから」
とか言って、お義父様や教会や王家が選んだ大量の家庭教師が、休日をゴロゴロして過ごそうとする私を叩き起こして追いかけまわす必要は無いもんね。
可愛い娘は気が向いた時だけ店に出て、ニコニコしていれば良いんだよと言われていた、花屋時代に戻りたい。とちょっと思ったけど、実際に戻ったら、長時間の店番とかさせられるに決まってる。世の中の大人は押し並べて嘘つきだ。小さい頃は何をしても「偉いねえ」とかいうくせに、ちょっと大きくなると「もう〜歳だから少しは自分の事は自分でやりなさい」とか「少しは親の負担を減らそうと思わないの」とか「親が死んだらどうするの?」なんて言ってくる。
それに、この世界は貴族と庶民の差が激しい。貧乏貴族や裕福な庶民もいるけど、ラルンダの家は平均だから戻ったら絶対働かされる。スペクトラ家で家庭教師から逃げつつ、学園では攻略を進めて、一番楽な相手とのハッピーエンドを迎えれば将来安泰。もし日本に戻ったとしても、周囲にチヤホヤお世話されなくなるけど文明とゲームにどっぷりの生活に戻れるんだから、問題無いし。
と思っていたのに。スムーズに逆ハー大成功するし、攻略者以外も皆んな私にどんどん優しくなってくし。
攻略は記憶頼りだったからそこは苦労したけど、簡単に好感度が上がっていくのが分かった。ステータス画面は無かったけど、ターン数の縛りが無かったからどんどん仲良くなっていけた。
ゲームで何かをする時は、時間を使う。1日が午前と午後の2ターンに分かれていて、学園内で一緒にご飯を食べたりお茶を飲んだり、城下町でデートするといったアクションなら午前か午後の1ターンを消費する。遠乗りやピクニックなら丸一日かかる計算で2ターン。もっと遠くへ行ったり、大きな儀式を行うのなら数日分。
けれど、実際の1日はもっと沢山の事が出来る。デートだって2時間あれば十分だし。そこで私はステータスのカリスマを上げる事にした。魅惑や魅力といったステータスカリスマ。ゲームでは隠しステータスでエンディングを迎えた時に数値が表示される。優秀な成績を取ったり、ダンス大会で優勝したり、困っている人を助けたりすると上がって、高ければ高いほど好感度が上がりやすくなる。
そのカリスマはアイテムでも上げる事が出来る。学園の裏に生えている薬草を使うんだけど、ゲームでは一度に1株しか最終出来ず、採集する行為で1ターン、2株必要だから一日掛かる。更にポーションに加工するのに14ターン掛かるから、掛かる時間と効果を考えると、デートやプレゼントをした方が効果が高かった。
ゲーム中は無理に上げなくてもと思っていたけど、現実世界になって試しに薬を作ってみたら、1時間足らずの採取で一度に複数の薬草が手に入るし、毎日の様にちょっと出掛けて複数採取して、その度に新しいカリスマ上昇薬を作っていけば常に作りかけのストックを確保しつつ、毎日上昇薬を飲めた。
だから、今の私は魅力の塊になっているかも知れない。その所為で、このフィリアとかいう偉そうなヤツがやって来たのかな。人外にも愛されるって感じ?けど、俺様キャラは嫌いなのよね。
『何やら色々考えておられる様ですが、ラルンダ様のカリスマは人のレベルを大幅に超えております。このままでいれば、人の心を惑わせる傾国として国を危機に陥れたり、ラルンダ様に魅了された者達による争いが起きる可能性が高いのです。私は人を守る女神から遣わされた者。ラルンダ様が新たなる生を受けられます様に最後の仕事に参りました。それがこの、契約です』
私のお気に入りのテーブルの上に、フィリアが一枚の紙を広げた。なんて書いてあるか読めない。
「何これ」
『カリスマが人の限界を超えている方が、新しい生き方をする為の契約書です。どうぞサインを』
「分からないものにサインするわけないじゃない」
『そうですか。では残念ですがラルンダ様は此処までという事で』
「ひっ⁉︎ 」
フィリアの口角がくいっと引き上がった瞬間、私は背筋に氷を当てられた様な恐怖を感じた。待って、これはヤバい。
「あ、ま、待っ」
『お考えが変わられましたか?本来なら一度しか確認しないのですが、私も無駄な殺しをしたい訳でもありませんし、どうぞ、サインを』
殺しって言った……。兎に角良くわからないけど、フィリアの力は本物だ。ベルベスの設定全てが頭に入っているけど、フィリアなんて名前はどこにも無かった筈。けど、背景やシナリオに絡まないのなら、載ってる筈が無いし、絶大な聖なる力を持っているラルンダが恐怖を感じるんだから、ゲームの枠を超えた存在よね。抵抗して良いことなんか無いに決まってる。
「これで良いの?それでも、もう忘れかけてるんだけど、もう一つの名前も分かる限り書いておいた方が良い?」
『いいえ、結構です。貴女はオーロベルディのラルンダ・スペクトラ。此の世界で力を持つのは此の世界の名前ですから。それにしても、本当にオーロベルディを愛されていらっしゃるのですね。嘗ての名を忘れても、此の世界を元にしたゲームに関わる全てを覚えていらっしゃるのですから』
ニタニタと笑いながらフィリアは胸に手を当てて優雅に頭を下げた。バカにしてる!今だけよ、お前の正体が分かれば、聖なる力で消滅させてやるんだから。それに、さっきの怖さも急に無くなったし。何なの、一体。
『さて、ラルンダ様。人間には有り得ない程のカリスマを持った者とは何でしょうか?』
「英雄や救世主や聖女でしょう?」
『それらはどれも人ですよね』
「では神様かしら。神様なら人を惹きつける力を持っているでしょ?」
『違いますね。神々が人を惹きつけるのは、その御力や御技や及ぼす恩寵や恐怖で、人の心を揺さぶるからです』
「何が言いたいの?サインだってしたんだから、持ったぶらないで欲しいんだけど」
ね?とみんなに愛される笑顔を作れば、フィリアが今までに見せなかった可愛い笑顔になった。やだこれ、ギャップってやつ?でもね、今更無駄無駄。何をしたって、俺様なのは知ってるんだから。
『人間の限界を超えた者は、魅惑の力を持った怪物ですよ』
「え?」
『おめでとうございます。日夜絶え間ぬ努力を続けられたラルンダ様には、吸血鬼でもラミアーでもサキュバスでも、御好きな魔物に変化していただく権利を差し上げます。お勧めは吸血鬼でしょうね。ラルンダ様は未来の宰相夫人、公爵令息と御婚礼を挙げられるのでしょう。そうなりますと、下半身が蛇であるラミアーと霊的な力が弱く弱点の多いサキュバスより、総合的に遥かに強い力を持つ吸血鬼なら、活動時間や場所に多少支障が出ますが誤魔化しやすいかと』
「なっ。ふざけないで!そんなのどれも嫌に決まってるでしょ⁈ 」
『ラルンダ様、貴女は人の理を超えたのですよ。視線を合わせて微笑むだけで、相手を誘惑出来るなんて人間技じゃありません。貴女は人の理を超えた、故に、人の神の管轄から自ら外れたのです。私は神の使いでもあり、ラルンダ様を魔の神に引き渡す使者でもあるのです』
何で⁈ だってゲームの中では幾らカリスマを上げても平気だったじゃない!
「あ、あなたは悪魔の使いなんだわ!」
『違いますよ。そうやって自分に都合の悪い事に対して、相手に責任を押し付けて目を反らしても何も解決しませんよ。宜しいですか?ラルンダ様は大前提の時点で大きな間違いを犯している。貴女の仰るゲームとやらは、貴女の前世の世界の物。重なり、揺らぎ、存在する世界の一つに住む異世界の力を感じる力を持った感知能力者が、此の世界を感じ取ってモデルにした物。幾ら似ていても同じでは有りませんし、ラルンダ様はそのゲームと同じ行動を撮った結果、通常では有り得ない程のカリスマを身につける事が出来たのですか?』
「そ…、それ…、は…」
ゲームはターン制。採取に一日、ポーション作成に七日、合わせて八日。確かに、ポーション作成中は他の事も出来たけど、八日で一ポイントの上昇というのは変わらない。けど、実際は毎日複数個のポーションを仕込んで、出来上がった分を全部飲んでた。だから、毎日複数ポイントが上がっていたんだ。
でも、だからって、モンスターなんて!
「私は聖なる力でオーロベルディに貢献してるんだから!」
『ラルンダ様の貢献なんて、真っ当に学び働いている数多いる子供達にも及びませんよ。普段は特権階級だけを相手にして、慈善をする理由は名声目当て、強い力を出し惜しみして己をよく見せる事にのみ使っていらっしゃる。ご安心下さい、モンスターとしての魅了能力があれば、ラルンダ様を深く愛する方々が貴女の秘密を守って下さいますよ。太陽の下に出られないだけ、銀の食器に触れられないだけ、食事が少々味気なくなるだけ、鏡に映らなくなるだけ、ご自慢の青い瞳が真紅になるだけです。昼間でも暗幕で閉め切った部屋なら大好きなティータイムを楽しめますし、完全に魅了の支配下に置かれた伴侶や配下は貴女を全力で守って下さるでしょう』
「そ、そんなの…」
『絶大な魔力を備えて基本的には不老不死、人を魅了し好意を持って接して貰える、崇拝者に協力して貰えば巨万の富も手に入る。例え愛する人と離れ離れになってしまって、ラルンダ様には永遠の時間がありますし、数えきれない程の愛の信望者がおられます』
私がなりたいのはそんなのじゃない!綺麗に着飾って、チヤホヤされて傅かれて、ガーデンパーティーで憧れの目を向けられたり、外国だって行ってみたいし、そこで愛を囁かれたい!薄暗いとこばっかりは嫌よ!
あ、じゃあ?
「じゃあ、じゃあ、太陽の下でも平気なものにしてよ!」
『絶大な魅了の力を持ち、見た目が人間と変わらず、光の力に属する太陽の下で平気でいられる魔物はおりません。ですから、聞きましたでしょう?生き方を変えますか、と。変えないのなら、此の世界では魔物以上の異物です。排除します』
「じゃあ、カリスマなんかあげる!無効化してよ!神様なら出来るでしょう?」
『貴女が勝手に無茶をして身につけたものを、何故こちらで解決しないといけないのですか?それに、もう貴女の体に完全に同化した力は消せませんよ。消すにしても代償が大きすぎますから、貴女を消した方が遥かに早いのです。死にますか?』
「い、嫌よっ!」
こんなに怖くて可哀想な私を助けようとしないなんておかしいわよ!面白そうにニヤニヤして、私の使用人を偉そうに使って、嫌味ったらしくカーテンを閉めさせて!私の部屋は、サンルームの付いた日当たりが良くて気持ち良い部屋なのにっ!
『では、これにて失礼致します。お話ししているうちに、ラルンダ様の変化が終了致しました』
「なっ⁉︎ そっ、そんなのっ、分からなかったわよ⁉︎ もしかしてお前自身が悪魔で、私を騙したの⁉︎ 」
『はあ、ラルンダ様は本当に矮小なバカでいらっしゃる』
「はぁっ⁉︎ 私はバカなんかじゃ無いわ!」
『それならそれで結構ですよ』
ソファから立ち上がり恭しく礼をするフィリアは、これ以上は無い位楽しそうにニヤついている。
『それではご機嫌よう、ラルンダ様。周囲の方を深く魅了して、早急に貴女を守る砦を作る事をお勧めしますよ。魅了されない相手からすれば、貴女は人間に巣食う災厄そのものですので、今後は貴女を滅ぼそうとする者達に狙われますからね。ああそれから折角魔物になったばかりで苦労するのは可哀想なので教えてあげます。貴女の並外れたカリスマは王家も目をつけておりますが、思い通りにならないのなら城の一番厳重な魔力や魅了封じの出来る牢屋で、貴女の力のみを研究する予定だそうです。
それから、貴女がとった方法ですけれど、誰でも出来る訳ではありませんので。貴女の魂に残った前世の名残で可能になっていた様です。ですので、どうやってそうなったかと真実を話しても理解して貰えず、延々研究されるかも知れませんので、その心構えが必要かも知れませんね。それと、単独で逃げるのはお勧めしません。貴女にはそれ程の知恵も力もありませんから。ご存知ですか?魔物を、特に忌み嫌われる不死者を捕獲したり、滅ぼしたりすると相当な報奨金が出るんですよ』
あはははははは。
狂った様な笑い声は小さくなって消えた。それに代わって、廊下から多くの人が近付いて来る音がする。
そうだ殿下達が用意が出来たら迎えに行くって……。そしたら私は、一番幸せで面倒の無い相手と結婚したいって言おうと思ってて……。
バタン!
大きく開いた扉の向こう、ヒロインの邪魔者達を排除して満面の笑みを浮かべて私を迎えに来た人達に、私は真紅の瞳を向けた。
ねえ、みんな私の味方だよね?みんな私を愛してるよね?