入学試験(一)~下見
●登場人物
○星崎叶多
主人公。中学三年生、身長一六五センチ。両親は共に亡くなっており、残してくれた家にアルテアと一緒に暮らす。
●物語
2191年1月28日です。入学試験の下見です。
一月最後の週末、宇宙大学入試の日が間近にやってきた。
入学試験は一、四、七、十月の各月の下旬、年四回開催される。一月受験を選択すれば日本だと高校や大学の受験シーズンよりひと足早い――推薦を除けば――進路選択となる。不合格でも高校進学に間に合うため、普通の高校生と同じ道に戻ることになることから、多くの受験者と同じように僕も一月受験を選択した。
一月はもう一つ大きなメリットがある。受験は全太陽系同時刻で設定されているが、一月受験だと日本時間で受験することができる点だ。他の月だと日本時間では早朝や深夜に受験時刻が設定されるため、体調管理が少し大変になる。
試験前日の金曜日、中学へ休みの届けは出してあるので、登校する冬華を見送った後のお昼過ぎ、いつもとは違うバス停を降りてホテルへ到着。チェックインを済ませると試験会場となる大学へ向かうことにする。携帯端末の地図で確認するとホテルから試験会場までは交差点二つとすぐ近く。とは言え、雪こそ降ってないものの外は少し寒そうだ。厚手のコートを羽織り携帯端末をポケットに忍ばせ十分ほど歩くと、大学へ着いた。中学校より格段に広いキャンパスに驚きながら彷徨っていると、なんとか試験会場となる理学部棟を見つけることができた。
「うーん、試験会場の部屋の中まで見せてもらえるのかな?」
独り言を呟きながら、周辺をウロウロするが、この学校の学生ばかりでスタッフらしき人は見当たらない。すると、学生らしき女性に話しかけられた。化粧っ気は少ないものの、明らかに中学生とは違う大人な雰囲気。髪は少し茶色味ががかっていてポニーテイル、見るからにオシャレな冬服の着こなしは、ここの大学の学生だろうか?
(背は僕と同じくらいなのかな?)
そんな事を思いながら、少しだけ目線を上げると彼女の方から口を開いた。
「あなた、明日の宇宙大学の試験受ける人?」
「そうですけど。こちらの大学の学生さんですか?」
「あはは、違うよ。私も同じ試験受けるの」
日本で一月受験は割合が高いとは言え、受験生の数は日本全国合わせて二百人くらい。しかも、ほとんどは東京や大阪などの大都市に集中していて、僕が住む地方都市では、ここ二年ほど受験する人はいなかったと聞く。それなのに同じ年しかも同じ四半期に複数名の受験者とは少し驚きだ。
「そうですけど、まさか同じ期に、僕以外に受験生がいたとは少し驚きました」
「ここ都会じゃないもんね。私は受験番号の末尾が二番だったから予想できてたよ。むしろ、同じ受験生が精鋭候補とはね。あなた見るからに中学生でしょ?」
「そうなんですけど……でも、『見るからに』とは心外ですね。そんなに子供っぽいですかね?」
少し口を尖らせて言うと、彼女は笑いながら応える。
「あはは、そんな顔しないの。まぁ、私から見ればね。この辺に住んでるの?」
「いえ、ホテルに泊まってます」
「そうなんだ、私は自宅組。そんじゃ、雑談もなんだから中に入る方法を探そうか?実は私も下見に来たんだ」
二人でしばらく近くを探索すると『宇宙大学入学試験』という腕章を付けた二人組を発見、下見をしたい旨相談すると、受験カード確認の後、快く中に入れてくれた。
見学させてもらったのは僕たちが受験する部屋そのものではなくて、同じスペックの部屋。学部棟の中にある広さ十二畳くらいの個室で、光ホログラム・立体カメラ・セキュリティ等々、それぞれ最新の機材が備わっている。聞くところによると今回のような試験の他、遠隔会議などにも使用される部屋で、この学部棟には十室ほどあるそうだ。明日は、そのうち二室を試験のために貸してくれるというわけだ。
部屋について、ひとしきり説明を受けた後、二人揃って理学部棟を出る。そして、最初の交差点に差し掛かった。
「それじゃ、私はこっちだから。今日は楽しかったわ。明日はがんばろうね」
「あっと、そういえば、名前」
「私は……ちょっと待って、やっぱり内緒」
悪巧みを思いついたイタズラっ子のような微笑みを浮かべた後、彼女は言う。
「別に本当に内緒ってわけじゃないんだけど、合格したらまた会うだろうから、その時に名前と連絡先は教えるよ。どっちかが不合格なら、このまま別れよ」
名無しの女性はウインクしながらそう語った。
「そういうことなら……でも、そうですね。春には教えてもらえる日が来ることを願ってます」
「私もそう願ってるよ。じゃあね」
「では、また」
お互いに手を振って別れると僕は踵を返し、ホテルへと歩いた。
お読みくださり、ありがとうございました。