トラック一(三)~四人の家族
●登場人物
○星崎渉
日本人・三十九歳・身長一七五センチ・童顔
輸送艦『信濃』の艦長
○朝霧雪緒
日本人・三十九歳・身長一七六センチ・筋肉質
星崎渉の幼なじみ
輸送艦『信濃』の主席機関士
○エドガー=スターク
イギリス人・三十歳・身長一八三センチ・重力子研究の第一人者。世界的に有名な物理学者。
○ヴィクター=スターク
アメリカ人・二十八歳・身長百八十五センチ・巨漢・真空研究の第一人者。新進気鋭の物理学者。エドガーの義兄(妹がエドガーの妻)
ただただ、家族をネタに雑談するだけの内容になってしまいました。「四人の家族」とありますが、実際はヴィクター・スタークは独身で、家族紹介は行っていません。
エドガーが、やれやれといった表情でヴィクターに少し視線を送った後、渉と雪緒の方を向き直して質問する。
「ところで、このステーションは居住性が高いせいか家族連れの科学者の方も多いですけど、お二人は?」
渉が答える。
「連れてきてます。いつもは留守番なんですけど、今回は冷凍睡眠装置のテストもあるので特別なんです」
「分野が異なるとは言え星崎教授の偉業は私も存じ上げてますよ。もともと医療目的のために作られたと聞いていますが、うちの研究所では夢の恒星間飛行の時代到来かと話題なんです」
エドガーの発言にヴィクターも頷きながら同意する。
「うちの研究所でも星崎教授の研究には大注目だ。生きてる間に実用化して欲しいって、みんな言ってる」
「ありがとうございます。私は妻の研究内容についてはチンプンカンプンなんですけどね。あと、もうすぐ四歳になる息子も一緒です。預かってもらおうかとも思ったんですけど、いい経験かと思ったのと、本人が来たがったので連れてきました」
「そうなんですね。奥さんとお子さん、是非また紹介してください」
「俺も俺も、でも紹介は奥さんだけでいいや」
ヴィクターの発言に、またまたエドガーは頭を抱える。
「おまえなぁ……」
「あはは、いえいえ、光栄です。」
渉が雪緒の方に視線を送りながら確認する。
「で、こいつの家族は、奥さんと一人娘がいるんですが、今回は留守番です。な?」
「ええ、嫁は来たがったんだけど、まだ娘が小さいのと実はお腹の中に赤ちゃんがね」
少し照れながら雪緒が話す。
「えっ!初めて聞いたぞこいつ」
渉が飲みかけの紅茶を吹き出しそうになりながら言葉を吐き出すと、エドガーとヴィクターも続く。
「それは、おめでとうございます」
「おめでとう!」
少し照れくさそうに雪緒が渉に語りかける。
「すまんすまん、実は出発前に分かったばかりで人に話すのは初めてなんだ」
頭を掻きながら雪緒が応じると、思いついたように渉がエドガーに質問を投げかける。
「そう言えば何かの記事で読みましたけど、エドガー博士の奥さんも妊娠中なんですよね?」
「ええ。よくご存知ですね。なんだ、私のサプライズは失敗でしたね。もともとは私も妻を連れてくる予定だったんですけどね」
「妹の代わりに俺が着いてきた、言わば家族枠だな」
「研究をほっぽりだしてな」
エドガーのツッコミに思わずヴィクターも肩をすくめる。
二人のやり取りに思わず笑いながら、渉が話す。
「エドガー博士の奥さんも高名な数学者——有名人ですからね。確か、もうじきお生まれでは?」
「そうなんですよ。出産でのサプライズは失敗したので、再挑戦なんですけど、実は双子で……」
今度は雪緒がコーヒーを吹き出しそうになりながら言う。
「本当ですか!お二人の間のお子さんが二人とは!どちらに似ても偉大な科学者になりそうで、今から楽しみですね」
「いやいや、さすがに物理学や数学の道に進んで欲しいとは思いませんよ。ただ、名前だけは数学者から頂こうと思っているんです」
二人は前のめりになりながら問いただす。
「ほう」
「興味あります。ぜひ教えて下さい」
しばらく食べることに夢中で会話に参加していなかったヴィクターも不思議そうに尋ねる。
「おっ!それは俺もリリーから聞いてないネタだな。どんな名前だ?」
わざとらしく小さな声でエドガーは続ける。
「ここだけの話なんですけど、ニールスとエヴァリストにしようかと」
「えーっと、数学者のファーストネームまではよく覚えてないですが……分かるか?」
自信無さそうに雪緒が渉に助けを求めると、渉が雪緒に説明する。
「あぁ、一九世紀の著名な数学者だな。ニールス・ヘンリク・アーベルはノルウェーの、エヴァリスト・ガロアはフランスの、それぞれ偉大な足跡を残した――言わば天才だ。ただ……」
渉は少し不思議そうにエドガーの方へ話を向ける。
「ただ二人とも悲劇的な最期を遂げてますよね?しかも、偉業が認められたのは死の直前か死後になってからでした」
「その通りです。ですが、両名ともリリーが尊敬する数学者らしくてね。しかし、ところがです」
二人が首を傾げる。
「女の子というのことが分かりましてね。生まれてくる赤ん坊の性別は、どっちでも良かったんですけど、女の子の名前は考えてなかったんですよね」
っと言うと、茶目っ気たっぷりで肩をすくめて見せ、二人は笑顔になる。ヴィクターが頷きながら言う。
「名前は知らなかったが、女の子ってのは聞いてた。早く可愛い声で『おじさま』って呼んでもらいたいもんだぜ」
エドガーは一瞬ヴィクターを見た後、その発言は敢えて聞かなかったふりをして、小さなため息を一つついた。
会話も進み、食後の飲み物が無くなりそうになった頃合いで、ヴィクターが閃いたのだろう、いたずらっ子のような表情で渉と雪緒に向かって話し始める。
「ところで、二人にちょっと提案があるんだが、いいか?」
二人は再び首を傾げつつ問いかける。
「なんでしょう?」
ヴィクターは続ける。
「お近づきの印という訳でもないんだけど、お互いファーストネームで呼び合わないか?スターク博士じゃ、どっちか分からんし、ついでに敬称も外してくれ」
エドガーも続く。
「それは、いい考えだ。私のことも『博士』は抜きで、エドガーとだけ呼んでくれ」
両スターク博士は少しだけ残っていた飲み物を飲み干すと、部屋の時計を確認しながら立ち上がった。
合わせるように渉と雪緒も立ち上がり、四人それぞれ握手を交わしながら答える。
「光栄です。僕は渉。改めて、よろしく」
「アイ・コピーだ、エドガー、ヴィクター。ぜひ雪緒と呼んでくれ。以後よろしく」
エドガーは少し安心したような笑みを浮かべると、二人に別れの挨拶を送る。
「では渉、次は奥さんとお子さんを紹介してくれよ、それじゃ」
続けて、ヴィクターもジョッキを飲み干す仕草をしながら、挨拶する。
「いずれお酒でも酌み交わそうぜ。失礼」
渉と雪緒も笑顔で返す。
「それでは、いずれまた」
「じゃあ、また」
*
両スタークを見送った後、二人は再び席に座り、翻訳機を切る。そして、渉の方から話しかけた。
「二人とも想像してたより、随分と気さくだったな。もっと、堅苦しい人たちかと思ってたよ」
「実は俺もだ。いきなり数式で話しかけられたらどうしようかと思った」
「んなわけあるか」
渉は雪緒の言葉に笑顔で応え、問いかける。
「それで、雪緒は午後からどうする?もう、点検は終わったんだろ?」
「そうねぇ、とりあえず少し休みたいな」
「そうか、さっきの船体の傷の件もあるし後で船のブリッジにいるから来てくれないか?夕食前まででかまわないから」
んーーー!っとわざとらしく、伸びをして続ける。
「まったく人使いの荒い艦長殿だ。昼寝が終わったら行くよ。昨夜は、あまり寝てないんでな」
「悪いな。よろしくたのむ」
「おう!」
二人は同時に立ち上がると、食堂を後にした。
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