トラック一(一)~二人の乗組員
少年が再生中の映像データの内容です。
映像データの内容は西暦2179年12月のものです。
ここは、ガニメデ第二ステーションに数あるレストランの中でも美味しいと評判の「カリストリア」の店内。綺麗に清掃された店内はテニスコートより一回り広いくらいでレストランとしては平均的なものだ。四人掛けや六人掛けのテーブルが整然と配置され、その間を注文や配膳のためのロボットが縦横無尽に動き回っている。昼食時間帯のピークを過ぎたせいだろうか、客は所々のテーブルで見かける程度だが、みな満足そうに料理を口に運んでいる。
そして今、店内カメラが店の片隅で遅めの昼食を摂りながら会話を交わす二人の男を映し出した。
「へー、この店、よく聞く名前だけど来るのは初めてだ。ここはガニメデなのに店の名前はカリストなんだな」
彼は星崎渉。地球からステーションへ多くの科学者を乗せてきた信濃型輸送艦の第一番艦『信濃』の艦長だ。三十代半ばで身長は一七五センチ程度、体型は標準か少し痩せ型。年齢より若く見られることの多い日本人の中でも特に童顔。今は輸送艦乗組員用の制服を身にまとっているが、白衣を着てブックバンドに巻かれた本を携えれば、現役大学生でも通用するだろう。少なくとも操艦技術の高さで名を馳せる輸送艦の凄腕艦長にはとても見えない。
「カリストにある人気店の二号店だそうだ。それより、早く食おうぜ」
彼と同じ制服を身に纏い、その向かい席に座るのは朝霧雪緒。星崎渉の小学生時代からの幼馴染でもあり、彼の操る宇宙船の主席機関士でもある頼もしい右腕だ。二人の身長はさほど変わらないものの、逞しい骨格と鍛え上げられた筋肉はプロスポーツ選手を連想させるほど引き締まっているのが見て取れる。
二人の元に料理が届くと、渉が注文していた醤油ラーメンを啜りながら話しかける。
「うまい!点検おつかれさん!」
雪緒が大盛りハンバーグを切り分けながら応える。
「おつかれ!もっとも、点検と言っても、AIとロボットがほとんどやってくれるからな。楽なもんよ」
「特に問題は?」
「無い。と、言いたいところだが……」
雪緒の表情が人好きのする笑顔から真剣なものに変わる。
「ほんの僅かだが何かに衝突した形跡があった」
「傷が付く可能性のある物体に航行中のレーダーが反応しないなんておかしな話だ。逆によくぶつかったのが分かったな」
「あぁ、なんとなく違和感を覚えたからAIにレベルマックスで表面診断させた。それにしてもとんでもなく高速でぶつかったのか、よっぽど硬いのか、重いのか……今の段階ではさっぱり分からん」
渉が食べる手を止め、首を傾げる。
「相変わらず信じられんレベルの野生の感だな。それにしてもだ。レーダーにもセンサーにも感知されず、かつAIも気付かず、かつ何重もの遮蔽防壁をくぐり抜け、かつ装甲に傷が付く……そんなもんが太陽系内に存在するって?ありえるのか?」
雪緒も同じく手を止め応える。
「さぁな、俺にはさっぱり分からん」
「うーん……でもちょっと気に留めとくとするよ」
「おぅ、頼む。どのみち無視できるほどの傷だ。まずは飯を頂こう。ここのハンバーグは最高だからな」
「ハンバーグ?まぁ、ラーメンの次くらいにはな」
「いやいや、ハンバーグの方がうまいって!」
ひとまず安心した表情で二人は食事を続ける。
雪緒が大好物のハンバーグに舌鼓を打ちつつ、ふと視線を上げると、自分たちの方に歩いてくる男が視界に入った。
渉も雪緒の目線を追うと、少し遅れて歩いてくる男に気付く。二人の表情からどうやら有名人のようだ。
二人は少し慌てながらテーブルに置かれた半球形をした指向性自動翻訳機のスイッチを入れ、立ち上がろうとした。
●登場人物
○星崎渉
日本人・三十九歳・身長一七五センチ・童顔
輸送艦『信濃』の艦長
○朝霧雪緒
日本人・三十九歳・身長一七六センチ・筋肉質
星崎渉の幼なじみ
輸送艦『信濃』の主席機関士
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