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56ページ目「兄の真実。」

 オープンキャンパス以来、英輔と千幸の仲は急速に縮まった。

 今まではたまに会話する程度だったが、あれ以来教室でよく話すようになり、二人で過ごすことも増えた。

「悪い、今日長谷見と一緒に昼飯食う約束してんだよ」

 ある日の昼休み、英輔がそう告げた瞬間、雄平も淳も一度動きを止めた。

「……え、あ、うん……いってらっしゃい……?」

「それじゃあ、また後でね」

 やや戸惑いながらそう言う二人に、英輔は悪いな、と告げて千幸の元へ向かって行く。

 その背中を見つめながら、淳は知らなかった、と呟いた。

「桧山君と長谷見さんってそんなに仲良かったんだね」

「まあ中学の頃から知り合いってのは聞いてたけど、一緒にお昼はちょっと進展し過ぎだろ」

「……付き合ってるのかなぁ」

「…………なくもねえなぁ……」

 今までほとんど恋愛と縁がなかった英輔に彼女が出来たとなれば、男友達としては一大事だ。とは言っても、二人共素直に英輔と千幸の仲を喜ぶことが出来るのだが。

「磯野さんが転校してから寂しそうだったもんね」

「だよなぁ。新しい恋を見つける方が堅実なのかもなぁ」

 磯野、というのはリンカが人間界に滞在し、学校へ通っていた時の名字だ。リンカが悪魔界へ帰った時、表向きには転校という形で処理された。

 リンカと常に一緒にいた英輔が、転校後にしょぼくれていればそういう関係や感情を想像されてしまうのは自然なことなのかも知れない。



 雄平と淳がそんな話をしている頃、英輔は千幸と共に広場のベンチに並んで座っていた。

 以前は学食や購買で食べることの多かった英輔だが、鏡子が家に戻ってきてから毎日弁当を用意してもらっている。

 母と離れている時間の長かった英輔にとって、母の手料理は何物にも代えがたい。

 そして鏡子がそうやって家事に専念出来るのは、退魔師であった亡き父の遺産のおかげなのだ。

「桧山君の弁当美味しそう! 見た目もキレイだよね!」

「ああ、母さんいつも手間かけてくれるからな……。好き嫌いもしてらんねえや」

 英輔はあまりブロッコリーは好きではなかったが、鏡子は栄養バランスや彩りを気にしてよく弁当に入れる。文句を言う気になれないので、英輔は毎回苦手なブロッコリーを甘んじて受け入れていた。

「長谷見だってキレイな弁当じゃん」

「ほ、ほんと? ほんとに?」

「ん? ああ、キレイだよ」

「そっか……へへ……実は今日、自分で作ったんだ……」

 嬉しげに笑う千幸を見て、英輔はなるほど、と深く頷く。妙に嬉しそうだと思ったら、千幸の弁当は自分で作ったものだったのだ。

「すげえな。俺も自分で作ってたことあったけど、そんなにしっかり作ったことはなかったぜ。いっつも冷凍食品詰めてたし」

「あ、そうなんだ! 桧山君って結構家庭的なタイプ?」

「どうなんだろうな……。俺ちょっと前まで一人暮らしみたいなモンだったから、ある程度は出来るかも」

「なるほど……じゃあ、桧山君と結婚する人は幸せだね」

「そーかなぁ……? それはちょっとわかんねーけど……」

 結婚、と聞いて英輔はなんだか途方もなく先の話のような気がして呆けそうになる。

 卒業して、就職して、大人になれば結婚することになるのだろうか。誰とどう出会い、どんな家庭を築くことになるのか。

(……人間と悪魔って、結婚出来んのかな……)

 ぼんやりとそんなことを考えて、英輔は恥ずかしくなって思考を打ち切る。

「そういえば桧山君、次の土日どっちか空いてたりしない?」

「土日? 今のところどっちも空いてるよ」

 英輔がそう答えると、千幸は嬉しそうに携帯を取り出して見せる。

 画面に映されていたのは最近公開された映画の公式サイトだ。

「ゴーストハンターVSゴーストテイマー……?」

 キービジュアルになっているのは大きな刀を持ったスーツ姿の女性で、その女性と対立するように様々な悪霊が描かれている。そしてその悪霊の後ろでは、美しい金髪の女性が高笑いしていた。

 今まで見たことも聞いたこともないようなタイトルだったし、配給会社もメジャーなところではない。

「……これはいわゆる……」

「……うん、B級映画なの……。一人で映画館行く勇気ないし……みっちー達は興味なさそうだし……」

 みっちー達、というのは千幸が普段遊んでいる女友達のグループのことだ。

 大方、普段の友達を誘えないから自分に声をかけたのだろう。そう思った英輔は、二つ返事で了承した。

「よし、行くか。なんか俺もちょっと気になってきた」

「ほんと? 私これの監督のファンでね、世間的には評価されてないんだけどすごく好みなんだ!」

「……長谷見ってそういうの好きだったんだな。なんか意外だ」

「そうかな? でもよく言われるかも」

 英輔は映画には詳しくないが、全く興味がないわけではない。千幸のようなファンがいる辺り、ある程度は楽しめるだろう。

 かなり舞い上がっている千幸の感情を、少し誤解したまま英輔は微笑んだ。










 人間界程整備されたものではないが、悪魔界にも法があり、罪と罰がある。

 王の定めた法を破り、罪人となった悪魔には当然罰が下る。サータより前の代はその多くが処刑されていたが、サータが王になってからは地下牢に幽閉されることが多くなった。

 地下牢は城の地下に存在する。幽閉された他の罪人達には目もくれず、リンカは最下層を目指して螺旋階段を降りていく。

 長い階段だ。

 ここは薄暗く、手すりを越えれば最下層の床まで真っ逆さまだ。最低限の整備はされているが、錆の臭いや視界をちらつく虫の巣はあまり気分の良いものではない。

 その上ここでは悪魔の力は大きく制限される。魔力と反発する特殊な金属で鉄格子が作られているからだ。鉄格子の向こうは勿論、外側にもある程度影響は及ぶ。リンカにとっても、ここは歩くだけでも疲弊するような場所だ。

 程なくして、リンカは最下層に辿り着く。

 この地下牢では、強大な悪魔程下層に幽閉される。最下層ということは、悪魔界で最も強大な罪人の牢ということなのだ。

「……お久しぶりです。兄上」

 鉄格子の向こう。上から降りた鎖で両手を繋がれた男が、わずかに視線を上げる。

「……やあ、リンカか。久しぶりだね」

 男の名はクレス。リンカの実の兄であり、本来ならいずれ悪魔界の王になるハズだった男である。

 クレスはリンカと同じ金髪の、端正な顔立ちの男だった。しかし今はやつれており、髪も乱雑に伸びている。変わり果てた兄の姿を見て、リンカは眉をひそめた。

「何の用だい? こんなところまで来るなんて珍しいね」

「……兄上、相談があります」

 口にしようとして、リンカは逡巡する。

 本当にこれで良いのか?

 間違っているような気がするのに、正当化しようとする自分がいる。

 そのまま数秒、時は刻まれたがクレスはリンカの言葉を急かさなかった。ただ黙ったまま、リンカの言葉を待ち続ける。

「……父上が、玉座を降ります」

「そうか……。ついにその時が来たんだね」

 別段驚く様子もなく、クレスは小さく息をつく。

「ああ、なるほど。そういうことか」

 小さく笑みをこぼして、クレスは語を継ぐ。

「次はリンカか」

 クレスの言葉に、リンカは頷いた。

「……ですが、私は力不足です」

「……だが他にいないだろう。それとも今すぐ僕を解き放ち、王に祭り上げるか?」

 そんなことは絶対に許されない。

 クレスはかつて、星屑と呼ばれる悪魔達の組織の首領だった。

 星屑の大半は反サータ派であり、ルシファー派の悪魔だった。彼らはルシファーを復活させ、サータの作った世界を壊して完全に力のみが支配する原始の悪魔界を取り戻そうと画策していたのだ。

 結果としてルシファーは復活し、クレスの身体から引き離される形で再封印が施された。

 星屑の残党はほとんどが地下牢に幽閉され、首領であるクレスもこうして囚われている。

「兄上……どうか協力していただけませんか? 私だけの力では、この悪魔界を統治することは出来ません」

 リンカの言葉に、クレスは目を見開く。

「兄上を王にすることは不可能でしょう。ですが、私の補佐役として力添えをしていただけませんか……?」

 射抜くようなクレスの視線に、リンカは身震いしそうになる。

「行動に制限はかけますが、地下牢から解放します。父上も、私が説得します。ですから――――」

「断る」

「っ――――!」

 リンカが言葉を言い切らない内に、クレスは鋭く言い放つ。

「リンカ、君は何か勘違いをしていないか?」

「勘違い……ですか……?」

「最初に言っておくが僕はサータを今も憎んでいる。僕の身体にルシファーを封じ込めて押し付けて、のうのうと平和を謳うあの屑が心底憎い」

 吐き出された憎悪を、リンカは受け止め切れない。それを察して尚、クレスは容赦なく言葉を叩きつける。

「サータの作った世界など滅んでしまえば良い。リンカ、君が力不足なら好都合だよ。君は悪魔界を統治することなど出来ない。世界は荒れ果て、ルシファー派の望んだ力だけの支配が訪れる。そして最後に必ず、ルシファーが復活するだろう」

「あ、兄上! 兄上はルシファーを封じることを望んでいたのではないのですか!?」

 ――――アイツを封じるために……そのために僕はァァァッッ!!

 クレスはルシファーが復活する時、確かにそう言っていた。

 リンカはその言葉を、クレスがルシファーを完全に封じることを望んでいたのだと解釈していた。

「ああそうだ。僕の中のルシファーの封印は弱まり始めていた。だからもう一度封印する必要があったんだよ。ルシファーの力は僕にとって必要なものだったからね」

「……それでは……!」

「期待するなよリンカ。僕は最初から最後まで、サータを殺すことしか考えていなかった。前にも言っただろう? お前の理想の優しい兄上は、全部嘘なんだよ」

 再び突きつけられた現実に、リンカは膝をつく。

 どうしても信じたかった。

 クレスは方法を間違えて変わってしまっただけで、その根底には優しい兄がいるハズだと、そう信じたかった。

 だがクレスの言葉に嘘はない。憎悪のこもった瞳が、リンカを見据えていた。

「どうするべきか、何が正しいのか、それは自分で考えろ。それが出来ないなら、サータ諸共滅んでしまえ」

「…………」

 それでもまだ、助けを乞うかのように手を伸ばしかけるリンカだったが、やがてその手も降ろされる。

「わかり……ました……」

 呟くような声音でそう答えて、リンカはクレスに背を向けて歩き出す。

 その背中が完全に見えなくなってから、クレスは大きく息をついた。

「……僕を頼ってはいけない。自分で考えて、自分で歩かなきゃいけないよ、リンカ」

 寂しげに目を細めたその顔は、憎悪に燃える大罪人ではなく一人の兄の顔だった。

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