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54ページ目「取り戻した日常。」

あらすじで書いた通り、落ち魔及びW×Wの続編となります。

一応時系列的に繋がっているのでW×Wの要素も僅かに含みますが本作自体は完全に落ち魔のつもりで書いています。随所に解説は入れたつもりですが新規向けにはなっていないと思います。


それでもよろしければどうか、彼の最後の物語を見届けてあげてください。

「目ェ覚ませよ永久とわ! 今までの旅はそんなことするためにあったわけじゃねえだろうがよッ!」

 目の前で少女が泣いていた。どうしてだかそんな風に感じていた。

 その表情は怒りと憎悪に満ちていたが、それでもその瞳は悲痛に泣きじゃくっているように見えてしまう。

 何もかもを失って、途方に暮れる迷子のようだった。

 そんなことはない。

 そんなわけがない。

 何もかもを失ってなどいない。

 そう伝えたくて、必死に伸ばした手を彼女は振り払う。

「無駄……だったんだよ……旅も何もかも全部無意味で! 私さえも!」

 ああ、嘘だ。

 もう後に引けなくなって、どうにもならなくなってそう思い込まないと立っていられないのかも知れない。

「何でお前が……お前自身が、自分のしてきたこと、信じてやらねえんだ……ッ!」

「うるさい……うるさいうるさいうるさいっ! もう何も聞きたくない!」

 喚くようにそう叫んで、彼女は漆黒の翼を広げる。右手に握られた剣には、ドス黒い力が充満していた。

 もうぶつかるしかない。

「馬鹿野郎ォォォォォッ!」

 彼女に応えるように、右腕に全ての魔力を集中させる。全身全霊全力全開、言葉の代わりに全てをぶつけるしかなかった。

 魔力が龍を象り、咆哮する。

英輔えいすけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「永ォ久ァァァァァァァァァァァァァッ!」

 互いの絶叫と同時に、常闇の黒刃と龍王の閃光が激突した。

「英輔ぇぇぇぇぇ!」

「うおおおおお!」

桧山ひやまぁぁぁぁぁ!」

「おおおおおおおおおおお!」

「桧山くぅぅぅぅん!」

「うおおおおりゃあああああああああ!」



 そして眠っていた桧山英輔の頭に、教師の右手が叩きつけられた。

「うおッ!?」

 それはのどかな昼下がり。五限目の英語の授業中のことだった。

 のんきに居眠りしていた英輔がすぐに顔を上げると、そこにはしかめっ面の教師の顔がある。

「……グッモーニン……」

「中々の発音でよろしい。よし、前に出ろ。居眠りしてても余裕なお前の英語力なら解けるハズだ」

「……は、はい……」

 勿論解けなかった。



 そんな日の放課後、英輔はすぐに帰らず教室で友人と駄弁っていた。

「それにしてもお前、よくババセンの授業で居眠りするよな。逆に感心するわ」

「五限目に英語があるのが悪い。これが四限なら寝なかった。信じてくれ」

 隣でケラケラ笑う坊主頭の友人、高島雄平たかしまゆうへいにそんなことをのたまいながらも、英輔は内心真面目に反省する。まだもうしばらく先のこととは言え、英輔ももう卒業を控えた三年生だ。進学先はまだはっきりと決めていないものの、内申に関わるようなミスは気をつけなければならない。

「しっかし部活がないと暇で困る。うちの部は弱すぎて甲子園のこの字もなかったぜ」

 雄平は野球部だったが、今はもう部活には顔を出していない。他のメンバーは練習に顔を出しているようだが、雄平はもう野球を続ける気はないらしい。

「そんなことないよ! 予選相手が強豪だったし、運が悪かっただけだと思うよ」

 そう言って野球部をフォローしたのは森田淳もりたじゅんだ。

「くぅ~~そう言ってくれるか森田よ!」

「とは言ってもなぁ。高島の打席全部三振だったしな」

「うっせーーーー! 俺の本領は守備なんだよ! 伊達に八番やってねえ!」

「開き直りやがった……」

 そんな他愛のない会話が出来ることを、英輔は心からうれしく思う。数ヶ月前まで戦いだらけの非日常の中にいた彼にとって、こうした日常は愛おしい。

 誰も信じないだろう。桧山英輔が魔術を用いて悪魔と戦い続け、挙げ句の果てには異世界を巡りながらアンリミテッドと呼ばれる超常の存在達と戦っていたことを。

「……そうだ。僕そろそろ予備校行かなきゃ」

「おう、頑張れよ」

 時間を見て慌てて立ち上がる淳に、英輔はそう声をかける。

「そうだ! 俺も予備校行かなきゃ!」

「お前は遊びに行くだけだろうが!」

「ふ、お見通しか……じゃあな桧山。今度お前も誘うぜ」

「おう、そん時はよろしくな」

 おどけながら席を立つ雄平に手を振ってから、英輔も立ち上がる。

 季節はもう七月。最後の夏休み前だが、待っているのは受験に向けた勉強地獄だ。

「あ、いけね」

 ふと、英輔は進路希望調査のことを思い出す。未だに進路を決めかねている英輔は、白紙のプリントを机から引っ張り出してため息を吐く。

「…………」

 進学か、就職か。

 正直なところ、普通に生きていく自分の姿をいつからか英輔は想像しなくなっていた。

「あ、桧山くんも進路希望出してないの?」

 そんなことを考えていると、後ろから一人の女子生徒が英輔の持っているプリントを覗き込む。

 慌てて振り返ると、そこにいたのはクラスメイトの長谷見千幸はせみちゆきだった。

「は、長谷見か……驚かすなよ」

「ごめんごめん」

「ていうか”も”って?」

「うん、私もまだだから」

 そう言って千幸は、少し恥ずかしそうに白紙の進路希望調査を見せてくる。

「ねえ、白大しらだい受けない? 白凪しらなぎ大学」

「どこだっけそれ? 私立?」

「うん、私立。あんまり偏差値高くないし、私や桧山君でも通りそうだし」

「……さらっと俺の学力低めに見積もるのな……合ってるけど」

 英輔も千幸も、学力は精々中の下だ。英輔は千幸の成績を詳しくは知らないが、こういう言い方をするということは同じくらいなのだろうと何となく察することが出来る。

「まあまあ、私の学力も一緒に低めに見積もってるから許して許して」

「許す許す。でもなんで俺なんか誘うんだ?」

 千幸と英輔の接点はそれ程ない。クラスがいつも一緒だった程度で、話した回数もあまり多くはなかった。

「いやあ、それは……ほら、同じ進学先決まってない仲間かなーって」

 少し気まずそうに、セミロングの毛先をつつきながら千幸はそう答える。

「まあ、そうだな……他に考えもないし、検討しとくよ」

「ほんと? じゃあ今度オープンキャンパス行かない!?」

「え? ああ、良いけど」

「じゃあ、予定空けといてね!」

 千幸はそう言うと、英輔の返事も聞かずに教室を去っていく。

「……白大、か……」

 今初めて聞いたような大学の名前を呟いてから、英輔は帰路に着いた。





 英輔が家に帰ると、すぐに母の鏡子きょうこが出迎えに来る。

「おかえり英輔。学校どうだった?」

「どうっていつも通りだよ」

「そんなわけないでしょう。ほら、何でも話しなさい。今日は高島君と何の話をしたの? 森田君は元気?」

「OKわかった。あとで話すよ、飯ン時にでもさ」

「ありがとう。沢山聞かせてね。今日は何が食べたい?」

「……何でも嬉しいよ」

「一番困る解答よそれ」

「じゃあ、麻婆豆腐で」

 とりあえず好物をリクエストすると、鏡子は嬉しそうに微笑んで見せる。

「わかったわ。丁度お豆腐があるのよ~」

 そう言って嬉しそうに台所へ向かう鏡子の姿を見て、英輔は笑みをこぼす。今は当たり前だが、母のこんな姿を昔は見ることが出来なかった。

 鏡子はかつて、世界と世界の狭間……境界と呼ばれる場所の管理を任されていた。そのせいで英輔達家族とは離れ離れになっており、今こうしていられるのは鏡子にとっては奇跡みたいなものだ。本来なら境界の管理の任は、百年に渡って行われるハズだったのだから。

 そんな彼女は長い旅の果てに境界から解放され、今はこうして桧山家で主婦をやっている。

 亡き英輔の父、桧山晃ひやまこうの遺産は思ったよりも多く、こうして平和に暮らせるのは彼のおかげとも言えた。

「そういえば英輔、リンカちゃん帰って来てるわよ」

 制服から着替えるために自室へ戻ろうとする英輔に、台所から鏡子がそう声をかける。

「え、リンカが?」

 そう問い返す英輔の声音は、どこか上ずっている。鏡子の返事も待たずに早足で英輔が自室へ向かうと、英輔のデスクでふんぞり返る少女――リンカの姿があった。

「帰ったか」

「リンカこそ。おかえり」

「……あ、ああ」

 リンカは雪のように白い肌を少しだけ赤らめて、英輔から目をそらす。

 長く、まっすぐに切りそろえられた金髪と、赤い瞳。体躯が華奢で小さいせいでパッと見小学生くらいに見えるが、彼女の年齢は英輔の比ではない。

 何故なら彼女は異世界に住む悪魔なのだから。

「しばらく向こうで忙しかったのか?」

「まあな。兄上の件でまだ荒れていて、各地で不穏な動きも見られる。父上の胃がもたん」

 リンカはかつて、英輔が拾った魔導書を通じてこちらの世界に現れた。彼女の目的は星屑と呼ばれる悪魔の集団の討伐で、英輔は彼女と共に星屑と戦っていたのだ。

 星屑のリーダーであるクレスはリンカの兄で、災厄をもたらす大悪魔ルシファーを内に宿していた。結果的にルシファーは一度復活してしまったが、リンカ達の手によって封印されている。

 そうして人間界には平和が訪れたが、しかしリンカのいるあちら側の世界――悪魔界は人間界と違って一件落着というわけにはいかない。人間界をも巻き込んで事件を起こしたクレスが悪魔界の王でありリンカの父、サータの息子であることは周知の事実であり、そのせいで今の王に不満を持つ者が増えている。

「兄上に便乗したルシファー派の動きは前よりマシになったようだが……平和とは言い難いな」

「大変なんだな、そっち……」

 以前人間界でも、ルシファー派の悪魔が事件を起こしたことがある。あんな事件が悪魔界で何度も起きているのかと思えば、英輔にもその大変さの片鱗くらいは理解出来た。

「あ、そうだ。母さん今日、麻婆豆腐作るって」

「何!? 本当か!?」

 それを聞いた途端、リンカは大きく身を乗り出す。

 人間界に来た時、初めてリンカが食べたのは英輔の作る麻婆豆腐だ。それ以来、リンカにとって麻婆豆腐は好物となっている。

「ふふ……素晴らしいタイミングで帰ることが出来たな。向こうでの疲れが吹き飛ぶかのようだ」

「お前ほんと好きだな麻婆豆腐……。まあ俺もだけど」

 そんなリンカに苦笑しつつ、英輔も気分が高揚するのを抑えられない。

 しばらく家を空けていたリンカと久々に食卓を囲めるのが、英輔は素直に嬉しかった。



「……ふふ、本格派だ……」

 れんげですくった麻婆豆腐を口にして、リンカは引きつった表情でそう呟く。強引に口角を釣り上げているが、その額からは汗がにじみ出ていた。

「英輔の麻婆豆腐も悪くはないが……やはり……本格派だな……」

「…………何言ってんだお前……」

 桧山家の本日の夕食は、英輔のリクエスト通り麻婆豆腐だ。英輔一人で作っていた頃には主食のご飯と主菜のおかずのみのことが多かったが、鏡子が帰ってきてからはしっかりと副菜まで気の配られたバランスの良い食卓になっている。

「……リンカちゃん、大丈夫? 辛かった?」

「あー……」

 試しに口にしてみると、確かにちょっと辛いかも知れないと英輔はうなずく。

 英輔の作る麻婆豆腐は、所謂”麻婆豆腐の素”を使って作られたものだ。その上英輔は甘口を選んでいた。

 だが鏡子の作るものは違う。

 素材からしっかり用意された、正に本格派の麻婆豆腐だ。麻婆豆腐は大きく分けて二種類。マイルドな味付けの広東かんとん風と辛い味付けの四川しせん風に分かれるのだが、鏡子が作ったのは後者だ。

 とは言っても、本来の四川風に比べればだいぶマイルドな方なのだが。

「辛いものか! いくらでも食べられるわ!」

 明らかに辛さに参っている様子だったが、強がって更に口にするリンカのコップに、英輔はそっと水を注いだ。

「ごめんね、辛いの苦手だって知らなかったから……。ちょっと張り切りすぎちゃった……」

「…………」

 今にして思えば、この家でリンカが暮らしていた頃、食卓に辛いものが出たことはほぼなかった。英輔は辛いものは苦手ではないが、わざわざ作る程好きなわけでもない。

「何を言うか! 麻婆豆腐は最高だぞ!」

「……よし、まだ材料残ってただろ。俺甘口作ってくるよ」

「ほんとか!?」

 思わず本音が飛び出すリンカであった。



 英輔が甘口の麻婆豆腐を完成させたところで、ようやく夕食は再開となった。

 リンカはいつまで経っても鏡子の麻婆豆腐もうまかった、と言い張っていたが半分くらい食べたところで力尽きていた。

「……そういえば麗華はどうした? 寮からこっちに戻ったのではなかったのか?」

「麗華は今日遅くなるって言ってたわ。友達と前から約束してたみたいよ」

 英輔の妹、麗華がその予定を決めたのは一週間以上前だ。当然今日リンカが顔を出すなんて知る由もなかったし、英輔だって帰宅するまで知らなかった。

「ふむ。充実しているようだな。で、英輔はどうなんだ?」

「え、俺?」

「そうね、ご飯の時に学校の話してくれるんだったわね」

 リンカと鏡子に同時に見つめられ、英輔は逃げ場を探して目を泳がせたが、諦めて嘆息する。

「…………今日は居眠りした……」

「勉学の機会を無駄にするとは何事だ! 全くお前は昔と変わらんな!」

「はい……」

「私が代わりに行きたいくらいだな。この世界の仕組みは面白い。特にこの国は平和で統制が取れている」

 人間界、特に日本と悪魔界では、その仕組みは大きく異なる。

 未だに王政が取られ、争いの絶えない悪魔界と比べると、人間界は平和で安定している。

 特に文明レベルが大きく違うため、悪魔界に戻った時リンカはげんなりしてしまった程だ。

「悪魔界はこの世界より百年以上遅れている。ほとんどの人間が等しく教育を受けられるこの国の仕組みは、私からすれば素晴らしいよ」

「そーゆーモンか? 俺はあんま勉強好きじゃないからなぁ……」

「そんなことがのたまえるのは幸せなことだぞ英輔。受動的に学ぶことが出来るのは幸福なんだよ」

 英輔は、リンカの言葉の意味こそわかるものの、本質的な部分でピンと来ない。当たり前のように学校に通い続け、意識が学ぶ、ではなく学ばされる、になっている証拠だ。

「悪魔界の教育はどうなっているの?」

「そうだな、百年以上前のこの国と同程度だと思ってくれて良い。学べるのは一部の貴族だけで、身分が下に行けば行く程学ぶ機会がない」

 その上、悪魔達は人間以上に個体差が激しい。強い悪魔と弱い悪魔で極端な程に差がついているため、気性の荒さもあいまって力だけが世界を支配している。

 リンカの父、サータはある程度抑止力となっていたが、ルシファーやクレスの一件でそれも崩れつつある。それに、サータは既に数千年を生きている。如何に悪魔とは言え、身体も衰え始めていた。

「私は王族の血筋だ。もし私が継ぐようなことがあれば、この国をならって教育機関を作る。法制度ももっとしっかり取り入れたい」

 リンカにとって平和な日本は理想の世界だ。

 情勢の荒れている悪魔界を、日本のように平和で、誰もが安心して暮らせる世界にしたいのだ。

「しっかり考えているのね……。英輔は? 進路決めたの?」

「おお、そうだな。英輔はそろそろ進路を決める頃合いだった。良ければ進学してくれ、そしてお前の学んだことを私にも教えて欲しい」

 ぼーっと聞いていたら突然話を振られ、英輔は目をそらす。

「そう……だな? そういうアレもまあ……ある……か?」

「……まだ決めてないのね……」

 呆れる二人に、英輔はまずいと起死回生の一手を探す。

 何かないかと考え込んでいると、すぐに光明が見えた。

「俺、オープンキャンパス行く約束したんだ!」

「おーぷん……きゃんぱす……?」

 聞き慣れない単語にリンカは困惑していたが、鏡子は安心して胸をなでおろした。

「オープンキャンパスは、ざっくり言うと大学見学よ」

「大学見学……ということは、英輔は進学を考えてくれるのだな!」

「お、おうよ! 今度白大見てくるぜ!」

 心の中でこっそりと千雪に感謝しつつ、英輔は安堵のため息をついた。


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