五十三、器
光の玉が完全に抜け出た時、広也は体がずっしりと重くなったのを感じた。疲労で全身がだるくなった時に似た感覚だった。広隆も同じなのか、わずかに足元をふらつかせたのが見えた。
二人の胸から抜け出た二つの白い光の玉は、くるくると回りながら高く舞い上がり、空中で勢いよく衝突した。
その途端、ぶつかって一つになった白い玉はまばゆい光を放ち始め、辺りを真っ白に染め上げた。広也と広隆はまぶしさに目をつぶった。瞼を通しても強い閃光が目を焼くようで、広也は手のひらで目を覆った。
どれほどそうしていたのか、瞼を刺す光の気配がなくなったのを感じて、広也と広隆は恐る恐る目を開けた。
夜のような色で覆われていたはずの空間が、真っ白に変わっていた。
どこまでも続く白い世界。あの巨人の腹の中と同じだと広也は思った。
そして、二人の目の前には二メートルほどの大きさの丸い岩があった。
真っ白な世界の中心にどっしりと置かれたそれは、ただの岩にしか見えないのに、広也と広隆は直感した。
「常磐堅磐……」
これこそが、器なのだ。広也は胸を押さえた。
(ずっと、ここにあったんだ。僕らがずっと持っていたんだ)
トハノスメラミコトを探すのがときわとかきわでなければいけなかった理由は、トハノスメラミコトをよみがえらせることが出来るのがときわとかきわだけだったからだ。岩であるときわとかきわを動かすために呼ばれた魂が自分達だった。
その時、広也と広隆の背後でくすくすと笑い声がはじけた。振り返った二人の後ろに、赤いちゃんちゃんこを着た子供が立っていた。いつもの子供らしからぬ表情ではなく、喜色を抑えきれぬ様子で満面の笑顔を浮かべていた。
くすくすと笑いながら、子供は地面を蹴ってこちらへ走り寄ってきた。二人の間を通り抜けて、まっすぐに岩に向かって走っていく。そして、両腕を広げて岩に抱きついたーーように見えた。
広隆があっと声をあげた。
抱きついた勢いのまま、子供の体はずぶずぶと岩の中に沈んでいった。
子供の体が完全に岩の中に沈んでしまうと、再び地面が大きく揺れた。尻餅をついた広也は、自分達を取り巻く白い空間にヒビが入っていくのを見た。ピキピキと音を立てながら、真っ白い空間が大きくひび割れていく。広隆が駆け寄ってきて、片手を差しのべた。広也がその手をつかむのと、ガラスの割れるような音が響きわたったのとはほぼ同時だった。
白い空間の割れ目から、大量の水が流れ込んできた。どどど、と音を立てて水が落ちてくる。広也は慌てて立ち上がった。だが、流れ込んでくる水の量は膨大で、あっという間に広也と広隆の体は水に飲まれていた。
水の勢いになす術もなく押し流され、広也は刀を手放してしまった。広也は広隆の手だけは絶対に離さないようにときつく握った。広隆が腰に差していた刀も水にもまれて流された。
流されて流されて。止めていた息が限界にきて広也は苦しさのあまり口を開けた。途端に水が体内に流れ込んでくる。自分ののどががぼがぼ嫌な音を立てるのを聞きながら、広也は意識が遠くなっていくのを感じた。
意識が途切れそうになった瞬間、体を乱暴に運んでいた水流がふっと途切れた感覚がして、同時に頭が割れるほど苦しかった息苦しさが嘘のように消えた。うっすらと目を開けると、頭上で水面がキラキラ光っているのが見えた。プールの底に沈んで水面を見上げているようだ。広也はすうっと息を吸い込んだ。流れは止まったがここはまだ水の中だ。それなのに、肺の中が空気で満たされる感覚があった。
ゆらゆらと揺れる水面を眺めていると、そこにぼんやりと風景が映った。色とりどりの花。立ち並ぶ家々。人の姿は見えない。ーー晴の里だ。
広也がそう気付くと、水面はゆらりっと揺れてまた違う景色を映し出した。透き通った青い木々。ガラスの林の風景だ。ただし、木々の枝からは次々とガラスの葉が散って、地面に落ちてはもろく割れて粉々になっていく。きれいだけどもったいないな。と思った。すると、再び水面に映る景色が変わる。闇の中で飛び跳ねる白いきつねが見えた。大小様々なたくさんのきつねが、楽しそうに、この上なくうれしそうに、陽気に踊り回っている。その周囲を無数の白い光がやはりうれしそうに飛び交う。広也は微笑んだ。
下方からごぼごぼと音がした。目を向けるが底の方は真っ暗で何も見えない。ただ、何かが上がってくる気配があった。
握り合った手に力がこめられた。広隆もまた、何かがやってくる気配を感じて下を見ていた。
暗い水の底で何かの目が光った。水をかき分けて上がってきたのは大きな龍だった。いや、水をかき分けているのではない。周囲の水を取り込んで、底の方から全ての水を巻き上げて、透明な龍が昇ってきた。
龍の昇る勢いに巻き込まれて、広也と広隆の体も水と一緒にぐんぐんと水面に引っ張り上げられた。
あっという間に目の前に水面が迫った。広也は目をつぶった。勢いよく放り投げられたような浮遊感があって、目を開けた広也は目の前に広がる青空を見た。次いで、背中に軽い衝撃があった。思わず小さく呻いてから、広也はひんやりと 冷たい地面に手をついて起きあがった。そして、はるか下に森の木々が見えるのに気付いてぎょっとした。
手のひらの下は地面ではなかった。青みがかった透明の水の色。広也と広隆はいつの間にか大きな龍の背に乗っていた。
龍は二人を背に乗せて空をぐるぐると飛び回っていが、やがて一声いななくと頭を地面に向けて急降下しだした。広也と広隆は振り落とされないように龍の背にしがみついた。何本かの木々をなぎ倒して、龍は地面に着地した。




