五十二、常磐堅磐
「まず、ぐえるげるに言われたことを整理してみよう」
記憶を手繰るように虚空を睨んで、広隆がそう言った。
(そうだ。今は隣に兄さんがいる。今回は、一人で考えるんじゃないんだ。二人で力を合わせて考えられるんだ)
そのことに気付いて、広也は胸が温かくなるのを感じた。最後にして最大の問題は、一人にではなく二人に与えられたものなのだ。
不意に、広也は長から聞いた話を思い出した。
ーー巫女の夢にトハノスメラミコトが立ち、“常磐堅磐が私を見出した時、私はそこへ帰ろう”と言った。
広也ははっと気付いた。ときわかきわが私を見出した時。
里の連中はそれをときわかかきわのいずれかがトハノスメラミコトを見つけだすという意味に捉えていた。だが、そうではなくて、ときわかきわーーつまり、ときわとかきわの両方がトハノスメラミコトを見つけなければならないという意味だったのではないか。
そうだ。ぐえるげるがはっきりこう言っていたではないか。
ーーお主ら二人が二人共トハノスメラミコトをみつければいいのじゃ。
ときわだけでも、かきわだけでも駄目で、ときわとかきわが二人同時に見つけなければいけなのではないか。
「兄さん!」
広也はこの仮説を広隆に伝えた。広隆はふむ、とうなって腕組みをした。
「なるほどな。里の連中は敵対していても、トハノスメラミコトからしてみたらときわもかきわも自分の子供みたいなもんだもんな」
そう言って、広隆は自分の台詞に何か引っかかるものがあったのか、子供……と呟いて眉をひそめた。
「そうだよ。うたい町のきつねも、ときわとかきわを別々に奉るのは愚かなことだと言っていた」
「だとすると、里の連中はトハノスメラミコトがよみがえるのを知らないうちに妨げていたんだな。ときわとかきわが二人で探さなければならないのに、二人を敵対させて一緒にさせなかった」
これまでのときわとかきわがトハノスメラミコトを見つけることが出来なかったのは、もしかしたらそのせいなのかもしれない。皮肉だな、と広隆が鼻で笑った。
「じゃあ、俺達が同時にトハノスメラミコトを見つけなきゃいけないとして、何をすればトハノスメラミコトを見つけたことになるんだ?」
広也と広隆は腕を組んで難しい顔で考え込んだ。トハノスメラミコトについてこれまでに語られた言葉を必死に思い出してみる。
ぐえるげるは言った。
ーーそもそも、二つの里は元は一つだった。いや、一つの岩から生まれたのじゃ。
ーーかわいそうな子じゃよ。あの子は。二つに割れた岩が一つに戻らん限り元の姿に戻れんのじゃ。誰からも見失われたまま、幻のようにさまよっておる。
ーー幻はその時々で姿を変えるからのう。じゃが、あの子はみつけてほしがっている。もうおぬしらの前に姿を現しているかもしれん。
うたい町のきつねは言った。
ーー里の連中はいまだに常磐堅磐を二つに分けているのですね。愚かなことです。
ーーよく目をこらしてごらんなさい。トハノスメラミコトはいつでもあなたのそばにいるのです。
赤いちゃんちゃんこの子供は叫んだ。
ーー幻は、幻だ! 実体を持たぬ、器を持たぬ! 幻を見つけることなど出来ぬ! なぜなら幻とは見えていてもそこにはないものだからじゃ!
「幻をみつけることは出来ない……」
広也と広隆は全く同時に同じことを呟いた。はっと顔を上げてお互いの顔を見る。
「幻は目には見えても実際にそこにはない」
「実在しないものは見つけることが出来ない」
「実体を持たないから」
「器を持たないから」
二人は交互に言葉を繰り返した。そして、同時に答えにたどり着いた。
「器だ!」
広隆はぱっと立ち上がって興奮気味に天井を仰いだ。
「そうだ!今のトハノスメラミコトは幻だから見つけることが出来ないんだ。器を見つけて、トハノスメラミコトを元の姿に戻してやればいいんだ」
広也も何度も頷きながら立ち上がった。
「トハノスメラミコトは元は一つの岩だった。つまりーー」
広也と広隆は目の前に広がる岩の大群をみつめた。
「この中に、トハノスメラミコトの器があるのか?」
一気に興奮が収まって、二人は呆然と立ち尽くした。この無数の岩の中から、たった一つの岩をみつけるなど、考えただけで気が遠くなりそうだ。隣で広隆が頭を抱えた。広也も途方に暮れかけたが、ふと違和感を感じて首をひねった。
なんだろう。はっきりとはわからないが、何か間違っているような気がする。
広隆は手前の岩から順に触ったり叩いたりしているが、どれもなんの変哲もない岩でしかない。見分けなどつかない。それを眺めながら、広也は何か見逃していはしないかと考え続けた。
(そもそも、この中に器があるのだったら、あの子供はとっくにそれをみつけているはずじゃないか?いや、そもそも器がないから幻としてさまよっっているんだ。器は失われたんだ。ここにあるはずがないんだ)
根本的な間違いに気付いて、広也は岩の大群を睨みつけた。この岩の大群はまるで自分達を惑わせるためにあるようだ。トハノスメラミコトの器でないのなら、この岩達はただの岩か、あるいはーー岩を装った化け物か。
広也は静かに刀を引き抜くと、広隆が探っている岩の真正面に立った。
「兄さん、離れて」
そう言って刀を振りかぶる広也に驚いて、広隆は後退った。
広也は目の前の岩に向かって力一杯刃を振り降ろそうとした。だが、それより一瞬早く目の前の岩がぐにゃりと歪んで、瞬く間に姿を色あざやかな衣をまとった乙女に変えた。
乙女は今しも斬りつけんばかりの広也から身をよじって逃れ、絹を裂くような悲鳴をあげて他の岩と岩の間に逃げ込んだ。すると、乙女のひるがえる衣に触れた岩もまた、同じように乙女に変わり悲鳴をあげて逃げ惑う。その衣がさらに別の岩に触れーー
無数に立ち並んでいた岩が次から次へと乙女に変わり、広也と広隆の周囲を細い悲鳴をあげて走りまわる。
やがて、乙女達は一体一体すうっと煙のように消えていき、全ての乙女がいなくなった時、あれほどたくさんあった岩は一個も残っていなかった。一気にガランとしてしまった広い空間に立ち尽くし、広也は刀を下げ、広隆は唖然としていた。
「器は失われたんだ。ここにはない」
広也はゆっくりとそう呟いた。そうして、自分の言葉に激しく憤った。
(器はないだって? じゃあどうやってトハノスメラミコトをよみがえらせればいいんだ? トハノスメラミコトをよみがえらせるためには僕達が彼をみつけなきゃいけない。でも、そのためには幻に器を与え、実体を持たせなければいけない。なのに、器がないなんて!)
広也はむき出しの刀を握ったままその場にうずくまった。考えすぎて頭が痛くなってきた。一体どうすればいいというのだろう。
「わからないよ。トハノスメラミコトをみつけるなんて、僕達には無理なのかもしれない」
答えには近付いているはずなのに、後一歩でたどり着けないでいる今の状況が苦しくて、広也は泣き言を言った。広隆は辺りを見回すのを止めて広也を見下ろした。
何もなくなってしまった空間に二人だけ取り残されているようだ。うずくまる広也を見て、広隆はふっと遠野の山中を思い出した。夜の山中をひとりぼっちでさまよっていた自分。あの時はひとりぼっちで途方に暮れていた。でも、今は一人ではない。
「俺、思うんだけど、ここまでたどり着けたのって俺達が初めてなんじゃねえかな?」
広隆は静かに言った。
「ここまで来たのにあきらめたりしたら、たぶんトハノスメラミコトはすごくがっかりすると思うぜ」
広也は顔を上げて広隆を見上げた。広隆はにかっと笑った。
「俺はさ、かきわとして緋色と霧の里の連中の期待を背負って、お前はときわとして秘色と晴の里の連中の期待を背負って来たんだ。でも、ぐえるげるやトハノスメラミコトは、たぶん俺達二人ともに期待してたんだ。俺達が兄弟だって知ってて、余計に期待したんじゃないかな? だって、ときわとかきわはトハノスメラミコトから生まれたんだろ。つまり、本来ときわとかきわってトハノスメラミコトの子供ーー兄弟みたいなもんじゃないか」
広也は目を見開いた。色々な思考でぐちゃぐちゃになっていた頭の中が、急速にすっきりしていくような感覚がした。まるで、全ての物事が一つの答えに収束していくように。
「だから、きっとトハノスメラミコトはーー」
広隆も己の言ったことに何か大事なことが含まれていたような気がして言葉を中断した。
(ときわとかきわ。元は一つだったもの。一つから二つに分かたれたもの。ときわかきわ。ーー常磐堅磐)
常磐堅磐。
広也の中で全ての言葉が一つに結実しようとしていた。おそらく、広隆も同じはずだと広也は思った。そう、答えは最初から何度も示されてきた。いや、答えは最初から自分達と共にあったのだ。
広也と広隆は目を合わせてお互いの心中を読みとった。
そして、二人は同時に叫んだ。
「常磐堅磐っ!」
叫んだ瞬間、ズズンっと重い音を立てて地面が大きく揺れた。それと同時に、二人の胸元が白く輝きだし、そこから丸い光の玉がゆっくりと抜け出てきた。




