四十六、蛇の子
広也は考えながら歩いていた。元の世界に帰る方法はわかった。だが、まだトハノスメラミコトをみつけていない。トハノスメラミコトをみつけないまま元の世界に帰ってしまえば、ときわとかきわは再び岩に戻ってまた新しい誰かを待つのだろう。ときわの巫女もかきわの巫女も次の誰かを待って長い時をすごすのだ。里同士の不仲も続いていく。
トハノスメラミコトは元は一つの岩に宿っていたとぐえるげるは言った。その岩を二つにわけてときわとかきわが生まれた………
(あれ?なんだか)
何かに似ているような気がした。広也は足を止めて考えこんだ。あと一歩でわかりそうな気がする。広也はぐえるげるの言葉を思いだそうと目を閉じた。
ときわとかきわ。一つの岩が二つに分けられ、トハノスメラミコトは器をなくし幻のようにさまよっている。幻。
(幻……)
広也ははっと顔を上げた。ぐえるげるの言葉がよみがえる。
(僕はは音無しの村の近くで、兄さんを見た)
あれは確かに広隆だった。かきわではなく現在の広隆だ。この世界にいるはずのない人間の姿。あれこそ幻ではなかったか。
(かきわもあの暗闇の中で僕の姿を見たと言っていた)
トハノスメラミコトが幻として自分達の前に姿を見せていたのだとしたら。
そこまで考えた時、足下から甲高い声が響いて、広也の思考を中断させた。
「バカだなあ。広也は」
慌てて足下を見ると、一匹の小さな黒蛇がちろりと赤い舌をのぞかせていた。広也はぎくりとして後退った。蛇はそんな広也を馬鹿にするように頭を振った。
「まだトハノスメラミコトの正体がわからないだなんて。今回のときわとかきわならわかると思ったのになあ。ヒントはたくさんもらっただろう」
蛇はしゅるしゅると音をたてて広也に近づいてきた。
「な、なんなんだお前?」
広也はうわずった声で尋ねた。
「ぼくは蛇さ。ただの小さな黒蛇さ」
蛇は陽気な声で言った。
「ヒヒや白い布に出会っただろう?あれらと同じようなものさ」
広也は警戒して刀に手をかけた。
「お前も化物なのか?」
「失礼な奴だなあ。ぼくらは化物なんかじゃないよ。お前らがそう思うのは勝手だけれどね。ぼくらはあの白い光とも同じものなんだよ」
「白い光とも?」
蛇には襲いかかってくる様子が見られないので、広也は刀から手を放した。
「白い光と同じって、どういう意味?」
「さあてね。自分で考えな」
蛇は馬鹿にするように尻尾をぴろぴろ動かした。広也はむっとして口を尖らせた。
「ぼくに何か用?」
とげとげしい口調で尋ねてみるが、蛇はいっこうに態度を改めず、むしろ広也を怒らせるのを楽しむように笑った。
「広也があんまり馬鹿だから手伝ってやろうと思ったのに」
「そんなのいらないよ」
広也は憤慨して歩き出した。だが、蛇はしゅるしゅると広也の後をついてくる。広也はどんどん早足になっていったが、蛇は慌てる様子もなくぴったり広也を追いかけてきた。そうして、相変わらず馬鹿にした口調で広也をからかった。
「どこに行こうとしているんだい?」
「かきわを探してるんだよ」
「バカだなあ、広也は。わざわざ探さなくてもかきわのところに行ける方法があるだろう?」
「どんな方法だよ?」
「それに気付かないからバカだって言うんだよ」
「悪かったな!」
広也はむかむかしながらも考えた。蛇が言うようにかきわの元へ行ける方法などあるだろうか。
「だいたい、進んでる方向が違うよ。広也はどこに行くつもりだい?」
「かきわはぐえるげるの泉にガラスの林が映ってるって言ったんだ。だから、ガラスの林の近くにいるはずだろう?」
広也がそう言うと、蛇は今までで一番あきれた声で馬鹿にした。
「バカだなあ。本当にバカだ」
さすがに腹が立って広也は歩みを止めた。この蛇をどうにかして追い払ってやろうと、足で蹴る真似をしてみた。だが、蛇は少しも怯えずに言葉を続けた。
「広也はまだ元の世界に帰る方法がわからないの?」「それはもうわかっているさ」
「うっそだあ。その方法がわかるならこんな所を歩いているはずがないよ」
「どういう意味だよ?」
「自分で考えてみなよ。元の世界に帰るにはどうしたらいい?」
広也は腕を組んで考えた。
(かきわを探すのと元の世界に帰る方法になんの関係があるんだよ。元の世界に帰るには、ぐえるげるの……)
そこまで考えて、広也はやっと閃いた。
「ぐえるげるの泉!」
蛇がうれしそうに尻尾をゆらした。
「そうだ!あの泉は必要な場所に行けるんだ。僕はかきわを探しているんだから、今の僕が泉をのぞけば、かきわのいる場所が映るはず!」
「やっと気付いた」
蛇はころころと笑った。
広也は来た道を戻り始めた。ぐえるげるの森へ。
その広也の足下を、やはり蛇がしゅるしゅるとついてくる。広也は足早に進みながら、横目で蛇を盗み見た。広也を襲った化物やあの白い光と同じ存在だと言う蛇。なぜ、この蛇は広也に助言などするのだろう。
ふと、うたい町できつねが言った言葉を思い出した。
ーーわれらは皆子供なのです。
(この蛇も、トハノスメラミコトがよみがえるのを望んでいるのだろうか)
もしかしたら、この世界に存在するものは皆ーーあのヒヒや白い布も含めて、トハノスメラミコトがよみがえるのをずっと待っているのかもしれない。待ちすぎて、待っていることを忘れてしまっても、それでも待ち続けているのかもしれない。
広也は泣いている小さな自分を思い出して切なくなった。自分もあの時待っていたのだ。兄が帰ってくるのを。この世界のかきわが元の世界に戻ってくるのを。兄はちゃんと帰ってきてくれた。
そうして、おそらく今は自分が待たせているのだ。兄はきっと待っていてくれる。だから、自分も必ず帰るんだ。
広也は歯を食いしばって、ぐえるげるの森へ続く道を駆け抜けた。
走っている間に、ふと気がつくと蛇がいなくなっていた。ぐえるげるの森にたどり着き、広也がぜいぜい息を切らしながら見回した時にはもう蛇の姿はどこにもなかった。
しばらく辺りを探してみたが、小さな蛇は見つからず、広也は首をひねった。
(あんなにしつこくついてきていたのに……)
走っていたせいで置いてきてしまったのかとも思ったが、蛇は広也がどんなに足を早めても涼しい顔でついてきていたはずだ。
(まあ、いいか……)
どうせ、あの蛇のことだ。何か言いたいことがあったら、またひょっこり出てくるに違いない。広也は気を取り直して泉に向かった。




