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四十三、泉の水




「ここは……」


 広也の目の前には大きな木があった。そして、周りを見回すと小さな泉が七つ、水面を静かに光らせている。


「戻ってきたか」


 不意にしわがれた声がした。振り向くと、案の定ぐえるげるがにやにやしながら地面に尻を突いた広也を見下ろしていた。

 広也は痛む尻を押さえながら立ち上がった。何故自分がぐえるげるの森にいるのか不思議で、思わず説明を求めるようにぐえるげるを見た。ぐえるげるは広也のもの問いたげな視線を無視して、泉の一つに近寄ると水面をこんっと叩いた。すると、水面がくるくると渦巻いて、その中心からくすくすと笑い声が弾けた。波が収まるとともに笑い声も小さくなりやがて消えた。


「やれやれ、泉の水が濁ってしまった」


 ぐえるげるは非難するようにちらりと広也をねめつけた。広也はなんのことかわからないがギクリとした。ぐえるげるはぶつぶつ言いながら泉を覗き込んでいたが、しばらくすると泉から離れて空を見上げ、「ふん、ふん、ふん」と三回鼻を鳴らした。すると、ぐえるげるが覗き込んでいた泉の水がざーっと立ち昇って水柱になり、その水柱が蛇のように身をくねらせたかと思うと瞬く間に小さな透明の龍に姿を変え、そのまま悠然と空へと昇っていってしまった。

 呆気にとられて龍が飛んでいった方向をみつめる広也の横で、ぐえるげるがぼそりと呟いた。


「この世界のものでないものを通したから濁ってしまったんじゃ」


 この世界のものでないもの、が自分を指すのだということに、広也はしばしの間気付けなかった。ぐえるげるの口振りからすると、広也は龍になった泉から出てきたらしい。それにしては体は全然濡れていない。だいたい、巨人に飲み込まれたはずなのに、と広也は首を捻った。


「あの巨人の腹の中はこの泉に繋がっているの?」


 広也は傍らに立つぐえるげるに尋ねたが、ぐえるげるはそれに答えず、ふんと鼻を鳴らした。

 釈然としない気持ちのままからっぽになった泉を覗き込むと、思ったよりも浅い底に水は一滴も残っていなかった。


「からっぽになっちゃったけどいいの?」


 そう尋ねると、初めてぐえるげるが答えを返した。


「なあに、そのうちに戻ってくるわ。泉はあと六つあるから困らん」


 ぐえるげるはそう言うと、広也に背を向けてその場から去ろうとした。


「待ってよ」


 思わず呼び止めたが、ぐえるげるは振り返りもせずにこう言った。


「この世界のものでないものに教えることは何もない。わしはただの蛙じゃ」


 あまりにもそっけない態度に広也は寂しくなったが、確かにぐえるげるに教えてもらわなければならないことはもうないような気がした。前の自分だったらぐえるげるにこれからどうしたらいい?と尋ねていただろうと広也は思った。だが、今はもうわかっている。この先は自分で決めて進まなければいけないのだ。


 広也は残る六つの泉の中の、必要な場所に行ける泉を眺めた。あの縁に立って中を覗き込めば、元の世界が映るはずだ。試したい。だが、広也はぎゅっと拳を握って泉から目をそらした。

 まだ、かきわを見つけていない。このまま元の世界に帰るわけにはいかない。


(かきわを見つけなければ)


 そして、二人で一緒に帰るのだ。


(きっと、兄さんはそうしたに違いない)


 兄は、かきわだった兄は、きっとときわであった弟と一緒にこの世界から脱出したに違いない。かきわが元の世界に帰る方法を見つけたとしても、自分一人だけ帰ろうとするはずがない。


(かきわをみつける。そして、僕の名前を教えよう。君の弟だと名乗ろう。かきわではなく、兄さんと呼べるように)


 広也は記憶に従って、ぐえるげるが去ったのとは違う方向に駆けだした。体が軽かった。この世界での疲れは肉体ではなく精神状態によって左右されるのかもしれないと広也は思った。なぜならこの世界に来て初めて、広也の足取りは希望に満ち溢れていたから。




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