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三十三、居場所



 広隆と秘色は再びぐえるげるの森へ向かっていた。


「でも、ときわがまだぐえるげるの森にいるとは限らないじゃない」


 秘色は前を歩く広隆に声をかけた。広隆は足元の石を転がしながら答えた。


「いないかもしれないけれどな。でも、ときわが俺と同じことに気付けば、必ずぐえるげるの森に戻ってくるさ」

「どうしてなの?」


 秘色は広隆の背中をみつめ目を細めた。秘色の目には広隆から明るい光が放たれているように見えてまぶしかった。かきわだった少年が広隆という少年に変わった。それが秘色には不思議だった。


「広隆はどうしてかきわではなくなってしまったの?かきわはどこへ行ってしまったの?」


 秘色は不安そうに尋ねた。広隆は笑いながら振り返った。


「どこにも行ってないよ。かきわはまだ俺の中にいる。トハノスメラミコトをみつけられれば、かきわを返してやれるんだけどな」


 秘色は広隆の言うことが理解出来ないと表情で訴えた。広隆はうまく説明出来ないことを歯がゆく思った。秘色を納得させられる言葉を探しながら歩いていると、後ろに付いてきていた秘色が突然立ち止まった。


「どうした?」


 振り返って広隆はぎょっとした。秘色はぼろぼろ泣いていた。気丈な彼女には似つかわしくなく、不安そうに眉をひそめ幼子がするように唇を震わせて泣いていた。嗚咽の合間に小さく何かを訴えようとしているのに気付き、広隆はそばに寄って耳を近付けた。途切れ途切れに聞こえる言葉は不明瞭で聞き取り難かったが、広隆は辛抱強く秘色が繰り返す言葉に耳を傾けた。


「ときわが………ときわが、ときわも……そうだったらどうしよう」


 秘色は涙に濡れた目ですがるように広隆を見た。


「そうだったらって?」


 広隆は秘色の肩に手をかけて彼女の顔を覗き込んだ。秘色は堪えきれないというように広隆に抱きついた。広隆は一瞬戸惑ったが、震える背中に腕をまわして秘色を抱き締めた。秘色はしばらくの間広隆にしがみついて泣きじゃくった。広隆はその泣き声を聞きながら真っ赤になった秘色の耳を見ていた。


「ときわが、広隆みたいに、ときわじゃなくなってたら、どうしよう」


 しばらくたってから、秘色はようやくそれだけ言った。 その言葉を聞いて、広隆は秘色が不安に思っていることがなんとなくわかった。広隆と同じく、ときわにも元の世界での名があるはずだ。ときわもこの世界に逃げてきたんだろうなと広隆は思った。


「秘色。俺もときわも、元の世界に戻るためには、元の世界の自分を受け入れなくちゃならないんだ」


 広隆は言葉を選びながらささやいた。


「ここはマヨヒガだから、迷う者のための場所だから」


 元の世界にいた時、広隆は自分の居場所が見つけられなかった。父が死に、母もいない。自分の存在する意味を見出だせずにいた。ときわも同じだろうかと広隆は思った。

 秘色はきっと顔を上げると広隆を睨み付けた。


「あんた達はいいわよっ。かきわとときわじゃなくなっても、元の世界に帰れるんだもの。でも、あたしは」


 秘色はしゃくりあげながら涙をぬぐった。


「あたしは………本当は、トハノスメラミコトなんかみつけてほしくないのかもしれない」   


 広隆は驚いて秘色を見た。秘色は自分の言った台詞にショックを受けたような顔をしたが、それでも止められずに言葉を続けた。


「トハノスメラミコトがみつけられてしまったら、あたしは………トハノスメラミコトが里に戻って、ときわがなくなってしまったら、あたしはどうなるの?ときわを祀る必要がなくなったら、ときわの巫女はどうやって生きればいいの?」


 秘色は広隆に向かって泣き叫んだ。


「あたしはときわの巫女なのに!ときわの巫女として生まれたのに、ときわがなくなってしまったら、あたしはここにいる意味がなくなってしまうっ」


 広隆ははっとした。秘色はその場に崩れ落ちた。地面に伏してなきじゃくるその姿に、広隆は自分を重ねた。


(秘色にとって、ときわを失うことは耐えられないことなんだ)


 広隆が父を失った時に感じた絶望によく似た想いを、秘色は抱えて泣いていた。広隆はしゃがみこんで秘色の背中をさすった。


「ときわの巫女でなくなっても、秘色は秘色だよ。ときわの巫女としてではなく、秘色として生きればいいんだ」


広隆は静かに言った。


「トハノスメラミコトがみつかってときわの巫女でなくなっても、秘色は堂々とこの世界にいればいいんだ。この世界は秘色の世界なんだから」


 秘色はわずかに顔を上げた。


「怖いのよ」


 秘色の目が広隆の目をとらえた。


「あんたとときわがいなくなってしまうのが怖いの。トハノスメラミコトがみつかろうとみつかるまいと、あんた達が元の世界に戻って、たった一人で里に戻ってたった一人で生きていくのが怖い。この旅に出る前は平気だったのに、今は怖い。この旅が終わらなきゃいいのに」


 秘色はぶんぶん頭を振った。


「こんなことを考えるだなんて、あたしは巫女失格だわ。あたしはもう、誰にも顔向け出来ない」


 広隆は秘色の肩をつかんで揺さぶった。


「誰かとずっと一緒にいたいと思うことは悪いことじゃない。秘色は立派だよ。俺達を導いてくれた。秘色はきっと……」


 その時、広隆の言葉を遮って突如雷鳴が響いた。驚いた二人は同時に空を見上げた。

晴れていた空に黒灰色の板のような雲が浮かんでいた。雲といえるのか、硬質な板にしか見えないそれからは、雨が落ちるわけでも雷がほとばしるわけでもない。ただ、耳をつんざくばかりの雷鳴だけが発生していた。


「……なんだ?」


 広隆が呟いた次の瞬間だった。板の表面から幾本もの触手が発射された。





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