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二十四、ぐえるげるの森




「俺、ここに来る前は幽霊とか妖怪とか全然信じてなかった」


 とぼとぼと歩きながら、かきわが呟いた。


「でも、本当にあるんだな。おもしれえな。こういう世界があるって、向こうの世界の連中は何も知らないんだよな」


 ときわは秘色とかきわの一歩後ろを、振り返りながら進んでいた。先程の巨人のことが心にかかっていた。この世界で初めて出会ったやさしい化け物だった。


「ときわ。早くいらっしゃい」


 先を歩く秘色が言う。


「待ってよ。秘色」

「まってよまってよまてまてまて」


 突如、足元で小さな声がして、ときわは飛び上がる程びっくりした。何もいないように見えたが、よくよく目を凝らしてみると、小さな小さな、本当に小さな、色も大きさもそら豆にそっくりの蛙が、ぽつんとときわを見上げていた。


「何? きみ」

「なにきみなにきみきみきみなに」


 蛙はかわいらしい声で歌うように言う。ときわはつぶしてしまわないよう気をつけて、そっと蛙を手にのせてみた。


「なにきみきみなに。かえるはかえる。ここはもりだよかえるのもり」


 蛙はときわの掌の上でうれしそうにさえずっている。秘色とかきわも興味深そうにのぞき込んだ。


「ああ、かわいい」

「ずいぶん小さい蛙だな」


 蛙も楽しそうにしているので、ときわはしばらくこのまま連れて歩くことにした。


「じゃあ、ここがぐえるげるの森なのか」


 空を見上げながらかきわが言った。


「もりもりえぇるげるのもり」と蛙がさえずる。


「それで、ぐえるげるとかいう仙人はどこいるんだよ」


 かきわが呟いた。

 その途端、ときわの手から蛙が飛び下りた。かと思うと、その姿がゆうに二メートルはあろうかという巨大な蛙に変化して三人の前に立ち塞がった。秘色は悲鳴をあげてときわの後ろに隠れた。ときわは——おそらくかきわも、驚いて声も出ずにみつめていると、蛙は今度は低い年寄りのような声で語り出した。


「探し物がある時は足元を見ることが重要じゃ。求める物は案外と近くにあるものじゃぞ」


 ときわとかきわは同時にごくりと唾を飲んだ。


「あ……んたが、ぐぇるげる? 」


 かきわが声をふりしぼって尋ねた。最初の驚きが尾を引いているらしく、声がかすれている。

 ときわはもう一度唾を飲んだ。蛙は体が大きくなっただけではなく、存在感も威圧感も恐ろしいほど増していて、ときわは一瞬自分が押しつぶされてしまうイメージを持った。


「さて、わしはただの蛙じゃよ。他の者はわしをぐえるげるとか仙人とか呼ぶがの」


 蛙が笑うと、大きな口が歪んで真っ赤な口腔が不気味にのぞいた。ときわの背中にはりついた秘色がひくっとひきつった声を出した。


「おぬしらが今代のときわとかきわか。よく似ておるの」


 蛙に言われて、ときわとかきわは顔を見合わせた。お互いの目が、相手の顔から自分に似た部分を探そうとせわしなく動いた。そして、ほぼ同時に探すのをあきらめた。二人はみごとに対照的な顔立ちだったし、お互いに自分と相手が似ているとはどうしても思えなかった。

 しかし、ときわはふと気がついた。


(ああ、そうか。僕とは正反対。かきわは兄さんに似ているんだ。どことなくだけど)


 だが、かきわと広隆では顔立ちは似ていても、まとっている雰囲気があまりにも違いすぎた。

 広隆は、とらえどころのない、でも温かみのある、やさしくて明るい気を体中から発散している。だが、かきわは、どこか人を拒絶するような、ときわや秘色に対しても一定の距離を置いて接しているような感じを受ける。

 その違いは目にも現れていた。かきわの目は暗く、冷たい。広隆の切れ長だがやさしい目との違いが、二人の印象を対照的なものにしていた。


「まあ、座ってゆっくり話そう。長い話になるからの」


 ぐえるげるは大きな木のうろに三人を案内した。うろの中には苔むした木製のテーブルとイスがあった。


「さて、何から話そうかの」

「トハノスメラミコトをみつける方法を教えて下さい」


 叫ぶように秘色が言った。

 だが、ぐえるげるはいかにも興味がなさそうに顔をかいた。


「おぬしは晴の里の巫女じゃの」

「はい」

「ん、そうじゃの。おぬしには別にやってもらいたいことがあるんじゃ」


 ぐえるげるはそう言って奥にある小さな扉を開けた。扉の向こうには小さな階段があった。


「この一番てっぺんまで昇っての、上にある祭壇に祈りを捧げてほしいんじゃよ。わしはもうろくして昇れなくての。こういう機会でもないと巫女がうちに来ることなんぞないからの」

「今すぐ、ですか? 」


 ぐえるげるが頷いたので、秘色はときわのほうをちらちら気にしながらもおとなしく階段を昇った。


「これで、ゆっくり話せるの」


 ぐえるげるは扉を閉めながら言った。


「これから話すことは里の者には受け入れがたいことじゃしの」


 ぐえるげるはぶじゅうと奇妙な音のため息をついた。それからイスに腰掛け、ときわとかきわをねめまわした。


「さて、おぬしらは里の命運を握っておると自分で思うかの」


 突然そんなことを訊かれて、二人は目を白黒させた。


「……俺達は、いきなりこの世界に来ちまってトハノスメラミコトをみつけろって言われただけで、少なくとも俺にとってはそんなもんどうでもいい……だって、負けたからって里が滅びるわけじゃないんだろ」


 かきわが言った。ときわもまったく同じ意見だった。


「うむ。その通り、里の者のいがみ合いにはなんの意味もない」


 ぐえるげるは大きく口を開けた。


「そもそも、二つの里は元は一つだった。いや、一つの岩から生まれたのじゃ」

「岩? 」

「昔、一つの岩があり、いつしか岩に魂が宿った。岩に宿った魂はそれまでばらばらに生きていた者達を集めて里をつくった。里はどんどん大きくなった。里の者は岩の魂を敬ってトハノスメラミコトと呼んだ。だがの、些細なことから争いが起こり、里は真っ二つに割れてしもうた。二つの里はお互いに自分達の里にトハノスメラミコトを招こうと相争った。その結果、トハノスメラミコトも帰る場所を失った」


 ぐえるげるは悲しげに首を振った。


「かわいそうな子じゃよ。あの子は。二つに割れた岩が一つに戻らん限り元の姿に戻れんのじゃ。誰からも見失われたまま、幻のようにさまよっておる。

 だが、里同士はいがみ合うばかりで割れた岩を別々に祀りはじめる始末。そこであの子は別の世界から人を呼ぶことにした。二つに割れた己の身を媒介にしてのう。ところが、里の連中は彼らが現れた理由を都合良く解釈した。すなわち、彼らのうちどちらかがトハノスメラミコトをみつけ出し自分達の里に招いてくれると」

「それが俺達か」


 かきわが言った。


「つまり俺達は二つになった岩を一つに戻してトハノスメラミコトを復活させるのが本来の使命なんだな。それをやるにはどうすればいいんだ」

「おぬしら二人が二人共トハノスメラミコトをみつければいいのじゃ。幻となってさまよっているあの子をみつけてやることじゃ」


 結局、トハノスメラミコトを探さねばならないことに変わりはないらしい。しかし、里同士の争いは自分には関係ないことがわかって、ときわはうれしかった。かきわと敵対する必要がなくなった。


「それで、トハノスメラミコトっていうのはどんな姿をしているんだい」

「さあのう。幻はその時々で姿を変えるからのう。じゃが、あの子はみつけてほしがっている。もうおぬしらの前に姿を現しているかもしれん」


 かきわはふうんと唸って腕組みしている。ときわは長い話を頭の中で整理してみた。ふと、疑問が湧いてときわは恐る恐る口を開いた。


「あの、聞きたいことがあるんだけど」

「なんじゃ」


 ときわは一瞬迷ってから尋ねた。


「僕達をこの世界に呼んだのがトハノスメラミコトなんだったら、どうして僕みたいなのを選んだのかなって」

「選んだのはトハノスメラミコトではない。おぬしらじゃよ」


 ときわとかきわは顔を見合わせた。


「この世界がおぬしらを呼んだのではない。おぬしらがこの世界に来ることを選んだのだ」

「どういうこと? 」

「トハノスメラミコトといえど別の世界で生きている者をこちらへ連れて来ることは出来ん。己の世界で己の存在する意味を知っている者は他のどの世界にも行く必要がないからじゃ」


 ときわは言われたことを理解しようと頭を働かせた。だが、よくわからなかった。かきわも同じような様子だった。


「己の世界に己がなぜ存在しているのか、不安な者だけが別の世界に惹かれるのじゃよ」


 意味はよくわからないながらも、ときわはどきりとした。


「でも、俺達の前にもこの世界に来たかきわやときわがいたんだろ。そいつらはどうやって元の世界に戻ったんだ? 」


 かきわが尋ねた。

 ぐえるげるは心なしか目を細めて微笑んだ。


「己が己の世界に生きる理由をみつけた者だけが己の世界に戻れるのだ。つまり、心の底から帰りたいと思った者が帰ることができるのじゃ」


 ぐえるげるはそう言って口を閉じた。

 辺りを沈黙が包んだ。

 ときわは何かすごく大切なことを聞いた気がした。だが、今はまだよくわからなかった。





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