二十三、光の巨人
それからだいぶ時間がたって、三人共すっかり闇に目が慣れた。今は少しぐらい離れてもお互いの姿が確認出来る。しかし、相変わらず打開策は講じられていなかった。
「さて、どうするよ」
疲れた口調でかきわが言う。
先程から歩きまわってはいるのだが、どこまで行っても闇の中に光の玉がただよっているばかり。他には何一つ存在しない。化け物も出て来ない。やさしい光のただよう場所。
このままここから出られなかったらどうなるのだろう。そう考えてときわはぞっとした。
「ねえ、あたし思うんだけど」
さすがの秘色もげんなりした顔をしている。
「あたし達上から落ちて来たんだから、出口も上なんじゃないかしら」
「出口が上、なのはいいけどよ。どうやって上に上がるんだよ。空飛ぶのかい」
かきわがへっと鼻で笑った。秘色はうーと唸って腕を組み、そこらをぐるぐる歩きまわり始めた。
ときわは肩を落として深いため息をついた。
「あーあ、誰か上まで運んでくれないかなあ」
ため息ついでにそんな風にぼやいた。
その途端、彼らの周りの光の玉が——それまでは無目的にふよふよただよっているばかりだったものが——急に一点に集中し始めた。
驚いた三人が声もなくみつめる中で、光の玉はどんどん集っていき、やがて、二十メートルはあろうかという巨大な人の形をつくった。
思い出したように秘色が後ろ手にときわをかばう。この時初めて、ときわはそれを嫌だと思った。ときわは秘色の肩をぐいっと引っ張り、自分が彼女の前に出た。秘色は何か言おうと口を開きかけたが、それをかきわに手で制されて黙った。
ときわはごくっと喉を鳴らし、いつでも刀を抜けるよう鞘に手を掛けた。
「男らしいとこあるじゃねえか」
同じく刀を構えながらかきわが言った。ときわは小さく笑い返した。笑える余裕があるのが不思議だった。足は震えているのに。
巨人が動いた。ゆらりっと大きく揺れて、そのぼんやり光る手をのばしてきた。
かきわが素早く刀を抜いた。一歩遅れてときわも後に続く。
だが、思いがけなく、巨人の手は彼らの眼前にゆっくりと差しのべられた。それだけで、何もしてくる気配がない。
どういうつもりなのかわからず、三人がしばし無言で立ち尽くしていると、巨人はもう片方の手でそっと差し出した掌を指差した。
「まさか……乗れっていうんじゃないでしょうねえ」
秘色が気味悪そうに言った。
「どうする? 」
ときわが尋ねると、秘色はとんでもないというふうに首を振った。だが、かきわは、
「おもしれえ。乗せてもらおうじゃねえか」
気楽な口調でそう言って、巨人の大きな掌にいともあっさり乗り込んでしまった。
「どうせここでぼんやりしていてもどうにもならねえんだし」
「冗談じゃないわよ。何されるかわからないわ」
「じゃあ、ずっとここでうーうー唸ってるつもりかよ」
かきわの言うことはもっともなのだが、ときわもこの得体の知れない巨人に身をまかせるのは不安だった。
(どうしよう)
考え込んで腕を組んだ。その時、かすかにちりんという音がした。それはときわのジャージのポケットから聞こえた。手を入れると、中に入っていたのはさびた鈴。
(そうだ。納戸でみつけて、そのまま忘れてたんだ)
ずっと持ち歩いていたせいで、鈴はほんのりぬくもりを持っていた。ときわは鈴をぎゅっと握り締めて思った。
(兄さんなら、乗るだろうな)
こんな世界があって、 こんな生き物が存在すると兄が知ったら、どれだけ大喜びするだろう。ときわはふっと微笑んだ。
乗ろう。ときわは覚悟を決めて、巨人の掌によじのぼった。
「ときわっ」
情けない声を上げる秘色に、ときわは手を差しのべた。
「おいで、秘色」
秘色はしばしためらっていたが、やがて観念して掌に乗り込んだ。
乗り込んだ秘色がときわの手を握ったのと同時に、巨人が三人を乗せた掌をゆっくり持ち上げはじめた。ゆっくり、ゆっくり、巨人の顔の高さ、そのもっと上まで。
「どうするつもりなんだろう」
秘色が不安そうに言う。
「もしかしたら、上まで運んでくれるつもりなんじゃ……」
言いかけて、ときわはふと思った。
「ねえ、さっき僕らが落ちてきた時、助けてくれたのはこの人なんじゃないかな」
秘色とかきわもはっとして顔を見合わせた。もしそうなら、この巨人は落下する三人をこの掌で受け止めてくれたのだ。このやさしく光る掌で。
「悪い化け物じゃないのかしら」
秘色が小さく呟いた。
その時、上昇を続けていた巨人の掌がぴたりと動きを止めた。三人が顔を見合わせるよりも早く、巨人が奇妙な雄たけびをあげた。
すると、まるでその声を聞き届けたかのように、三人の頭上の闇が丸く口を開いた。
その穴から、青い空が見えた。
かきわが背のびして顔を出してみると、穴の外には元の山道がひろがっていた。
三人は思わず歓声を上げた。まずかきわが外に出て、ときわと秘色を引っ張り上げた。
三人共が外に出ると、開いていた穴がゆっくり閉まりはじめた。
「ありがとうっ、ありがとうねえっ」
穴が閉まる直前、ときわは思いきり叫んだ。顔の無い巨人が、微笑んでくれたような気がした。




