ドライブ
ある深夜。暇を持て余したTは地元の山を愛車でドライブしていた。
昼間は地元民や近くにある名所へ向かう観光客の往来があるこの山道も、深夜ともなれば走り屋かTのような暇人くらいしかいない。
「今日は誰もいないな。」
山頂にある展望台の駐車場に到着したTは車内から辺りを見回して呟いた。
「・・・しゃあねえ。帰るか。」
知り合いがいることを期待したが、誰もおらずTはため息をつくと車を反転させた。車の動きに連動して振り回されたヘッドライトの光に一瞬だけ人影が映る。
「ん?」
それに気づいたTは影の映った位置に目を凝らす。
何かいる。
「えっと・・・」
Tはグローブボックスから懐中電灯を取り出し、その何かを照らす。
そこに照らし出されたのは、高校生くらいの少女だった。
「え?」
他に車のいない真夜中の駐車場に一人佇む少女。そして、この周辺に民家はない。Tは困惑した。
「・・・ねえ、ここで何してるの?」
とりあえず、Tは車を降りて少女に声を掛けた。
「彼氏と喧嘩して置いてけぼりにされました。」
少女が弱々しく答える。
「ひでぇ彼氏だな・・・。よかったら送るよ?どうする?」
彼女をこんな山奥に放置する彼氏に嫌悪感を抱きつつ、Tは少女に提案した。
「お願いします。」
Tは助手席に少女を乗せ、山を下った。
「なんか飲む?」
道中立ち寄ったガソリンスタンドでTは、ずっとうつむいている少女を気遣った。
外では店員がフロントガラスを拭いている。
「あ、私はいいです。」
「そう?じゃあ、ちょっと俺は飲み物買ってくるよ。」
「あれ?」
二本の缶コーヒーを持って車に戻ったTは声を上げた。
少女がいなくなっている。
「どこ行った?」
コーヒーを持ったまま店内や店の周辺を探すも少女は見つからなかった。
「ちょっといいですか?」
「はい。」
Tは先ほどフロントガラスを拭いていた店員に声を掛けた。
「一緒に車に乗ってた女の子、どこ行ったか知りません?」
「は?」
店員は怪訝な顔をする。
「いや、だから助手席座ってた女の子ですよ。」
「え?お兄さん、最初から一人でしたよ?」
その言葉にTの背中に冷たい物が走った。
「いやいやいや、店員さんが窓拭いてるとき俺、女の子になんか飲むか聞いてたじゃないっすか。」
青ざめた顔でTは店員に同意を求めた。
「え?いや、お兄さん、あの時何もない空間に話しかけてましたよ?正直、ちょっと不気味でした・・・」
「え?・・・あ、ああ、そう?うん・・・あー、ありがとう。」
止めの一撃を食らったTは力無くそう言ってふらふらと車に乗り込んだ。
「やべぇやべぇやべぇ・・・」
恐怖を紛らわせるためTはカーオーディオの音量を最大にし、家路を急いでいた。
しかし・・・
「ひっ・・・!」
爆音で流れていた疾走感のある音楽に突然、ノイズが入り始めた。次第にノイズは音楽を侵食し、スピーカーから女の笑い声を流し始める。
「ぅゎぁぁぁ・・・」
蚊の鳴くような声で悲鳴を上げながらもTは必死でハンドルを握った。
そして、どうにか家にたどり着いたTは、日が昇り家族が起き出すまで仏間の仏壇を拝み続けていたという。
後日、Tは事故を起こし、その車は全損となってしまう。事故原因は歩行者の飛び出しらしいのだが、目撃者によると飛び出した者はいなかったそうだ。
そして、事故現場は少女を送る際に聞いた住所のすぐ近くだというのだが、因果関係は不明である。