8頁目 新米卒業試験の決着と旅立ち
前回のあらすじ。
怒った。そして試験を無事見届けてから逃げるように旅だった。
他者と比べて執筆速度にどれくらい違いがあるのか分かりませんが、作者の場合、調子が良い時は一時間に二〇〇〇文字程度、調子が悪いと五〇〇文字を切ります。
ムラがあり過ぎますが、調子が良い状態が持続し続ければ、五時間弱で一話が完成する計算になり、毎日投稿が可能になりますが……うん、無理です。
後書きの文章も考えなければいけないですし、見直し、修正もありますので……と言い訳をしておきます。
それに、集中力が持たないので、頑張っても一日に二時間が限界です。
現在の投稿ペースと執筆速度が全く合わないので、ストックが底を付くのも目前です。
休日は時間があるのにモチベーションが上がらずネタも浮かばず筆が進まない。
一方で仕事日はネタが浮かぶので筆が進むが時間がないので、結局休日と変わらず……ちなみに、作者自身がクオリティが高いなと思うのは仕事日に書いた物だったりします。
出来るだけ休日も仕事日と同じようなルーティーンで過ごすようにしていますが、それでもやはりテンションの差か、あまり進みません。
縄張りに土足で踏み込んできた私達を察知して、二体揃って飛んできた小飛竜の夫婦。このまま落ち着いて産卵といきたかっただろうが、天敵である闘飛虫の縄張りと重なっていることから落ち着くことが出来ず、イライラしていたところへ私達が現れた訳だ。そりゃ怒るのも無理はない。
「行くわよ!」
真っ先に飛び出したのはコールラだ。槍を前に突き出したまま走り出す。それに合わせたかのように、一体の小飛竜が高度を落として攻撃を仕掛けようと、足の爪を前に出し突っ込んでくる。するとコールラは槍を地面に突き刺し、柄のしなりを利用して棒高跳びの要領で空中へと勢い良く飛び出した。
「なっ!」
その驚愕はジルかイユさん、どちらの声だろうか。しかし私含めパーティのメンバーは、彼女のトリッキーな動きは見慣れているので、さほど驚きもなくその動きを見つめる。
コールラは、突っ込んできた小飛竜を飛び越えてその背へと着地し、その瞬間に走り出したと思ったらそのまま踏み台代わりにして、再び高くジャンプした。そのまま槍を回転させ、上空を飛んでいた小飛竜の首元を殴打する。
突然の強襲に驚き、バランスを崩した小飛竜。事前の打ち合わせ通り、コールラはオスを見極めて攻撃したようだ。
一方、的を見失ったメスの小飛竜は、そのまま地面すれすれまで高度を下げてしまった。そこには曲剣を両手に持つ、エメルトが待ち構えていた。
全身が硬い鱗で覆われているとはいえ、物理攻撃が全く通らないということでもない。
セプンのように力任せに叩き切る、もしくはハンマーで叩くなどの正攻法があるが、エメルトはパワーファイターではないし、武器も非常に硬い鱗を切り裂く程の切れ味ではない。
しかしそれでも有効部位はある。目、間接部、飛膜がそうだ。特に、目と飛膜は積極的に攻撃したい。相手の視界と機動力を著しく奪うことが出来るこの二点は、片目もしくは片翼を潰すだけで、より有利に戦うことが出来る。
エメルトは、セオリー通りに顔もしくは翼を積極的に狙って、剣を振るっていく。メスの個体は距離を取ろうと翼を広げるが、その隙を狙われてまた地面へと叩き落とされる。
一方、コールラは、どこのサーカス団だと思う程のアクロバットを仕掛けていた。彼女は、なんと未だに空中にいたのだ。
オスの小飛竜に槍を引っ掛けたり、踏み台にしたりして空中戦を継続している。彼女が激しく動く度にチャームポイントである赤と紫の毛が混じったツインテールが遅れて揺れ、コールラの動きに追随する。
魔力があるおかげで基礎身体能力は高いとはいえ、果たしてあんな真似が出来る人間がどれだけいるのか。
空を飛ぶ敵相手に魔法を使わずにどうやって攻撃を当てるかという課題を与えたところ、正答は槍投げのつもりでの質問だったのだが、彼女は自身が高く跳べば良いという脳筋的な答えを出してきた。その時は、流石に育て方を間違えただろうかと頭を抱えてしまった。
あの聡明な委員長キャラが私の中で崩れた瞬間である。
それにしても、空中は足場などある訳なく当然飛行魔法なども使えない彼女だが、既に空中戦の時間は、私の脈で計るに前世時間にしておよそ二〇秒は経過している。
落ちる前に相手に何らかの手段で接触し、その反動でまたジャンプをするを繰り返すコールラは、さながら水に沈まないように水上を走り抜けるべく、足が沈む前にもう片方の足を前に出すを繰り返せば良いというトカゲの動きのように思える。
そんな善戦を繰り広げているエメルトもコールラも、どちらも物理攻撃では決定打を与えることが出来ていなかった。しかし一方は飛び立てないように、一方は空から叩き落とそうと、いずれもしつこく攻撃を仕掛けていた。それから間もなくして、コールラと対峙していたオスの小飛竜は、翼を槍で貫かれた拍子にバランスを崩し、コールラ共々落下してきた。あの高さでは彼女も危ないのだが、器用に、落下寸前に小飛竜を蹴ってジャンプをすることで、衝撃を緩和したようだ。
このまま続けても、優勢は変わらないが討伐も出来ない。それに十分ジル達に二人の接近戦の能力を見せつけることが出来たので、そろそろ魔法を解禁してやることにする。
「そろそろ仕留めようか。魔法の使用を許可するわ」
「待ってたわ!」
「うむ」
今では、平然と行われている槍捌きと呪文詠唱の平行処理から繰り出される、隙のない物理攻撃からの唐突な炎魔法に、オスの小飛竜は堪らず飛び立とうと翼を広げるも、更に詠唱を重ねていたコールラの炎で作られた槍に右翼が貫かれ、空への復帰の道は閉ざされてしまった。
エメルトも、苦手としていた詠唱速度もある程度改善し、コールラ程ではないが、平行呪文も身に付けているので、詠唱の為にわざわざ距離を離す必要はなくなり、そのまま風の刃を飛ばして、メスの小飛竜の身体に傷を付けていく。
そして、とどめとコールラは相手目掛けて先端に炎を付与した槍で、頭部を刺突しオスを絶命させる。それと時を同じくして、エメルトの風の刃にて首を跳ね飛ばされたメスが、静かに地面に横たわろうとしていた。
魔法を使うようになってのこの殲滅速度。小飛竜が魔法に弱いというのも当然あるが、それを上手く使いこなすことが出来た二人の完全勝利であった。
「本当に、一人で一頭を倒しちゃいました……」
「しかも、より獰猛になる時期でねぇ……」
呆然としているギルド関係者を余所に、私は二人を労う。
「お疲れ様。どう? 初めての怪物討伐は?」
「緊張したわ。でも、教官と戦うよりは楽だったわ」
「……教官は、全ての魔法を避けられる」
「そうよね。むしろ逆に利用してくるのだから、好機だと思って魔法を撃っても、そこを起点にされたりして……本当に遠いわね」
「……日々精進」
「はいはい、じゃああなた達は後方で待機、これだけ派手に暴れ回ったんだもの。そろそろ来るわよ。だから交代」
私の指示に、コールラは「分かったわ」と言ってトレードマークの眼鏡の位置を直し、乱れたツインテールを手で撫でながら歩く。その後ろを無言で空を見上げながら付いて行くエメルト。耳の良い彼のことだから、この羽音にも気付いているのかもしれない。
「さぁセプン、チャロン。出番よ。準備は?」
「待ちくたびれたぜ」
「は、はい! だ、だ、大丈夫、です!」
「最初から全力でやりなさい。ただし、連携がしっかり取れているところを見せつけたいから、セプンは序盤では防御に回って、チャロンを援護しなさい。どのタイミングで攻撃に回るかの判断は、セプン、あなたに任せるわ。仕留めるのはどちらが先でも構わない。とにかくしっかりと連携して二人で討伐したという実績を作ること。いいわね?」
「おっしゃー! やったるぜ!」
「が、が、頑張り、ます」
その気合いの入った声とほぼ同時に、ブーンという羽音と共に闘飛虫は現れた。
準大型怪物闘飛虫。正式名称はタカトラバッタ……別に変身はしないし、もちろんメダルなどもない。猛禽類であるタカのように攻撃的で空を飛び回り、トラのような縞模様とパワーを持つ、バッタである。つまり、とてつもなく大きい、バッタである。
大きさは中型とされる小飛竜よりも大きく、全長一五ファルトある準大型の怪物である。早ければ暖季の下旬、雨季の終わり頃から現れて、暑季に活発となる。
生息域が小飛竜と被っていることも多く、またこの時期は繁殖期に入る小飛竜もより獰猛となることから、縄張り争いを見ることが出来ることがある。
別名の通り、闘う飛ぶ虫であるが、これを日本語でそのまま読むと逃避中になってしまう。別に戦いに消極的ではなく、むしろ攻撃的なのだからその響きに騙されて侮ってはいけない。
小飛竜よりも機動力があり、その強靱なアゴは、硬いことで有名な小飛竜の鎧でさえも噛み砕くことも出来ることから非常に危険な怪物である。しかし、攻撃手段はほとんど噛み付くしかなく、長い六本の脚を生かした牽制などもほとんどやってこない。また、小飛竜と同様に遠距離攻撃もないので、攻撃魔法が使えない新米冒険者の卒業試験として扱われることもあるが、とても危険である為に単独での討伐は認可されない。
雑食で、動物や木などを食べるが、縄張り争いをして小飛竜を下すと、その自慢のアゴで食べることもあるという。まだ暑季は始まったばかりだ。旅をする中で、この二種類が縄張り争いをする場面を見てみたいと思う。
高い攻撃力と機動力を持つが、防御力は非常に低く物理攻撃は大体有効である。また魔法にも弱い。ただし、殴る蹴るは避けた方が良いのは変わらない。あのアゴでムシャムシャされる未来になりたくなければ、素直に武器を使うか魔法を放つのが賢明である。
闘飛虫はゆっくりと旋回すると、こちらに気付いたのかこっちに向かって接近してくる。そこをすかさずチャロンが十字弓にセットした矢を放って、わざと身体に傷を作る程度に掠らせる。それによってチャロンを敵と判断したのか、激しく翅を動かし、スピードを上げて近付いてくる。
羽音がうるさいので、掛け声による連携は取りづらい。目線とハンドサイン、もしくは読唇術など、声を使わない連携を常日頃訓練に組み込まないとなかなか身に付くことはない。
声による指示が出来ない。だから戦闘前に、判断は任せると言ったのだ。それに、三ヶ月前ならともかく、あれから文字通り血反吐を吐いたセプンなら判断を誤ることもないと信頼している。
ということで、やることはなくなった。何故なら闘飛虫はこちらを攻撃することはないからだ。いや、本能で攻撃しやすい方へ標的を変える可能性があるが、それは、チャロンが許さない。彼女の矢が続く限りは闘飛虫のアゴがこちらに届くことはなく、また矢が尽きる前に仕留められると確信している。
私は闘飛虫の観察を続けながら、白紙のページに書き込んでいく。もちろん、二人からも意識を外すことはないし、時々視線を本から上げて状況を確認する。これでも教官だ。最後まで責任を持って見守る。ただ少しだけ暇なので、趣味の時間に充てたいと思っただけだ。
ちらちらと様子を見ながらも、ただの消化試合だなと二人の動きを見ていると分かる。本来なら、新米冒険者は単独での闘飛虫との戦闘は規則で禁じられているが、この分ならば単独でも試験をパスすることが出来そうだ。
そもそもチャロンに至っては、最初に接敵した段階で、頭部に矢を打ち込んで終了だ。仮に傷が浅く、接近を許したとしても、攻撃が届く前に二射目の装填は間に合う。一直線に突っ込んでくるだけなら決して外さない。あの大きなクロスボウの威力は伊達じゃない。
セプンでもその大剣を用いた防御力に、小飛竜すらも両断出来る程の攻撃力を持っている。なのであえて接近を許し、カウンターとして斬るのが最適か。少々オーバーキルな気もするが、武器が武器なのだから仕方ない。
先程の、コールラ、エメルト組のアクロバティックで派手な戦闘とは打って変わって、セプン、チャロン組は地味だが堅実に、そして確実に相手を追い詰める立ち回りをしている。
私の指示で、連携をアピールする為にあえて攻撃を消極的にするようなことは言ったが、本来なら新米冒険者には厳しいはずの闘飛虫である。それが、私の目にはただ弄ばれて解体されていく未来にしか見えない。
そもそも既にバッタの脚は三本しか残されていなかった。右の一本、左二本がなくなっている。右の一本は、セプンのカウンターで切り落とされたもので、左の二本はなんと、チャロンの狙撃によって撃ち抜かれ、もがれたものだ。
サイズは一五ファルト程と大きいとはいえ、脚は細く、また空中を飛び回っているのだ。それを二本も撃ち抜くとは流石である。しかし、その正確過ぎる射撃能力と理想の発射タイミングのおかげで、戦闘訓練では飛んできた矢を失敬する一幕もあった。
多分普通の人は出来ないし、やらない。
タカトラバッタは戦意損失したのかフラフラと逃げようとするが、そこをチャロンが追撃の矢を放ったことで地面に落下する。そこにすかさず再装填したクロスボウを向け、発射し、ピクピクと痙攣する闘飛虫に突き刺さる。
動かなくなったところで、セプンが警戒を続けながらも討伐確認の為に接近し、その後ろからチャロンもいつでも撃てるように構えながら付いていく。
しばらく検分し、討伐成功を確認したセプンは安堵の溜め息を吐き、チャロンも安心したかのように構えを解き、セットした矢も外して矢筒にしまう。
闘飛虫に限らず虫型の怪物、いや怪物に限らず節足動物全般に言えることだが、死亡の確認をしっかり行わないと、地面に落ちて動かないセミに近付いた時に突然暴れ出すなんて事態になりかねない。
そこら辺に生息している普通の虫ならともかく、それが人間よりも大きな怪物となれば、最後の抵抗によって命の危険に晒されるなんてこともある。よって、虫型に限らず怪物全般は、討伐したら確実に仕留めることが出来たかまでを確認出来るまでは、警戒を解くことは許されない。
ゲームであれば、討伐完了などの表示が出るので分かりやすいが、そんな便利な機能は存在しないので、自身の目だけでなく、五感全てを使って確かめる必要がある。うん、ちゃんと出来たみたいで良かった良かった。
「お疲れ様。二人共ちゃんと出来たみたいで良かったわ」
「よく言うぜ。俺達が戦っている間、本広げてたの知ってるんだぜ」
「余所見をする余裕があることは、良いことよ。討伐対象にだけ意識を向けず、周囲の警戒をしっかり行うことが出来ていた証拠よ」
「誤魔化されないぞ」
「はいはい。チャロンも良くやったわ」
「は、はい! ありがとうございます」
セプンと軽口を叩き合いしつつ、チャロンにも労いの言葉を贈る。
「とんでもない冒険者が現れたわね」
「はい、そうですね。『迅雷』の後継者として、大々的に紹介しますか?」
「それも良いわね。ふふふ、早速二つ名でも考えようかしら?」
後ろでギルド職員が、何やら怪しい相談をしているが、とりあえず卒業試験の結果は無事卒業ということで良いらしい。
二つ名などに関して私は関わらない。ただ、本人が誇れる名を送るのが良いと思う。私は恥ずかしくて未だに堂々と名乗ることが出来ない。だが、それが既に浸透しているようなので、今更消し去ることなど出来ない。
この世界に来て、冒険者生活もそこそこの期間活動していた訳だが、この二つ名というのは、どういった理由や経緯、また、どんな名が付けられるか未だに分からない。私の場合は、友人であるジルが別れ際に贈ったと、本人から衝撃の告白を受けた。他の人もそうなのだろうか? ジルの二つ名『業火』は冒険者仲間が呼んでいたのが定着したと言っていた。
「まだ、ようやく新米を卒業しただけよ。それにあなた達も散々言っていたでしょ? 彼らは、まだ依頼を何もこなしていない。ここからはあなた達の仕事よ。ここから育つか堕落するかは、あなた達に掛かっているんだから、ちゃんとしてよね?」
「分かってるわよ」
目の前では、四人の駆け出し冒険者がお互いに、初めての怪物討伐の成果を喜び合っている姿がみられた。
「私はもうこんなのゴメンよ。せっかく自分自身を縛っていた鎖から解き放たれたというのに、いきなり首輪を付けられるようなこと。しかも自分の意思じゃなく、一方的に押し付けられるのは勘弁だわ」
「えーでも、この短期間で新米を卒業まで持って行くことが出来た手腕、是非ともギルドで生かそうとは思わないの?」
「思わないわ。私は早く旅に出たかった。だから、裏技のような手を使って、一足飛びにやっただけ。あくまで試験に合格することを前提とした訓練をしていたに過ぎない。だから、本来なら新米冒険者が通らなければならない下積み時代を経験させていない。圧倒的な経験不足よ。どれだけ力があって、知識があって、技術があって、魔法があって、心構えがあって、戦闘訓練を行ったとしても、本物には適わない。本当の血の通った生物を相手にした経験がないことには、ハリボテの強さなんて、何の意味も持たないわ」
経験に勝るものはなしとは先人は良く言ったもの。イギリスでは学問なき経験は、経験なき学問に勝るとの言葉もあるし、日本でも百聞は一見にしかずとも言う。
「だから、ここからは、あなた達の仕事なのよ」
「……分かったわよ。これ以上は背負わせないわ」
「元より背負うつもりもないわ。私の背にあるのは、大事な物が詰まった背負い袋だけで十分よ」
「強情ね」
「あなたのせいよ。二度と友人である私を失望させないで。道は示したわ。訓練の仕方次第では、いくらでも伸びる。それを怠ったツケを払う時が来たのよ」
そう言い残して、四人の元へ歩く。
「さぁまだ終わってないわよ。剥ぎ取れそうな部位があったら、しっかり確保しておきなさい。特に小飛竜の鱗は、防具にもなるのだから、綺麗に傷付けず取ること」
「はい教官」
「おう!」
「は、はい」
「……心得ている」
その後は、彼らが剥ぎ取りをしているのを見守ったり、その場を適当に散策したりして時間を潰した。
剥ぎ取りが終わってからは待機していた馬車にまで戻り、ルックカへと帰ることとなった。その道中、新米を卒業したばかりの駆け出し冒険者四人は緊張が解けたのか、疲労を自覚してか激しい揺れの中、身を寄せ合って眠りに付いていた。
これから彼らが歩む道が、平坦な物か苦難な物になるかは分からないが、後悔することのない道を選んで欲しい。
しばらく揺られていると、ルックカの北門が見えてきた。ただぼんやりと座っていると長い時間に感じたが、寝ている彼らからするとほんの一時。だが、起こさない訳にはいかないので、肩を揺すって起こしていく。
「それじゃあ、私達はギルドに戻るわ。あなた達は、明日ギルドまで来なさい。新米を卒業したことを証明した新しいタグを贈るわ」
「あ……」
そういえば忘れていた。
「シア? どうかした?」
「いや、私、タグまだもらってなかった」
「……え?」
冒険者再登録の為にギルド行ったら、あれよあれよという内に教育係に任命されてしまい、以後も無免許のまま指導をしていた。
訓練の合間に、依頼受注などの冒険者業務もしていたが、通常なら本人であることを証明する為に木札と共にタグを出すものだ。しかし、一〇年のブランクかそれをすっかり忘れており、またいずれの依頼受注の際も職員はタグの確認を指示せず、全て顔パスで行っていたので気付かないまま三ヶ月が経過していた。
タグとは、冒険者登録を行った者が、ギルドから支給される身分証明書のような物だ。薄い金属の板に、所属ギルドと種族、名前が刻まれており、それに細い鎖を通して首から提げる物なのだ。
前世でも、軍隊に所属する人が身に付けている物で、認識票またはドッグタグと呼ばれていた。認識票は二枚一組で、必ず二枚を身に付けることが規則となっている。
理由として、戦死や、負傷して動けないなど、自力での帰還が困難もしくは不可能の場合に、仲間の兵士が二枚の内一枚を持って上官へ報告する。つまり認識票が一枚しかない場合は、既に報告へ動き、対応をしている、もしくは対応を検討している状態であることを示す。また、所属する国や軍隊によって、書かれている内容に微妙に違いがある。名前と血液型はもちろん、所属部隊や識別番号が記されていたり、宗教や注意事項などが刻まれていたりする場合もある。
この世界ではタグと呼ばれ、二枚一組で支給され、同じような使われ方をしている。冒険者を引退する際は、所属のギルドまで戻り返還することが決まりとなっており、その後は溶かされてまた新しいタグへと作り替えられるらしい。
忘れていた私も悪いが、それに誰も気付かずまた受付の際に確認を怠ったギルドも悪い。ということで、今回はお咎めなしとのこと。そもそもタグ未所持による依頼受注は、せいぜい軽い罰金程度なので払っても良かったのだが、それだとギルドの記録に前科として残ってしまうらしいので、ここは穏便に揉み消してもらうことにする。
「じゃあ、私も明日ギルドへ行くから用意をお願いね」
「大丈夫よ。今からでも」
「……何で?」
「あなたのタグ、残してあるから」
「……何で?」
「いつか復帰すると思って」
「復帰して欲しいという願いじゃなくて?」
「どっちでも良いのよ。こうして戻ってきたんだから」
「それで渡し忘れるってどうなの、ギルド長」
「うっかりよ、うっかり」
「はいはい、じゃあ今から行くわ。では解散よ。今日はお疲れ様。ゆっくり休んで明日に備えてね。ここからが、本当の冒険者生活なんだから、最初から躓いたら駄目よ?」
ここで言葉を切り、少し考える。
「明日は私も立ち会うから、ちゃんと起きなさいよ?」
「「「「はい!」」」」
去って行く四人の背中をしばらく見つめた後、私はジルとイユさんと一緒にギルドへと向かった。
ギルドに着いた後にジルはそのままギルドの奥、執務室へと消える。しばらく待つと、とても値段の高そうな箱を持って現れた。厳重そうなその箱の鍵穴に、首から提げられた鍵を差し込み開ける。中には、一〇年経ったとは思えない程に綺麗な状態の私のタグが入っていた。
「何でこんな仰々しいのよ」
「あなたがいつ戻ってくるか分からないでしょ。だから何十年でも状態が変わらないようにして保管していたのよ。もちろん、保管前にはしっかり職人さんに磨いてもらったから、新品同様よ」
「手を掛けすぎよ……」
本当にこの友人は、変なところでいつも全力なのだから。
呆れつつも、この後のことを考えるとタイミングで受け取れたのは良かったと判断する。
タグを受け取った私は、その足で宿屋へ戻った。そして、荷物をまとめ、不要となったライトメタルや小飛竜の防具を残して部屋を出る。
一階の食堂へと降りると、まだ夕方前ということもあり、客はまばらであった。私は店主へ声を掛けて宿を出ることを伝える。
「そうか、行くのか」
「はい、短い間でしたが、お世話になりました」
「分かった。約三ヶ月分の宿泊費だな。四.一七ロカンだ」
「一泊で一キユですか。安くないですか?」
銅貨のトルマが一枚当たり五〇円だから、それが三〇枚分の銀貨一枚、一キユは一五〇〇円分となる。食事は別料金だからあくまで泊まりのみの値段であるが、それでも随分と安いと思う。しかし店主は首を振って口を開いた。
「いんや、一キユで良い。こちらも色々と楽しかったしな。その礼だ」
「お礼は言葉だけで良いですよ。はい」
そう言って、入道店主のゴツい手にお金を置く。
「おい、これ六ロカンあるぞ」
「チップ代わりです。それが嫌でしたら、伝言と一仕事お願いします」
「……何だ?」
「明日、私の元教え子達がここを訪れるかもしれません。その時に、私の泊まっていた部屋に、私が昔使っていた防具が置いてあります。まだ新米を卒業したばかりの彼らでは、満足に防具を揃えることは出来ないでしょうから、それを使って下さいと。体格とか合わないでしょうから、ついでに腕の良い加工工場も紹介してもらえると助かります。ということで、防具だけもう一泊しますので、これでキッチリ九〇日です。しっかり一ロカン分の働きをして下さいね」
「おい、まさか、あいつらには……」
「急ぎますね。門が閉じてしまうと、今日中に出発出来なくなりますので」
「お、おい! フレ吉!」
「フレンシアです♪」
笑顔で言葉を残し、固まる店主を置いて宿を出た。
民族衣装に身を包み、その上には父の形見の鉄火竜のコート。背には様々な道具や材料、本などが押し込まれたリュックサックを背負い、腰には矢筒と弓、左腰には短剣を差し、父の形見の狙撃銃は、布に包まれた状態のままリュックの右側に引っ掛ける。里を出た時よりも装備や荷物が軽くなったなと感じながら、夕方でごった返す人の波をかき分けて、足早に東門へと進む。
門の前に到着すると、今まさに閉じられようとしているところであった。
「すみません! 出ます!」
「お? 何だ、エルフの嬢ちゃんか。こんな時間から依頼か?」
「いえ、王都に行こうと思いまして」
「もう暗くなって危険だぞ?」
「大丈夫ですよ。なんて言ったって私は『迅雷』ですからね」
「そうだったな。嬢ちゃんなら大丈夫か。じゃあ、気を付けてな」
「はい、ありがとうございました!」
そして、門を潜ろうとしたその瞬間、後ろから「教官!」と叫ぶ声が遠くから聞こえた。
突然のその声に思わず足が止まりそうになったが、私はそれをグッと堪えて「閉めて下さい」とだけ言って、門番の衛兵の横を通り過ぎる。衛兵は戸惑ったような様子だったが、私が振り返る素振りも見せなかったので、渋々だが頷いて門を完全に閉めた。
門を隔てた向こう側から「教官!」と呼ぶ声が聞こえたが、私はそれを無視してそのまま歩き続ける。
次の目的地はここから東のキダチの森を抜けて、いくつかの村々を通り過ぎた先の王都。一〇年前まで私が主な活動の拠点として住んでいた都市。
ちらりと後ろに視線をやる。次にここに戻ってくる時は、また引退を決めた時だと思う。
「さようなら」
その呟きは、町へ向けたものか門の向こう側にいる教え子に向けたものか。私自身もよく分からない。
【名前】
タカトラバッタ
【種族】
鎧虫種
【別名】
闘飛虫
【生息地】
温暖な地域全域。小飛竜と縄張りが被ることが多く、争いが絶えない
【大きさ】
オスメス問わず成体の全長一五ファルト前後
【生態・特徴】
猛禽類であるタカのように攻撃的で空を飛び回り、トラのような縞模様とパワーを持つバッタ
移動は基本飛行にて行う
発達した後ろ足は、跳び上がる時に使われる程度で、その他に使われることはあまりない
攻撃は鉄装備をも噛み砕ける強靱なアゴによる噛み付きのみ
高い機動力を生かして、こちらからの攻撃を躱しつつも一気に接近して攻撃してくるので、近接戦闘しか選択肢がない冒険者は注意が必要である
遠距離攻撃や魔法などを使うことで、安全に討伐することが出来る
鎧虫種であるが、防御力はないに等しく、とりあえずどんな攻撃でも当てることが出来れば有効打となる
羽音が大きい為、連携を取る際には声に頼らない伝達技術が必要である
【素材】
鉄をも噛み砕くアゴが、武器にも防具にも使えるが、その他の部位は武具の素材としての価値はない
翅は、他の素材との組み合わせによっては魔法薬にすることが出来るが、品質が低い物が多い為、その多くは低級魔法薬となりやすい