73頁目 鬼の素材と剥ぎ取り練習
前回のあらすじ。
鐘を持つ鬼と戦った。
次回の投稿は一応明後日の予定です。
前書きのネタももうありません。結構いっぱいいっぱいです。
朝になった。
今日はちゃんと地面に横になって、気持ちよさそうにスヤスヤと寝ている我が娘を起こすのは些か憚られるが、昨夜剥ぎ取りのやり方を教えると言った手前、起きてもらわなければ困る。
「アネモネ、朝だよ?」
「うーん……」
「可愛い……じゃない。朝よ。アネモネ。剥ぎ取りするんでしょ?」
「う、ん~~」
「ほら、頑張って」
「ふぁ~……お母様ぁ……おはようございますですわ」
「うん、おはよう」
「この状態ですと、どうにも眠気? というのですの? に負けてしまいますわ」
目を擦りながら、欠伸混じりの受け答えをする。
剣の状態で眠るというのを知らなかった彼女だが、精霊の姿になれるようになってから、食事、睡眠、遊ぶというのを行う。排泄は今のところないので、精霊はトイレ行かない理論かもしれない。私のようなハーフエルフ含めたエルフ族は、その高い魔力を体内で血液のように循環させることで、体内の不浄な物質を分解し再吸収してくれる。その為、エルフ族はトイレに行く間隔が他の種族よりも長くなる。
存在そのものが魔力の塊である彼女は、精霊全てがそうかは不明だが、少なくともアネモネ自身は自浄作用によって完全に分解再吸収もしくは微粒子レベルの放出を行っているので、トイレに行く必要がないようだ。
寝起きのポヤポヤとした顔のままなので、もう少し寝させてあげたいという思いはあるが、今日はこれから剥ぎ取りをして、周囲の危険をチェックした上で王都スクジャに戻って報告をしなければならない。襲われたという村にも説明に行く必要があるだろう。あの無造作に身体に巻き付けられた冒険者の道具の数々の内、どれかはその村出身の冒険者の物かもしれないのだ。
「さぁ始めようか」
「はいですわ」
まず行うのは仕分けである。
戦鐸鬼から装備一式を取り外していき、横に並べる。その中にはタグも含まれており、見つけられたのは六人分。
「二人分のタグが一つずつしかないから、救援を呼ぶ為に誰かが外して持って行ったとして、残り四人分は、その救援で来て返り討ちに遭ったか、それとも全員同じパーティで救援要請に走る間もなく全滅したか」
しかし、そのような情報は上がっていなかったはずだ。ライヒ語は読めないが、受付の男性が注意事項含めて念入りに説明してくれている。勿論、それを聞き逃すこともしていないはずだ。情報一つで生死が分かれることもあるのだ。特に慣れない土地での初めての依頼。より注意深く情報収集していたつもりだ。
「これ、お母様も首から提げていますわね?」
「冒険者の証明書みたいなものね。二枚一組で、名前、性別、種族、所属国家もしくは所属ギルドなどが書かれているわ」
娘にタグの説明をしつつ、回収していく。
装備は回収出来る分は持って行くが、あくまで自身で使うか換金用である。死亡もしくは行方不明になってしまえば、残された装備は持ち主不在として誰でも、それこそ盗賊だろうが泥棒だろうが関係なしに所有物だと主張出来る。
一方で、タグはギルドの所有物である為、見つけ次第ギルドへ届け出る義務がある。これは、死亡届などの書類の作成や遺族への補償などの、様々な手続きを行う必要があるからである。また、タグの回収は、その冒険者が死亡した原因が近くにいる可能性があることから非常に危険であることから、回収した冒険者にも報酬が支払われることもある。
しかしこのシステムを悪用して、かつて他国にて、タグ狩りと呼ばれる冒険者を狙った悪質な冒険者による犯罪が発生したこともあり、以来審査は慎重に行われることとなり、下手すると調査費などを引かれてほとんど支払われなかったり、それによって時間も掛かり、支払われるのに数ヶ月掛かったりすることもあるので、あくまでボランティアみたいなものである。義務だけど。
「装備の数からして、少なくとも八……いえ、九人分はあるはずだけど、タグは六人分ね」
タグは身に付けてさえいればどこに付けていても良いとされ、私のようにネックレスであったりブレスレットであったり、イヤリングだったりと様々なアクセサリーに加工して身に付けている冒険者も多い。
しかし、これだけの数の冒険者を全てこの鉄大鬼が倒したのだとしたら、相当強い部類だ。
実際に戦った感想として、完璧なはずの奇襲も対処されたし、その他の攻撃も的確な反撃があるなどと、確かな強さを感じていた。それで銀ランク依頼とは……帰ったらギルドに確認する必要がありそうだ。
一通り装備の仕分け、タグの回収を終えたら、次は鬼本体の素材の回収だ。
鬼と言えば角である。装備の素材としては勿論のこと、魔法薬の素材としても用いることが出来る。角そのものは元々鬼の頭蓋骨の変形による突起物、つまり骨である。しかしただの骨ではなく、そこには魔力が貯蓄されており、それを上級魔法薬や一部の特級魔法薬の効果に作用するらしい。
らしいというのは、私はこれまで鉄大鬼の素材を扱ったことがないし、資料も小鬼ならともかく大鬼が記載されたものはほとんど手に取ったことがない。何故なら、ジストやエメリナには大鬼がいないからだ。一応、存在自体は生物図鑑に載ってはいるが、山脈の向こう側の情報などほとんど回ってこないので、簡単な説明がある程度で、ましてや魔法薬の素材云々について書かれていることなどなかった。
ちなみに、鉄大鬼も大鬼もあくまで同じオーガであり、様々な種類のいるオーガを一括りにした通称、別名である。正式名はオーガであるが、戦鐸鬼も双侍鬼なども全てオーガであることから分別すべく別名も分けられ、その総称として鉄大鬼、もしくは縮めて大鬼、または鬼と呼ばれるようになったとか。しかしゴブリンは小鬼以外の呼び名はなく、短くして鬼とすることもない。鬼と言えばオーガを指す。
「私も鉄大鬼の剥ぎ取りは初めてだから、上手く出来るか分からないけど、角の部分は特に普通の刃物じゃ難しそうなのは分かるわ」
剥ぎ取り用のナイフでツンツンと突き、その硬さを確かめる。これはノトスで切り落とすのが得策だろう。
「これは後に剣で切断するとして……他の皮や肉、骨などの解体を始めようか」
「はいですわ」
ただ闇雲に切ってはいけない。筋など切りづらい部分があるなどすると、ナイフを傷付けるだけになったり、素材の価値を下げることになったりするからだ。まずは、どのような身体、肉付きをしているかを確認し、良質な部分を広く摘出出来るように最新の注意を払う。
戦闘で表面のあちこちを傷付けているので、使える部分は少ないだろうが、中には貫通していない部分もあるので、皮下の肉などは特に大事に切り落とす。使える素材かどうかは後にして、今はとにかく正確に、しかし手早く切り開いていく。
説明しながら実演をし、それをアネモネが「なるほどですわ」と頷きながら眺めている。一通りの説明を終えたら、実際にナイフを渡してやってもらう。胴体は臓器が詰まっているので、剥ぎ取り初心者の彼女には腕や脚で作業を行ってもらう。
予備のナイフを取り出した私は、アネモネの動向をチェックしながらも胴体の解体を始める。傷のない臓器を慎重に取り出して、今さっき鬼から剥いで作った皮の袋に入れておく(加工していないので革ではなく皮)。
こういう時に水魔法が使えると真水で洗浄出来るので便利である。私が持ち歩いている水では、純度が落ちる上に量も限りがある。全ての内臓を洗うとなると、とてもではないが足りない。しかもこの巨体の内臓だ。大きさも半端ないので、全部を回収することは不可能だ。角などを優先して、腐りやすい内臓は一旦別で保管しておくだけだ。持って帰れそうならそうするが、今回はこのまま動物の餌になるだろう。何故なら、冒険者の遺品である装備のいくつかもついでに持って帰るつもりだからだ。
ほとんど傷みが激しいが、中には再加工すれば使えそうな物もある。これは鍛冶師であるギンゼルさんと相談かな。命救ったお礼として、安で引き受けてくれるだろうという打算的な考えだ。でなければ再加工というお金の掛かることをわざわざしようとは思わない。
内蔵は無理そうだが、血液は採取出来そうだ。清潔な空き瓶を三本取り出して動脈の血管から落ちる血を回収していく。
まだ酸化のしていない綺麗な赤である。今回手に入れたのは戦鐸鬼の血液であるが、これが他の鉄大鬼でも同じ血となるのか、調べてみたい気もする。その為にはまだまだサンプルが足りない。
「アネモネ、そっちはどう?」
「問題ないと思いますわ。どうですの?」
「うん、ちゃんと分けられているね。ちょっとここ、筋肉の繋ぎの所が甘い部分あるけど、初めてでこれなら十分及第点ね。この分なら後、三、四回経験すれば、問題ないと思うわ」
「やりましたわ! でもわたくし、こんな物よりも風で切りたいですわ」
「まぁその方が切れ味も良いだろうし、風の精霊であるあなたなら、そちらの方が繊細な作業が出来るかもしれないわね。じゃあ、今の小刀での経験を生かして、残りを風でやってみようか。長さは、この刃の半分でね」
「分かりましたわ」
そう元気に答えて作業に戻った。
それから四半刻、タグと装備の選別開始から半刻が過ぎた頃、ようやく解体を終えた。私は両腕含めて、あちこちに血や脂が付着していたが、アネモネは事前に風で防御していたようで、特に汚れなどはみられない。というかズルくない?
「やっぱり大半を捨てることになるわね。勿体ないけど、これも動物や怪物が食べて糞をして、そしてそれを微生物が分解して土に還す。それが植物の栄養となって草木を生やす」
そして、また育った植物を動物が食べてを繰り返す。循環である。こうして自然は成り立っているので、無闇矢鱈と独り占めしてはいけない。
採取依頼などで依頼よりも多くを採取する例があるが、本来の生態系に影響を及ぼしかねないのでほどほどにする必要がある。また、依頼内容に関してもギルドがしっかり検閲を行うことで、問題ない量と判断された物だけ依頼ボードに張り出される。
新米用の常設で採取依頼があるが、あれは、雑草のような物であるので、多少取り過ぎても問題ない。練習用なので、あまり量の要求もされていない。ちなみに採った素材は低級魔法薬の材料として薬問屋に卸される。
「それじゃあ、帰ろうか」
「はいですわ」
片付けを終えて、必要な物だけ回収を終えた私達は立ち上がり、スクジャへ向けて歩き出した。




