70頁目 冷たい平原とちょっとした愚痴
前回のあらすじ。
鬼の名前が色々出て来た。
次回の投稿は明後日予定です。
今になって扇風機の名を持つ鬼を作るのを忘れていました。他にそういう感じのありますかね?
ちなみに、登場はしていませんが、加湿器と除湿器はいます。
「この辺よね?」
ギルドでもらった簡易地図を片手に、辺りを見渡す。
詳細な地図や地形の資料などは、基本国が管理しているので、一般庶民は迂闊に手が出せない。勝手に地図を書くと、下手すると罪となる場合があるので、こうして簡略化した大雑把な地図が出回っているのだ。
村や集落を訪れるだけならこれで問題ないのだろうが、街道から外れた土地での怪物探しとなると、このいい加減さは少々不親切だ。
「情報によって助かる命もあるのだから、もう少し冒険者に優しくしても良いと思うのだけど」
『~♪』
稼ぐ為とはいえ、冒険者が怪物の討伐や商隊護衛を引き受けてくれているおかげで、国は一々出兵せずに済んでいる。それにより国庫にもダメージはほとんどなく、時間を掛けて安定した戦力を確保、維持、または拡充に費やすことが出来ている。更に有事の際にはそのまま国の戦力としても使える体の良いコマとして使われてあげているのだから、そこのところ国にはもう少し配慮が欲しいところだ。
「まぁ文句を言ったところで仕方ないけどね」
『~♪』
それに確かに私は冒険者であるが、あくまで他国のと前置きがある。国の重要な情報をおいそれと渡すことが出来ないのは理解している。理解しているが、この線と丸だけの地図は、果たして地図なのだろうかと思うことは自由であるはずだ。
「もう……」
『~♪ ~♪』
見渡す限り開けた平原。もう少し季節が進んで暑季にもなればより緑に覆われた美しい草原になるのだろうが、まだ寒さが若干残る暖季中旬。それなりに草木は若葉を主張しているが、同じ時期のルックカ近くの草原を思い浮かべるとやはりどこか寂しい。
山脈一つ隔てて南北に分けただけで、直線距離にするとそれ程離れている訳ではないライヒとジストであるが、方や暖季も中旬に入ってようやく暖季の兆しを見せ始めているライヒに対して、そもそも寒季なんてあったの? と言わんばかりに雪が積もらない、積もりにくい程度には気温が高く、暑季ともなれば灼熱の荒野が広がるジスト。
その二国に違いが生まれた理由としては、数千ファルト級の山々に阻まれて、寒気が南下しにくいのかもしれないというのが一つ目の説。ジストは元々火山が多く、それによって地熱によって地面が温められているというのが二つ目の説だ。また、ウェル山脈によって湿った空気も取り残されて風だけが山を越えてくる為に、乾いた空気のみが吹き下ろされることも、ジストの国土の多くが荒野であることの理由になっていると思われる。
「こっちかも」
『~~♪』
もう少し進んだところだろうか、それとも場所が違うのだろうか。いずれにしても、依頼を受けた戦鐸鬼らしき鉄大鬼の姿はみられない。
「うーん……移動もしているだろうし……もう少し付近を散策しようかな」
『~♪』
「……で、アネモネはさっきから何の歌を歌っているの?」
歌といっても歌詞がある訳でもなく、ずっと鼻歌というかハミングしているような軽快なリズムが左腰の鞘から流れてきている。
『退屈でしたので、以前お母様が演奏とかいうのをした音楽? というのを参考に口ずさんでみましたわ』
「そう。うん、良いと思うよ」
『ありがとうございますですわ』
私以上に危機察知に関しては鋭いアネモネがこれだけ無警戒に歌っているということは、本当に付近には何もないのだろう。
寒眠から醒めたばかりのクマがのっそりと歩いていたり、地面を引っ切りなしに移動しているネズミを眺めたり、それを狙ってキツネやタカが近くをウロウロしていたりと、暖かくなってきたことで、野生生物も活発になっている。
というか、ネズミは寒季で雪に閉ざされた世界でも、平然と雪の下を駆け回る。あの身体は燃費が悪すぎて、常に食べ続けないと死んでしまったりするのだ。そして、キツネもそれを狙って雪を掘ったり、頭から飛び込んだりして狩りをする。
音もない死んだ世界のような寒季でも、確かな生命が息づいていて、命が繋がっている。
「冷えるは冷えるけど、大分暖かくなってきたかな」
『寒さとかは分かりませんわ』
「うん、まぁアネモネはそうだよね。精霊だし」
『今は剣ですわ』
「揚げ足取らないの」
『はいですわ』
ここから更に気温が上がって草木が生い茂るようになれば、シカなどの草食動物が移動してくるようになるだろう。そしてそれを狙って肉食動物や、怪物が移動してくる。そして場合によっては縄張り争いに発展したり、周囲に被害を及ぼすようになったりして冒険者に依頼が来る。
寒季にこそ活発になる怪物もいるにはいるが、全体的な数からするとその数は少なく、また決まってそういう個体に限って強力な怪物だったりするので、ランク制限が設けられたりする。よって、寒季は銅ランク以下の冒険者にとって死活問題だ。採取依頼も、雪と氷に閉ざされた世界では碌な成果も上げられない。しかし、生活費は常に出ていくので、何とか資金を捻出せねばならない。そういう時に臨時でアルバイトをするなどして食いつなぐのだ。
一攫千金を狙える夢のある職業で、適正さえあれば身分や出身、種族関係なく誰でもなることが出来ることから、一発当ててやろうと意気込んで冒険者になる人も少なくない。それに、国によっては実力のある冒険者はそのまま国軍としてスカウトされたりして、安泰な人生が待っている。更に国直属の兵士ともなれば、運が良ければ貴族の令嬢と結婚なども夢ではない。そのことから特に男性は努力することが多い。
一応、貴族の男子も結婚相手となりうるのだが、大体が跡取りとして同じ貴族の娘との結婚を望む親が多く、また次男以下にしてもプライドが高かったりするので、自身よりも強い女性を嫁にと考える貴族男子は、そう多くはなかったりする。
まぁ、末弟ともなれば、いっそのこと冒険者として名を挙げた方が、下手したら兄よりも良い地位に就ける可能性がないこともないので、安穏と待つよりも自身で嫁を見つけると意気込む強気な男子は、積極的に家を出ることもある。ただし、命の保証はしないが。
「ん? これは……」
それっぽい場所に当たりを付けて歩いていたら、気になる場所を見つけた。
地面が踏み固められ、草が倒されている。まだ新芽ということは、つい最近。もしかしたら今日か昨日。しゃがみ込んで地面に触れる。
「そう遠くないのかも。アネモネはどう思う?」
「はいですわ」
その呼び掛けに反応して、精霊姿のアネモネが姿を現す。そして、私と同じように地面に手を当てて目を閉じる。
「うーん、近くではないので確証は……それに、多くの生き物が行き来していますので、本当に漠然としか分かりませんわ」
「ということは、昨日の痕跡の可能性があるね。もう少し近くを見て回って足跡などがないか見てみよう」
「分かりましたわ」
そう返事して周囲へトコトコと可愛らしく索敵しに行く娘を見やり、自分はもう一度地図を広げる。
「このムス村からの依頼で、家畜と作物がやられたと話にあった。依頼があった日から昨日ここを通ったことを考えれば……うん、辻褄は合う。ということは……この辺りに……あった」
食べかすだろう。穀物の種や葉が、何らかの生物が通ったと思われる場所の脇に落ちている。
「獣道を作った獣は、移動しやすいように余分なゴミや障害物は道の上に残さない」
移動の邪魔になったりするからね。
作物の跡は見られるが、家畜の痕跡はみられない。確か、ウシ一頭のはずだけど血痕などはみられないから、傷付けずに誘拐したのだろう。また、その道中で傷みの早い穀物を先に食べたということだろうか。
そうなると、両手が塞がっているはずだが……戦鐸鬼は、常に左手に鐘を、右手に武器を持つと聞いたが、どこかに仕舞う場所があるのだろうか。
小鬼も知能が高い個体は、器用なことに剣を収める鞘をこしらえたりするので、この個体も同じようなものだろう。となると、かなり手強い可能性がある。
どちらにせよ、ウシは諦めるしかないだろう。というか、仮に生きていたとしても持って帰ることは出来ない。歩ける状態だったとしても、こんな危険な自然の中でウシを引いて歩くとか自殺行為過ぎる。鴨が葱を背負ってくるようなものだ。
「タルタ荒野の時よりは、移動が楽だから良いわね」
「あの時のお母様達、何か手をヒラヒラさせてましたわね?」
「あれは、手信号と言ってね。声を出さない会話の手段よ。でもちゃんと法則に則ってやらないと、全く意味不明なものになっちゃうから、冒険者になった時にはそこのところの勉強もしないといけないわ」
前世の一般企業の昇格試験のようなもので、銅ランクならこの程度の手信号、銀ランクならこの難易度と設定されており、それをクリアしないと昇格出来ない。
新米から銅ランクになるには、主に規定の怪物の討伐を行えばそれで終わりだが、あくまで冒険者としてやっていける胆力や実力を測るだけで、本格的に冒険者デビューをしたら、様々な勉強をしないといけない。
「依頼をこなすだけでは上には行けないわ」
「大変なんですのね」
「そうだよー」
依頼のこなし方も、討伐、採取、調査、その他雑用など、ほどよくバランス良く行わなければならない。ただ、調査や雑用は、季節や状況によって依頼に上がることもないので、最低一回でも出来ていたら大体クリア扱いされる。
討伐や採取に関しても、特に決まった回数がある訳ではない。それよりも質だ。と言っても、ただ強力な怪物を倒せば良いということでもないので難しいところ。
私は、以前は一〇年という短期間でジストの最高位、紫水晶まで上り詰めたが、銅ランクから銀ランクに、銀ランクから金ランクに上がるにはそれぞれ試験があるものの、それより上のランクにはそれがない。あくまで他国で活動するのにいきなり金ランク依頼をこなすことが出来る証明書というだけで、それ以外は金ランクと扱いはほぼ同じである。まぁ、ギルドや国のお墨付きのランクであることから、公衆の面前で表彰される為、金ランクと同じとして見られるかと言われれば微妙である。
「お母様、そろそろ」
「標的かな?」
「多分ですわ」
「多分?」
「これがお母様の言う鬼? かどうかは分かりませんわ。見たことがありませんもの」
「確かにそうね」
まだ私の五感と魔法のいずれの索敵にもヒットしていないが、彼女が言うのならこの先に何かがいるのだろう。あくまでそれっぽい何かがいるというだけで特定までは出来ていないが、十分過ぎる索敵能力である。
どうやって探っているのか聞いたことがあるが「風の流れですの」と言われて諦めた。風魔法使いなら風を読んで索敵が出来るのだろうか。それとも精霊であるアネモネ特有の能力か。今度、ギルドに行った時に風魔法が使える冒険者に聞いてみることにする。
「あれ、かな?」
「だと思いますわ」
地面に這いつくばって決して高いとは言えない草むらに身を隠して単眼鏡を覗き込み、アネモネに確認を求める。
遠くにそれらしい姿は見える。巣穴や家などがある訳ではなく、言われなければあれが巣だとは思わない。平原の開けた場所にポツンと窪みのようなものがあり、その中に佇んでいるようだ。
周囲をチェックするも、他に鉄大鬼の姿は見えない。これだけ開けた土地であればあの巨体は目立つので、とりあえず乱入ということは避けられそうだ。いや、戦鐸鬼はそもそも乱入させないように鐘を鳴らす習性があると言っていたので、一先ずはあの一体に集中することが出来そうだ。問題は、身を隠す場所がないので奇襲が出来ないということか。
距離はおよそ五〇〇ファルト……さぁ、戦闘開始だ。
ベレセベレセ平原というとても広い平原らしい。北部は海に面しており、暑季でも氷が残っているくらいに寒いとか。話を聞くに脂番鬼の生息地らしいので、今後討伐依頼を受ける機会があれば是非とも受注したいと思う。
フレンシアの手記より抜粋




