7頁目 タルタ荒野と新米卒業試験
前回のあらすじ。
第二ラウンド。
作者の知識は広く浅くと言いたいところですが、狭く浅くです。
必要な知識があれば、ネットで調べたり、他作者様の作品を参考に落とし込んだりしています(パクってないよ。ほんとだよ)。
現時点で本編や後書きで名前のみ登場しているモンスターは、今後出るかもしれないですし、出ないかもしれません。未定です。
出ないとしても、いつか後書きで紹介したいと思います。あくまで思いますですので、未定です。
前回の戦闘訓練から一ヶ月弱。訓練を開始してそろそろ三ヶ月になろうとしていた。
私は一週間程前から早朝にギルドへと赴き、依頼書を眺めるのを習慣にしていた。
「今日もなさそうね」
探しているのは、今、指導を受け持っている新米冒険者達の卒業試験にピッタリの依頼だ。そろそろ時期的に来そうなのだが、まだ早かっただろうか。
現在、暖季も終わりに差し掛かっており、少し前から雨季へと突入していた。連日の雨にも負けず、新米達は今日も演習場で訓練を行っている。天候によって訓練を調整するのはありえない。雨になったから依頼任務から撤退する馬鹿がどこにいるというのだ。
それに、悪天候、悪条件での訓練はとても実になる。ぬかるんだ地面は滑りやすく、武器を振り回す際に踏ん張りが効きづらい。雨の強さにもよるが、視界は悪くなり、匂いによる探知も出来ない。音も雑音が入り、微かな音もかき消してしまう。布に染み込んだ水分が装備を重くし、機動力が落ちる。肌が常に濡れていることで体温が下がり、身体が思うように動かずまた体力も低下する。
悪いことばかりだが、奇襲をする側からすると、とてつもない好条件だ。
かつて中世の日本では織田信長が桶狭間の戦いにて、実際の人数などについては諸説あるが、わずか三〇〇〇人程の軍勢で今川義元の二〇〇〇〇人以上の大軍へと奇襲を仕掛け、直接本陣を叩くことで勝利したというものがある。
有利な地元であるという地の利。信長の鼓舞による士気の高さという人の利。そして、奇襲を成功に導いた大雨という天の利。三つの利にて、見事、桶狭間の戦いを勝利へと導いたのだ。雨は、姿を眩まし、音を覆い隠し、匂いも消してしまう。気配を隠す練習には丁度良い。
さて、今日も目立った依頼はない。とりあえず、今日も新米達は訓練だ。私は、近場の採取の依頼があったので、依頼票の木札を壁から外し、受付へと持って行く。
紙は珍しい物ではないが、貴重である。書類など残す必要のある記録などは、基本紙を用いるが、依頼票などの使い捨てにする物は、木札を使うことが多い。これが王都などの大きな都市になると、依頼者もお金持ちであったり、貴族であったりするので紙による依頼票が多くある。
「これをお願いします」
「あ、フレンシアさん、おはようございます」
「おはようイユさん。これ良いですか?」
「はい、確認しますね……はい、問題ないです。今日も新米さん達の依頼探しですか?」
「そうですね。後は、私の宿泊費と食費稼ぎ用の依頼探し。貯金はあるけど、出来るだけ節約したいですからね」
「あれ? でも、新米さん用の依頼でしたら色々あるはずですけど?」
ここで考えにすれ違いがあることを知っているが、私はあえて指摘しない。私が新米用の依頼を探していると勘違いしているイユさんに対し、私は卒業試験に使える依頼を探している。
普通、新米登録して僅か三ヶ月で卒業試験だなんて考えもしないだろうから、こうしてすれ違いが発生する。
ちなみに、新米卒業試験の題材である小飛竜の依頼は二件あった。だが、それは私の望む内容ではなかった。
依頼を読む限り、すごく簡単だ。どうせ同じ小飛竜でも難しい任務を与えてやりたい。だが、小飛竜と戦わせるのは、魔法による攻撃が可能なエメルトとコールラの二人になるだろう。となると、物理攻撃主体のセプンとチャロンは、また別の怪物を充てる必要がある。それの目星は既に付けている。ただ、まだ時期が早いのか、それの依頼が来ていない。
難易度は高めに設定しているから、ギルドから証人として卒業認定資格を与えられる職員を二人派遣してもらう予定だ。本来なら、私一人が一人に付き添ってマンツーマンで監督し、討伐の証拠としての部位の剥ぎ取りを行って、それをギルドへ申請してクリアとなるのだが、そんな面倒なことはしたくない。ということで、私が狙うのは、一つの任務に二人を充てる共同討伐だ。しかし、これだと実力がない人が、実力のある人に頼り切りとなり、一切を任せきりにして討伐完了、クリアとなってしまうケースが出てくる。その為のギルド職員である。それも、二つの依頼を同時受注することによる、四人まとめて試験しようというものだ。だから職員二人の派遣の申請を予定しているのだ。
あいつらは縄張りが近い。よって同じ場所で二つの依頼、もしくは同時討伐依頼が出てくることがある。それは、本来新米が受けるような依頼ではなく、卒業して銅ランクとなって二、三年、本格的に冒険者として慣らした後に受けるようなものであるのだが、その二、三年の期間を、一足飛びで駆け抜けさせようというのが私の計画である。
どうせやるなら徹底的に。せっかく鬼教官として慕われているのだ。鬼らしいことをしようではないか。ハーフエルフだけど。
その後はイユさんと軽く雑談を交わし、別れを告げる。
今日は東部で薬草の採取だ。西部のルキユの森に行けば、どこにどんな薬草が生えているか分かっているので楽なのだが、何分遠い。雷魔法の応用で速度を上げられるとはいえ、そんな程度のことで魔法を使いたくない。ちゃんと自分の足で歩く。よって、東部にあるキダチの森へと行くことにした。
「よし、こんなものかな」
キッチリ依頼にあった通りの必要量のみを採取して、町に戻ってきた。ギルドへ届け出て報酬をもらい、その足で演習場へと向かう。
雨は止む気配はない。雨に打たれる森の木々も美しかった。また、のんびり散歩をしたいところである。だが、雨季も段々と終わりが見えてきて暖季も下旬のこの頃、日々段々と気温が高くなってきている。
湿気による蒸し暑さに加わり糞などの排泄物の発酵した匂いは、なかなかに強烈だ。見た目は綺麗な森でも、匂いによる探知はしづらいのが難点だ。
ただまぁ臭いことは臭いが、別に慣れてしまっているので問題ない。エメルトのような獣人族にとっては、非常に厳しい環境になるだろうが。
その後は演習場に顔を出し、訓練風景を眺めてそのまま宿へ帰宅した。ベタベタの装備で宿に入る訳にはいかないので、裏手に回って屋根の下で服を脱いでインナー姿となり、脱いだ服を絞って水分を出す。
「ふう、サッパリ」
雨をシャワー代わりにして、髪を服と同じように絞って水気を落とした後に、軽く手で梳いて整える。そして、ある程度の脱水を終えた服を手に持って、インナー姿のまま表へと回り堂々と宿の入り口を潜る。
「シアニャん! そんな格好ニャ、ウロウロしちゃダニャって、昨日も一昨日もそニャ前も、ずっニャ言ってるでしょ!」
「あーうん、明日から多分気を付けます。後、ニャチルさんまで私に変なあだ名付けないで下さい」
「多分じゃニャめですよ! 後、これは噛んだニャけです!」
連日雨が続いているのだ。こんなこと、もう毎日のようにやっている。別に裸じゃないんだから良いじゃないかと思うのは、人間だった頃の感覚が麻痺しているのだろう。確かに、セキュリティ面でこの宿を選んだのに、自ら風紀を乱すようなことをしていては話にならない。
「おお、フレ吉! 帰ったか! 風邪引くなよ!」
「フレンシアです。お気遣いありがとうございます」
多くの冒険者の目の毒になることは自覚しているのだが、エルフの里ではこれが普通というか、天の恵みである雨の日は、それこそ裸になって水浴びをするのが習慣であったので、それに慣れてしまっていることで種族間ギャップが生じているようだ。
仮に襲われたところで対処出来る。そもそも、この宿を選んだ理由として安全性が挙げられるのだが、そこに私自身の貞操は含まれていない。あくまで荷物。それも本が盗まれるのを防ぐ為であって、私自身が目的ならどうとでもなるので別に安宿でも問題ない。
「うん、女子力の低下待ったなしだね」
今更なので諦める。ナルシストのつもりはないが、見目は良い自覚はある。しかし、中身が残念なので、私に結婚を申し込む場合はそのことを考慮しないと痛い目を見ることになる。まぁまだ結婚するつもりもないし、恋人をつくる予定もない。そもそもそんな異性への欲求もないのだ。一応考えていないこともないが、あくまで同じエルフ族とを考えている。理由については、またいずれ。
自室へと戻った私は、しばらくぶりの睡眠を楽しむこととする。
それから数日、連日降っていた雨もすっかり姿を見せず、それと同時にどんどんと暑さが町を覆い尽くすようになっている。
四月に入って二回目の火曜日。本格的に暑季へと突入したようだ。これで宿に帰る度にニャチルさんに叱られる生活から解放される。
そして、ついにギルドで目当ての依頼の木札が掛けられているのを発見する。
「ついに来た。小飛竜の番の二体と闘飛虫の三体同時討伐。場所は北部のタルタ荒野。詳細は、縄張り争いが続き物資の運搬が困難になっているので討伐して欲しい。よし、これしかない」
残り数日。とは言っても自分で勝手に決めた期限であるが、そろそろ三ヶ月になるというところで、新米卒業試験に使えそうな依頼を見つけてテンションが上がる。誰かに取られない内に素早く木札を手に取って、受付へと持って行く。
「あ、イユさん。これをお願いします」
「はい、確認しますね」
私は基本他人と接する時は、敬語を使う。もちろん、家族や友人などの親しい関係の人に対してはタメ口で話すが、それ以外の場合は、相手が年下であっても極力敬語を使うようにしている。これは、かつての日本人としての感覚のせいだろうか。しかし、教え子達の場合は、出会いが出会いだったので、敬語を使うと舐められると思い最初からタメ口で接していた。
「はい、大丈夫です。では、どなたかとパーティを組むのですか? それともソロですか? フレンシアさんの実力を疑う訳ではないのですが、流石のフレンシアさんでもこの任務をソロは厳しいと思うのですが」
「いえ、これを受けるのは、私の教え子達です」
「へ? えぇー!」
イユさんの叫びがギルドのホール内に響き、他に仕事をしていた職員や、依頼の手続きをしようとギルドへ訪れていた冒険者の動きが止まり、こちらを注視する。
「正気ですか!」
「もちろん」
「死んじゃいますよ!」
「大丈夫ですよ。ですので職員二人の派遣もお願いします」
周りの様子に気付いていないのか、イユさんは興奮状態でテーブル越しに詰め寄ってくる。
「朝から騒がしいね。何かあったのかい?」
「ギルド長~……」
ジルの登場で、イユさんは私が渡した木札を見せながら、事情を説明していく。最初はふんふんと頷いていたジルも、段々とその表情に陰りが見え、こちらを見定めるように視線を向けてきた。
「あんた、本気かい?」
「何度も言わせないで」
「一回も依頼をこなしていない新米四人に、いきなり小飛竜二頭と闘飛虫一頭を狩れと言うの?」
「言うわ」
「冗談じゃないわよね?」
「当たり前じゃない。そもそもこれはあなたからの直接の依頼だったはずよ。彼らを一人前の冒険者に育て上げる。そもそも新米育成なんて、他に色々と伝手とかもあるだろうに、何故私に依頼をしてきたのか……まぁ、最初の頃は気にしていたけど、今は別にどうでも良いわ。私は依頼通りに新米を育成したので、これから卒業試験を受けさせに行く。ただそれだけよ」
「何故、この時期なんだい? まだ三ヶ月も経っていない。そんな急がなくても、来年の暖季とかに合わせてゆっくり調整すれば良いじゃないか」
「それが本音?」
「え?」
「私をこの町に縛り付けておく理由よ。新米育成なんて時間のかかる仕事をわざわざ私に押し付けた理由。通常の依頼任務では、私はあっさりとクリアする自信がある。一応、それだけのことをしてきたのだからね。だから新米冒険者の育成を選んだ。もし一年縛り付けたとして、また来年、そしてまた来年と引き延ばしにすることが目的だったの?」
「……」
「あなたにとって、過去の一七件は、そんなに手放したくない過去なわけ? 私は、あなたを冒険者の先輩として尊敬していたと同時に、友人とも……思っていたのですが、やはり、あなたは変わってしまったようですね。それとも昔からですか? 私に二つ名を与えたことで楔を増やしたかったのでしょうか?」
私の威圧により周囲は重苦しい沈黙が包み込み、誰一人として動こうという気配がなかった。アオコニクジルの表情は硬く、口を開き掛けては閉じるを何度か繰り返す。
「それで? この依頼は受注させていただいてもよろしいでしょうか?」
私の質問に、彼女はこちらを睨み付ける。
「それは、命令かい?」
「耳が遠くなったのですか? 誰がどう聞いても、ただの質問と確認ですよ」
「その殺気を浴びて、ただの質問と捉えるのは無理な話よ」
「そうですか。残念です。ですが、私はやると決めたらちゃんと最後までやりますよ。無事、新米卒業まで責任を持って見守ります。ですから、彼らを連れて王都まで行きます」
「なっ!」
「ここでは、ギルド長の権限で依頼の受注が出来ないとなれば、どこか別のギルドで受けるしかないでしょう? そうなれば、ここから最も近いギルドのある町と言ったら王都しかないですね」
そこで一旦言葉を切り、一拍開けてから「そして」と続ける。
「ルックカのギルド長権限に於いて、依頼の受注が出来なかった旨を伝えることも出来ます。そうなれば、最悪更迭。あなたが守りたいという大勢の人を守る権限は剥奪されます。私をコマとして使おうとさえしなければ、ここまで拗れることもなかったと思うんですけどね……アオコニクジル、あなたは過去に囚われ過ぎています」
「それを仮に正直に言ったところで、あんたは首を縦に振ってくれたかい?」
「答えはもちろん、嫌ですよ」
「そうだろうね」
「私も一人で勝手に抱えていたものに縛られていましたし、このまま縛られたまま死ぬまで過ごすのも良いと思っていました。ですが……その呪縛から解き放ってくれた存在がいる。だから私は、こうして再び森を出る決断をした。忘れる訳でも決別する訳でもない。私の一部分として、一緒に歩んでいくと決めた。友人としての私が、あなたの中に存在しているのなら……目を覚ませ! ジル!」
「っ!」
「いつまでも過去に縛られないで。私だけを頼らないで。もっと周りを見て。確かに私よりは弱い冒険者ばかりで不安かもしれないけどね」
そう言って周りを見渡すが、目を合わせようとせず目を逸らされる。この反応に思わず大きな溜め息が出る。
「はぁ、私の教え子達なら、今の言葉を聞いて黙っていられる程弱くも大人しくもないわ。でもね、皆あなたの志に惹かれて集って、ルックカで活動をし続ける冒険者達なのでしょう? だったら、もっと彼らを頼りなさい。頼りないなら鍛えなさい。鍛えさせなさい。厳しい鍛錬なくして成長なしよ」
そして私は、ジルが手に持つ木札を指差した。
「で、その依頼。受けても良いかしら?」
「……はぁ、しょうがないわね……分かったわ。承認します。監督官としてこのイユと、私の同行が条件よ」
「ギルド長が、新米卒業試験の為にギルドを空けて良いのかしら?」
「えぇ、あなたが自信を持って育てたという、その教え子達の実力を見せてもらうわ」
「分かったわ。どうぞご自由に。イユさん、巻き込んでしまい申し訳ありません」
「い、いえ! 大丈夫です! その、色々と驚いちゃいましたけど」
「ふふ、それも含めて謝罪します」
こうして、一波乱あったものの無事に依頼受注出来たので、それを伝えるべく今日も変わらず鍛錬をしているであろう新米達のいる南部演習場へ、二人のお供を引き連れて歩を進めた。
「ということで、卒業試験の内容が決まったから早速行くわよ。半刻後に出発するからさっさと準備すること。その間に馬車の手配をしておくわ」
演習場に到着し、今日も変わらず訓練を続けている四人の元へ向かった私は、開口一番こう告げた。その言葉に四人全員は固まり、頭から「?」が飛び回っているのが幻視出来そうである。
最初に硬直から脱したのは、やはり柔軟性に富んだコールラだった。
「教官? ということと言われても、何も分からないのだけど?」
「そうだぜ、そもそも今日は誰の卒業試験だ? コールラか?」
セプンの質問に首を振る。
「全員よ。四人全員。だからさっさと準備する」
「はぁ? んなの出来るのか? 小飛竜の討伐は最大でも二人だろ? 四人じゃあ達成にならないぞ?」
「小飛竜二体に闘飛虫一体。はい、これで問題ないわよ」
「問題あり過ぎだろ馬鹿!」
「教官に対して馬鹿とは。セプン、また腕を砕かれたいのかしら?」
「いえ! 今すぐ準備に行ってくる!」
そう言って、セプンは走って演習場から去って行く。
「ほら、あなた達も急ぎなさい」
「は、はい!」
コールラが走り出し、それに続いてチャロンとエメルトもこの場からいなくなる。
「さて、こちらも準備するわよ」
「鬼教官ね」
「え、えーと、馬車ですね。すぐに手配します!」
ジルの呟きはスルーし、イユさんには礼を言う。その場は解散し、半刻後に馬車乗り場で集合と取り決めた。
宿屋に戻った私はもうお馴染みとなったいつもの民族衣装に矢筒と弓、短剣を装備する。そして、ルックカに来てから中古屋で買った小さなリュックサックに記録用の本や筆記具、魔法薬と水筒を入れて準備完了である。
水筒と言っても、当然魔法瓶のような性能の良い物はない。また金属加工の技術を持ち合わせないエルフにとって水筒とは、動物の胃袋を加工して作った物となる。
人間族やドワーフ族などの加工技術を持っている人達は、金属製の水筒を持っているが、保温性などはなく、ただの頑丈で気密性の高い入れ物に過ぎない。
「行ってきます」
「おう! 気を付けてな。フレ吉!」
「フレンシアです」
部屋を出、店主に依頼で出掛ける旨を伝えて宿屋を後にする。
依頼のあったタルタ荒野は、ルックカの北部にある広大な荒野で、ジスト王国の北西部のほとんどを占めている。広い荒野であるが、今回依頼のあった場所はルックカにほど近い街道で、馬車で片道おおよそ半刻弱程度だ。もちろん馬車のまま縄張りに入る訳にはいかないので、少し前で御者には待機してもらうことになる。
馬車乗り場に着くと、馬車を手配する為にあの後直接ここに来たジルとイユさん、そして、足も速ければ準備も早いのか、遅れてスタートしたはずのエメルトが既に待機していた。その後は残りのメンバーを待っていると、無事に制限時間内で全員が集合することが出来たので、早速荷台に乗り込む。
乗り込む際に、御者から分厚いクッションが渡される。馬車は振動が激しいので、これで衝撃を和らげるのだ。サスペンションやゴムのタイヤなどはない。かといって、教えるつもりも改善もするつもりもない。こういった不便も楽しんでこその異世界転生なのだ。わざわざ前世と同じ生活水準にしたいなら、神様に現代以上の文明に転生させてもらえるようにお願いするしかない。神様なんていなかったが……
揺れる荷台、ついでに私のそれなりにボリュームのある胸も揺れる。それを凝視するコールラとイユさん。のんきに寝ているセプンに、周りの景色を興味深そうに眺めるエメルト、そしてジルの現役の頃の話を聞くチャロン。私も暇潰しの為に、薬学事典を広げる。
そろそろ魔法薬の補充を考えなければならないが、道具は里へと置いてきた。自分自身だけの旅ならほとんど使うことないだろうと思い、薬研などの道具は置いてきてしまったのだ。理由は荷物になるからだが、新米との訓練で度々回復魔法と併用して魔法薬を使っていたので、今後旅を続けることを考えると在庫に不安を覚える。しかし王都ならともかく、町に売られている魔法薬は出来が悪い。効かない訳ではないが、私がタダで仕上げる魔法薬よりも効果が薄いのに、それにわざわざお金を払うというのは納得がいかない。
よし、余分な防具は売ろう。最近全く装着していないし、今後も使う予定がなくなってしまった。今着ている民族衣装は、たまの息抜きで着る予定で持ってきただけだったのだが、今はすっかりこっちの方が馴染んでしまったので、このままで行こうと思う。ただ、ライトメタルの防具はそのまま売るのも勿体ないので、せっかくなら、コールラかチャロンにでもプレゼントしよう……その為には、多少胸回りを再加工する必要があるだろうが。
防具を売って、民族衣装を着るので、元々服が入っていたスペースが空く。ここに魔法薬作成用の道具一式を詰め込もう。そして作るなら良い物を。まだ中級に入ったばかりの出来なのだ。コツコツと研究を重ね、いずれは上級魔法薬を作れるようになりたい。魔法薬があれば、毎度回復魔法を発動する必要もないし、飲むないし負傷部位にぶっかければ治るのだから手っ取り早い。
魔法薬作りだけでないが、何事も日々コツコツと行い継続することで大成する。日本の言葉で言えば、継続は力なりと、塵も積もれば山となるだ。
何度も読み直してボロボロになっている薬学事典のページをめくり、暗唱出来る程読み込んだ文にまた目を通す。そうしていると、段々と馬車の速度が落ちてきているのに気付いた。
「さて、降りる準備をしようか。ここからは歩きよ。ほらセプン起きて、出発よ」
各自へ声を掛け、準備をしていく。完全に停止したところで、順番に荷台から降り、御者へお礼を言う。
「それじゃあ、行こうか。岩場もあるから、足下に注意してね」
「教官、もしかして怪物だけでなく、足場のことも考慮して、依頼受けたわね」
「まぁ教官だからな」
「何か不愉快な気分になるわね」
コールラの言う通り、討伐が比較的に楽となる森ではなく町の北部での依頼を中心に探していたのだが、丁度良い依頼が入ってくれて良かった。とはいえ、遅かれ早かれいずれは出てくるであろう依頼であったので、ただ依頼が出されるのを待つだけで良かったのだが。
「それじゃあ、移動しながら聞いてね。それぞれの担当を割り振るわ。オスの小飛竜はコールラ」
「はい!」
「次、メスの小飛竜、エメルト」
「……うむ」
「次、これは準大型だから二人での討伐。闘飛虫にセプンとチャロン」
「おう!」
「は、はい!」
「以上よ」
各自の返事を聞き、話を締め括る。そこにジルが確認の為と口を開く。
「一応、人選の理由を聞いても良いかしら?」
「この四人の中で一番戦闘能力が高いのは、間違いなくコールラよ。槍による間合いの長さを生かした近中距離戦。突くだけでなく棒術を織り交ぜた変則的な槍捌きに、懐へ入られた場合の無手による格闘戦。魔法は炎。まだ簡易詠唱は無理だけど、平行呪文、同時詠唱が可能だから息が続く限りは、行動をしながら常に魔法を放つことが出来るし、その威力も高い。よって、単独でもオスの小飛竜は倒せると踏んだわ」
コールラを見ると嬉しそうに頷き、ツインテールが揺れて眼鏡も光る。
「次にエメルトは、双剣による前衛も出来るし、風と土の魔法による後衛もこなせる器用さを持っている。高い機動力を生かして、素早い陣地転換も可能。嗅覚や聴力も良いので、闘飛虫の相手をさせても良かったけど、彼は誰かを庇いながらの戦闘だと、その能力を十全に生かせない。よって、メスの小飛竜」
「……うむ」
「攻撃魔法が撃てるのが、この二人だけだから、小飛竜との相性が良いのも選定理由にあるけど……二人は、まず接近戦を仕掛けるように。これは試験だからね」
「分かったわ」
「……心得た」
最後に、闘飛虫と戦う二人の説明に入る。
「闘飛虫は……準大型でその素早さと高い攻撃力は十分脅威なんだけど……正直、今のセプンとチャロンの二人の敵ではないと思うわ。セプンの最大攻撃力は、おそらく小飛竜の装甲とも言える鱗を叩き切る威力を持っているし、防御力も大剣を上手く盾のように使うことで、守りの戦いにも備えることが出来る。それにチャロンは十字弓の狙撃手。その命中率は訓練開始前から既に高かったけど、この三ヶ月で更に磨きが掛かっている。素早いだけ、それもセプンによる足止めを食らっているのなら、仕留められない道理はない。防御力も大したことないしね」
「おうよ! 任せとけ!」
「は、はい、その、が、頑張ります!」
二人が気合いの入った返事をし、それに頷きで返答する。ジルやイユさんは彼らの実力を疑っている訳ではいだろうが、やはり依頼受注数、達成数ゼロでのいきなり卒業試験。しかも冒険者デビューしてわずか三ヶ月でだ。不安は隠せないのだろう。
「大した自信なのね」
「事実よ。それに、成り行きで引き受けた依頼だったけど手は抜いてないわ。後は彼ら次第。私は、のんびりお茶でもしながら待つことにするわね。お茶持ってきてないから水だけど。あ、試験監督よろしくお願いしますね。イユさん」
「は、はい。お任せ下さい」
その私の様子に、何とも言えない表情の二人だが、これ以上言うべき言葉もないので、以降は特に会話もなく荒れ地を進む。すると、遠くから、二つの羽ばたく音が聞こえてきた。音が似ているということは小飛竜の番か。
「さて、小飛竜が来たわ。じゃあ、頑張ってね。雌雄の見分け方は前教えたから、ちゃんと復習してるかも確認させてもらうからね」
「はい!」
「……参る」
戦闘開始だ。
【国】
ジスト王国
【土地】
タルタ荒野
【気候】
暖季、暑季、乾季、寒季の四季があるが、雨季はなく、年間の降水量も少ない
乾季から暖季初頭に掛けて、北からの乾燥した風が吹き込むことから、湿気は少なく、年間を通して乾燥している
【生物】
シカ、ゾウ、キリン、ウシなどの草食動物から、ライオン、ハイエナ、ハゲタカなどの肉食動物がいる
乾燥しているが気温は安定しており、餌となる草食動物もいることから小飛竜や闘飛虫が縄張りを持っていることが多いが、身を隠す場所が少ないことから夜猛鳥はいない
また草食動物に混じって、足蹴鳥の群れが十数頭程度毎にまとまり、それぞれ縄張りを持って生息している。それを狙って狼鳥竜も数頭の群れを作って生活している
矛盾竜も草食動物の周りに出没することがあり、ゾウの隣で草を蝕む姿がよく見られる
荒野中央部にあるカルサ山には鉄火竜が縄張りとしていることが多く、離れた場所だからといって油断していると、襲撃を受ける危険があるので注意
鎌足虫や蔓鞭植、覇王竜といった凶暴な肉食怪物も生息しているので、不自然な穴などを見つけたら無闇に近付かないように
壊滅した集落や、町の跡地には荒小鬼が住み着いていることがある
【植物】
一応少ないながらも川の水が涸れることは滅多になく、種類も量もさほどある訳ではないが、川沿いであれば草木もしっかり育っている。川から少し離れると、乾燥した大地が広がるので、サボテンなどの多肉植物が目立つ
【備考】
ルックカの北部、王都レガリヴェリアの西部に広がる荒野。荒野のほぼ中央にはカルサ山がある。二〇〇年以上昔には、この山から豊富な石炭が採掘出来たことから麓には町があり非常に賑わっていたが、現在採掘は行われておらず、かつての賑わいもない
かつての町は打ち捨てられ、少し南下した所にルーバル村を築き、そこで人々は生活するようになった。主な住人は鉱夫の子孫であるドワーフ族や人間族に一部獣人族、そして乾燥に強い蜥蜴人族が生活している
他にも小規模ながらも、荒野全体に炭層や鉱脈は存在している為、それを求めて多くの小さな集落が、荒野全体に点在している
危険な怪物が跋扈する地帯であるが、各集落にはある程度の自衛能力があり、また多くの集落があることから、いざとなったら戦力を集めることも可能であるが、そうすることによって他の集落の戦力が手薄になることから、あくまで最終手段である
基本的には冒険者に依頼を出して解決してもらう