64頁目 犯罪者と禁酒禁煙の国
前回のあらすじ。
落ちた。
次回の投稿は明後日の予定です。
こういう慕ってくれる幼女が欲しいです。あ、ロリコンではありません。それとアネモネのような破天荒もちょっと……
※今回からしばらく、一部の嗜好品に関する偏見などが混じった表現が続きます。ご注意下さい。
高さにしておよそ三〇ファルトくらいだろうか。そこから二人して森に落ちた私達は、幸いなことに木々が密集していた地点に落ちたことで、枝葉が緩衝材となって大した怪我もなく地面へと落ちた。
先に地面へ落ちた私は、直後、真上から落ちてきた娘のヒップアタックを食らって「ぐぇ」と女子とは思えない声を発した。
「あはは、落ちちゃいましたわ」
「そうね。まぁ怪我がないようで良かったわ」
「お母様もご無事で」
「まぁ、そこそこ頑丈だしね」
二人で無事を確かめ合っていたが、そこに乱入者があった。枝を踏む音に咄嗟に弓矢を構えて振り向くと、ボロボロの革製の防具を着た剣士風の、多分若い人間族の男性が唖然とした顔で立っていた。
「あ、あんたら、え? 上? 落ちて……え? あ……え?」
酷く混乱しているようだ。
「落ち着いて下さい。私達は、あのウェル山脈を越えてエメリナ王国から来たのですが、崖を下りている最中に怪物に襲われまして、ここまで飛ばされてしまいました」
「そ、そうなのか。怪我は、ないんだな?」
「えぇ大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「ねぇ、ねぇ、お母様?」
「どうしたの?」
私の服の裾を引っ張って、地面に座り込んでいるアネモネが声を掛けてきた。
「さっきから何をお話されているのですの?」
「……もしかして、相手の言葉分からない?」
「分かりませんわ」
「そう……」
ここに来て、ようやく異世界転生特典でよくある言語の壁取っ払いというものを自覚した次第である。
「えぇと、そちらのお嬢さんは?」
「え? あぁ、私の娘です」
「は? その歳で子持ち?」
「見た目はこうですが、私達エルフ族ですから、見た目通りの年齢とは限りませんよ?」
「あ、そ、そっか。そういえば、山脈にはエルフ族が住む村があるって噂を聞いたことがあったな」
なるほど、ジスト王国の王都で素材屋を営んでいる友人のフィアの集落は、こちら側、ライヒ王国とは交流がないのか、あったとしても小規模なものなのだろう。
「で、あんた、そっちの娘さんとは話していたが、言語が分からなかった。でも話が通じているということは、言語魔法か」
「そうですね」
ここはとりあえず肯定しておく。しかし、これで私が使える魔法は残り一つとなった。雷か風か回復か。アネモネのことを考えれば、風が一番無難だろうか。回復も魔法薬を使えば良いだけだ。
「ところで、あなたは何者ですか?」
「え? あ、あぁ、俺はギンゼルってんだ。あんた方は?」
「私はフレンシア、こちらは娘のアネモネです」
「……?」
私達の会話が通じていないので、彼女は首を傾げている。
「もう一つお聞きしますが、見たところ随分とお疲れの様子。装備も傷んでいるようですが、この森で何をなさっていたのですか?」
「え? あぁ、俺はな。犯罪者なんだ。で、今ここで刑を執行されているって訳だ」
「どういうことですか?」
「ちょっと、罪を犯してしまってな。それで本来なら牢獄なんだろうが、少し罪が重いとかで、この森に放り込まれちまった。このダンビの森でとある素材を見つけ、規定時間内に手にして戻ってきたら無罪放免ということになる」
「して、その罪とは何ですか?」
「あー……飲酒で暴れたんだよ」
「……はい?」
「他がどうかは知らんが、この国では禁酒禁煙法という法律があってな。と言っても、この法律が出来たのも運用が始まったのもここ十数年くらいの話だ」
それから、その犯罪者の男の話を聞いていくと、この国の事情が色々と分かってきた。
一五年程前に当時の国王が市中の視察中に、酒に酔った暴漢に襲われて死亡したのだとか。護衛の担当が切り替わる絶妙なタイミングだったとかで、その隙を突かれた形となった。加害者が国王に対して恨みなどの動機があったかは定かにされていないが、いずれにせよこの光景を目の前で見てしまった当時一二歳だった王子は怒り狂った。
「ここで、国王を害したとしてその場で処刑すれば良かったのだし、護衛もそのように動いたらしいから、それで解決する……はずだったんだ」
「何かあったんですか?」
「あぁ、王妃は処刑を命じたそうだが、王子は歳の割に理知的で、理性的に裁判に掛けると言った」
といっても、この時代の裁判と言えば、前世の現代社会のような検察や弁護士がいて、というようなキッチリとしたものではなかった。しかし王子は、当時の裁判の問題点を指摘しつつ公平に裁けるように組織を組み立ててしまった。
当然だが、王子にそのような権限はないが、王妃は愛する夫が殺されたショックで気が動転しており、正常な判断は出来ない。現に一番その場での処刑を望んでいたのも王妃だ。ここで、王子自身が国王代理として一時的に権限を預かると宣誓した。
これが城内での側近などの身内のみでの話し合いであれば、歳が若いということもあって否決されたであろうが、場所が悪かった。大衆の面前でのその宣言に、民衆はすっかり王子を国王として認めるような流れになってしまった。
その為、現在も一応役職としては国王代理ではあるが、実質的に国王としてライヒ王国のトップへ収まった。
それからは、当時既に運用されていた裁判所の組織を見直し、検察と弁護士ではなく、あくまで有罪賛成派、有罪反対派という二つの役職というかグループ分けを行う形で、どちらの言い分も聞くという意味では、形式上とはいえ公平な裁判が行われることとなった。
検察がないのだから当然だが、起訴や不起訴を判断するといった検察の業務はなく即裁判という流れだ。
有罪賛成派と反対派に別れると言ったが、有罪側と無罪側に別れての審議ということではなく、本当に有罪に賛成か反対かを審議するというものらしい。違いがよく分からないが、ようは、有罪か無罪かの二択ではなく、有罪を前提として、それに賛成するか否かという有罪寄りの裁判である。
まぁ前世の裁判も検察が起訴した案件を裁判で審議する上、起訴した犯罪が有罪になる確率はほぼ一〇割なので、あながち有罪前提での審議というのも間違いではない。ただ、検察による起訴不起訴の段階をすっ飛ばしている点で、まだ粗が多いとは思う。
しかし、その歳でそこまで考えに至れるのであれば、相当頭が良い。一応結果は現在の状況を見れば一目瞭然であるが、どのように裁判が進められたのかは気になる。
「国王を殺した奴は、当時のことを酔っていて覚えていないと言ったらしい」
泥酔していて記憶にないので、自分がしたことの認識はない。前世でもよく聞いた供述である。ただこの場合、仮に覚えていたとしてもシラを切ることは当然だ。何せ認めてしまえば処刑。逆に否認し続ければ、もしかしたら反対派の意見のおかげで判決が覆るかもしれない。
一縷の望みに賭けた判決は有罪となった。しかし、最後まで本人は否認し続けていたので、王子は希望の光を指し示した。それが……
「今のあなたということですか」
「まぁ、そうなる」
ライヒ王国の王都スクジャ。その裏にあるウェル山脈の麓まで続く広大な森。ダンビの森。
この森は、王都側からの侵入は高い城壁によって阻まれているが、一点だけ城門があり、王室もしくはギルドからの許可証があれば森に入ることが許されている。何故それだけ厳重なのかと言えば、簡単に言えば危険だからである。
強力な怪物が闊歩しており、並の冒険者ではすぐに死んでしまう。よって、銀ランク以上の冒険者歴一〇年以上の熟練を最低五人以上の編成でのみ、特定の怪物の素材や薬草などの採取が認められている。
しかし、ここに例外を作ったのが当時の王子である。
ある特定の犯罪者は、この森に単独で放り込まれ、それで生きて指定の素材を持って帰ってきたら無罪ということになったのだ。
「それと禁酒禁煙法と何の関係が……あ、そういうことですか」
「あぁ、国王を殺した奴が酒を飲んでいたというのが悪かった。王子は酒を徹底的に目の敵にして排除すべく法律を作った。禁煙に関しても、似たようなもんだな」
依存して幻覚を見たり、人格が壊れたりする薬物もあって、それによって人が傷付けられる事案があったが、どの薬物が合法で、どれが違法かを分ける明確な基準はなかった上、基準を設けたとしたとしても、それをすり抜ける輩はいつの時代にもいる。ということで、煙を吸う行為そのものを取り締まるようになったとか。
しかし、ここに飲むのなら問題ないだろうということで、脱法魔法薬という違法薬物が出て来ているらしいので、現在新たな法律の作成に邁進しているらしい。
「そこまで知っていて、何故あなたはお酒に手を出したのですか?」
「いやぁまぁな。元々酒好きだったんだが、法律で規制されてから飲めなくてね。そしたらいつの間にか友人が密造酒やっててな。試飲させてもらったんだよ。すごく強いやつだったんだが、久々の酒でつい飲み過ぎてな。気付いたら暴れててそいつを殴っちまってたんだよ」
「なるほど、それで……」
ちなみに、密造酒作って殴られた友人は投獄されたらしい。
酒を造ることは違法だが、販売までには至っておらず、また飲んだという証拠もなかったことからの牢屋行き。一方で、このギンゼルという男は連行された時もまだ酔っており、また傷害事件に発展していることから、一応先程の形式上の裁判を行ってこの森へという流れとのこと。
「ちなみに、素材の内容は何ですか?」
「ん? あぁ、リュシオリスの蜜を瓶一つ分だ」
よく知る素材の名前だ。ジストでも貴重な素材として取引されていた。
「夜に咲くユリですか。確かに季節は暖季ですが、あれって温暖な地域でないと育たないのでは? こちらは随分と冷えるようですが」
「さぁな。そっちとこっちとでどう育っているのかは知らんし興味はないが、夜に咲くユリってのは当たりだな。だから期限は明日の朝、開門の時間だ」
まだまだ時間はありそうだ。
「出来そうですか?」
「出来る訳ねぇ。昼間の浅い場所での散策でさえも危険なのに、そこよりも奥で、更に夜となるともう無理だ。だからといって死にたくもないからな。何とか逃げ道がないか探していたところだ」
ということは、脱走?
「脱走は罪にならないのですか?」
「あぁ、そもそも脱走したかどうかなんて、確認する術がねぇ。こんな広大な危険な森の中を罪人一人の生死の確認の為だけに捜索何てしないからな。期限まで戻れなければ死亡扱いで、記録から消される。それだけだ」
「それで良いのですか?」
「知らねぇよ。ただリュシオリスは無理だ。だから、何とか逃げ道を探して森から出る」
ここで少し考える。よく知る素材だし、採取の方法も変わらない。それにウェル山脈から流れてくる雪解け水は澄んでいるので、川の位置さえ特定出来れば発見することも難しくない。
「協力しましょうか?」
「は?」
「ですから、リュシオリス探しです。無罪になれば再び普通の生活が送れるのですよね?」
「まぁ、そうだが……」
「別に、あなたの罪に関しては私達にとって関係ないことですが、私達はスクジャでしたか? ライヒ王国の町に入りたいのです。その為に私達の存在を保証してくれる人が必要です。まぁ方角は分かっていますので、このまま進んで事情は話せば入れてくれるでしょうけど、あなたは助かりません。さぁどうしますか?」
仮にここで私の協力を断って、逃げる選択をしたところで生存率が上がる訳ではない。私としても、この森の特性について情報が欲しいこともあってのことで、決して人助けだとか同情などの感情から出た言葉ではない。
少しの間、迷っていたようだったが、決心したのかこちらに向き直る。
「分かった。協力してくれ……頼む」
「はい、分かりました」
話がまとまったところで、服の裾が引っ張られる。
「ねぇ? お母様方は一体何の話をされていたのですの?」
そういえば、この子には私達の会話は分からないのだったことを思い出した。
国が変われば法律も文化も変わるとは言うものの、ここまで違うと戸惑ってしまうが、これも文化の違いを楽しむ一つの要素として受け入れることにする。
フレンシアの手記より抜粋