6頁目 新米冒険者の成長と戦闘訓練その2
前回のあらすじ。
戦闘訓練をした。
第一話の時点で決めていた主人公の衣装が、戦闘スタイルを見てあまりにも鈍重そうだったので、一気にパージしました。可愛くないし。
最初の戦闘訓練から二ヶ月が過ぎた。
朝から晩までみっちり訓練して、夜は汗を流して夕食を摂ったらベッドへ直行させる生活を送らせるようにしたが、最初の頃に比べて断然動けるようになった。
特に、元々素質のあったコールラの成長は著しい。走りながら、攻撃しながらの呪文詠唱も行えるように独自で訓練しているらしく、それが実を結び始めている。とはいえ、まだ越えなければならないハードルは多い。
魔法というのは奥が深い。突き詰めれば突き詰める程、幅が広がる。ただ呪文を唱えて撃ち出すだけでは初歩中の初歩。最終的には私の雷魔法ように無詠唱で、様々な応用で行うことが出来るようになる。武器に付与したり、探索で用いたり、弾丸としても使えるし、拘束、罠と色々ある。
炎魔法の場合は燃えない炎という物がある。破壊力はそのままに、延焼を防ぐ。これを身に付ければ草原の中でばかすか撃っても問題ない。地形は変わるかもしれないが、大火事になることは避けられる。
これはジルが得意としていた魔法の一つだ。熱、威力はそのままの炎で、当たれば火傷はするものの燃えないという不思議な物だ。これを用いて悪口を言った冒険者をお仕置きしたのだが、まさかその為に身に付けた訳ではないだろうと信じたい。町中で撃っても二次被害を出さないから、思う存分お仕置きが出来るという目的で……
「いや、考えないでおこう……」
少なくともコールラには、魔法に関して立派な先輩が身近にいるのだから、是非色々と聞いて身に付けて欲しい。
ジルも忙しいだろうが、新米育成の方が大事なのだ。仕事が進まないなら残業すれば良いと考えてしまうのは、前世の社畜精神から来るのだろうか。まぁ私は寝るが。私はちゃんとやることはやっている。押し付けてきたのはそちらなのだ。私は悪くない。
次に伸びているのは、やる気十分のセプンだ。元々基礎能力はあった。後は安定した立ち回りを身に付けることが出来れば、前衛として問題ない出来になる。身体強化魔法は、行動しながら唱えられるように訓練した方が良いと思うが、コールラ程器用ではないので、まずしっかりと身体作りをして技術を磨いていくことに専念させる。
しかし、身体強化しているとはいえ、あんな重そうな大剣を振り回せるとか。いや、身体強化していなくても持ち運びや、簡単な戦闘行動は出来ていた。本当に人間族だろうか?
確かに、魔法があり魔力のある世界だ。強化魔法を行使しなくとも、身体をまとう魔力が底上げを行う。もしかして、怪物を狩るゲームから出張しているのではないかと疑ってしまう。多分だが先祖にドワーフがいて、その血が微かに残っているのだろうと考えられる。
それでもだ。大体、こういった得物は元々腕力のあるドワーフ族や巨人族、一部の力のある獣人族が使うことが主流なのだが。人間でこのサイズを使いこなすとは恐れ入る。もう一回り小さい物でも十分なサイズだと思うが、彼がそれで良いなら口出しはしない。
大剣は盾にも使えるので、アタッカーだけでなくタンクとしても十分役割が持てる。攻撃の動きが安定してきたら、今度は仲間を守る立ち回りを覚えさせようと次の訓練プログラムを組み立てる。
三番目はエメルトだ。元々の身体能力は高い上、双剣の手数の多さから連続攻撃。離れても土と風の魔法を併用した攻撃、もしくは行動制限など多彩な手札を持っていたが、いかんとも筋力が足りない。そして魔法の詠唱速度が遅いという欠点もあった。元々無口なので、無理して早口言葉を言う訓練をさせる。
普段の会話からペラペラとチャラ男のように話す必要はないが、コミュニケーション能力は必要だ。特に仲間内での情報共有の際に齟齬が発生するのを防がなければ、その認識の違いから連携のミスに繋がることもある。なので、必要なことはしっかりと口にすることも訓練内容に含める。
「生麦生米生卵~♪」
生米を生ゴミとする説もある。
早口言葉は前世の記憶から引っ張り出してきたので、こちらの世界の住人からすると全く以て意味不明だろう。この世界にはバスも東京特許許可局もない。そもそも現代日本にも東京特許許可局は実在しない。正しくは特許庁である。
筋力は、上半身の筋力が全体的に足りないと判断し、とにかく腹筋背筋腕立て伏せ等々。腕立て伏せ一つとっても、手と手の間隔の広さ、曲げる角度、手の平の位置などで、微妙に使う筋肉が違うのだが、私はトレーナーでも筋トレマニアでもないので細かいことは分からない。よって、とにかく回数をこなすべきという結論に至り実践させる。
鍛えれば鍛えるだけ強くなるという程この世界はインフレしていないが、魔力の補助のおかげで、筋トレのインターバルを短くしつつもより良い効果を生むことが出来る。
魔力のない前世では、筋トレとは筋繊維を破壊することであり、その後に休養、つまり筋肉を休ませる時間を設けることで、破壊された細胞が次は破壊されないようにとより増殖し強くなるのが、本来の筋トレによって筋肉が増えるメカニズムだ。もちろん、何もないところから筋肉を作り出すことは出来ないので、適切な栄養補給をする必要がある。
しかし、そのような段階を踏まずとも、この世界は魔力によって多少の怪我程度なら治りが早いし、身体機能の底上げも行われているので、一日筋トレしたら一日休んでとインターバルを開ける必要はない。短時間でみっちりやって、少し休む間に魔法の訓練や座学をし、それが終わったら再び筋トレなどの肉体訓練という強行スケジュールを組むことが出来るのだ。もちろん、魔力が多ければその分、補助される割合も増えるので、エルフが見た目細身でもそこそこ力があるのは、その補助のおかげである。
つくづく、エルフの身体というのは便利である。食事や睡眠はあまり必要とせず、その為、排泄行為も食事量が少ない上、ほとんどの栄養は吸収されるし、体内で剥がれ落ちた不必要な細胞の排出も、体内を循環する魔力によって自浄される為、一週間に一度程度お手洗いに行くくらいで良い。また、生まれ付き魔力が高いので、魔法の威力の底上げはもちろん、身体機能の底上げや怪我や病気の完治までの期間短縮。そして、自慢の長い耳での聴覚による探知と、良いところばかりである。
「本当にすごい種族よね」
しかし、それらがしっかりと身に付き、完全に手足と同じように制御出来るようになるには、普通のエルフだと三〇〇年はかかるとされる。一〇〇歳で成人するとはいえ、まだまだ未熟な子供。あくまで結婚出来るようになったというだけで、そこから更に成長しなければならない。またエルフ族自体の数が少ない。これは結婚し番、夫婦となっても子が産める可能性が低いからである。
私が異常なだけなのだ。ハーフエルフでもここまで早い成長は見込めない。エルフより誤差程度に若干早いくらいだ。
私には前世があり、その記憶というか人間の精神をそのまま引き継いでいるので、中身は人間並の成長速度。しかし身体はハーフエルフという、人間とエルフの良いところ取りしている。つまり私にとっての転生特典とは、この身体に見合わない精神と知識の成長であることになる。
特典をもらった覚えも、神様というものに会った覚えもない。
もう一度言えば、今の私にとっての神様とはカラマ神様であり、私はその信徒であるカラマ神教の信仰者だ。日々の恵みを感謝し、自身の一部となることを許され、また感謝する。それが今の半分であるがエルフとして生きる私である。
話がそれてしまったが、教え子達の成長の度合いの確認である。
最後にチャロン。実はこの子はあのオドオドとした性格と筋肉量、身体付きに騙されていたが(最初の訓練では、一度攻撃しただけで終わってしまったし)基礎能力は意外と高い。というかほぼ完成されていた。もちろん十字弓の狙撃手だけという点に関してだが。
固定砲台として用いれば、その有効射程距離の感覚的算出、風向きや風速に合わせた感覚的な修正。そして、少ないチャンスを見逃さずジッと待ち続け、その瞬間に射ることが出来る集中力の持続時間、忍耐力もあるので、狙撃手として必要な物は既に持っている。
しかし、それ以外が駄目なだけなのだ。体力はもちろん敏捷性も必要だ。狙撃は基本、一回撃ったら移動しなければならない。いつまでも撃った位置に留まるというのは、格好の餌食となるだけである。その為に素早く陣地転換しなければならないのだが、それが遅い。体力がないからだ。
それと接近戦。別にコールラみたいにアグレッシブな格闘戦をやれとは言わないが、牽制し距離を開けられる程度にはナイフや短剣の技術を身に付けて欲しいところである。
ちなみにコールラが無手による格闘戦を併用しているのは、槍が躱され、接近されたら剣を抜く暇などないから、すぐに迎撃する為に自身で鍛錬していたからだとのこと。本当に秀才型で舌を巻く。
しかし、狙撃手の立ち位置は基本、戦場を俯瞰出来る、もしくは極力見通しの良い場所に陣取ることだ。つまり、発見されて接近を許したとしても剣を抜くわずかな時間はある。いや時間があるというのは語弊がある。相手の接近が早ければ何も出来ずに終わってしまう。だから、悠長に剣を取り出す暇はない。剣を素早く抜く訓練も必要だ。
温度魔法に関しては、これは非常に地道な作業だ。同じ呪文でも、引き上げられる、もしくは引き下げられる温度。またはその範囲、規模、体積などと様々な違いが出てくる。これは熟練度と魔力の高低によることもあるが、後大事なのはイメージだ。
ただ本を音読しただけでは呪文は発動しない、自身の魔力に働き掛けた上で明確なイメージが出来なければ、ちゃんとした魔法は出ない。とはいえイメージだけが先行しても、そこに見合った鍛錬、習熟が伴っていなければ結局は失敗してしまう。だから、魔法の訓練とはやっていることは派手に見えるが、本人からしたら非常に地味なことの繰り返しだ。飽きずに繰り返すことが大事。継続は力なり。
そのことを彼ら彼女らに伝え、訓練を開始して二ヶ月経ち、それが徐々に、しかし、しっかりと目に見える成果として身に付いているのが分かる。
「それじゃあ、今日の訓練はここまで。後一ヶ月。長いようで短いけど。頑張ってね。解散」
「おう!」
「了解です。お疲れ様でした。教官」
「ひゃ、は、はい、お疲れ様でした……」
「……うむ、お疲れ」
日も落ち、演習場の使用刻限が迫っている為、今日の訓練はここまで。しっかりと休養させる。この生活も後一ヶ月。そして一ヶ月後には四人は卒業試験を受け、きっと、いや絶対合格させる。それだけの訓練をしてきたと自信を持って言える。
「今、皆と戦闘訓練したら、もしかしたら魔法を使わないと負けちゃうかもしれないわね」
まぁ、魔法を使えば相変わらず足下にも及ばないが、私に魔法を使わせることが出来れば一人前と言ったのは二ヶ月前だ。忘れているとは思うが、忘れていなかった場合……いや、あれだけ煽って挑発したのだ。絶対覚えている。となると、本気でやらなければいけなくなる。
「はぁ、戦闘訓練したいけど、したくないなぁ……」
独り言を呟きながら、宿屋イコッタへトボトボと歩いて帰る。
食堂を素通りした私は部屋へ戻り、薬草事典を広げて何度も読んだ項目に目を通しながら、訓練のことを考える。
「よし、覚悟を決めよう。うん、使い方間違ってるかもしれないけど、これも因果応報ってやつよ。うん」
そのまま私は一睡もすることなく、ひたすら事典のページをめくりながら夜を明かすのであった。
外がすっかり明るくなっていることに気付いた私は、朝食を食べに食堂に降りる。しかし、気付くのが遅れた為か、既に他の宿泊者や、朝食だけを食べに来た冒険者でごった返していた。
ここの食堂の食事は美味しい。ここに宿泊して数日後、様々な屋台のケルケル料理を堪能した私は、他に何か足蹴鳥の肉を使った面白い料理はないかと注文したところ、ケルちゃん焼きなる食べ物が出てきた時は驚いた。
足蹴鳥の肉を味噌や醤油などのタレに漬け込んで、味を付けた後に、鉄板で野菜と炒めた料理なのだが……そう、この世界には、味噌や醤油など調味料がある。しかも多少値は張るが、香辛料の流通も行われている。
このケルちゃん焼き、聞けばあの人を変なあだ名で呼ぶ、この宿屋の店主が考案した料理だそうだ。侮れない。
以来、私は何日かに一回、ケルちゃん焼きを注文するようになった。この味が食べられるのは今の季節だけ。もうすぐ食べられなくなるから、そろそろ食べ納めだろう。ケルケルの肉が食べられるのは、暖季だけ。それも下旬になると、保存の関係もあり、ほとんど出回らなくなる。冷蔵庫や冷凍庫などないのだから仕方ない。氷魔法が使える人や、チャロンのように温度調節魔法が使える人は、食品を扱う店舗で重宝されるだろう。
「頂きました」
食べ終わって席を立つ。二ヶ月前は、食堂でエルフが食事を摂る姿が珍しいのか、ジロジロと見られることが多かったが、人とは慣れるものだ。何度も同じ光景を目にすると次第に慣れ、飽きてしまう。私としては、その方が心の安寧に繋がるので良いし、何よりこの町の住人として認められた証拠とも言えるのだ。
まぁここにいつまでも留まる訳でもないし、居も構えない。私は旅人だ。好きなように好きな場所へフラフラと。それが性分に合っていると思う。
「さて、行きますか」
今ではすっかり見られることにも慣れた民族衣装を着て、のんびりと町を歩きながら南門へと移動する。
演習場は町の外にある。そこに冒険者の訓練施設が堂々と建っているのだ。とはいえ、だだっ広いだけの平原のようなもので、その周りを城壁程の堅牢で物々しいものではないが高い壁で覆われている。
まるでサッカー場や野球場のような感じである。観客席はないが、一応壁の上から観戦も出来る。巡回警備している衛士か暇人くらいしかいないが。
演習場に着くと、既にいつもの四人が待っていた。
「おはよう皆」
「おっす!」
「おはようございます。教官」
「は、はい! おはよう、ごじゃいます!」
「……うむ」
三者三様ではなく、四者四様の挨拶を聞き、それぞれの顔を見渡す。
「さて、訓練を開始して二ヶ月が経ったわね。ここで一度、皆がどれだけ動けるようになったのか、二ヶ月前と同様に戦闘訓練をしようと思うわ」
その言葉に、四人に緊張が走るのが分かる。
「えぇと、教官に魔法を使わせたら、一人前っていうのは?」
やっぱり覚えていたか。他三人が忘れていても、コールラは覚えていることは予想していた。
「うん、それはそのまま。ただ今回は私も最初から抜剣するし、矢も正規の物を使う。本気でやるのは前回と変わらないけど、場所が前回と違って見通しの良い演習場。広いから、他冒険者とかち合う心配はほぼないと思われるけど、ない訳じゃない。その不測の事態も考慮した上でしっかり立ち回ること。他の冒険者のことは一般市民と想定し、被害を出さないように。質問はある?」
「ないわ」
「俺もねぇ!」
「あ、ありません」
「……同じく」
「それじゃあ……殺し合いましょうか」
その言葉を合図に、四人が一斉にしかもバラバラに私から距離を取る。セプンの位置はチャロンに近い。狙撃手を先に潰されないように、すぐにフォローに入れる位置だ。そして、私の背後を取ろうと走るのはコールラ。おそらく、前回同様、私の手持ちの矢の本数を確認も兼ねているのだろう。出来れば矢筒をどうにかして私から離したいのかもしれない。
そして、最初に仕掛けてきたのは、エメルトだ。右から風魔法で牽制しながら双剣を振りかざし突っ込んできた。
「私の逃げ道を制限しつつ高速で接近して、射撃を封じようってことかな」
私は無手のまま身体を逸らして一閃を躱し、続く二閃を、身体を捻って避ける。このわずかなやりとりの間に、コールラが背後から攻撃を仕掛ける。私の周りに炎の円陣が生まれ、そこに間髪入れず槍を振るってくる。
「足止めをして接近戦。有効打にならなくても、私の足が止まったままなら問題ない。何故なら、止まった相手なら……」
炎に囲まれて身動きが取れない上に、背後からの槍の強襲に対処しながら分析を口にしていたが、続きを言う前に私は地を蹴って炎の中へと飛び込んで炎の輪を突破して前転する。その勢いのまま走り、弓を手にして矢を一本矢筒から引っ張り出す。
「狙撃手であるチャロンの独壇場になる。そして、チャロンに攻撃を当てる為には、セプンの防御を突破する必要があるけど」
そこに、追撃として左右からエメルトとコールラが接近戦を仕掛けてくる。
「セプンを突破しようと動くと、二人がこうして攻撃してくる。うん、とても良い連携よ。しかもコールラは平行呪文してくるし、エメルトも手数だけじゃなく、ちゃんと威力も乗っているから、ただの防御じゃ抜かれる」
弓と矢を手に持つものの、中々反撃に転じられない私だが焦りはない。ただ相手の攻撃を躱し、受け流し、時には防御をして対処していく。
さて、ここらで反撃に出よう。まずコールラの動きを封じたい。それに彼等は私が射撃を行うことを前提に、それをさせないような立ち回りをしている。しかし、それは間違いだ。私が矢を手にしているのは……
「これでどうかな」
「っ!」
槍の突き出しをあえてギリギリで避け、一気にコールラへと接近する。二ヶ月前のように槍を手放すが、ここで彼女の口元に笑みが浮かんでいるのが見えた。その瞬間、彼女の平行呪文は完成した。目の前に炎の壁が現れ、コールラとの間に立ち塞がる。しかし、これでコールラから一瞬、私の姿は視界から消えた。
まずコールラの動きを封じたい。これは、コールラ自身の手によって動きを封じることを意味していた。そして彼女への攻撃の隙を突いて、背後から攻撃を仕掛ける双剣使いエメルトだが、それを待っていた私は、矢をくるりと手の平の中で半回転させて逆手持ちにし、そのまま身体を右へ回転させて、彼の斬撃を避けながらカウンターで右腕に矢を突き刺した。
「くっ!」
激痛だろうが、それでも二ヶ月前のように武器を取り落とすこともなく、そのまま左手の剣で反撃してくる。それを、素早くしゃがんで避けて足払いをするが、エメルトはバック転をしてこれを回避すると、そのまま私から距離を作る。ここで欲張って追撃を掛けたくなるが、焦ってはいけない。
狙撃手チャロンが見張っているのだ。一瞬の隙を狙って、確実に矢を放ってくる。それに、対処しなければならないのはもう一人いる。炎の壁を突き破って、コールラが続けて詠唱をしながら槍を突き出す。それを弓で柄をはじくとその勢いを利用して一回転して、横に薙ぎ払いをしてくる。
しゃがんで避けることは不可能。空中へ退避すると十字弓が発射される。受け止めてもその隙を突いて、距離を取ったエメルトが魔法を撃ってくる。うん、本当にあの二ヶ月前の動きが嘘のようだ。
空中へ逃げると矢だけでなく、至近距離からのコールラの炎魔法。そして離れた位置からのエメルトの風魔法の集中砲火を食らうことから却下。となると、私の取った選択は、弓で受けることだった。だが、それを読んでいたかのように槍の軌道を変え、弓を上へとはじいてきた。このまま腕が上がってしまうと身体が開いて、大きな隙を生んでしまうと即座に判断した私は、弓を早々に手放した。よって、抵抗なく弓は槍によって高く打ち上げられた。これで私の武器は短剣と矢だけだ。
遠距離攻撃がなくなったと判断したコールラが、矢による奇襲を考慮してか、槍が届くギリギリの範囲まで下がる。そして、同じように、狙撃手のチャロンへの攻撃がなくなったと判断したセプンが身体強化を用いて接近してくる。
チャロンという狙撃手の存在は、彼らからすると心強いが、一方では足枷にもなる。現に、私からの射撃を警戒したセプンが護衛として残っていた為に、前衛が二人だけという構図になった。ここでセプンが攻撃魔法を持っていたら援護出来ただろうが、あいにくと身体強化一本だ。そして、セプンの代わりにエメルトかコールラのどちらかが護衛として残った場合、攻撃能力はあるが、今度は護衛として必要な防御力が圧倒的に足りなくなる。だが、私はこの瞬間、射撃の手段を失った。これで、チャロンを護衛する必要がなくなり、前衛三人による包囲戦が可能となった。
と、彼らは思っているだろう。
私は、エメルトが呪文を完成させる前に、セプンが辿り着く前に、そしてコールラが槍の攻撃範囲まで下がった瞬間に、その場で勢い良く跳び上がった。
「「「!」」」
これには、流石の三人も意表を突かれただろう。だが、一人だけ冷静に事態を見守っていた人がいた。チャロンだ。このチャンスを逃す手はなく、クロスボウを撃ち出した。だが、私は身体を捻って空中で回転しながら躱しつつ、通り過ぎる矢と落ちてくる弓の両方をつかみ取った。
そこからはいつもの動作だ。ややアンバランスな背面跳びの形の体勢で弓を引き絞り、そのまま発射する。一瞬の間の後「きゃあ!」という悲鳴が聞こえた。私が放った矢は、狙い通りチャロンの右肩を貫いた。これにより右腕は上がらず、重いクロスボウでは狙いを付けることも出来なくなる。
「嘘だろ!」
セプンの叫びが聞こえるが、私は着地してそのまま止まらず抜剣し、コールラへと斬り掛かる。
リーチは槍の方が長いが、手の中でクルクルと回すように剣を振るう私のタイミングに合わせることが出来ず、更に集中力も切れて平行呪文を唱えることが出来なくなっていた。そして、彼女が横から薙ぎ払いをしてきた時に合わせて、剣を槍先へと勢い良くぶつける。その振動は手へと伝わり、思うように槍が握れなくなったことに戸惑いの表情が現れる。
痺れがあるのは一瞬。相手が無手による格闘戦を選ぶ時間を与える間もなく、お腹を勢いよく蹴り飛ばす。それによって朝食が込み上げたのか、吐瀉物を撒き散らそうになるのを必死に手で押さえて我慢する。
「その場合は、素直に吐いたまま戦った方が合理的よ。相手からしても、汚物まみれの相手と取っ組み合いをしたいとは思わないしね」
そうアドバイスを送って、彼女のむき出しとなっている両足の膝裏の筋を切り裂いて立てなくした。痛みと疲労、そして移動不可でリタイアだ。
残りは二人。一応、チャロンが残っているが、あの状態では戦闘続行は不可能である。しかし、時間を掛ければ突破口を見出すかもしれない。それはコールラも同じだ。痛みに耐え、疲労も無視出来ると判断したら魔法を放つことは出来る。そうなると、ここからは時間の勝負だ。
エメルトは右腕負傷の為、一応何とか剣を握っている状態だが握力は怪しく、剣の打ち合いになれば簡単に取り落としてしまうだろう。しかし、魔法を撃つことに専念したくとも、前衛がセプン一人では流石に荷が重い。本来なら手負いの者から倒すのが戦いの基本であるのだが、ここでエメルトを狙ったところでセプンが邪魔をしてくることは必至。では、セプンを相手にすると、今度はエメルトから魔法が飛んでくる。ならば、二人同時に相手をすれば良い。
私はまず、定石通りにエメルトを狙って短剣による接近戦を仕掛ける。それに対処しようと左手の剣を構えるエメルトだったが、その前に私は左を向き、斬り掛かってくるセプンへ相対する。
距離が近ければ、エメルトは魔法を撃つ暇がなくなる。セプンは私とエメルトとの間に身体を押し込み、防御に回ろうとするが、私の足捌きと剣術で、思うように動けず、足が止まってしまった。その隙を見逃さず、先程コールラにやられたように、セプンの大剣を真上へと打ち上げる。
「重っ!」
思わず叫んでしまったが、本当に重い。しかしこれで上体が、そして左手が空いた。私は、そのまま切り上げた姿勢から素早くセプンの左手へと剣を突き刺した。
「いっつ!」
痛みで一瞬身体が固まったところを、すかさず今度は右腕の肘間接部を、剣の柄で殴り付け、骨折させる。これにより、大剣を取り落としたセプンのお腹を、コールラと同じように思いっ切り蹴り飛ばす。今度は抑える手がない為、哀れ地面へと栄養を注ぐハメになってしまった。
そんなことを気にも止めず、残る一人、犬獣人の彼と剣の打ち合いだ。しかし、実力差は見るまでもなく、本来の双剣を扱うことが出来ず片手で対処するしかない彼は、すぐに押され始める。
私もずっと左手には弓が握られているので片手で行っているのだが、やはり経験の差だ。それに、右腕の負傷は、剣が握れないというだけでなく、身体を捻る際に腕を振るうのだが、それを痛みで阻害してしまうことで、本来なら避けられる攻撃も一瞬反応が遅れ、今度は左腕を切り裂かれる結果となった。
これにより、演習終了。現場は流血、吐瀉物と凄惨な状態だが、この程度なら問題ないと判断し、一人ずつ回復魔法で治していく。
そして、四人全員の傷口が塞がり、筋や腱もしっかりと繋がり、リハビリの必要もなく全快したのを確認したら、二ヶ月前と同じように反省会を行う。
任期は後一ヶ月。一ヶ月後には、彼らに相応しい卒業試験を用意するつもりだから、楽しみに待っていて欲しいと、各々意見を述べていく彼ら彼女らを尻目に、心の中で呟くのであった。
ちなみに、任期を決めたのはもちろん私の独断である。文句は言わせない。
昨日は面倒なことを引き受けてしまった。彼女に上手いこと言いくるめられてしまった感があるが、これも経験だと諦めて頑張ることにする。
しかし、今朝の訓練を見てみてあの四人、新米の割には中々良い素質があるみたいだ。これからしっかり時間を掛けてじっくり育てれば、いずれは金ランクも夢ではないだろうが、そこまで面倒を見るつもりはない。私は彼等をさっさと銅ランクに引き上げて、この依頼を完遂させることを最優先させるつもりである。
しかし、彼女、再会は十数年ぶりなのだが、以前よりも体型の丸みが若干増した気がする。以前もそれなりにふくよかであったが、それよりも更に丸くなっていないだろうか。気のせいなら良いのだが、冒険者業を引退してずっと事務作業だから書類仕事が多いのだろうし、加齢も関係しているはずだ。あまり過食せずに体調に気を付けてもらいたいところである。
フレンシアの手記より抜粋




