55頁目 遭難と警戒態勢
前回のあらすじ。
ペットへの餌やり。あ、遺跡らしき人工物の探索もしたよ。
次回は明後日投稿予定です。
前回の話で、本当ならもっと前の話に入れようと設定だけ作っておいて、すっかり書くのを忘れていた話を入れました。
手遅れになる前に導入出来たので、良かったと思います。あくまで個人的見解ですが。
設定作っても忘れてしまっては意味ないですね。はい。気を付けます。
ところで七夕ですね。皆様は何を願われたのでしょうか?
私は……賞に応募している時点で愚問ですね。不可能、無理でしょうけども、頑張ります。
あれから一ヶ月半は経過しただろうか。
私は今、元気に遭難しています。
「えぇと、これどっちだっけ?」
もう一〇月に入っていると思う。暦の上では寒季、つまり冬だ。しかも、ここはウェル山脈の高地。もうかれこれ三週間程前から何度も吹雪に遭遇しており、すっかり道を見失っている。
一応、比較的に傾斜が緩く、人が上れそうな場所を探して登山をしているが、かつて人がいたという痕跡を見つけることは、中々に困難となっていた。
「うー、寒い……」
それにしても寒い。よく冷える。何せ水溜まりが凍る程だ。
そんな環境下ではあるものの、私の現在の装備、上はノースリーブの白地に橙と黄色の古代エルフ文字(仮)の刺繍が縫い付けられた民族衣装を着、上に鉄火竜素材の深緑色の生地に同じく別種の鉄火竜の赤い糸で翡翠鳥の模様をあしらった半袖のジャケットを羽織っている。両手には革製のフィンガーレスの手袋を付けている。
下は茶色のホットパンツを身に付け、脚には膝下までの革製のブーツに膝上までの白のハイソックスとかなり身軽な格好である。
革製の手袋とブーツは、狼鳥竜の素材を使った頑丈でしなやかな物へと変わっている。見た目はほとんど変わらないが。
ここに首回りにはいつもの防塵用のスカーフとゴーグル。ちなみに、現在吹雪の真っ只中であるので、ゴーグルは装備している。
その他に、背負い袋、狙撃銃、弓、矢筒、魔剣といつもの装いで雪山探索である。普通なら無謀どころか即死である。
「今のところ、高山病の兆しもないし、息苦しくもない」
それに、この寒さの中でのこの格好だ。普通なら死にはしなくても低体温症や凍傷になっても不思議ではないが、この魔力溢れるエルフの身体。ハーフだけど。魔力が体内をすごい勢いで循環することで、体温を初めとした新陳代謝の維持に努めてくれている。
普段より、より多くの魔力を高速で四肢の末端にまで行き渡らせているせいで、エルフとしてはちょっと珍しい現象に陥っている。
「お腹空いた」
そう、空腹なのだ。
いつもなら体内で自然に生成される魔力のみで維持出来ている代謝も、魔力の過剰労働のせいで追い付かなくなり、足りないエネルギーを栄養から補おうとして、空腹を訴えることに繋がっている。
「普段の倍近くは食べなきゃ……」
しかし、一度に食べられる量は変わらない。一度に大量に摂取してしまうと、拒絶反応を起こして嘔吐してしまうこともある。よって、エルフでは珍しい朝と夕に食べる、一日二食の生活がここ最近の習慣である。
普段の倍食べるということは、食糧も倍の速度で減るということ。もともと小食なので余裕はあるし、雪で閉ざされているとはいえ雪を掘れば下には(味はともかくとして)野草があるので、まだしばらくはこの生活は続けられそうだ。
「水分も困らないしね」
周りは雪、つまり水だらけ。人間族などであれば、雪を摂取すれば体温を下げることになったりお腹を壊すことに繋がったりするだろうが、先程述べた通り内炎機関のおかげで体温の維持は出来ているし、泥水だって啜れる種族だ。問題はない。
やっていることは完全に原始人のそれか、もしくは野生生物と同じであるが……
「今日はここで休もうかな」
風雪が凌げそうな窪みを見つけたので、身体を丸めて座り込む。
その時、何かが軋むような音が、風音に紛れて私の耳に届けられる。
「雪崩かなぁ? ここ埋まったりしなければ良いのだけど……」
私の心配を余所に、その音は段々を大きくなって……
「もしかしてこれって、足音?」
だとしたら、かなり重量があると思われる。覇王竜や矛盾竜といった重量級の怪物だろうか。だが、その二種はこの極寒の地では生息出来ないはず。
覇王竜は元々の体温が高いので生きられるだろうが、餌となる生き物がそんなにいるとは思えない。それに、仮に足音だとしてもこの音と音の間隔は覇王竜ではない。
「鉄火竜?」
確かに山、とはいっても鉱山などだが、そこを縄張りとするあの飛竜種ならば可能性はある。ここにかつて道が通じていたのも、ここに昔かつて鉱山があって廃鉱になった後などに住み着いたりしたと予想することも出来る。
時間帯としては夜で、しかも外は吹雪いているので視界不良の状態。穴の外を息を殺してそっと観察するも、見える範囲ではそれらしい姿形は見られない。
気のせいではないはずだ。現に、一定の間隔で地面から軽く振動を感じているし、風に混じって音も聞こえる。
目を凝らしてしっかりと闇の奥を見ようと集中していると、何かが蠢いているらしいというのが分かった。
この視界で距離もあるので不確定だが、鉄火竜ではなさそうだ。では何だ?
足音は、何かを探すようにゆっくりとした速度を維持しながらも、あっちこっちへとふらふらと移動しているように思える。私は気付かれないように窪みの周囲にそっと雪を集めて軽く塞ぎ、自身は出来るだけ穴の奥となる場所へ下がり壁にもたれ掛かった。
この場所がバレてもすぐに飛び出せるように、姿勢を低くして身構える。
どれだけ時間が経っただろう。足音が遠ざかり、完全に音がしなくなってからも警戒を解かず、一切身動きしない。
こういう時、下手に外に出たりすると目の前とかにいるというのがホラー映画やパニック映画で定番である為、完全に大丈夫と判断出来る朝までジッとしていることにする。
緊張がノトスにも伝わっているのだろう。戸惑っている雰囲気を感じるが、まだ外にいることを考慮してか、不用意に風を出さない辺り頭も良くて助かる。
「そろそろ良いかな?」
いつでも剣を抜けるような体勢でいたことで、若干身体の節々が痛いが気にしない。それよりも身の安全だ。時間の感覚は完全にないが、いつの間にか止んでいる吹雪に、空気穴から差し込む光から朝になったのだと実感する。
だからといっても気は抜かない。
ここで空気穴から外の様子を見ようと覗くと、いきなり刃物が差し込まれて頭部串刺しなんてのもスプラッタ映画とかであり得る展開だ。少しずつ慎重に、時間を掛けて出入り口の雪を落としていく。その際も、矢を使って出来るだけ出入り口に近付かないようにする徹底ぶりだ。
「魔法やノトスは使えないからね」
魔力に反応する怪物とかであれば、雷魔法やノトスにまとう風魔法に気付くかもしれない。我慢比べはエルフ族の得意分野だ。
かれこれ四半刻以上時間を使って、ついに窪みから脱出する。
朝の日差し、そして一面に敷き詰められた白に光が反射して眩しい。それに一瞬目が眩むも、気配や音で索敵することで安全を確認する。
「良かった」
警戒は完全に解除しないが、一息付けたので肩の荷が下りる。
視界に映るのは、ゴツゴツとした岩肌が雪で覆われて大小様々な形のオブジェとなっている景色であった。
「木とかなら樹氷とかって言うんだろうけど、岩の場合は何だろう? 岩……氷……雪……岩雪? うーん、こういう才能はないから難しい」
安全が確保されたのなら、早速痕跡探しである。
ここ一ヶ月半、遭難し続けながらもかつて人がいたであろう証拠を探し続けていたが、未だに成果はなし。ここは気持ちを切り替えて、昨日見かけた謎の影について調べようと思う。
「多分この辺りよね?」
あれからも雪が降り続いていたので、流石に足跡は見つけられない。だが、軽く表面の雪を払っていき、周囲の雪の硬さを調べていく。
「多分相当な重さのある個体のはずだから、通った場所の雪は踏み固められているどころか圧縮されているはず」
一刻は時間を使っただろうか。時間はすっかり昼である。朝食ついでに軽く木の実を囓りながらも調査を続けた結果。合計六個の足跡らしき痕跡を見つけた。
「結構大きい。大型ではないだろうけど、少なくとも準中型、下手したら中型種。重心の掛け方からして、覇王竜などの前傾姿勢ではなく直立型。これに当てはまるのは、鉄大鬼とかがそうなんだけど、足の形が違う。いや、というより、同じ生物の足跡なのか疑問に思うくらいに、左右の足の大きさ、形が違う……どういうこと?」
まさか義足の怪物なんていないよね?
「指の形がない……靴か何か? その割には靴底のような跡はない」
靴だとしたら、知性のある生物。伝説の巨人族とかそういう人達だろうか。こんな雪山での巨人とか、前世ではイエティとか雪男で騒がれる案件だ。
「というか左右の足の大きさ、形が合わない説明になってないし」
仮説を立てるも、すぐにそれを否定するを繰り返す。昨夜の警戒態勢で精神と体力を削っていたことも重なって、疲れが溜まっているのだろう。一旦調査は休憩と、近くの岩雪(私命名)にもたれ掛かる。
そこでふと思い出す。
昨日は吹雪のせいで視界が利かなかったし、ここに辿り着いたのも大分暗くなってからだ。それでも周囲の地形の把握に出来るだけ努め、もし怪物と遭遇しても、問題なく立ち回れるようにチェックしていたはず。
だが、その時にこの大岩はなかったはず。冷や汗が背を伝う。
そしてもう一つ。確かに昨夜、よく見えない中ではあるが、何か大きな物がこの辺りを動いていたのを視認している。しかし、こちらの存在がバレないようにその後は聴覚による索敵を中心に行ってきた。それで音がしなくなったので、遠ざかったと思い込んでいた。
そこまで考えが至った時、もたれ掛かっていた大岩と思っていた物が振動し、地面から盛り上がるように動き出した。
「大変!」
すぐにその場から距離を取る。そして、その全貌を見て驚愕した。
「これはまた、空想の世界の生き物じゃないの。生き物と呼んで良いのか分からないけど。少なくともこんなのが存在するなんて、聞いたことなかったわね」
ノトスを抜いて、目の前の存在を睨み付ける。
「岩人形とでも名付ければ良いのかな?」
高さは一〇ファルト以上あるだろうか。岩人形、ゴーレムと思われる物体が、大きな腕を振るって声なき声で咆哮しているようだった。
アレは何だろう。とりあえず岩人形と呼称することにする。他に呼び名があるのかは不明だが、少なくともこれまで読んできた書物には記載されていなかったが、別の国の書物には載っているかもしれないので是非とも調査したい。
フレンシアの手記より抜粋