52頁目 古い街道と思い出
前回のあらすじ。
酒場で全員が酒に溺れて意識を失った(シア目線)。
酒場で全員がシアによって制圧された(店主目線)。
次回の投稿は明後日の予定です。
意識を失うまで飲むとはお酒のマナーがなっていません(棒)。
一週間後の八月一四日。
マイザーさんの指導を終えた私は、ラスパズ村を出て、北へ向かっていた。
「もしかしたら雨降るかな」
見上げた空にはどんよりとした雲が一面覆っており、青い部分が見えない。空気もどこか湿っており、空読みからも雨が降ると思われる。
「昔の、街道だった所だからちょっと分かりづらいけど、本格的に降り出す前に行ける所まで行きたいね」
かつて街道があったのか、古い道の跡と思われる痕跡が所々に見られたが、看板は朽ち落ちて文字は読めず、長年人が通って踏み固められたであろう道も使われなくなったことでほぼ元通りの地面へと戻っているようだ。
「看板がなかったら道とは思わないなー」
相も変わらず一人での旅路。寂しくない訳ではないが、そんなもの今更だ。
エルフでありながら精神は人間である為にエルフと同じ時間を歩めず、かといって精神が人間であってもエルフであることには変わらない為に、人間と同じ時間を共にすることも難しい。
「ままならないものね」
一人旅は自然と考えることが多くなる。楽しいことばかりを考えられる楽天家なら良かったが、生憎と私はそこまでポジティブではない。むしろ反省すべき点が多く、溜め息がいつの間にか増えている。
そんな私を気遣うように、静かに風が頬を撫でていく。
「ノトス」
今の私の愛剣、魔剣ノトスがいる。
剣である為喋りはしないが、意思があり、私の言葉を理解している感じがする不思議な剣だ。
この子に使い手として認められたおかげで、こうしてふとした時に感じる寂しさを紛らわせることが出来る。
「ありがとう」
お礼を言われて嬉しかったのか、風が駆け抜けて周囲の草花を揺らす。その際に花びらが舞い、揺れた草花に止まっていたであろうバッタやトンボといった虫達も一斉に跳び上がる。
「ふふふっ」
暖季と同じ程度の気温であるはずなのだが、土地と湿度の違いだろうか。より乾季というものを感じられ、この空気を独り占めしていると考えると何だかおかしくて笑ってしまう。
前世はこんなにも季節に敏感に生きていただろうか。
今となっては遙か昔のことだから覚えていないのか、それともこの世界に来た時から既に記憶にないのか。この世界で一〇〇年以上過ごす内に、その境目も分からなくなってきた。
「もしかしたら、前世というのは夢で、本当に私はこの世界の住人で突然変異のハーフエルフかもしれないね」
その呟きを拾ってくれる者はいない。
ノトスは聞いているのか聞いていないのか、チョウがパタパタと飛んでいるのを風で邪魔をするなどの悪戯を楽しんでいる様子だ。
「やれやれ……」
柄をそっと撫でると、チョウへのちょっかいを止めて、まるでペットの犬が飼い主にすり寄って頬を舐めるかのように風がまとわり付く。
ちょっと懐き過ぎじゃないだろうか。
「何でこんなに懐かれているんだろう?」
疑問を口にするも、それに答えてくれる人はいない。
ただ歩くのも暇なので、いつもの魔法術式構成のイメージを練りながらただ歩く。
魔法といえば、昨日まで行っていたマイザーさんの訓練。簡単に言えば新米達に課した訓練とさほど変わらない。ただ、今ある魔法をいつでもどんな状態でも使えるようにこちらから攻撃を仕掛け、相手にはそれを対処させつつも同時並行で魔法を撃たせるというものだ。
私は魔法縛り、弓矢縛りで、ノトスも当然使えないということで無手にて戦闘を行った。まぁ動きながら魔法を撃つ訓練だから、このくらい軽いものの方が良いだろうということで始めたのだが、詠唱がお粗末過ぎて思わず頬が引きつってしまった。
動き自体は確かに冒険者として経験を積んでいるので悪くはなかったが、魔法を撃つのに足を止めなければ出来ないとは……目を瞑らないだけマシというべきか。
武器は両手剣。セプンのよりも細く軽いので動きが速い。というよりもセプンのが大きすぎるだけだと思う。というかあのパーティメンバーの武器、エメルト以外の子皆が自身の体躯に似合わない大型の武器を扱っていた。本当にどこの怪物を討伐するゲーム何だか……
「やれやれ、本当に一週間でものになって良かった」
そんな状態であったが、朝から晩までみっちり、文字通り血反吐吐くまで続けたらどうにか現在使える魔法の並行処理は出来るようになった。あくまで並行処理なだけで、無詠唱まで……は流石に無理でも、せめて雷と炎で一つずつは短縮詠唱を身に付けさせたかった。
呼吸が上がる激しい戦闘の中では、長々と呪文を唱える時間などない。魔法は一つ撃って終わりではなく、次から次へと放たなければならないので、一つの魔法に詠唱の時間を掛けるということは、息切れにも繋がる上に手数の減少にもなるので、出来ることなら短縮詠唱の一つや二つは少なくとも覚えておくべきである。牽制にもなるしね。
「それに、私以上の化け物みたいな冒険者とかいたし……」
十数年以上昔の冒険者時代。私がまだ王都に来て間もなく、依頼受注数も大人しかった頃に一時期パーティを組んだ金ランク冒険者がいたが、後衛で魔法専門とはいえすごい魔法の応酬であったことを今でも覚えている。
「えぇと、風と水の魔法をほぼ同時に三つ出していたっけ。確か……一つの水魔法の短縮詠唱を唱えている途中、その呪文の言葉と言葉の繋ぎ目で得意な風魔法を無詠唱で二つ挟んで、敵を近付けさせないようにしていたはず」
その男性冒険者は、歳を取ったことで足を悪くしたから前衛から退いて後衛に回ってパーティの支援をするようになったと言っていたが、前衛の頃よりも活躍していたと同パーティのメンバーから聞いたことがある。
「私でもまだ雷の無詠唱と回復の短縮詠唱の二つ平行が限界なのに……」
とはいえ私も負けるつもりはない。雷の無詠唱を増やすことで回転数を上げて、より連続して撃てるように修行したのだ。この修行方法というのが、暇な時間を使って術式構成をイメージするというもので、現在に至るまで使用し、そして他者へも伝授している方法だ。これはその冒険者から教えてもらったものである。
「今でも元気かなぁ」
彼等のパーティとは、数件の依頼を解決しただけで別れた以来、再会することは出来ていない。先日の芸術祭に於いて、引退した冒険者達と演奏会を行ったが、その中にもいなかったので少し残念であった。
「芸術祭といえば……」
芸術祭の時に、一度リンちゃんと再会したことを思い出した。
「元気にしてるかな?」
三ヶ月近くもレガリヴェリアに滞在していたとはいえ、王族相手にそう会う機会などある訳なく、仮に姿を見ることがあったとして式典などで遠目で見る程度であって、対面して会うのは出会った初日以来だ。
「いきなりだったからね」
何の前触れもなく、いきなりギルドに親衛隊を引き連れて現れたことで、周囲の冒険者やギルド職員が度肝を抜いたことを鮮明に覚えている。
「あの時はベランドさん卒倒しそうだったっけ」
ギルド長と言っても正式な面会や会議でなければ会うこともなく、また何の通達もなかったことから「もっと安全に配慮してくれ」と呟いていたのが印象的だった。
「それにしてもリンちゃん、随分と落ち着いたというか大人っぽくなってたね」
そうノトスに聞いたところで、この子はリンちゃんとの初対面の時にはまだいなかったので知るはずもない。それを表すように戸惑いの風が揺れる。
その様子に思わず笑みが零れる。
久々に会った彼女は、ポヤポヤしているというか柔らかい雰囲気の、笑顔の可愛い女の子であることは変わりなかったのだが、あの王城の謁見室での一件からこの歳にして覚悟を決めたのか、若干大人になった感じがする。
現に、彼女と一緒にいた親衛隊の話を聞くと、あの日から熱心に勉強に励むようになったとか。
「それは良いけど、何で武術までやるように……いや、知ってるけど、でも……うーん」
どうやら私が剣も弓矢も使うことを誰かから聞いたらしく、じゃあということで真似て剣を振るようになったとか。
「多分、絶対にメトヌタ辺りが原因よね。一緒に活動していた時期もあった訳だし……」
溜め息が出る。
ちなみに、勉強については、専門の教師が付いて教示しているらしいのだが、時々母親であるヨウラン様もその指導に加わることがあるらしい。仕事して下さい。
ヨウラン様の指導はとても厳しいもので、あの天真爛漫なリンちゃんも泣いてしまうことがあるのだとか。仕事して下さい。
しかし、同じように親衛隊の方からのヨウラン様の指導の話を聞くに、それは冒険者を諦めさせる為の厳しさではなく、可愛い子には旅をさせろ的な厳しさな気がしてならない。
いやほんと、諦めさせてくれないかな?
「はぁ……」
おかしい。楽しい思い出を振り返るはずが、何故溜め息がこうして何度も出るのだろう。不思議だ。
「まぁ気にしてても仕方ないし、前向きに……猶予はまだあるし、それまでに諦めてくれれば問題ないはず」
フラグじゃないよ。諦めてくれるよね?
そんな私の願いが天に通じるのかどうかは分からないが、少なくとも私が崇拝するカラマ神は自然の恵みを分け与える神様だから、こういう願いを聞き届けてくれることはないと思われる。
ちなみに今その天は、分厚い蓋がしており、光すらも遮っている為に、昼間だというのに若干薄暗い。
「ジストだとこの時期、ほとんど雨降らないんだけどなー」
タルタ荒野が国土の半分以上を占めるジスト王国では、乾季に入ると国全体が乾燥し、降水量がガクンと減る。全く降らない訳ではないが、荒野では特に一日降るかどうかという年もあるくらいに雨が少ない。
「エメリナだからかな」
この草原もそうだが、海からの湿った風が吹き込むからか乾季にしては雨が降る。それでも年間の雨量からすれば少ないらしいのだが、安定して天の恵みが得られるのは羨ましいことだ。
「まぁ私は森出身だから雨が少ないとかはなかったけどね」
そう呟いて目的の場所を見据える。
ウェル山脈。ジスト王国とエメリナ王国の北部を横断する巨大な壁。今は雲のせいで山頂部を拝むことは出来ないが、暑季でも雪が残るくらいには標高もあって寒いと予想される。
寒暖に鈍感なエルフ族であるが、そのような環境に行ったことはないので、どの程度耐えられるのかは不明だ。
「フィアもエルフだし、ウェル山脈にある集落出身って言ってたから、多分大丈夫だと思うけど……」
同じ人間でも生活環境などの違いで個人個人に差が出る。北海道出身の人が寒さに強く、沖縄出身の人が暑さに強いと一般に言われている程度には、同じ国の中でも差が出来るのだ。
雪の積もらない森出身の私と、山頂部には万年雪が残る山出身のフィアとでは、多分色々と違う部分があるかもしれない。
「不安になってきたけど、やるしかない」
目指せ、聖角獣。その伝説をしかと目に焼き付けてやる。
そう決意して前を向くも、歩けど歩けど一向に壁に近付いている感じがしない。それだけ巨大な壁なのだろう。
「今日中はやっぱり難しいか」
明日か明後日か。いずれにせよ、もう少し時間は掛かりそうだ。
【国】
エメリナ王国
【集落】
マルンド島
【種族】
主に魚人族が暮らしており、少数ながら人間族や獣人族も住んでいる
【土地】
エメリナ王国の沖合にある大きな島
【気候】
暖季、暑季、乾季、寒季の四季がある
【言語】
共通リトシ語
【通貨】
基本物々交換であったり労働が対価であったりする
一部の商売でエメリナ王国通貨が流通している
【人口】
数百人程度(一〇〇〇人には満たない)
【宗教】
不明
人間族や獣人族はイパタ教やクェス教を信仰しているが、礼拝堂などはない
【食べ物】
主食はパンなどの小麦製品を陸から輸送している
魚料理が一般的
海洋生物であれば怪物も重要な栄養源(味に優劣はあるが)
島に自生する木の実や野草などの植物
【産業】
表向きは漁業などの手伝いといった肉体労働や島の観光業
実態は性を売る(無料で)肉体労働や島の飲食店での接客(性の)といった観光業
一部、まともな人は海底にある鉱物などで装飾品を製作して販売している
【政治】
島長や族長と呼ばれる高齢の魚人族が取り仕切っている
島内ではあまり問題は起きないが、陸とは昔から交流しつつも異性を誘拐し(男女問わず)、そのまま一日から数日に渡って行為に及ぶことが横行したことから、王都リギアとの協定が結ばれ、同意ない時は無理矢理連れ去らない。連れ去った場合はリギアの法律で裁くということが決定した
しかし、客引きは取り締まりの対象外であることから、何も知らない旅行者や冒険者が誘惑されて事案になることがしばしばみられることから、ギルドなどに注意喚起がなされている
【文化】
元々水中で暮らしていた魚人族だが、陸上の人達と交流し同じ屋根の下で暮らす為に、現在のマルンド島に居を構えたとされている
それまでは、何人もの人間族や獣人族が溺死したことから、当時の族長が陸に上がることを決意し今に至る
【特徴・習慣】
異性と交わるのが当たり前で、島の至る所で行為に及ぶ
気が合えば同性でも問題ないらしい
行為内容は基本正統派だと思われる。場所を問わないので屋内外どこでもという点で、正統派と言って良いのか甚だ疑問ではあるが……
当然だが、行為に及んで良いのは成人してからで、それは魚人族でも当たり前とされている
魚人族全てが陸上で生活している訳ではなく、一部の魚人族は陸上と交流こそは持つものの、基本的に水中で生活し続ける者もいる
陸上の家屋は、建築の経験や技術のなかった種族によるものであることから、一部不安定な作りとなっている。しかし、現在は島に移住した人間族や獣人族の手によって改築や補強、最悪立て替えなどの処置によってほとんど改善されているようである
家の装飾は、海底で拾ってきた様々な石や貝殻、骨などで構成されており、かなり独特な見た目ではあるが、それぞれ個性溢れる芸術のようになっていることから、島のあちこちでの行為から目を逸らせば、見ていて楽しい集落である
もしこの記録を読んで、性欲に自信があって興味があるというのであれば、止めはしない。が、あくまで自己責任なので、どうなっても筆者は責任を取らないことをここに明記する




