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5頁目 西部の草原と戦闘訓練

前回のあらすじ。

新米育成を押し付けられた。


投稿頻度は仕事の都合などの影響で、多少変更することがあります。

一応、安定して投稿出来るようにある程度ストックはありますが、多忙により執筆が追い付かず、投稿が遅れる事態が発生する可能性があります。

ご了承下さい。

 宿屋を出た私は真っ直ぐ西門へと歩き、門番のおじさんに挨拶をする。


「おはようございます」

「おう、昨日のエルフの嬢ちゃんか。冒険者にはなれたのか?」

「はい、おかげさまで」

「それは良かった。だけどこんな朝からどうした?」

「いえ、今日は朝から西の街道沿いの草原で、戦闘訓練をする予定でして」

「南の演習場じゃなくてか?」

「教官の指示で、こちらで行うと」

「ほー、だからそんな軽装なのか。まぁ頑張ってな?」

「ありがとうございます」


 嘘は言っていない。

 街道を少し進んだところで脇にそれて草原へと足を踏み入れる。草原と言っても、草しか生えていない訳じゃなく、木々や花々もしっかりと根付いている。暖季の始まりから急成長した草花は、腰より少し上まで生えていて足下が見づらい。視界が良くて他者もいる演習場よりも、こうした条件の方がより実戦的であると考える。

 私は所々に生えている木の下まで歩き、ある物を探す。すぐに目当ての物を見つけて手に取った。


「この木の枝とか良いね。このぐらいのをいくつか……」


 程度の良さそうな長さや、出来るだけ真っ直ぐな物を見繕(みつくろ)って集めていく。そして、ある程度集めたところで木の下に座り込み、ナイフを取り出して枝を(けず)り始める。


「矢尻が付いていると危ないからね」


 即席の矢尻のない矢を数本作り、矢筒(やづつ)に納める。元々入っていた矢は、(ひも)(たば)ねて、木に立てかけておく。

 一通りの作業を終えると、休憩も()ねて周りの草木の様子を眺める。朝日に照らされ、キラキラと輝く朝露(あさつゆ)。それが時折吹く風に飛ばされて、一瞬輝いたと思ったら消えていく。まだ肌寒い朝であるのだが、それを感じさせない程に美しい光景であった。


「まぁ寒さは感じないけどね」


 西を眺めるも、故郷の森は地平線の向こう側。更にその奥の山脈がずっと横に広がっている。


「森は見えないけど、あそこにある。まぁ出発したばかりだから、まだそっちに行くつもりはないけどね……何年かかるか分からないけど、いっぱい土産話(みやげばなし)を持って帰るから」


 ふと吹いた東からの風に、前髪が揺れるのを手で押さえながら願う。今の独り言が、風に乗って森まで届きますようにと。


「ここにいたの? 教官」


 少女の声に釣られて振り返ると、昨日の昼に別れた四人の新米冒険者が立っていた。その手には、それぞれ自身の得物(えもの)(にぎ)られていた。

 セプンの武器は予想通り大剣であったが、想像よりも大きい。まるで盾かと思う程の大きさで、彼自身を隠せるのではないだろうかと思われる。

 エメルトの双剣は、片刃(かたば)曲剣(きょくけん)であった。片手で扱うなら、より(なめ)らかに斬ることが出来る曲剣は彼に合っているのだろう。

 コールラが手にしているのは、昨日聞いた通りの槍なのだが、彼女の身長からしたら(いささ)か長いのではないだろうか。彼女の身長が一四〇ナンファくらいなのに対し、槍の長さはおおよそ二〇〇ナンファ弱ある。刃の長さが約二〇ナンファ程。そんな大きな得物、使いこなせるのだろうか。まぁ本人が自信満々そうに眼鏡を輝かせているのだから、大丈夫なのだろう。

 そして、最後はチャロン。武器は十字弓(クロスボウ)と言っていたが、こちらも大きい。その大きさは一二〇ナンファ程と、女性が扱うには大型である。見た感じだけでも、しっかりと枠組(わくぐ)みされており、無骨なデザインながらも壊れにくい作りとなっている。ただしその分、重量もかさむだろうから、立ち回りや取り回し、状況判断がどれ程上手く出来るかが課題だろう。

 一通り武器を見、昨日自己申告させた魔法をそれぞれ思い浮かべ。彼らが取るであろう戦術を脳内で()っていく。その際も、口を動かし注意点を述べていく。


「朝食はしっかり食べてきた? 準備運動は大丈夫? 寝起きは身体が硬いからね。しっかり(ほぐ)しておくこと。常に万全の状態で戦えるようにしておくことが、本物の冒険者よ」

「問題ねぇよ。それよりさっさと始めようぜ」

「ここで教官、あなたを倒せば、あたし達は無事一人前として認められるということよね?」

「えぇ、そうね。倒せればね。武器はそのまま使って。私は剣と弓矢を使うわ。ただし、魔法は使わない」


 その発言に、四人は一様に驚いた様子であった。


「魔法を使わない。それは魔法がなくても勝てるということ?」

「えぇそうね。逆に、私に魔法を使わせるまで追い込むことが出来ても合格とするわ」

「やっぱ気にくわねぇ……」

「そもそも昨日の防具じゃないじゃない。そんな軽装で問題ないってことなの?」

「これはエルフの民族衣装でね。こっちの方が動きやすいのよ。それと、寸止めとかしなくて良いわ。そのまま振り切ってね。つまり、本気で殺しに掛かってきなさい。お遊戯(ゆうぎ)じゃないんだから、本気でやらないと訓練にならないわ」

「え、で、でも、実剣……」

「問題ないわ。それに、怪我したところで、死なない限りは魔法薬(ポーション)と私の回復魔法で治せるから」


 チャロンが戸惑(とまど)いの声を上げるが、それも一蹴(いっしゅう)する。


「さて、やる気になったかしら? それじゃあ、すぐこの場で始めようか。それとも距離を開けた方が良い?」


 その言葉を確認と取ったか挑発と取ったか。セプンは後者と(とら)えたようで、すぐに始めると言いそうになったところを、コールラに止められる。彼女は前者と捉えたようだ。他の二人に目を向けると、エメルトはどちらでも良い様子。チャロンは武器の特性から、距離を開けることに賛成のようだ。

 しばらく四人でコソコソと話していたようだが、もう少し距離を取るか声量を(おさ)えないと、エルフ族である私には筒抜(つつぬ)けだよ。まぁ、どのような作戦で来ようとも、私のやることは昨日の夜に(すで)に決めている。その為に即席矢を一〇本用意した。腰の後ろに矢筒を横にするように固定し、右手で素早く取れるよう微妙な調整をする。弓は矢筒に引っ掛けている。そして、ショートソードは左腰の(さや)に入れたままだ。

 よし。

 元々準備は出来ていたが、空いた時間が勿体(もったい)ないので改めてチェックしたが、問題はなさそうだ。


「では、少し離れるわ」


 結局は、コールラの説得に応じた形で、セプンが渋々(しぶしぶ)と離れていくのが見えた。では、最後の仕上げとしてもう一言プレゼントしよう。


「朝食をしっかりと食べたところ申し訳ないけど、吐かないで頂戴(ちょうだい)ね。まぁ別に吐いても良いけどね。ただ、草木の肥料になるだけだから。でも、出来れば自分の栄養にしたいでしょ? なら、頑張ってね」


 これも、激励(げきれい)と取るか挑発と取るか。

 果たして、私はこんなにサディスティックだっただろうかと疑問に思うが、まぁいいやと気を取り直す。こうなったのも全部ジルが悪いのだ。昨日の分も含めて、ずっと嫌味を言ってやる。

 周囲を見渡すも、彼等は草むらに身を(ひそ)めたようだ。しかし、腰近くの高さまで伸びているとはいえ、普通に警戒していればわずかな揺れで移動の痕跡(こんせき)を見つけることは出来る。

 今回は初回なので、いきなりそれで(つぶ)すような真似(まね)はしないが。

 そう思いながらぼんやりと歩いていると殺気を感じた。まぁ殺気と言うにはまだまだ弱いが、意思を乗せた気配だ。素早く振り返り、身体を半歩ずらす。すると、目の前に大剣が振り下ろされ、地面を(えぐ)っていた。


「奇襲の時機(タイミング)はまぁまぁ。ただ気配出し過ぎ。もっと呼吸を整えて、感情的になり過ぎると攻撃も単調になるわよ」

「うるせー!」


 叫んだセプンの影から、素早く飛び出してきたのは獣人族のエメルト。その動きを目で追いながらも、残り二人の位置を探る。気配は(つか)んでいるので、ここから弓矢で狙撃(そげき)すれば終わるが、それでは面白くない。せっかくの訓練だ。もっと動き回ってくれないと困る。

 エメルトの双剣を(かわ)していると、横から先程の体勢を立て直したセプンが、大剣を突き出してくる。叩き斬る訳でも、横に()ぐ訳でもなく突く。面白いことをすると思いながらも、動きが遅いので、逆にその大剣を利用して双剣を防ぐ盾に使う。そしてその一瞬の隙に、後ろへ跳んで距離を開けたところで今度は左から炎が飛んでくる。

 このまま下がれば炎に()まれてしまうが、それも素早い足捌(あしさば)きで立て直し、炎が飛んできた方向を見ると、低い姿勢で飛び込んできたコールラが、そのままの勢いで槍を突き出してきた。

 炎魔法に当たれば僥倖(ぎょうこう)、足を止めることが出来れば、その隙に攻撃を仕掛ける。それも、背の低さを生かし、草原の中で見つかりづらいように大回りで駆けてきたのだろう。委員長っぽいところは見た目や性格だけじゃなく、分析能力もそれっぽいということか。

 そんな余計な考えが出来る程度には余裕があり、その伸びきった槍を躱して()に沿う形でコールラに向かう。すると、槍から手を離してインファイトを仕掛けてきた。

 これには流石(さすが)に驚いた。

 筋力が足りないので、意表を突くことしか出来ないだろうがそれで十分だ。何故なら、この戦いは一対一ではないのだから。となると、次に来るとしたら……と思ったところで、妙な音がした為、すぐさまコールラが突き出した拳を掴み、そこを支点として自身を空中へと投げ出す。その直後、私が立っていたはずの地面が隆起していた。


「土魔法。エメルトね。じゃあ次に来るとしたら……」


 空を自由に飛べる訳でもないのに空中へ回避してしまったということは、今の私は満足な動きが出来ない。そして、草原内では狙いが付けられなかったであろうが、今私の身体は空中にある為、格好の的である。気配からチャロンの方を見ると、今まさにクロスボウから矢が発射されたところであった。


「甘いわね」


 その矢を私は目の前でつかみ取り、そのまま姿勢を立て直して地面へと着地する。矢を捨て、一瞬の出来事に驚き、固まっているコールラの背中を蹴飛(けと)ばして距離を作り、素早く弓を出して矢を(つが)える。

 狙いは弓を構える前から付けていた。だからその場所にただ弓を置いて引き(しぼ)るだけ。ここまでの流れは一瞬。私が草原に落ちたことで、一時的に見失ってしまったチャロンは動きを止めてしまう。それが一時的であったとしても、この瞬間止まっていることに変わりはない。放たれた矢……もとい木の枝は、草原の中を真っ直ぐ突き進み、狙い通りチャロンの胸の鉄防具を撃ち抜く。貫通することはなく、怪我もないはずだが、衝突の衝撃は殺せない。正面から食らってしまったチャロンは、後ろへ跳ばされてしまった。

 草むらの中から咳き込む音が聞こえる。幸い、嘔吐(おうと)はしなかったようだ。残るは三人。矢の数は九本。と、確認したところでその場でしゃがみ込む。その一瞬後、真上を槍が薙ぎ払われていた。棒術の心得もあるらしい。この中で一番臨機応変(りんきおうへん)に戦えているのは、恐らく、いや確実にコールラだろう。となると、後はやはり筋力と体力。それとこれは四人全員に言えることだが、魔法の練習。


「良い動きをするわ。でも、まだ組んだばかりのパーティだから連携が未熟ね。作戦会議で、おおよその動きの打ち合わせはしたのだろうけど、咄嗟(とっさ)のことに歩調を合わせられない。一瞬のズレも積み重なると大きな隙となる。ほら、こんな感じにね」


 コールラの槍の猛攻の間を()って、セプンが攻撃を仕掛けてくるが、両者の息が微妙に合っていないのでわずかに身体を(すべ)り込ませる隙間(すきま)が出来てしまう。それだけあれば十分だ。

 私は二本目の木の枝を、魔法を使おうと呪文詠唱(えいしょう)していたエメルトへ向けて放つ。流石に警戒していたのか枝は躱されてしまうが、これで詠唱の邪魔が出来た。

 その隙に再び薙いで来た槍を今度は背面跳びの要領で躱し、そのまま三本目をコールラの眉間(みけん)へと打ち込んで昏倒(こんとう)させる。もちろん手加減はしている。木の枝とはいえ、勢い良く当たれば命の危険がある。その為に引き絞る力を抑え、ギリギリ気絶させるように打ち出したのだ。ただ、しばらくは額に木の枝スタンプの跡が付いているだろうから、後で治してあげよう。女の子の顔を傷物にしたままにするのは忍びない。

 これで、相手は残り二人。木の枝の数は七本。

 ここで、セプンが距離を取る。動きが若干(じゃっかん)遅かった為、身体機能向上の魔法が切れかかっているのだろう。となると、そこをカバーする為に、エメルトは前に出てくる。だが、その合図までは練習していないだろう。そうなると、やはりまた、少しの隙が顔を(のぞ)かせる。見逃しても良いが、ここで甘くしても良い冒険者にはならない。ならば、追撃あるのみ。

 エメルトが前に出てくる前に、セプンを追うべく駆け出す。そして、足からスライディングする形で滑り込みながら弓を構える。その真上を風魔法が通過していくのが分かる。草が切られていることから、かまいたち系だろうか。草が舞う中、放った木の枝は、吸い込まれるようにエメルトの右手へと当たり、右手の片手剣を(はじ)き飛ばす。残り六本。

 それでも、獣人の身体能力を生かして接近し、左手の剣で攻撃を仕掛けてくる。視界が()かなくても彼には嗅覚がある。だから的確に魔法を撃つことが出来ていたが、ここまで接近を許してしまったら魔法は撃てないし、右手も(しび)れているのか上手(うま)く姿勢を作れず、左による攻撃も散漫である。だが、そこをカバーする形でセプンが飛び込んできた。

 身体機能向上魔法のおかげで、その動きは獣人並で、かつ破壊力の高い大剣を軽々と振り回すので、(ふところ)に飛び込むのは難しい。かといって、距離を置いても大剣を盾のようにして扱う為、防御力も高い。一見攻守が(そろ)っていて、バランスが良いように見えるが、そこにも罠がある。

 前衛のセプンが復帰したことで、剣を片方飛ばされてしまったエメルトは支援に回る為に後ろに下がる。その一瞬の移動の時間が、私とセプンを一対一の構図を作り上げることとなる。

 素早く接近してきた私を、迎撃しようと大剣を振るうセプン。それをすんでのところで躱して横に跳ぶ。そして、矢筒から木の枝を出して、セプンに向かって発射する。彼は大剣を盾のようにして防ぐが、その体勢では一時的とはいえ、相手を視線から外すことになる。相手を一瞬でも見失うことは、イコール死に繋がるケースも珍しくないのがこの冒険者の世界だ。それを身体で知ってもらう為に、木の枝を放ち、相手がそれを防ぐのを目にするよりも先に既に構え、がら()きとなっている左足に向けて撃ち出した。痛みと、重心のバランスを崩したセプンは、前に倒れてしまう。残り四本。

 倒れた彼を見送る間もなく、私は更に続けて弓を構え、二射連続でエメルトへ放つ。一本目は反応して、上手く(さば)かれるが、続く二本目への対応が遅れ、左腕に直撃してしまい、剣を取り落としてしまう。そこにすかさず三本目を放ち。意識を飛ばす。


「もう一発」


 残り一本のところで、そろそろ強打から回復したであろうチャロンに向けてロングショットをし、遠くで「きゃあ!」と悲鳴を上げながら、再び地面に倒れる音がした。これで残りの木の枝は〇本。そして、(さや)からショートソードを抜いた私は、左足の痛みを堪えて立ち上がろうとしたセプンの喉元(のどもと)へ剣を突き付けた。

 セプンは、驚き、悔しさを(にじ)ませながらも両手を挙げ「負けました」とだけ言った。

 これにて、第一回フレンシア教官による戦闘実技訓練の終了である。


「それじゃあ、怪我人の治療をするから、気絶してる人を起こしてきてね」

「……分かった」


 一足先に、左足の治療を終えたセプンは、その足で気絶した三人を起こしに草原の中を歩き回っていた。その間、私は離れた木に立てかけておいた矢の(たば)を回収して、(ひも)(ほど)いて矢筒に納めていく。


「全員集まったぞ」

「ありがとう。それじゃあ、怪我の治療をしながら反省会をするので、固まってね」


 全員が、近くに寄ったことを確認して、手短に詠唱(えいしょう)をして回復魔法を掛ける。


「嘘、短縮詠唱?」

「じゃあ、とりあえず皆、演習お疲れ様。何とか吐かずに最後までやりきることが出来たようで、良かったわ」


 コールラの驚きの声を無視し、四人に(ねぎら)いの言葉を掛ける。

 ちなみに、短縮詠唱も簡易詠唱も似たような物だ。その他にも短文詠唱や詠唱破棄(はき)というのもあるが、こちらは元々呪文の短い魔法である短文詠唱と、手順を踏んで省略する詠唱破棄と違いがある。短縮、簡易の場合は、元々ある呪文を、必要な文言(もんごん)だけ抜き取って、独自に改良を行った呪文であることが多い。

 これは本に載っていることもあまりない。何故(なぜ)なら、呪文だけを真似(まね)しても成功しないからだ。ただ、実力のある冒険者は皆、身に付けているスキルなので、これは鍛錬(たんれん)を繰り返す他ない。ただ闇雲に鍛錬をしているだけでは駄目である。ちなみにもう一つ大事なことがあるのだが、今はその段階ではない。

 これを極めて更にもう一歩踏み出すことが出来れば、無詠唱へと辿り着くことが出来る。どちらにせよ、無詠唱を除く、他の短縮、簡易、短文、破棄のことをまとめて、短い詠唱の魔法ということで一括(ひとくく)りにされることが多い。


「さて、じゃあ一人ずつ良かった点と悪かった点を挙げていこうか。と言いたかったけど、皆は多分それどころじゃなかったと思うから、今日は私が総評するわね。じゃあとりあえず座って」


 木々の周辺は、草花が少なく、座ったところで草が身体を隠すこともないので問題ない。


「じゃあ、まず全体で良かった点。一日であれだけの連携に仕上げたのは流石(さすが)ね。昨日組んだばかりなんでしょ?」


 一同コクリと頷くだけ。

 連携が良かったと()められても、結局は全て(かわ)されるか反撃されるか対処されてしまったので、嫌味に聞こえるのだろうか。しかし、それでも飲み込まなければ先へは進めない。

 万年新米でいるつもりなら、話は別だが……彼らは、こんなところで足踏みをしているような器ではない。ならば、乗り越えてもらうしかない。


「セプンの奇襲の時機(タイミング)は良かったわ。そこからのエメルトの追撃も及第点(きゅうだいてん)。短い時間で、しっかりと呼吸を合わせられていたわ。そして、その後のコールラの魔法からの槍の流れも問題ない。間合いの内側に入られた時の判断の早さと手段も良かったわ。無手(むて)での攻撃と、エメルトの土魔法。あれが誘いだったのか偶々(たまたま)だったのかは分からないけど、チャロンは私が空中へ逃げた時機を()さずに見事に狙撃(そげき)したわ。視界が草で満足に()かない中で、あの一瞬の好機(チャンス)を見極められたところは褒められることよ。後は、最後まで大崩れすることなく、見事ちゃんと戦えていたと思うわ」


 一通り良い点を挙げて()(くく)るが、やはりと言うか皆納得していない模様である。


「教官、良い点は分かったわ。じゃあ悪かった点は?」


 やはり、この場で真っ先に質問をするのはコールラだった。委員長キャラっぽく挙手をしてから発言して欲しかったと思ったことは内緒だが、まぁいいかと質問に答える。


「連携の練習不足。後は体力を付けること。以上」


 あまりにも簡潔過ぎて、四人とも絶句したようだ。そもそもエメルトはほとんど(しゃべ)らないので言葉を失っているのか分からないが、表情から驚きが見て取れる。


「はぁ? んな訳ねーだろ! だって、あんだけ攻撃したのに、全然当たらなくて……」

「そうよ! 矢の数が一〇本しかなかったし、剣を抜いたのは最後だけってセプンが言っていたから、教官が攻撃したのは、わずか一〇回! それで鎮圧(ちんあつ)されたのよ。しかも木の枝。これが本物の矢だったら、更に少ない本数で終えられたってことでしょ?」

「よく見ていたわね。矢筒の矢の本数まで頭に入れていたとは。観察力も高いということで、花丸を上げるわ」

「ふざけないで!」

「ふざけてないわ。相手の得物、攻撃手段、そして弱点。少ない時間で、より多くの情報を手にしておくことは戦いの基本よ。私は木の枝……まぁ、この場合、矢と言うけど、矢の本数を制限していた。つまり、その本数をどうにか(しの)ぐことが出来れば、私は剣を使うしかなくなるから、もしかしたら一発逆転があったかもしれないわよ」

「んなこと出来る訳が」

「出来なければ、これが実戦だったらあなた達、全員死んでいるわ」

「「「「っ!」」」」

「良い? いつでも自分達が有利な状況で戦えるとは限らない。不利だから待ってくれというのは出来ないのよ。いつでも一発勝負。だから生存率を上げる為に、少ない時間でより多くの情報を得ることが大事と言ったのよ。まぁ情報を集めるだけじゃなく、それを仲間で共有し、かつそれを生かす立ち回りをしなければ意味ないけどね」


 前世の世界で言う、宝の持ち腐れというやつだ。まさに情報は宝。前世でも今でも情報はお金で買える。つまり、お金以上の価値があるのだ。

 更に改善点についてもう少し補足する。


「その為には、今のままの体力や筋力では全然足りない。空白期間(ブランク)はあるけど、これでも一〇年間冒険者としてやってきた先輩よ。色んな人とも組んだし場数も踏んできた。情報も技術も魔法も大事だけど、やっぱり最終的には(おのれ)の基礎能力が物を言うのよ。まぁすぐに身に付く物じゃないから努力し続ける必要があるわ」


 何事も一朝一夕(いっちょういっせき)とはいかないものだ。

 良かった点と悪かった点を総評し終え、各々の能力を見た時に、やはりコールラが頭一つ抜けている印象だった。


「観察力。自身の体格を生かした武器とその立ち回り。そして多彩な攻撃手段。魔法の使い方。おそらく、この中で一番に新米を卒業出来るのはコールラかもね」

「え?」

「槍だから中衛ということに固執(こしつ)せず、柔軟(じゅうなん)に動けていたからね。ただ、さっきも言ったけど一番の課題は基礎体力と基礎筋力ね。これは全員に言えることね。それと魔法もね。今すぐに簡易詠唱を使えとは言わない。どうせ無理だし。これは、長い期間じっくりと研鑽(けんさん)を積んで得た結果よ。そんな一足飛びで手に入る程、甘い物じゃないわ」

「う、うす」

「はい」

「は、はい」

「……ん」

「じゃあ、まずは毎日走ろうか。剣術だ魔法だ足捌(あしさば)きだと小手先(こてさき)の技術ばかりを追い求めがちだけど、土台が出来ていないと、結局は中途半端(ちゅうとはんぱ)になるんだから。ということで、毎朝走り込み半刻」

「げぇ」

「距離や速さは求めないわ。持久力を付けることが目的なのだから、その時間を走りきることを念頭に置いてね。その後に筋力強化。それから訓練よ。技術とか魔法とか。これを……そうね。三ヶ月続けてもらおうかな」

「三ヶ月……三ヶ月で、あたし達は使い物になるということ?」

「少なくとも、新米卒業が出来るくらいになるということは保証するわ」

「え! たった三ヶ月でか!」

「その間、何か依頼をこなしたりとかは?」

「ないわ。私が依頼で、訓練を見ることが出来ないことはあるかもしれないけど、遠出(とおで)はしないから怠け(サボら)ないように」

「で、でも、その、ワタシ達も、その、(かせ)がないと……えぇと、生活費が……」

「大丈夫よ。あなた達の世話係を押し付けたのはギルドよ。じゃあギルドに全部請求(せいきゅう)してやるわよ。私が引き受けると言った以上は育て上げるまで責任持つわ。だけどそのやり方に口を挟むようなら、最初から丸投げするなってね。だから、今の内に思いっ切り贅沢(ぜいたく)しておくことよ。新米卒業したら極貧生活が待っているのだから。あ、でも食べ過ぎは駄目よ。訓練で動けないと困るのはあなた達なんだから」


 すると、四人はそれぞれ顔を見合わせて、笑い出した。

 突然のことに、思わず目を丸くしてしまう。一体どうしたというのだ。どこに笑う要素があったのか。自身の言動を振り返るが分からない。ただ、(えら)そうな言葉を選んで口にしていただけだ。その疑問はすぐに解消した。


「あんた、いや、教官。あんたとんでもない奴だったんだな。まさか俺らの生活費をギルドからぶん盗るとか」

「そうよ。訓練をやって依頼をやってじゃ効率が悪いわ。やるなら短期間でみっちり。じゃないと効果が現れないわ」

「だからと言ってもなー」

「そうね。あたし達をこんな鬼教官に押し付けたギルドに責任があるんだから、しっかり面倒見てもらわないとね。何せあたし達、新米だから」

「……うむ、異議なし」

「え、えと、訓練、頑張ります!」


 流れから(にく)まれ役になったつもりが、何故か(した)われる鬼教官の立ち位置に変わってしまった気がする。まぁどちらでも構わない。彼ら彼女らがやる気を出して、短期間で新米卒業してくれないと、私の旅が一向に再会出来ないのだ。

 とりあえず今朝の戦闘訓練で、それぞれの課題は見えたので、早速演習場に行って訓練だ。流石に、草原の中で炎や風の魔法をバンバン使わせる訳にはいかない。そう思い、所々焼け()げた一帯と、草刈りをしたかのようにスッパリと切られている一帯を振り返る。

 さて、せっかく鬼教官の称号をいただいたことだし、その名に恥じぬ鬼っぷりを発揮するとしよう。エルフだけど。いやハーフエルフだけど。

【名前】

 ケルケル

【種族】

 草食種(そうしょくしゅ)

【別名】

 足蹴鳥(あしげちょう)

【生息地】

 温暖な気候で、(えさ)である草や虫がいる場所ならどこでも。季節によって、安定した気候の土地へ移動するので定住地がない

 しかし、中には定住地を定めている小規模な群れもある。その違いは不明である

【大きさ】

 体長三ファルト程の小型怪物(モンスター)

【生態・特徴】

 大きさや見た目はダチョウに近いが、大きな違いとしてダチョウにはない腕がある

 元々は四本足で、前足も発達していたが、進化の過程で移動速度と距離を(かせ)ぐべく後ろ足で立って行動するようになった。それによって前足は退化して細く短くなるも、指を器用に使って虫や木の実を手に持つことが出来る

 ダチョウと同じように首が長いので、前足を使わずにそのまま首を突っ込んで餌を確保することが多い為、いずれ退化が進んでダチョウと同じ形になるだろうと思われる

 南の暖かい地域で寒季を過ごし、暖季に入る頃に、北へと移動を開始する、地上を走る渡り鳥である

 草食怪物で、臆病(おくびょう)という特徴がある為に基本相手から攻撃をしてくることは少ないが、追い詰められた時に強力な蹴りが繰り出されることがある。長距離を移動することで(きた)えられた脚力から繰り出される蹴りは非常に強力で、下手(へた)をすると、鉄の防具もへこませることが出来る程の威力を持つ

 基本、数頭から十数頭の群れで生活しているが、毎年暖季と乾季になると、各地から合流してその数は数千頭にも(およ)

 一斉に大移動を行うので、近くを通るとしばらくの時間通行出来なくなる上、騒音(そうおん)震動(しんどう)がすごいことになる。また、移動で砂が巻き上げられ砂埃(すなぼこり)が舞うので、注意が必要

 集落によっては、近くを群れが通過することもあり、討伐(とうばつ)依頼が出されることがあることから怪物として扱われている

 防御力はないのでどんな武器や魔法でも通り、近接武器での攻撃も一応問題ない。問題ないが、数千羽がものすごい速さで走る中に飛び込んで剣を振ろうなどという自殺志願者は普通いない。ここは安全に魔法や遠距離武器で仕留めるに限る。ただし、魔法は威力が強すぎると、食肉として利用出来ない状態になってしまうので、注意が必要である

【素材】

 上質な肉が取れ、とても美味(びみ)である

 乾季に狩られた足蹴鳥は、保存食として加工して寒季に食べ、暖季に狩った物はそのまま食堂や屋台などで、串焼きや唐揚げなどにして提供されることが多い。集落によっては、乾季にだけ狩って、寒季を過ごす為の食材とする所もある。また、逆に暖季にだけ狩って、季節の始まりを告げる祭りで振る舞われる所もある

 筆者は、ルックカで食べた串唐揚げとケルちゃんという名前の炒め料理がお気に入りである

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