42頁目 スップ草原と乾季の嵐:後編
前回のあらすじ。
乾季(秋)の嵐(台風)の直撃を受けて天気レポーターの苦労を知る。そしてユニコーンらしきモンスターを発見!
後編になります。次回の投稿は明後日になります。
今回の話、完全にアレです。書いた後に気付きました。はい。
詳しいことはまた次回の前書きにて。
本編前にネタバレする訳にはいかないですからね(笑)
朝に中継地であるグリビの町を出て数刻。
スップ草原を歩く中で嵐に遭遇してしまい、視界も聴覚も当てにならなくなり時間の経過もよく分からない状況。そんな時に一体の一角獣ユニコーンを発見する。どうやら雷を蓄えていたらしく、何度か雷をその身に受けても平然としていた。
食事と思って良いのだろうか。それを終えた様子だったので、その後の動向を観察していたところ、水滴を飛ばすように一度身体をぶるりと振るわせた。それと同時にその身体に蓄えられた電撃が周囲へと微量だが撒き散らされる。それからやることは終わったと数歩進んだところで、再び足を止めてしまった。
「?」
一角獣は首をこちらとは反対側、ここからではあの子が壁となっているので、何が起こっているのか分からないが、何かいるのだろうか。気になるので、ユニコーンの警戒網に入らないように注意しながら大回りして背後へと回る。すると、一角獣の右側から何か白く光る生物が近付いてきているではないか。
「あれは……?」
他に光る生物がいただろうかと脳内の図鑑の知識を確認していくが、いまいち確証が得られない。
おそらく小型の怪物。姿勢は低く、胴長だ。毛の色は白く光っているので分かりづらいが、恐らく黄色、小麦色、茶色、その辺りだ。
前世にテレビなどで見たことがあるような姿形……イタチ? フェレット? テン? それにしては随分と大きい。それに白く光っているということは、多分ユニコーンと同じ雷属性の生物。
「雷……胴長の生物……」
そう呟いたところで、あの怪物の額から鼻に掛けて一本の白い線が入っていることに気付く。
「もしかして、ハクビシン?」
前世の世界にも、そしてこの世界にもいる雑食性の哺乳類だ。それよりも一〇倍近くは大きいし、毛の色も違う気がする。しかし見た目はそっくりで額から鼻まで伸びる白い線という特徴でハクビシンの怪物であると認識する。
怪物である以上は全く別の生き物なのだが、祖先が近いと思われているダチョウと足蹴鳥の関係のように、普通の動物と怪物に別れる分岐点があるのだろう。
この遺伝子だか祖先だかの問題は、少なくとも今の時代の研究では解決出来そうにないので、数百年か下手したら数千年後に期待することにする。数百年ならまだ私も論文読める可能性があるが、流石に一〇〇〇年は無理、生きられない。
あのハクビシンを巨大化したような怪物は、ゆっくりと一角獣へ向けて歩いてきて、一定の距離の所で足を止めて静かに睨み付けていた。
一体何なのだろう。
「縄張り争い? いや、違うかも」
根拠はないが、この街道沿いに一角獣やあの謎の怪物が住み着いているという情報は、少なくとも今朝のギルドでの報告書には上がっていなかった。ということは、目当ては縄張りの主張ではない。となると捕食か。
一角獣は草食だそうだが、ハクビシン……いや、あの怪物がハクビシンと決まった訳ではないが、似た姿形の動物は雑食で、植物も動物も食べる。なので草食怪物を襲うのは間違いではない。しかし、狩りという感じでもない。
狩りは自身よりも小さな生物を襲うのが定石だ。
仮に自分よりも大きな身体の生物を襲う場合は、集団で弱った個体を集中して狙うことが多い。この定石に当てはめるなら真っ先に襲われるのは近くにいる私だ。一角獣はともかく巨大ハクビシンが気付いているか分からないが、気付いていないならわざわざ主張することもないので、大人しく観察に徹する。
お互いに見つめ合っていた時間はわずかだった。
すぐに巨大ハクビシンが動き出す。見た目同様素早い動きで草原を駆け抜け、長い体毛が草に擦れる度にチリチリと電気が散っている。
一方ユニコーンは目立った動きを見せず、ただ姿勢を若干低くして迎撃態勢に入ったように見えた。
たちまちに二体は衝突した。高く跳び上がった巨大ハクビシンはそのままの勢いで前足の爪を相手に向けて繰り出す。それを一角獣が額の角で受け止めた。
「うぉっ」
思わず声が漏れてしまった。
それからは熾烈だ。ハクビシンらしき怪物は四つの足の爪を主体に俊敏な動きで相手の隙を突いて襲い掛かり、対するユニコーンは額の長い角だけでなく馬型特有の自慢の脚力から繰り出される蹴りを織り交ぜ、死角からの攻撃を防いでいる。そしてまたすぐに角と爪がぶつかり、周囲にお互いから発生した電撃が撒き散らされ、草原を焦がしていくもこの豪雨によってすぐに消火されていく。
「すごい」
二合、三合、四合……まるで剣の打ち合いのようにお互いの武器をぶつけ合って命懸けの戦いに身を投じている。もう何回斬り結んだことだろう。二体共決定打こそないが、次第に浅い傷が増えてきている。
しかし、最初こそユニコーンが若干優勢であるように見えたが、今は余裕がなくなってきたのか、ハクビシンもどきからの攻撃をただ対処するだけで精一杯な様に感じられた。
「というか、あっちの動きが良くなっている?」
戦闘を開始してまだそれ程時間は経っていないはずだが、もう長く戦っているかのように激しいぶつかり合いだ。
ハクビシンもどきの動き自体は元々悪くなかった。むしろ最初から相手を仕留める為にその機動力を生かした見事な攻めであった。しかしそこはユニコーンの迎撃が上手かったから逆に返り討ちに遭っていた。それが少し時間経っただけで形成が逆転する事態になっている。
「一体何が……」
そう呟き掛けたところで気付いた。一角獣の体表に刻まれていたはずの模様が消えている。それはつまり、体内に貯蓄していたはずの電気が消費されているということだ。しかしお互いに物理攻撃ばかりで雷魔法を行使する場面はなかった。確かに武器の打ち合いで火花のように電気が舞い散るが、それでも雷数回分の電気が消費されているとは考えづらい。
対する巨大ハクビシン。あちらは戦い始めよりもまとう白い光の輝きが増しているように見える。
「もしかして、電気を吸収している?」
接触した時に一角獣の魔力か電気その物か分からないが、それを吸い取って自身の物にしていると考えに至った。
雷が必要だったから雷を吸収しているユニコーンを襲う。そう考えれば、この戦いの理由にも納得だ。しかしそうなると別の疑問が浮かぶ。それは、何故自分で雷を受けないか。だが、この答えは割と簡単だ。
「避雷針となる角があるユニコーンは雷を集めやすい。一方あっちはそれらしい集電機関みたいのはなさそうだから、他に雷魔法を持つ生物を襲っているってことか」
そうなると、私が雷魔法を使えることがバレたら襲われるということか。しかも雷系統は全て吸収して相手の力を増加させてしまう。となると、純粋な武器での戦いで勝たなければならない。
幸い、私にはノトスがいるので風魔法を使いつつ戦うことが出来る。それでも自慢の雷魔法が封印された状態で戦うのは中々ハードルが高い。
ハクビシンらしき怪物の動きが時間を経てどんどん良くなっているのが、雷魔法を吸収しているからとして、それが何故動きの良さに繋がっているのか。それは私自身がよく知っている。
神経の電気信号を無理矢理制御して身体機能を向上させる疑似身体機能魔法の行使だ。
私が使うと身体を壊してしまうので使うにしてもリミッターを掛けている。だがそれでも防ぎきることが出来ないので、回復魔法を併用するなどして無理矢理押さえ込むがそうなると二重魔力消費となって消耗が激しい。そこにノトスの風魔法が加わると三重での魔力消費になるので、一瞬で許容量オーバーになって魔法酔いでぶっ倒れる未来が待っている。
しかしあの巨大哺乳類は身体が壊れる素振りは見せない。ということは、疑似身体機能向上魔法でも壊れない強靱な肉体を持っていることになる。
「ズルいでしょ……戦いたくないなー」
相性が悪そうな怪物がいたものだ。
しかしジスト王国での図鑑には載っていなかった。いや、そもそも世界中の怪物を載せた図鑑などないとされている。
レガリヴェリアの王都直営図書館に保存されている資料でも、ジストに生息している怪物の簡単な説明書きと絵が描かれている程度で、それプラスで時々一角獣や鉄大鬼などのファンタジーでメジャーな怪物がちょいちょい載っていたり、稀に銀楼竜が軽く取り扱われていたりする感じだ。
その理由は、どこも自国の怪物には注意を払うが、他国の怪物までは研究が及ばなかったり、情報の共有が出来ていなかったりなどが挙げられる。
遠くで繰り広げられる戦闘も、そろそろ終わりが見えてくる。明かな優勢は怪獣ハクビシン。そして劣勢の一角獣は、全身から発せられる青白い輝きに陰りが見え始めていた。
「勝負ありか」
そう呟いた矢先、空が爆発した。
いや、そう錯覚する程の轟音だった。雷がまさに戦っている二体の元へ落ちたのだ。そして、その振動は地面を揺らし、まるで地震が起こったのかと思ってしまう程だ。
「! あの二体は」
眩しさで一時的に視覚が失われていたが、それもすぐに回復し、二体の様子が見えてくる。どうやら動きはないようだ。
「って動いていない?」
よく見てみると、一角獣の角がハクビシンもどきの胸部と思われる部位を貫いていた。
仮説としてはこうだろうか。ユニコーンの角は避雷針だ。あの落雷は二体に向けて落ちたと見えて、実は一角獣に全ての電気が行き渡っていた。そして電気というエネルギーを得た鋭角獣は、力を取り戻し、一時的に視界不良となった相手の隙を見て一気に突き刺したのだろう。
気付けば、ユニコーンの身体の模様が元に戻り、青白い輝きも一層増しているようだ。
「雷だけじゃなく、あっちからも電気を吸収したのか」
ハクビシンもどきの方は接触するだけで電気を吸収するタイプの上、それによって機動力も増すという厄介な仕組みであったが、ユニコーンも相手に角を突き刺すことで同じように雷魔法を吸い取ることが出来るようだ。
「うへぇ、それじゃあ私一角獣相手も厳しいじゃん」
鋭角獣は電気を得て力が増しているようで、その堂々とした立ち姿は、とても力強く美しい印象だ。そしていつの間にか身体に付けられた傷も消えているのは、魔力で無理矢理治癒したのか。こちらはこちらで何とも厄介だ。
一角獣は勝利を喜ぶかのように前足を挙げて、天へ向けて嘶いていた。そして、それを合図かのように気付けば雨は止み、風も静かになり、雷鳴も途切れていた。
空へ目を向ければ雲間から日差しが差し込み、いくつもの光の柱、天使の梯子が造り出されていた。
それから一角獣は、こちらをチラリと見た後、しっかりとした足取りでその場を離れていき、それを私はぼんやりと眺めていた。あの美しい馬型の怪物の姿が遠くに行ってしまってから我に返り、慌てて立ち上がった。
「せっかくだから剥ぎ取りしないとね」
漁夫の利だと意気揚々と剥ぎ取り用のナイフを取り出して、ハクビシンらしき怪物の死体の元へ向かうのであった。
【国】
エメリナ王国
【集落】
商業の町グリビ
【種族】
主に人間族と獣人族が暮らしている
【土地】
エメリナ王国の内陸にある町の一つ
西部にはシジスセ草原が、東部にはスップ草原が広がっている
【気候】
暖季、暑季、乾季、寒季の四季があり、暖季と暑季の間には雨期がある
【言語】
共通リトシ語
【通貨】
エメリナ王国通貨
【人口】
六〇〇〇〇人強とされている
【宗教】
イパタ教・クェス教
【食べ物】
主食はパンなどの小麦製品と一部米
肉料理と一部魚料理
果物の仕入れは少ないが、ジャムや乾物などに加工された品は多く流通している
【産業】
各地から仕入れた物品を販売しており、時折掘り出し物があることもあるので、時間があれば町を散策することをオススメする
【政治】
エメリナ王国に所属する町で税金も納められているが、商業の町らしく町の長は各商業ギルドのギルド長による集会の中で選挙によって決められ、方針を話し合う
【文化】
毎週祈曜日には教会での礼拝が行われるが、イパタ教のみ毎月最終週の祈曜日に『祈りの儀』が開かれる
【特徴・習慣】
西はジスト王国王都レガリヴェリアから、東はエメリナ王国王都リギアからの品が行き来することから、多くの商人が拠点を構えている。この為に多くの品々が流通しており、それぞれの都市出発時に買い忘れた物をここで補うことが可能