41頁目 スップ草原と乾季の嵐:前編
前回のあらすじ。
魔石灯を手に入れた(ゴマダレ感)。
前編になります。後編は明日投稿になります。
今回で累計三〇万文字達成です。
作者は仕事のない日は基本的に引きこもり体質ですが、偶に衝動的に散歩に出掛けたりします。
暑い寒いは勘弁ですので、春や秋と言える丁度良い季候を選びますが。
ちなみに、先週は麦の収穫作業を散歩しながら眺めていました。
一面が金色に輝いていて綺麗でした。
収穫後にはまた耕し水を入れ、今度は米の稲を植える作業が来ます。
そうなりますと、秋にはまた田んぼ一面が、麦とはまた違った金色で埋め尽くされるのでしょうね。
想像するだけで季節が進むのが楽しみです。
あ、夏の田んぼも好きですよ。
野生のカモが水の張った田を泳ぎ回って虫を食べ、あぜ道でカメが甲羅干しをする。
トンボが産卵場所を探して、カエルやセミの鳴く声がする。
夜になればホタルが舞い、月明かりとはまた違った静かで小さな光に癒やされる。
時々、トンビがカラスに追い掛けられる姿を見ると笑えます。
遮るものが少ないので空も広く見え、雲の形一つ一つが面白い。時折厨二心をくすぐるような形もあったり。
気温や天気にばかり目を向けず、こうして身近な季節の移り変わりを楽しむのも良いものですよ。
グリビの町を軽く見て回って一日が過ぎた。
翌三日の朝になって、私はギルドへと赴いて王都リギアへ向かう護衛任務の依頼がないかのチェックを行う。
本当は歩いて向かいたいというのが本音なのだが、昨日、魔石灯という少々お高い買い物をしてしまったので、その減った分を補填する必要がある。
レガリヴェリアに三ヶ月弱滞在していた時に装備の新調やら生活費やらで出費が嵩んだので、それを補って余りある状態とすべく、いくつもの依頼をこなしてきたことで今の懐事情は全く問題ない。しかしお金はあって困る物ではないし、なくては困る物だ。あまり多すぎても重いので程々が良いが、稼げる時に稼いでおかないと、いつまた金欠になるか分からないのだ。よって、依頼ボードとにらめっこしながら、依頼を探しているのであった。
「うーん」
しかし、中々良い依頼がない。それもそのはず、ここは二つの王都を結ぶ中継地点であり、様々な物が集まる集積地でもあり、それを取り扱う商業の町なのだ。
一昨日町に到着したばかりの彼等は、まずリギアへ向かう前にここである程度の儲けを出しておきたいはず。
生鮮食品ならば仮に温度魔法や凍結魔法で保存が出来るとしても、新鮮さが命なので寄り道せずに向かうだろうが、ジストから輸送される新鮮な品物といっても鉱石かそれを加工して作られた武具や工芸品、芸術品くらいな物なので、多少の期間滞在したところで鮮度が落ちることもない。
よって、この短期間で王都へ向かう便はそうそうなく、あったとしても報奨金が微妙だったり、依頼書を読む限り待遇が微妙だったりと、あまり受けたくない条件のものばかりなので悩んでいるのだ。
かといって、他の商人の動きに合わせるまで待つこともしたくないので、歩いて向かうことにしようと決める。
「うん、歩いて行こうかな」
ギルドを出て向かうは東門だ。王都はここから東南東にあるらしい。
距離や道中の地形、集落などの情報は時間がなかったので集めていないが、これまでも一人でやってきたのだ。何とでもなるだろう。
そんなことを考えていたからだろう。
「何でよ……」
疑問、愚痴、溜め息がこの一言に集約されて口から出る。
グリビを発って数刻、そろそろ昼に差し掛かろうという時間帯。出発時は雲こそあれど気持ちの良い晴れ空だったはずだ。それが今や……
「何で嵐になるのよ……!」
その叫びは、地面を激しく打ち付ける雨粒と我武者羅に吹き荒ぶ風、そして時折、一瞬空を真っ白に光ったと思った途端に全身を衝撃が包む雷鳴、様々な音によって掻き消えていった。
今朝の空読みでは、問題なく晴れると出ていた何故こうなるのか。
昼間だというのに、その分厚い雲が空を覆い、太陽光の一切を遮断して暗闇が包み込む。
私の声を聞いていたのか、それともこの暑季から乾季へ移る嵐を歓迎しているのか、何やら楽しそうな雰囲気が左腰の魔剣から感じ取れた。
ノトスからの風は、今大気を切り裂かんとしている暴風と混じってしまって正確なことが分からないが、何となく感じたことに不満を持った私は、軽く指で柄を弾いて感情を伝える。
ノトスからは「ごめんて」と大笑いしながら謝罪しているような感覚が……それは謝罪か? 軽く睨むも、剣はまさしくどこ吹く風という様子で受け流されてしまう。
魔剣を手にしてからまだ二ヶ月程しか経っていないが、どこに行くにも常に毎日帯剣していて、意思の疎通を図ってきたからか、風がなくても何となく考えが読めるようになってきた。仮にそれが間違いだったとしても、剣から指摘されるので、まるで授業などで先生と外国語で会話をする際に文法や単語の間違いがあったら教えられている感覚だ。
「もー」
私の方が年上なのにと剣相手に張り合っているが、今のこの天候と視界の中で、対話が出来る相手がいるだけ気分が楽になる。
「そういえば南風の神様だもんね」
ギリシア神話に登場する南風の神様の名前、ノトス。夏の終わりに嵐と共に秋を連れてくる破壊神。確かに季節も状況もこの子にピッタリだ。乾季に入ったばかりで、恐らく南部にあるであろう海側から吹く風が嵐となって大地を通過している。
現在私が歩くスップ草原。つい数刻前までは気持ちの良い風が流れ、草や葉や揺れる穏やかな場所だったはずなのだが、本当に唐突過ぎる。
「森周辺や王都より東部以外は結構年中通して乾燥しているし、雨季くらいしかまとまった雨がないから嵐を読む目が育てられなかったのかな?」
言い訳だとは分かっているが、この世界に来てからこれ程の嵐に遭遇したことがなかったので前兆が読み切れなかった。そして、これが後どれくらい続くのかも分からない。とはいえ、ここで立ち止まるという選択肢はないので、何百年か何千年か掛けて踏み固められた街道を通ってエメリナの王都、リギアを目指す。
「どれくらい経ったのかな」
周りは一面見渡す限り草原で、代わり映えしない景色。
しかしこの豪雨で視界は極端に狭まり、ほとんど遠くは見えない状態。そして様々な音が舞い上がっているおかげで、聴覚も当てにならない。そして空はいつまでも黒い雲が光を通さない蓋となっていることで、現在の時間の進みが非常に分かりづらい。
一応、歩行速度と歩幅から大まかな時間は算出出来るが、ほとんど太陽や月、星の位置で時間の経過を測定してきた習慣から、自身を物差しとした計算は慣れておらず、正確かどうかが分からない。
この天候では暇潰しに本を読みながら歩くことも出来ない。
背にある父の形見であるリュックサックは、古いながらも完全防水仕様で、口を開けっ放しにしていない限り中まで浸水することはないので安心だ。しかし見た目よりも物が多く入る収納能力、父の代から一〇〇年以上使い続けているはずなのに簡単なメンテナンスで保たれる頑丈さ、そして防水と……恐らく耐火性もあるのではないだろうか。試すつもりはないが。
この背負い袋といい狙撃銃といい、私の父は何者だったのだろうか。普通の人間の冒険者ではありえない道具類だと思う。
「あれ?」
考え事をしながら歩いていると街道の先、雨粒のカーテンの向こう側で何かが光っているように見えた。
「建物……じゃないよね。人がいるのかな? それとも怪物……?」
危険な怪物だったら出来るだけ戦闘は避けたい。ここからは慎重に行動しよう。しかし、この暴風雨に雷だ。音でも目でも匂いでもバレることは……一応、深緑色の鉄火竜のジャケットの前をボタンで留め、フードを被って白地の民族衣装と光を反射するほどの金髪を隠す。
光の正体が見える位置まで近付いた時、その姿に驚愕する。
「一角獣?」
一角獣ユニコーン。神話やファンタジーの世界のお馴染みの生き物。扱い方はただの動物であったり怪物もしくは魔物であったりと様々だが、概ね神聖な生物として取り上げられることが多い。見た目は白いウマに額から一本の角を生やした、とても美しい生き物であることも共通だ。
それが今、目の前にいる。
「すごい……」
感動だ。この天候でなければなお良かったのかもしれない。
この世界に来て、様々な怪物と相対してきたが、ようやく、ようやく本来のファンタジーらしい生物に出会えた気がする。竜種は感動よりも恐怖が先に来るのでノーカウント。
粘性体スリーンム? あぁいたね。スライム。スライム見て異世界に来たぞって感動出来るかは個人の感覚だ。少なくとも私は感動しなかった。それよりもその生態に恐怖した。
遠目とはいえどうにか姿形がハッキリと認識出来る位置まで来ているので、その動きの観察をするには不便はない。何より、この視界不良の中で青白く発光しているので分かりやすい。
正式名はユニコーンなのは変わらないが、別名が地域によって微妙に変わると、この世界の図鑑で読んだことがある。
基本的には一角獣で統一されているが、それが正式名ではないので、国や地域、個体によって呼び名が違うのは当然だが、どうやら角の形で名前分けしているらしい。
今目の前にいる鋭く細く長い角を持った一角獣は、鋭角獣と呼ばれることがあり、一方で丸みを帯び、先端もあまり尖っていないタイプの個体は鈍角獣と呼ばれている。
そして、図鑑でも絵すら載っておらず、短い記述で聖角獣と呼ばれる個体がいるらしいことが分かっている。
この世界での一角獣の扱いは怪物で、小型種から準中型種に分類される。ウマよりも一回り以上大きいことになる。国によって魔物と分類していることがあるらしい。草食種なのか獣脚種なのかは図鑑によって変わる。
私の目の前でジッとしている個体の体毛は銀色のような白色。しかし青白く発光している状態だからそう見えるだけで、実際は普通に白いのかもしれない。
珍しい怪物だが、冒険者生活を続けていれば一度や二度は遭遇する程度には馴染みのある生物らしい。運が良いと数頭の家族と思われる群れを見ることが出来、その群れが立ち去るまでに五回願い事を唱えたら願いが叶うという言い伝えがある。流れ星か何かだろうか。
とはいえ、ジスト王国では多分生息していない。草木少ないから仕方がない。森や山は自然豊かだが、自由に走り回ることは出来ないだろう。
「何で光っているんだろう……」
相手に気付かれないであろう声量で呟く。この天候の下、特に動くことなくずっと静かに佇んでおり、風に吹かれて尾やたてがみがすごい勢いでなびいている。
草むらに腰掛けて観察を続けていると、突然空が白く光った。その瞬間、雷が一角獣の角に落ちた。
「!」
これには驚いてしまい、思わず声を上げてしまいそうになった。
しかし、一角獣は何事もなかったかのように立っており、先程よりもその身にまとう輝きが増しているように感じられる。
もしかして雷を蓄えているのだろうか。
それからも身動きせずに、その角を天高く掲げた状態のまま立ち尽くしており、何度か雷をその身に受けていた。
数回の雷を吸収したからか、その体表には薄らと入れ墨のような稲妻を彷彿とさせる青色に輝く模様が浮かんでいた。たてがみも帯電していることを表しているのか、この暴風に逆らうように逆立っている。尻尾は相変わらず風に身を任せて揺れているが、決して弱々しい印象はなく、逆に威厳のようなものを感じる。
「格好いい……」
雷を十分取り込んだのだろう、閉じられた目蓋がゆっくりと開かれる。遠くからでも分かる。その純粋な黒い瞳は一体何を映しているのだろう。すると、おもむろにゆったりとした動作で首をこちらへと向けて両眼でジッと見つめてきた。
「気付かれていた!」
襲ってくるのだろうかと警戒して咄嗟に腰を上げようとするが、一角獣は特にこちらに興味を示すことなくまた同じように余裕があるように顔を正面に向ける。
「敵じゃないって思ってくれたのかな?」
そうであるなら嬉しい。だからといって無闇に近付くことはしない。それでやっぱり敵対感情を植え付けてしまえば意味がない。私は下手に干渉することなく、あの個体があの場を去るまでただ見ることに徹することにする。
しばらくその動向を注視していた時に、異変は起こった。
【国】
ジスト王国・エメリナ王国
【土地】
シジスセ草原
【気候】
暖季、暑季、乾季、寒季の四季があり、暖季と暑季の間には雨季がある。また寒季の終わりに期間は短いもののまとまった雨が降る為、これにより暖季の訪れを感じる人もいる
タルタ荒野が近いことから乾季や寒季は乾燥していることが多いが、暖季、暑季はある程度湿気がある。雨季の直後こそは湿気が強いが、年中乾燥しているタルタ荒野から吹き込む風によって安定した状態となり、気温は高くとも過ごしやすい
【生物】
シカ、ゾウ、キリン、ウシ、ウマなどの草食動物から、ライオン、ハイエナ、タカなどの肉食動物がいる
町や集落の近くでは粘性体が活動している
餌となる草食動物などもいることから小飛竜や闘飛虫が縄張りを持っていることが多いが、身を隠す場所が少ないことから夜猛鳥はいない
また草食動物に混じって、足蹴鳥の群れが十数頭程度毎にまとまり、それぞれ縄張りを持って生息している。それを狙って狼鳥竜も数頭の群れを作って生活している
矛盾竜も草食動物の周りに出没することがあり、ゾウの隣で草を蝕む姿がよく見られる
荒小鬼の群れが時折現れることがある。定住している訳ではなく、不定期に縄張りを変えて移動しながら生息しているので、遭遇率は低い
極稀だが、運が良いと一角獣に出会うことがある
【植物】
様々な草花がみられるが、樹木は少ない
雨はそれ程多くないので、多肉植物が目立つ
中でもリュヌフィラムといった常緑多肉植物は、夜に開花しその蜜がとても美味しいことから採取依頼が出されることが度々ある
【備考】
ジスト王国とエメリナ王国との間に広がる草原
国境線は、雨季になると川となる場所があり、そこがそのまま境となっている
普段川は干上がっている為に通行可能であるが、雨季と暑季初頭は川となっていることから通行困難となっている




