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4頁目 冒険者ギルドと新米冒険者

前回のあらすじ。

町に着いたよ。


前回の前書きで物語のネタバレ云々の話をしましたが、そもそもこの物語はその場その場の思い付きで進行しています。

一応、大まかな設定や、流れは事前に用意してはいますが、参考にはしても全てを反映するとは限りません。

よって、ネタバレがネタバレになっていないこともあります。

その時点では考えていないのだから仕方ないのです。

 ギルドの中は、何人か職員が行き来しているものの、冒険者の数は少なく静かな様子であった。基本冒険者は、朝に依頼を受けてそのまま出発する(ゆえ)に昼頃になると余り物の依頼しかないことも多い。

 この町はルーキーからベテランまで多くの冒険者が訪れる町である為、依頼の数もそれに比例して多くなるのだが、面倒事であったり、報酬(ほうしゅう)が少なかったりすると命を賭ける商売である冒険者は中々受けることをしない。そういった場合はギルドが改めて精査(せいさ)し、依頼主と交渉して報酬や難易度、期間の調整をしたり、悪質な場合の物は取り下げさせたりすることもある。たまに精査されてもなお全ての条件が据え置きの依頼が残ることもあるが、これも一定の期間が過ぎれば破棄(はき)されてしまう。この場合は新たに依頼をする必要があるのだが、その為に依頼料を上乗せしなければならないという弱者にはとても厳しい制度がある。

 だが、そのような体制ではいずれ依頼量が減っていき、それにより当然ギルドの収入も減ってしまう。これを回避する為に、ギルドお抱えの冒険者を逆指名して報酬をギルドが補填(ほてん)することで、解決をするようにしているようだ。

 私を連れて来たイユさんは、ここで待つように言ってそのまま受付の奥へと消えてしまった。

 手持ち無沙汰(ぶさた)になった私は、ぼんやりと一〇年ぶりの冒険者ギルドの様子を(なつ)かしむように眺めていた。

 すると間もなく、受付の奥から慌ただしい雰囲気を感じてそちらに目を向けると、魔法使いっぽい(すそ)の長いローブを着た、ふくよかな体格の中年女性がイユさんを引き連れて現れた。どうやら、この人がギルド長のようだ。早速私を呼んだ経緯を聞きたいところだが、まずは挨拶が基本だろうと相手の顔を見たところで「あっ」と思わず声を出してしまった。


「どうやら覚えているようね。シア」

「えっと、お久しぶりです。アオコニクジルさん」

「そんな他人行儀じゃなく、前みたいにジルで良いのよ?」

「いや、まさか、あなたがルックカのギルド長になっているとは思わなくて……」

「それはまぁ、色々あったのよ。あなたと同じでね」

「そう、みたいね」


 アオコニクジル・トペアジ、二〇年前に冒険者になった私よりも五年先輩の冒険者で、ルックカで活動していた時に、よく彼女をリーダーとしたパーティに入って一緒に依頼をこなしていた。依頼達成率も高く信頼されたパーティであったが、それと同時に嫉妬の目を向けられることもあった。

 元々食べることが好きだったジルは、その分肉付きも良かったことから、心ない冒険者からアオコニクジルの名前をいじって『肉汁(にくじる)』などと不名誉なあだ名を付け、広く吹聴(ふいちょう)されたことがあった。しかし、本来の彼女の二つ名は『業火(ごうか)』である。

 その二つ名に見合ったすごい炎の魔法使いであった為、からかった冒険者は彼女直々に制裁という形でその熱に焼かれて医療所へと(かつ)ぎ込まれることとなった。もちろん手加減はしていただろうし、実際に外傷も軽い火傷(やけど)程度と軽傷であった。ただ死ぬ程熱く死ぬ程痛い、死にたくなるような目に()ったであろうが、自業自得である。

 短気な彼女であったが、非常に仲間想いで、危険な任務も率先して皆の前に出て戦っていたことから、先輩として尊敬していた。

 しかし、活動開始して一年経った頃、元々正規のパーティメンバーでなかった私は、別の依頼を受け、そのまま王都へと拠点を移すこととなった。それ以来、彼女とは会うことはなかったのだが、今こうして、このような形で再会するとは……


「運命とは、面白いものね」

「そこは皮肉だとか、残酷(ざんこく)だとか言うべきでないの?」

「私にとっては、悪いことじゃないからね。だから面白いことよ」

「不思議な()ね。あの頃は、ただひたすら真っ直ぐに前しか見ていなかったのに、今は違うようね?」

「変わらないわよ。昔も今も……ただ、目的が変わっただけ。たったそれだけよ」

「そう。それじゃあ、私のお願い聞いてもらえるかしら?」

「お願い?」

「えぇ。シア、あなたに冒険者に復帰してもらいたいの」

「……え?」


 冒険者への復帰。目的の為にまずやろうとしていたことの一つだが、それを相手から提示されるとなると、何か面倒事(めんどうごと)に巻き込まれそうな予感がする。

 かつては友人であり、こうして再開した今も改めて友人だと思える存在であったが、何か嫌な駆け引きか、商談か、とにかく今は(ろん)で相手を上回る必要が出てくる。しかし、ここで疑問が浮かんだ。ジルは短気な性格で、こういった交渉事に向いていない。にも関わらず、即席とはいえ交渉の場を(もう)けたということは……やはり、最終地点は、面倒事ということで解決しそうである。

 元より、私には勝ち目がない。何故(なぜ)なら、諸国を巡るという目的の為に冒険者になりに来たのだ。ここで冒険者にならないと言ってしまったら、交渉には勝てても私自身は敗北である。

 溜め息を一つ()き、目を合わせた。


「分かったわ。元々冒険者復帰の為にここに来たのだから、その後ろで抱えている依頼もこちらに回して頂戴(ちょうだい)。どうせ、私が復帰したらやってもらいたいことがあったのよね?」

「そうなのよ。話が早くて助かるわ」

「期間は短かったけど、それでも一緒に行動していたからね……で、どんな面倒事なの?」

「面倒かどうかは、あなた次第だけど、やってもらいたいのは、新米冒険者の育成よ」

「……は? 私が?」

「えぇ」

「何で?」

「ちゃんと二つ名の『迅雷(じんらい)』も残してあるわよ」

「いや、いらないし。というかそんな小っ恥ずかしい二つ名、誰が名付けたの。いつの間にか私の後を付いて回っていて、恥ずかしかったんだから」

「良い名でしょ? あなたが王都に行くって分かった時に、こっそり広めたのよ」

「あなたが主犯だったのか……」


 今の会話だけで、この二日間の旅路よりも疲れがどっと押し寄せてきた。ただ、面倒事といっても、新米研修の教官ということなら、まだマシな方だと思った。しかし、()に落ちないところもある。


「で、そんなことの為に一〇年待っていた訳じゃないよね?」

「そうね。本当なら、別の難易度の高い依頼を斡旋(あっせん)する目的があったのだけど、あなたが一向に姿を現さないから、こちらで何とか解決まで持って行ったわ。あなた一人いればすぐに終わるような依頼だったのに……仕方ないから、二つのパーティに直接依頼を出して共同任務ということで行ってもらったわ。結果は、解決したものの、軽重合わせて四人の負傷者を出したわ。死者がいなかっただけ幸いね」


 二つのパーティでやっとクリア出来る任務を、私一人に押し付けるつもりだったのかこの人は。そして、これまでの話は全て、ギルドのホールのど真ん中で繰り広げられていた。つまり、見ようによっては、ギルド長と対等に話す謎の冒険者志望のエルフが、直接依頼をされたり愚痴(ぐち)を聞かされたりしている構図(こうず)であるということである。二つ名の件といい、もうどこから突っ込んで良いのか分からない。


「さっきのは、八年前の話ね。次は六年前の……」

「待って、まだあるの?」

「あるわよ。難易度的に、あなたを関わらせた方が安全で迅速に解決出来そうな案件がこの一〇年で一七件よ」

「多いし、買い被り過ぎ」

「そんなことないわよ」

隠居(いんきょ)した当時、何でわざわざ里まで来て、冒険者復帰を嘆願(たんがん)した人がいたのか納得したわ……でも、私がいなくても解決出来たんでしょ?」

「そりゃあね。それなりに被害や犠牲は払ったけど」

「嫌味?」

「事実よ」

「はぁ、組織に縛られるというのは大変ね」

「でも、守れる命も増えるのよ」

「動きたい時に動けないのでは意味がない」

「それが、組織というものよ」

「やっぱり面倒事だったわ」

「そうかしら?」


 私にとってのジルのイメージは、二〇年程前のままで固定されてしまっていた。しかし、エルフ族と違って人間達の成長は早く、そして寿命は短い。転生前に経験していたはずなのにすっかり忘れていた。

 短気で情に厚く、率先して前に出て戦っていた彼女は、この二〇年弱で変わってしまった。いや、根本は変わっていない。彼女は、守れる命が増えたと言った。つまり、彼女は戦いの場を変えただけで、今も戦っているのだ。


「歳を取るって大変ね」


 私の呟きに彼女の苦労が集約されている。それを汲み取ったのか、ジルは笑顔で答えた。


「それが人間よ。歳を取って、思うように身体が動かなくなっても、まだまだ出来ることはある。だから、私は今ここにいるのよ」

「分かったわ。新米教育の依頼を受けるわ。で、その新米さんはどこにいるの?」

「ありがとうね。新米冒険者は、ほら、そこにずっといるわよ?」

「え?」


 振り返ると、少し離れた位置に四人の冒険者らしい格好をした男女が、先程の話を聞いていたのか気まずそうにしながら立っていた。というよりこの四人、ギルドに入った時に最初からいたことを思い出した。

 余った依頼を受けに来たか、依頼達成の申請手続きをしているものとばかり思って全く意識していなかった。それなのに目の前で「面倒事」と言ってしまった。これは、場所を変えることを申し出なかった私のミスか、それともあえて交渉の場をここに選んだジルのファインプレーか。

 そもそもギルドという完全アウェーに、のこのこと乗り込んだ私が悪いのか。交渉は始まる前にすでに結果は出ていると、昔誰かが言っていた気がする。それを今、しっかりと実感した。

 心の中で小さく溜め息を吐き、改めて四人へと向き直ることにする。


「悪かったわね。面倒事とか言って。今日からしばらくあなた達の教官役に任命されたフレンシアよ。よろしく」


 場所をギルドの隅にある休憩スペースへと移した私達は、まず自己紹介をしてこれからのことを話し合うことにする。

 この重い空気の中で自己紹介をしなければならないこととなった原因の一端であるジルには、後で仕返しをするとして、一先(ひとま)ずは関係改善の為に動くことを優先する。しかし、私の第一印象は最悪だろう。現に、四人の中から一歩前に出て自己紹介してきた少年冒険者は、キッとこちらを(にら)むようにしてきた。


「人間族、セプン・ローイだ。一応、ギルド長からの命令である為従うが、俺はあんたを教官とは認めない」

「構わないわ。早いところ一人前になって卒業して頂戴(ちょうだい)


 おーけー。路線変更だ。

 早々に関係改善を放棄(ほうき)。こうなったら手っ取り早く新米卒業まで持って行き、お役御免(やくごめん)になることにする。その為に、反骨精神を(やしな)うよう挑発しておく。

 第一印象が良くないならそこから無理してすり寄るより、あえて(うら)まれるようにしておけばそれをバネにしてしっかりと成長してくれるだろうと期待する。

 仮に冒険者として伸びず落第となったところで、私には教官失格のレッテルが貼られるだけで特に困ることもない。それに彼らも、落第する程度ではいざという時に動けずに命を落とすことも十分にある。であれば、ふるい落とすことも一つの命を守る行為である。

 心の中で言い訳をしながら、セプンと名乗った男を見、そしてちらりと後ろの三人を見る。四人とも成人したて、もう少し歳を取っていたとしても、せいぜい一〇代後半から二〇代前半程度と思われる外見である。エルフと違って、彼らは人間族と獣人族だ。となれば、見た目通りの年齢であろうと予想出来る。

 改めてセプンの外見を観察する。身長は私より少し高い。一六五ナンファくらいだろうか。灰色の短髪で若干癖毛(くせげ)が目立つ。

 自己鍛錬(たんれん)を欠かしていないようで、しっかりとした身体付きなのは装備の上からでも分かる。筋肉の付き方や、立つ際の重心の位置などからして、得物はおそらく両手剣。それも重量のあるタイプだから刃の幅が広いか、長さが長いかそれともその両方。

 魔法は分からないが、それは後々分かることだろう。ただ武器の選択からして、防御を上げるか更に攻撃力を上げるか、重さによるスピード低下を(おぎな)う為の身体機能強化か。とにかく、何らかの補助魔法である可能性が高い。いずれにせよ、攻撃魔法という線は薄いと考えられる。ないこともないだろうが、前衛で大剣を振り回しながら呪文を(とな)える(ひま)はない。仮に攻撃魔法を撃つつもりなら、大剣という選択は却下(きゃっか)である。

 続いて自己紹介をしたのは、犬型獣人族の少年だった。


「エメルト・クリソ。武器は双剣。魔法は土と風」


 エメルトと名乗った少年は、小麦色の毛をした獣人であった。この子もセプンと同じように私のことを(こころよ)く思っていないのか、その固い表情からは感情を読み取れない。簡潔(かんけつ)な自己紹介からも想像出来るが、口数が少ないタイプなのだろう。私よりも頭一つ分は高いから、一八〇ナンファ以上はあるだろうか。大きい。

 獣人だから人間よりは身体機能は高いはず。それでも(あし)はともかく、腕の筋肉がまだまだな気がする。これでは、戦闘時には手数で押せても決定打に欠けてしまい、反撃をもらうことになりかねない。

 魔法は土と風の二つあるというのは大きい。こればかりは遺伝である上、どの魔法を受け継げるかは完全に運である。ただ、それを使いこなせるようにならなければ、ただの邪魔な選択肢だ。戦闘中に迷っている時間はない。一瞬一瞬で有効な手を打つ必要がある。また、新米だからまだ呪文詠唱(えいしょう)が必要なのだろうが、これを無言かつ剣術などの動きながら並行処理が出来るようになれば、戦いの幅が広がる。ただ、現時点では筋力が足りないので、(よう)筋トレである。


「あたしの名前はコールラ・コラッルよ。槍を使うわ。ギルド長直々の推薦(すいせん)なのだからさぞ優秀なのでしょうね。お手並み拝見させていただくわ」

「はい、よろしくね」


 次に自己紹介をしたのは、眼鏡を掛けた委員長っぽい雰囲気(ふんいき)の人間の少女だ。髪は赤と紫それぞれの色の毛が混じり合ったロングのツインテール。背丈は小柄で、一四〇と少しくらいか。

 確かにこの体格ならリーチの長い槍は有効であろう。ただ、こちらも筋トレと、後は体力を付ける為のランニングも必要だと思う。

 魔法については何も言わなかったが、セプンと同じように補助型と予想しておくのが良いか。それとも、全く関係ない魔法の可能性もある。だが、どのような魔法であっても、訓練と応用力によっていくらでも伸ばせるので、(はず)れだと思っても頑張って(きた)えて欲しい。まだ何の魔法を使うのか分からないが。


「えぇと、ワタシ……ですね。あの、チャロン・トアイトです。あの高名な『迅雷(じんらい)』さんに、指導してもらえるなんて、その、光栄です。えっと、あ、武器は十字弓(クロスボウ)です。魔法は……その、温度魔法です」

「あ、うん、よろしくね。それとその二つ名は、恥ずかしいから普通に名前でお願いね」

「は、はい、えと、その、ふれんしあさん……」


 最後に自らを紹介したのは、私と同じくらいの身長の人間の少女だった。髪は青みのかかった黒色のボブカット。言葉遣いからも分かるが、人見知りなのか、若干オドオドとしており、垂れ目のせいもあってか、自信がないように見える。

 クロスボウを武器とすると言っていたが、接近戦もこなせるようにナイフ(さば)きも教える必要があるだろう。遠距離武器の弱点は、(ふところ)に入られることだからだ。

 魔法は、温度変化を操るもの。どの程度の規模、範囲、質量、そして温度を(あやつ)ることが出来るのかは不明だが、こちらも鍛えると面白い魔法に化けるだろう。熱するだけじゃなく冷やすことも出来る。遠距離役ということもあり、食材の運搬を(にな)うことも多くなるだろうが、その際、よりよい保存状態を維持出来るというのは、食材の賞味期限を増やし、移動の中で、常に新鮮な食べ物を食すことが可能になる。

 ただこの世界には、精密な温度計や湿度計などの気象観測用機器はない。精密でなければあるにはあるが、同じ場所に設置しても誤差が出ることからあまり信頼性はない。

 主に普及しているタイプとしては、以前の世界でガリレオ温度計と呼ばれるタイプの物が、こちらの世界ではポピュラーである。しかし、ガラス管の中に入れる重りの重さに規定などはなく、作る職人の裁量によってばらつきがあることからあくまで目安程度にしか使われていないことが多い。

 まぁ何度だ何度だと一々目くじらを立てるのは研究者くらいで、我々一般市民にとっては、肌で感じた温度が全てである。暑ければ薄着になるし、寒ければ厚着する。その程度の認識だ。湿度もまた(しか)り。

 こういった認識から、液体によって凍る温度に違いがあることを知る人は少ないだろうし、沸点(ふってん)なども細かく計算している人は果たしてどれくらいいるだろう。特にこのルックカ周辺は、寒季に入っても水が凍る程までは寒くはならないし、雪も積もりにくいので、下手したら氷とは氷魔法が使える人が作る物と(とら)えている人がいてもおかしくない。実際、暑季は氷魔法使い大活躍(だいかつやく)である。

 よって、水は何度で凍り、何度で沸騰(ふっとう)するというのは、こちらではあまり浸透(しんとう)していない。そもそも何度というのもないのだ。暑い寒い暖かい涼しい乾燥するジメジメするこれだけで、大概(たいがい)何とかなる。

 温度が理解出来ないなら、気圧や酸素濃度の話をするのは早すぎる。とはいえ、こちらは一考すべき案件である。何故(なぜ)なら山岳地帯での怪物(モンスター)の討伐を依頼された冒険者が、原因不明の謎の(やまい)に倒れ、最悪の場合そのまま死に(いた)ることがあると旅行記に記されていたのを読んだことがある。

 うん、高山病である。こればかりは、ウィルスでも毒でもないので、魔法薬(ポーション)を飲ませたところで完治は難しいのではないか。飲まないよりは多少マシにはなるだろうが、根本の解決には至らないだろう。呼吸法や行進速度に注意すればある程度の改善にはなるはずだが、彼らは山を登りに来たのではない。怪物と戦いに来たのである。

 この現状を打破する為には、少なくとも前世でいうセルシウスさんかケルビン卿に代わる学者の登場が望まれる。ちなみに、私では代わりにならない。この世界に生まれて既に一〇〇年を優に過ぎた。前世の授業の内容など覚えていないし、そもそも私は天文学も物理学も数学も……というか理数系全般が苦手だったのだ。これでは私は世界を救うことは出来ない。グッバイ世界。

 全く関係ない内容が脳内を通り過ぎる中、それとは別に、私自身は再度、四人の得意武器と魔法、装備の確認を行い、魔法はどの程度の熟練度なのかも自己申告で聞いていった。

 これで分かったことは、セプンの魔法は、予想通り筋力増強系の魔法。戦闘前に自身にバフを掛けて突撃するのだとか。そして、コールラは炎魔法であった。防具は皆同じようなレザーアーマーに急所部位などには、鉄を(もち)いた防具が着いていた。それぞれ、多少色が違っていたり、デザインに差異はあるものの、(おおむ)ね新米らしい装備である。

 とりあえずは、私含めたこの五人でパーティを組んで明日から一緒に訓練をこなすことにし、今日のところは、一先ず食事を一緒に食べようと提案した。

 彼らはまだ駆け出しだ。お金もそう無駄遣い出来る程ないだろうから、先輩である私が(おご)ることにする。チャロンは喜んで着いてきたが、後の三人は嫌そうな雰囲気を出していた。ただ、空腹には勝てなかったのか、渋々(しぶしぶ)私の泊まる宿屋の食堂へと(おもむ)いた。

 昼過ぎであることから、食事をするお客も少なく、待つことなくテーブル席に着く。ただ、私は注文しない。朝、既に豆や木の実を食べた上に、先程は串唐揚げを一本も食べてしまったのだ。下手したら、明日いっぱい何も口にしなくても問題ないだろう。そのことを告げて私は水だけを注文した。


「エルフというのは、便利な体質なのね」


 そう切り出したのは、コールラだ。


「ほとんど食事を必要としないのに、私達と同じように動けるなんて、(うらや)ましいわ」

「エルフの食事程、簡素な物もないわよ? ほとんどが木の実や豆に野草。たまに動物を狩っては切って焼くだけ。味付けは塩くらいね。香り付けに匂いの強い野草を使うこともあるけど、香草は、どちらかと言えば、食後の口臭対策で食べる程度の物よ」

「そう聞くと、今の食事が良いわね……でも、女性として太りたくないし、悩みどころよ」

「まずお前は身長を伸ばすことじゃないのか?」


 からかい気味に口を(はさ)んできたのは、セプンだ。だが、口ではそう言うものの、どこかこちらを探るような視線を送っていることから、エルフがどういった種族なのかを観察しているのかもしれない。それを理解しているからか、コールラも「うるさいわねぇ」と(つぶや)くだけにとどめているのだろう。

 彼らからすると、エルフとは未知の存在であるのだ。噂や書物で見聞きしていたとしても、実際に目にするのは初めてか、仮に見たことがあったとしてもその数は少ないはずだ。その為に少しでも情報を得ようとしているのかもしれないが、これを相手に(さと)られずに出来なければ意味がない。逆に出来れば一人前だ。何のかは分からないが……諜報員(ちょうほういん)とか?

 まぁ私はそもそもエルフではなくハーフエルフであるし、その上に中身が異常で非常にエルフらしくないので、参考になることは非常に少ないと思う。

 仮に私と同じよう年齢のエルフがいたとしたら、やっていることは、彼らと同じような新米冒険者だろう。

 何とか話術でこちらの情報を引き出そうとしている二人とは対照的に、エメルトとチャロンは終始黙ったままで食事を口に運んでいる。

 チャロンは何とか話題に入れないかオロオロしているだけなのに対し、エメルトは興味ないような素振りをしている。しかし時折、特に私の種族や戦闘などの話になった時には、ちらりを視線をこちらに向けてきたり、犬耳が動いていたりしているのはバレている。こちらもまだまだのようだ。

 そんな妙な緊張感の中、少し遅めの昼食は終了し、各自解散となった。しかし、その際一つ伝えることがあった。


「じゃあ、明日は早速、皆の習熟度の確認の為に訓練するから、朝食が終わったら、西門を抜けた先の街道で集合ね」

「街道? 南の演習場じゃ駄目なのかよ」

「まぁちょっと特殊な訓練をするからね。それに、皆、私の実力を知りたいだろうし、戦闘訓練でもする? もちろん一対一じゃなくて一対四よ。まとめて掛かってきてね。勝てたら……そうね、卒業で良いわ」

「はぁ? 本気(マジ)かよ」

「あたし達を()めてるということ?」

「どう捉えても構わないわ。どちらにせよ、お互いの実力は知っておく必要はある。それは私だけじゃない、あなた達もよ。明日朝まで時間を上げた意味をしっかり考えなさい」


 そして、私は途中で打ち切った町の観光へと繰り出すべく、食堂を出ようとしたところで足を止めて振り返った。


「本気で掛かってきなさいね。こちらも本気でいくから」


 若き冒険者達を置いて外に出た私は、早速本屋へと突撃して立ち読みに(いそ)しむ。

 先程はギルドへ連行されてしまった為に、のんびり本屋を物色することも出来なかったので、何か珍しい物がないかとパラパラとページをめくっては次の本を手に取る。ジャンルは旅行記や医療書、薬学書、おとぎ話に聖書まで幅広く。興味のある物はとりあえず本を開く。本当ならまとめて購入したいところだが、旅をするのに荷物になってしまうので泣く泣く立ち読みで我慢をする。

 立ち読みを始めて数刻、日が傾いてきたことに気付いた私は本を棚に戻し、宿屋への道を歩く。その途中、古着屋を見つけたのでいくつか追加で必要になった物を買い揃える。


「さて、引き受けた以上は頑張るけど、それで育つかどうかはあの子達次第。でも、素直そうな子達だから、きっとものになるわね」


 その呟きは誰の耳にも届かず、夕闇へと落ち行く町の喧噪(けんそう)の中に溶けて消えた。

 部屋に戻った後は、明日の訓練内容の詳細を詰めていた。


「一対多の戦闘訓練と来たら、あの少年漫画みたいなことしてみたいわね。まぁ小道具なしで、純粋な戦闘力を測る為の訓練だから、漫画みたいに変則的なことはしないつもりだけど、やっぱり、地味でも修行回とか面白いわよね。そのキャラがどんどん強くなっていくのって、読んでてワクワクしたし」


 串を砕いた欠片(かけら)が、小さな灯火(ともしび)となって机周りを照らす中、私は、書き損じの紙の隙間隙間に、明日の予定を書き込んでは線を引いて消す作業を繰り返していく。そしてその後、一刻程仮眠を取った私は、動きやすいようノースリーブの民族衣装といつものホットパンツに着替え、昨日古着屋で購入した革の手袋と同じく革製のブーツに手足を通し、ストレートの金髪を、首の後ろで(たば)ねて(ひも)(しば)る。そして、見た目重視で防塵用(ぼうじんよう)のゴーグルとスカーフを首に巻いて準備完了。持って行く武器は剣と弓と矢筒とナイフのみ。その他の防具やコート、狙撃銃(ライフル)は置いていく。


「里の外じゃちょっとだけ恥ずかしいけど、やっぱりこの格好が落ち着くのよね……」


 エルフのイメージと違い、和装っぽい雰囲気の白色を基調とした民族衣装。白い生地に、黄色や橙色の線や模様が縫い込まれており、光にかざすとキラキラと輝く。森に入る時には目立ってしまうが、逆に生い茂った森林の中でも他者から見つけやすいように作られている。

 腰部に巻かれるのは帯ではなく、コルセットのような形状をした布製の腰巻きで、色は橙色。一人で脱ぎ着しやすいように、紐をへその前で縛る形だ。

 コルセットにも銀色の刺繍(ししゅう)で様々な模様が()い込まれているのだが、これらの模様は、エルフ族に伝わる古い魔法の術式らしく、耐魔法や耐刃(たいじん)といった加護が(ほどこ)されている。

 しかし、口伝(くでん)によって技術や知識を継承する種族(がら)、資料などは残っておらず、今はかろうじて残っている模様を元に、衣装へ(きざ)むことが伝統となっている。なるほど、エルフ族の起源は文字を扱えたらしい。しかしその知識は一体どこへ行ってしまったのか。それとも何もかもなくなってしまい、エルフの歴史から消え去ってしまったのだろうか。消失早過ぎでしょ。

 ヒトと呼べる存在が誕生して八〇〇〇年と言われているが、エルフの寿命からしたらついこの間だ。それが何も残っていないということは、最初のエルフは何も残すつもりがなかったということだろうか。

 自身の種族なのに何も分からないのは悔しいが、もしかしたら人間族などでそういった歴史研究をしている変わり者がいるかもしれない。もしそんな人がいたら、是非(ぜひ)とも話を聞いてみたいと思う。

 (いた)みなどがないか、鏡の前で色々ポーズを取って見てみるも大丈夫そうだ。

 本来の私達ルキユの森のエルフの民族衣装は、(そで)こそ元々なかったが、日本の着物のように丈が長く(ひざ)より下まである。しかしそれだと動きづらいので、半分程の長さ、腰部(ようぶ)を少し超える程度の長さまで短く加工してある。

 だが次の問題として下がすっぽんぽんになってしまうので、下着とホットパンツを()くようになった。元々はノーパンだったのだ。ちなみに、ブラは最初からしている。

 短く加工したからといって、加護が減る訳ではなく、加工に合わせて別の箇所に模様を刻んでいるので問題ない。

 そして、全ての準備を整えた私は、日の出と共に部屋を出た。

【国】

 ジスト王国

【集落】

 鉱石の町ルックカ

【種族】

 主に人間族と獣人族。数は少ないがドワーフ族やその他の亜人の姿もみられる

【土地】

 ジスト王国にある町の一つ

 西部には草原が広がっており、草原を抜けるとエルフの里がある広大な森が広がっている

 東部にも森があり、王都へと繋がる街道が延びている

 北部はタルタ荒野へと繋がる街道が延びており、点々と小さな集落が点在している。交易が結ばれており、主な取引商品は鉱物や石炭。季節によっては、たまに芋類などの()せた土地でも育つ野菜が流通に乗ることがある

 南門を抜けた南部には、冒険者用の演習場がある。非常に広大な土地の周りに壁があるだけの簡単な造り。王都の正規軍が駐留の際のキャンプ地として利用されることもある。元々は牧場や畑があったが、土地が合わないと耕作放棄地となり、それをギルドが演習場として活用している。演習場の更に南に行くと、広大な牧場地帯がある。かつて演習場のあった土地で牧場を経営していた人達が、より適した土地に移動した為である。牧場では、名産であるウシやブタが畜産されている。時々、西部の草原地帯まで牛飼いが運動不足解消を兼ねて、ウシの大群を引き連れて新鮮な草を食べさせに来ることがある

【気候】

 暖季、暑季、乾季、寒季の四季があり、暖季と暑季の間には雨季がある

【言語】

 共通リトシ語

【通貨】

 ジスト王国共通通貨

【人口】

 人の出入りが多いので、詳しくは分からないが、町の規模から推察するに二〇〇〇〇人弱

【宗教】

 イパタ教

 町の中心部には、イパタ教会堂がある

【食べ物】

 内陸の町である為、海産物はない

 主食はパンなどの小麦製品

 名物は、牛肉や豚肉を使った料理

 暖季にはケルケルの肉が多く出回る為、屋台が多く出、通りが賑やかになる

 特にケルケルの唐揚げは絶品であり、暖季にルックカへ訪れた際は、是非とも味わってもらいたい一品である。また、ケルケルの肉を味噌や醤油などのタレに漬け込んで、味を付けた後に、鉄板で野菜と炒めた、ケルちゃんなる料理も美味しい。あの宿屋の店主、なかなかやる……人を変なあだ名で呼んでくるが

【産業】

 カヨレハギユ山脈のドワーフ族や、タルタ荒野に点々とする小規模の村々との交易により、鉄鉱石を始めとした鉱石を多く仕入れているので、それを用いた鍛冶屋や製鉄所、加工場などの産業が発展している。宝石の取引も行われており、王都の宝石店に並ぶ宝石の約半分がルックカで加工された物である

【政治】

 町長と一部の役人が取り仕切っている。村やそれよりも小さな集落では投票などの多数決で決められるが、ルックカは、王都の経済を支えている町の一つである為、王都から役人が町長として派遣されている。ただし、町長の下で働く役人は投票で決められ、三年に一度の一月四日の木曜日に投開票が行われ決定する。年始である一月と、労働の曜日である木曜日に合わせて行われ、その際には、町長はイパタ教会にて公平中立な政治を行うことを宣誓し、繁栄(はんえい)安寧(あんねい)を祈るのが伝統となっている

 時々、冒険者ギルドとは、予算や運営方針で議論が白熱することがあるが、概ね問題なく関係は続いていると思われる

【文化】

 年に一回、寒季に各鍛冶屋が一本の剣を打ちその出来映えで、その年の鍛冶屋のランクを決める品評会『打ち納めの儀』がある

 乾季と暖季の年二回『ケルケル祭』が行われる。年二回大移動を行うケルケルを狩ってその肉で、お祝いをするというもの

 毎月最終週の祈曜日にはイパタ教会で『祈りの儀』があり、その日は多くの店舗が休日、もしくは半休となって、教会で今月も無事過ごすことが出来たことを感謝する祈りが捧げられる

【特徴・習慣】

 金属加工に長けた職人が多い為、武器や防具の店も多く、それらを求めて冒険者が集まりやすい為、宿屋や料理店が充実しており、活気のある町である。新米冒険者は、まずルックカに来て装備を揃えることから始めると良い。手頃な値段で、簡単な装備はある程度見繕(みつくろ)うことが出来るが、あくまで新米冒険者用であるので、そこから頑張って稼いで、より良い装備を入手出来るよう要努力である

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