37頁目 護衛依頼とシジスセ草原:後編
前回のあらすじ。
隣国エメリナ王国へ向けて出発進行。
後編になります。次回の投稿は明後日の予定です。お待ち下さい。
ジスト王国から隣国のエメリナ王国までの商隊の護衛依頼を受け、幌の上に座って景色を眺めながらシジスセ草原の街道を行く馬車に揺られていると、幌の中から声が掛かった。
「何か見えますか?」
「んー景色が綺麗ですね」
私が幌の上で周囲へ目を向けている横へ、同じように幌へ上ってきた銅ランクの若い人間族の女性冒険者だ。名前はジョスと言っただろうか。ジスト王国と違い、エメリナ王国の平民は家名や苗字は持たないようだ。
この馬車、骨組みもしっかりとしているから二人共幌の上に乗ったところで問題はないが、転んで傷付けたら弁償だし、馬車から落ちて怪我をしても自己責任だ。
そのことを注意するも「大丈夫ですよ」と笑って隣に座った。
「周囲にこちらを襲う素振りを見せる怪物はなし、盗賊らしき人影もなし……ですかね?」
周りを見渡し、私に確認を求めてくる。クロスボウという後方支援をするだけあって、目は良いようだ。
銅ランクなのでまだ経験が足りないだろうが、今日の天候と時間帯で、これだけ開けた草原なのだ。しっかりと索敵を行えば奇襲される可能性は低い。だが、低いだけだ。絶対にないということはないのだから、こうして幌の中よりも周りを見やすい外に出て景色を楽しむついでに警戒に当たっている。
とはいえ、今日に限っては盗賊による襲撃はほぼないと見ている。何故なら商隊は私達が護衛しているこの一隊だけではない。祭りが終わった翌日は、自国へ戻るべく、または近隣諸国へ商売の為に一斉に大移動が始まるのだ。
もちろん商人だけでなく、観光や興行、その他にもあるだろうが、祭りが終わった今、目的を終えた人達が冒険者を護衛に付けて移動することは決して少なくはない。むしろ安全に旅路を過ごす為に多少の色を付けても雇う人がほとんどである。
実際に、私達以外の馬車がいくつもみられるが、この一つ一つに冒険者が護衛として付いているとなれば、おいそれと手出しは出来ない。一つの馬車を襲っている間に他の冒険者から袋叩きに遭うのだから当然だ。
ちなみに、明日以降になれば行き来する馬車の数もある程度落ち着くので、そこを狙って動く場合が多い。動物でも群れで行動していたら、たとえ相手が貧弱な草食動物だったとしてもなかなかちょっかいを掛けることは出来ない。しかし、単独行動となれば十分に食らい付くことが出来る。
このことから、移動をするなら今日が一番安全に行動することが出来る日だと言えるのだ。
だが、だからといって気を抜いて良いなんてことはない。だからこそ、あえて狙うという輩がいないとも限らないし、完璧に見える物にも必ず抜け穴というのが存在している。
「油断は駄目ですよ。ほんのちょっとした違いや違和感でも見逃さないように注意して下さい」
「は、はい。分かりました」
同じパーティでなくとも、先輩冒険者が後輩へ色々教えるのは普通である。経験は学を超えるとは言うが、学のない経験は死に繋がることもある。知っているかどうかで生死が変わることもあるので、こうしたちょっとしたことでもしっかりと教える必要があるのだ。
「この間は、リュヌフィラムの蜜を求めて狼鳥竜の群れがこの街道近くに縄張りを築いていました。討伐は既に終わっていますが、日々状況は変わっていくものです。気を付けて下さい」
狼鳥竜とは、ヴィオニトニクスの別名で、数体から十数体の群れで行動する小型肉食怪物である。
頭胴長は三~四ファルト程、尻尾を足して六ファルト前後。オオカミのように群れで襲い掛かって一体を分断させ、一斉に飛び掛かる知恵も連携もある厄介な怪物である。
前世これに近い生物でヴェロキラプトルがあるが、ラプトルよりも倍以上に大きい。
狼鳥竜と呼ばれてはいるが、鳥竜種ではなく獣脚種である。竜と付いているが竜種とは認定されておらず、あくまで獣種のくくりに含まれる。
学名はヴィオニトニクスであるのでこちらが正式名称であるのだが、他の怪物同様にいつの間にか別名が定着し、そちらで呼ばれることが多い。
肉食怪物であるが甘い物が好きらしい。それを聞いた時は本当に驚いた。以前リュヌフィラムに群がる狼鳥竜を討伐したが、他にもハチミツを取り合って大型のクマと争う例があることをギルドに報告した際に聞いた。ちなみに結果は、クマは確かに強いが明らかに狼鳥竜の方が強いし数もいるのでお察しである。
それにしても日差しが強い。
今日で六月も終わりで、一応明日からはジスト王国では乾季ということになっているが、この暑さは人間族や獣人族にとっては堪えられないだろう。それに女性なら日焼けを気にしたりするかもしれない。日焼け止めクリームがある訳でもないので、冒険者業をするなら日焼けは覚悟の内だろうが、かといって不必要に焼きたいとは思わないのではないだろうか。そう思い、横に座る女性冒険者に目線をやる。
直射日光に晒され、汗が垂れている。表情はまだまだ余裕そうだが、まだまだ道のりは長いのだ。ここで飛ばしすぎると身体が持たないと思う。
私は暑さ寒さには強いし、日焼けも、この世界に生まれてこの方、焼けた記憶はない。炎魔法などで火傷を負うことはあっても紫外線に肌が負けたことはないはずだ。
「まだ暑いのだから中にいても良いのですよ?」
「いえ、大丈夫です。それに噂の『迅雷』さんとお話がしたかったもので……」
「私と? 物好きですね」
話とは言うが、どんな話をご所望だろうか。
「はい、わたし、銅ランクに上がって一年経つのですが、今のままで良いのかとか思いまして」
「それはランクが中々上がらないことでの焦りですか?」
「分かりません……生きて帰ることが冒険者としての理念です。それは理解していますし、心掛けています。ですが、何か、その上手く言葉に出来ないのですが、何かが違うなって……」
「うーん、それはあなた自身の感情や思想ですので、外部の特に今日会ったばかりの私が言うことではないのかもしれません。それを念頭に聞いて下さい」
「はい」
「ランクが上がらないことに焦っているのでしたら、継続して依頼を受け続けて達成していけば、素行が悪くない限りはいつか上がります。ですが、いつかです。しかも全員とは限りません。一生を銅ランクで終える人だって少なくないのです。同じパーティの先輩冒険者からも言われていることと思いますが、近道なんてありません。一つ一つ確実にこなすしか道はないのです」
「で、ですが、フレンシアさんは、かつて一〇年で紫水晶まで上り詰めたと聞いたことがあります!」
何故こんな若い子が私の黒歴史を知っているのだろうか。流石にそこはミリーも話していなかったと思うのですが。
「それは誰から聞いたのですか?」
「え? スパスさんからですよ? 何でも、以前からフレンシアさんのこと知っていたみたいですよ。あの人、ジスト王国でも銀ランク持っていますし、何度も行き来しているらしいので」
スパスさんとは、今組んでいるエメリナ所属のパーティのリーダーだ。結構なベテラン冒険者で、以前ジスト王国で活動していた際に噂を耳にしたことがあるようだ。
私が一回引退した時期だったので、会ったことはないそうだ。私も見覚えがなかったので、もしどこかで会っていて忘れていたら失礼だと思い冷や汗が出たが、杞憂だったようで安心した。
「あ、そうか」
「え?」
「いえ、こちらの話です」
「はぁ?」
初めて会って挨拶した際に、最近のと前置きされた理由が分かった。その時は特に何も思わなかったが、あれは以前の私を知っていたからか。
あの頃も色々やらかしていた。不本意だが、当時は紫水晶最速達成記録保持者としてもてはやされたことがある。そういった線で噂になっていたところに来ていたのだとしたら、聞いたことがあったとしても不思議ではない。
「えぇと、紫水晶の話でしたね……あーうん、私の場合はかなりズルいですからね……私達エルフ族は一日一食、それも少量。睡眠も三日は寝ないでも活動出来るという身体です。その分、身体と精神の成長も遅いのですが、私の場合は突然変異で精神の成長が早かったので、それを利用して一日に何件もの依頼をこなしてをひたすら繰り返していました」
「え……」
「普通の冒険者が現役時代にこなすことが出来るであろう依頼の平均の八割近くを、その一〇年でこなしていたと聞いたことがあります。つまり、依頼数そのものはそれ程に違いありません。ただ密度が違うだけなのです。普通の人がやったら絶対に身体を壊しますし、精神もおかしくなると思います」
「そんな無茶を……」
「えぇ、まぁ当時はそれを無茶とは思っていませんでしたね。ただ私は産まれてから一〇〇年。ずっと森の中で暮らしました。集落の掟とはいえ、普通のエルフよりも精神の成長が早かった私はひたすら外の世界を見たいと願っていました。その反動でしょうか。冒険者になった途端にその枷が外れて、ひたすら冒険者業務に勤しむようになりました」
「……」
「それで気付けば一〇年が経ち、ランクも紫水晶に上がっていた。ただそれだけです。人に誇れるようなことは何もありません」
「……そう、ですか」
転生者であることなど、隠すべきところは隠し、ある程度それっぽくぼかしてはいるが大きく間違ってはいない。話していないことはあるし、そこを隠す為に嘘は吐いているが、ほとんど本当の話である。
「幻滅しましたか?」
「いえ、ただ、すごいなって思いまして」
「そうですか?」
どこにすごいと思う要素があったのか。一〇年でこなした依頼数であろうか。
そう頭を捻らせていると、隣の冒険者が何かを決意したかのような鋭い目付きで私を見てくる。
「わたし、頑張ります!」
「え、あ、うん、解決したなら良いですよ。でも私が言うのも何ですが、無茶は駄目ですよ。冒険者は……」
「生きて帰ること。ですよね!」
「そう。それを忘れずにいれば、いつか届くはずです」
「はい! 頑張ります!」
周囲に注意を払いつつも雑談で盛り上がっていると、いつの間にか太陽が真上に来ていた。結構時間が経っていたようだ。徒歩だと国境まで丸一日掛かるが、馬車だとそれを半分近くまで短縮出来る。
馬車は一旦停止し、お昼休憩にするようで食材などの荷物を下ろす作業をしていたので、私達二人も幌から飛び降りてその手伝いをする。
私は朝食べたので見ているだけだったが、パーティのトップと商隊の責任者とで行程の確認を行う。この分なら夕方には国境を越えられるとのことで、油断せずにと頷き合う。
国境を越えたからといって、すぐに町がある訳でもなく、まだしばらくシジスセ草原は続くので、今日中に町に入ることは出来ない。そうなると野営すること確定。
夜は危険だ。粘性体スリーンムが音もなく忍び寄ることもある。普段は新米冒険者の常駐依頼としても扱われるくらい簡単に倒せるサンドバッグであるが、油断していると朝にはメンバーが一人いなくなっているなんてことも考えられるので、夜の見張りはしっかりと行わないといけない。
もちろん、粘性体だけでなく注意すべき怪物は他にもいるし、動物だって肉食獣は夜行性もいるので気を抜けない。そしてこの大所帯だからと安心しきっていると、ちょっとした隙を突いて盗賊に襲われてしまう可能性だってある。
夜は視界が利かない分、索敵の手段に制限が掛かるので、奇襲する側としては申し分ない条件である。
それは他の商隊などの馬車も同じだろう。だから出来るだけ一塊になるように行動する。そこから突出した部分から噛み付かれるのだ。出る杭は打たれるとは前世の言葉。こちらの世界の似た言葉で、ささくれは削られるがある。木樵などの木材加工職人から生まれた言葉だそうだ。
休憩時も見張りを立たせ、警戒を解かない。食事も匂いの強い物や手間の掛かる物は怪物に襲われるリスクが高くなったり、襲われた場合にすぐに対処出来なかったりという危険があるので、簡単な携帯食料などで済ますことが多い。
「ん、先頭に動きありです。そろそろ出発準備をしましょう」
先頭車両の様子を窺っていた私は、休憩を終えて片付けを始めているのを目にし、護衛対象である商人達に声を掛ける。
「分かった。よしそれでは、片付けを始めるぞ!」
「おー!」
ここであえて大声で指示を出したのは、周囲にいる馬車隊に同調せよとアピールして、出来るだけ一緒に行動せよと伝える為である。孤立すると途端に襲われる恐れがあるので、周りの人達からの文句はなく、慌てることなく落ち着き、しかし手早く後始末を済ませていく。
「それじゃあ、持ち場に戻るぞ。配置はこのままで良いな?」
「良いと思います」
「おう、こっちも良いぜ」
「分かった。各自配置に就け!」
「「「「「はい!」」」」」
銅ランク冒険者の元気な掛け声に満足したように頷き、年配のパーティリーダーのスパスさんも自身の護衛する馬車へ向かう。
国境まで残り半分の行程。ここからは段々と日が沈む。視界も悪くなってくるので、一層警戒に力を入れなければならない。
見張り自体はエルフ族である為、ローテーションを組まなくても私一人で十分なのだが、銅ランクにも経験を積ませる為に、私が主に監督役として一緒に警戒に当たることとなった。
【名前】
ヴィオニトニクス
【種族】
獣脚種
狼鳥竜と呼ばれてはいるが、鳥竜種ではなく獣脚種である
竜と付いているが竜種とは認定されておらず、あくまで獣種のくくりに含まれる
【別名】
狼鳥竜
【生息地】
ある程度の安定した気温さえあればどこでも適応出来る
寒冷地などの寒さには弱い模様
【大きさ】
頭胴長は三~四ファルト程、尻尾を足して六ファルト前後
【生態・特徴】
数体から十数体の群れで行動する小型肉食怪物
オオカミのように群れで襲い掛かって一体を分断させ、一斉に飛び掛かる知恵も連携もある
動きが速く、別々の方向から攻撃を仕掛けてくるので、単独もしくは少人数では対処が追い付かないこともある
噛み付き、前足の爪による引っ掻き、尻尾の振り回し、その脚力から生まれる跳躍力からの飛び掛かりといった攻撃をしてくる
群れを統率している個体を見極め、仕留めることで群れは撤退する
統率者を見た目で見つけることは難しいが、見分けることは難しくない。襲撃してきた時に、必ず二番目に攻撃を仕掛けてくるのが統率者だからだ。何故二番目に攻撃してくるのかは不明だが、冒険者の経験からの仮説として、一番目に下っ端に攻撃をさせてからの成功を見て、自身が美味しい所を持って行く為であるとされている
意外と甘い物好き
リュヌフィラムやハチミツを狙って他の生物と対立する姿が目撃されている
寒さに弱いとされているので、凍結魔法、氷魔法、温度魔法などで範囲攻撃をすると一網打尽に出来る
また、脅威なのは高い統率力と機動力から繰り出される攻撃力なので、拘束魔法や土魔法、風魔法などで機動力を奪ってしまえば、防御力は低いので魔法を織り交ぜて戦えば、対処は難しくない
しかし、夜間の奇襲なども得意なので油断は出来ない。奇襲でも攻撃の順番は変わらないので、二番目に襲い来る個体を返り討ちにすることが出来れば撤退に追い込めるので、慌てず冷静に対応しよう
【素材】
爪や牙は武器や採取用ナイフに加工出来る。矢尻として使われることもある
骨は、防具の素材、主に留め具などに用いられるが、強度はそれなりなので新米冒険者や銅ランク冒険者用の革製防具などの素材となることが多い




