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3頁目 鉱石の町ルックカと名物グルメ

前回のあらすじ。

旅に出たら縄張り争いに遭遇。


各話の後書きの文章は、主人公が手記としてまとめている体で行われています。

よって、あくまでこの異世界の住人に読んでもらう為の記述ですので、前世の話には触れていません。

また、本編内の文章と被る点も、本編内で感じたことを出来るだけそのまま反映させようとしている意図があります。

後書きに書かれている手記は、今後の物語のネタバレに繋がるようなものは書かれないつもりです。

しかし、現時点で本編内に登場せずに手記にだけ名前があり、後に本編で登場することはあります。

後書きは極力入れていくつもりですが、ネタが浮かばなかったりネタバレ的な理由だったりで入れられない場合があります。

 夜明けと共に目を覚ました私は立ち上がり、軽く伸びをして身体をほぐす。腰まで伸びた母親(ゆず)りの金髪を手櫛(てぐし)()かしながら、今日の行程(こうてい)を頭の中で(めぐ)らせる。


「出来れば、朝の内に町に着きたいよね。ちゃんとした宿を取りたいし」


 ただ寝泊まりするだけなら安宿でも問題ないのだが、文字通り荷物となる物を(かか)えたまま依頼をこなす訳にはいかないので、必然的に余分な荷物は宿に置きっ放しになる。そうなると、セキュリティ面で不安の残る安宿には泊まれない。


「盗られて困る物……本は盗られたら嫌だよね」


 今、自分の手持ちで財産と言える物はまずお金、そして本だ。防具、特にライトメタルの防具や、父の形見の鉄火竜(てっかりゅう)のコートは高く売れるだろうが、こちらは普段から身に付けているので問題ない。狙撃銃(ライフル)も一応貴重品であるので高価ではあるのだが、弾薬の補充が手間な上にお金がかかる上にその弾薬も銃自体が貴重であるが(ゆえ)にあまり出回っていない。その為扱いに困るという状態であるので、せいぜいが骨董屋(こっとうや)や珍しい物好きが欲しがる程度であろう。


「まぁ私みたいに、魔弾や加工弾を撃ち出すみたいな使い方が出来るならありかもしれないけど……」


 そんな面倒なことをするくらいなら、素直に魔法を撃った方が楽であるので、結局は弾薬が十分に補給出来る環境でなければ、無用の長物(ちょうぶつ)となること必至(ひっし)である。だが、面倒事(めんどうごと)に自ら巻き込まれるつもりはないので、念の為にと狙撃銃には布を幾重にも巻いて、長い棒のようにカムフラージュする。


「よし、準備完了。忘れ物は……ないね」


 まずは街道へ合流しようと思い、草原に広がる草をかき分けながらゆっくりと歩みを進める。しばらく歩いたところで街道へと着いた為、朝食を()るべく腰を下ろす。

 朝食といっても、乾燥させた豆や木の実を(びん)詰めにしただけのものである。朝食前の祈りを(ささ)げ、私は歯ごたえのあるそれを、しっかりと咀嚼(そしゃく)しながら味を確かめて飲み込む。そして、水筒の水も少し口にし、食後の挨拶を軽く済ませる。


「そういえば、昨日、水しか飲んでなかった……」


 その水も、葉などに残った水滴を集めただけの物で、それで水分補給したかと問われれば微妙なところである。


「塩も舐めておけば良かったかな」


 ことごとく、こちらの世界の私は食生活が破綻(はたん)していると実感する。かといって、転生前の自分もちゃんとした食事を()っていたかと思えば、おそらく食べていないのだろうと予想する。こんな食事と言えないような食事でも満足し、今日も頑張ろうと言っているのだから。


「豆や木の実と言えば、向こうの世界にも同じような材料の栄養剤があったような……」


 やはり、今も昔も私の食は変わっていないようだ。昨日も考えていたが、冗談じゃなく本当にブラックな企業に勤めていたのかもしれない。原因は過労死だろうか。働き過ぎは程々に。


「このまま東へ進めばルックカ。おそらく半刻くらいかな。となると後五ファファルトちょっとかな」


 ファファルトとは、長さの単位である。地球で言うキロメートルに相当する。ちなみに、メートルはファルト、センチメートルはナンファルト、そしてミリメートルはナニファルトと表される。

 略式単位にするとFになるので、フィートと混合してしまいそうだが、こちらでは、メートルと同じ様式で長さを定義付けた人物の名がファルトだったことからそう呼ぶようになった。

 ファファルトは、本来はファルトファルトなのだが、それだと長いということでいつの間にか短くなって、今の呼び方になった。同じようにミリメートルもナンナンファルトから、ナンが二つあるからナニとし、そこにファルトをくっつけてナニファルトとした経緯がある。短く呼ぶ場合は、それぞれファファ、ファルト、ナンファ、ナニファとなるが、呼び方が違うだけで計算方式などは全て馴染(なじ)み深いメートル法で出来る為、助かっている。全てを一から覚えるのは流石(さすが)に厳しい。

 言語に関しては転生特典というべき物か、最初からこちらの世界の言語、少なくとも共通リトシ語は理解し自然と話すことが出来ているので問題ない。ただし、他国や他部族、種族では独自の言語や方言、(なま)りもあるだろうから、それら全てをカバーしているかどうかは実際に会って聞いてみなければ分からない。

 ルックカに着いたらまずは宿屋探し。それとギルドへの冒険者再登録を終えたら、本屋にでも寄って、言語辞典でも探してみるか。あるか微妙なところであるし、覚えたところで使えるとは限らないが、あるなら物は試しで読んでみようと思う。

 まだ肌寒い早朝、草原に伸びる街道を一人歩いているところに、時折風が流れ、自慢の髪が草花と一緒にサラサラと波打つ。こうしたほんの少しの自然に触れることにも、今の私は幸せを感じている。

 お世辞にも整備されているとは言いがたいが、何十年、何百年も繰り返し人や馬車の行き来によって踏み固められた街道を進むことしばらく、ようやく目的地であるルックカの壁が見えてきた。城壁と呼ぶような大きくも仰々(ぎょうぎょう)しくもない。あくまで外と中を区別し、野生動物が入り込まない程度の高さで築き上げられた物である。そして今、目の前で門が開かれようとしていた。


丁度の時間(タイミングピッタリ)ね」


 様々な物が詰め込まれた荷物であるが、特に重さを感じず、移動の(さまた)げになっていないのは、単に(きた)えられているからと言えるのだが、それでも荷物を下ろすことが出来るというのは、それとは別に何となくホッと出来るものである。


「おはようございます」

「おお、おはよう。早いな。今日はどうした?」

「冒険者登録をしようと思いまして」

「そうか。冒険者ギルドはこのまま真っ直ぐだが、分かるか?」

「はい、以前も来たことがあるので大丈夫です。ただ、拠点にする宿がまだですので、そこそこ安全な宿を紹介してもらえると嬉しいのですが」


 門番の人間のおじさんに話し掛け、宿の目星を付けていく。冒険者の再登録と言わなかったのは、ただ単に面倒くさかったからだ。それに一〇年も前の話だ。馴染みの職人などはまだ現役だろうが、その他の職種は一〇年もあれば色々と入れ替わりなどがあるだろう。それに、それ程関わっていない場合は覚えていないこともあると思う。エルフだから一〇年程度では全く見た目変わらないのだが。


「それじゃあ頑張れよ!」

「はい、ありがとうございました」


 門番のおじさんと軽く会話を()わし、門をくぐる。未舗装(みほそう)の街道と違い、町の中は石畳(いしだたみ)である程度の舗装は進んでいる。人通りもそこそこ多く、早朝にも関わらず活気(かっき)がある。ドワーフ族との交易(こうえき)で、安定して鉱石が入手出来ていることから、経済が安定しているのかもしれない。実際、貴重で高価なライトメタルも、他の町では入手すらも困難であるが、ルックカなら何とか手に入る程度にはあるのだ。ものすごく高いが。

 町並みは、中世の欧州(ヨーロッパ)彷彿(ほうふつ)とさせるような外観の建物が多く建ち並んでいる。大体が二階か三階建てで、たまに四階建てがちらほら見える程度だ。

 基礎は石造りで屋根も赤いレンガを用いているが、壁材などの多くは木だ。これは、二つの森が近くにあることから、素材が比較的容易に手に入ることからだと思われる。高い建物が少ないのは、町の人口とバランスを取っているのか、あまり大型にすると強度不足の恐れがあるからか。いずれにせよ。中世の欧州でイメージされる高い塔などはみられない。

 これが王都になると、もっと大型な建物が乱立しているのだが、そこまで町並みを覚えている訳ではない。冒険者時代は、常に宿屋とギルドとを繋ぐ道を行き来する程度で、ギルドで依頼を受けたらすぐに町を()っていた。そして帰ってきてもどこにも寄らずにギルドか宿屋のどちらかに寄るのを、ただひたすら繰り返していたので、印象に残っていないのも無理はないと思う。


「ここに来るのも一〇年振りね」


 二〇年前に訪れ、ここで冒険者登録した後は一年程滞在してすぐに王都へと拠点を移した為、あまりこの町のことを覚えていない。最後に来たのも一〇年前。冒険者の引退手続きが目的で里に帰るついでに寄っただけだ。

 ただ、いざ引退するとなった時は何やら私の変な噂が遠くの王都からわざわざ届いていたらしく、ギルド職員からは、考え直さないかと説得された覚えがある。当時は、ただ母の元へ帰りたかった一心であったので耳を貸さず、そのまま町を後にした。

 以来、森から出ることなく、外部との接触もたまに里を訪れる商隊の相手をするくらいであった。

 最初の頃は商人からも、もう一度冒険者に戻らないかと請われることもあったが、一年程やりとりした後は何も言ってこなくなった。

 (なつ)かしい過去を思い出しつつも、紹介してもらった宿を探すべく通りを進んでいく。四階建ての建物なので、分かりやすいとのこと。

 しかし、歩いていると、あまり里から出ないエルフが町中にいることが珍しいのか、時折視線が向けられる。一応、距離があるとはいえ近所みたいなものだから、そこまで珍しがることもないと思うのだが……もしかしたら、エルフ族だからというより、この容姿に()かれているからなのかもしれない。自意識過剰(じいしきかじょう)とは思わない。私自身、最初に水鏡で見た時「うわっやばっ」と驚いたものだ。

 大通り沿いに、目当ての宿らしき建物を見つける。


「えぇとイコッタね。うん、ここだわ」


 看板を確認すると、教えてもらった宿で間違いないようだ。


「すみません」


 扉を開け、朝食時で(にぎ)やかな食堂の中を(せわ)しなく行き来している給仕の猫獣人の女の子に声を掛ける。三毛猫がモデルなのか、そのふわっとしたショートヘアは三色で、目の色もキレイな金色だった。猫耳はピコピコと動き、スカートの下から顔を覗かせている尻尾も、ユラユラと揺れている。


「はい、いらっしゃいニャせー」


 そこは「いらっしゃいませだニャ」じゃないのかとツッコミたくなったのを我慢し、今日からしばらく泊まりたいのだが、部屋は()いているか確認する。


「ちょっニャ、待ってくニャさい。店主-!」


 いや、そこは無理あるだろうと思うも、そこもどうにか(こら)える。すると、食堂の奥から頭の(まぶ)しい入道族……じゃなく、禿(はげ)た中年の人間男性が現れた。


「おう! どうしたニャン吉!」


 まさかの男の娘なのかと驚愕(きょうがく)するも、すぐ様「ニャチルよ!」と否定していたので、ちゃんと女の子らしい。というか名前、ニャチルで良いのか迷うところである。変なところで「ニャ」と言うのだ。もしかしたらヤチルとかそんな感じの名前かもしれない。気になるので、直接聞くことにする。


「えぇと、ニャチルさんで良いのですか?」

「そうニャすよ。本ニャーです!」


 本名……で良いらしい。多分。一先(ひとま)ず、これ以上仕事の邪魔をする訳にもいかないので、手短に店主に用件を伝えると、(こころよ)く了承してくれた。


「じゃあ、宿屋台帳に記名してくれ。あ、お前さん見たところエルフみたいだが、字は書けるか?」

「大丈夫ですよ」


 エルフ族は識字率(しきじりつ)が低いことは割と有名らしい。サラサラと名前を書いて渡すと、それを確認してちらりとこちらに目を向ける。それから何度か(うなず)いた。


「うん、問題ないな。じゃあしばらくよろしくなフレ吉!」

「フレンシアです」


 その呼び名は店主独特の物だったらしい。

 名前を名乗った時、食事をしていた一部の冒険者らしき格好をした人がピクリと反応した。


「?」


 その冒険者へ目を向けるも、その後は黙々と朝食を食べていたので気のせいかと思う。

 それから、鍵を受け取った私は、割り当てられた三階の一室へと向かうべく、階段を上がって部屋へ向かった。どうやら個室だったらしい。確かに、これならセキュリティ面はある程度問題ないと思う。荷物や武器を降ろし、コートを壁のハンガーに掛ける。ブーツを脱ぎ、ライトメタルの防具も取り(はず)す。首に巻いたゴーグルやスカーフも外し、備え付けのテーブルへと置いた。


「ふぅ、やれやれ」


 ベッドに腰掛けたところで一息()く。この程度の疲労、疲労とは感じないが、それでも里でぬくぬくと生活していた時に比べてずっと気を張っていなければいけないので、今こうして一時(いっとき)でも休めることは嬉しい。

 ぼんやりと窓の外を眺めたところで、そろそろ朝食が終わり、チェックアウトする人は大体出て行ったかなと思った私はブーツを()き、ライトメタルの防具を身に付けた。コートにも(そで)を通して一階へ降りる。

 予想通り、早朝に来た時は騒然(そうぜん)としていた食堂も、今はちらほらと人が座っている程度で閑散(かんさん)としていた。

 そこで、テーブルを掃除していたニャチルさんを呼び止める。


「すみません、この町で旬な食材を扱った、手頃な値段の名物とか人気な食べ物って、どこ行ったら食べられますか? 屋台とかでも良いんですけど」


 宿屋とはいえ、食を扱う店で堂々と他店の美味(おい)しい物を聞くのは失礼なこととは思うが、記録に残す参考として是非(ぜひ)食べておきたいことから、ここはしっかりと情報収集しておく。一〇年前までは、とりあえず朝さえ食べられれば何でも良いと、適当に値段の安い物を注文していた気がする。


「ん~ここだと……旬からニャ少し外れますが、牛肉ニャすかね。豚肉は年中食べニャれますが、この季節だと油が強いので、ニャたしは好きじゃないです。特に気にしないなら、豚肉料理ニャいけると思いますよ。後は、暖野菜がニャー少ししたら出てくるかも」


 内陸の国の更に大きいとはいえ辺境の町であるから海産物の取引は基本ないし、暖野菜、つまり春野菜の収穫は出荷まではまだ少しかかる。果物などを栽培(さいばい)しているかは聞いていないので分からないが、地球の同じような環境の地域で当てはめれば、恐らく暑季から乾季に掛けて収穫される物と考えられる。


「あ、これを忘れニャたです。この間、ケルケルの群れの大移動がニャったから、今ならそこら辺の屋台でニャ安く買えますよ」

「ありがとうございます。町巡りしながら探してみたいと思います」

「はニャ、いってらっしゃいませー!」


 ニャチルさんに見送られ、宿を出た私は、早速、話に聞いたケルケルを食べる為に屋台を探す。

 足蹴鳥(あしげちょう)ケルケル、見た目や大きさはダチョウに近いが、大きな違いとして、ダチョウにはない腕があるということだ。元々は四本足であったが、進化の過程で移動速度と距離を稼ぐべく後ろ足で立って行動するようになり、前足は退化して細く短くなるも、指を器用に使って虫や木の実を手に持つことが出来る。しかし首が長いので、そのまま首を突っ込めば解決するので、いずれ退化が進んでダチョウと同じ形になるだろうと思われる。

 南の暖かい地域で寒季を過ごし、暖季に入る頃に北へと移動を開始する、地上を走る渡り鳥である。

 草食怪物(モンスター)で、臆病(おくびょう)という特徴がある為、基本相手から攻撃をしてくることは少ないが、窮鼠(きゅうそ)猫を噛むと日本で言われているように、追い詰められた時のその自慢の脚力から繰り出される蹴りは非常に強力で、下手(へた)をすると、鉄の防具をもへこませることが出来る程の威力を持つ。

 その群れは、毎年暖季と乾季になると数千羽の群れを作って大移動を行うので、討伐(とうばつ)依頼というより食材確保の為の依頼が出され、大規模な作戦が行われる。通過時は、ルックカと東部にあるキダチの森の間との草原を南北に走り抜ける。

 狩猟(しゅりょう)の際は、防御力は大したことないので、どんな武器や魔法でも通り、近接武器での攻撃も一応問題ない。問題ないが、数千羽がものすごいスピードで走る中に飛び込んで、剣を振ろうなどという自殺志願者は普通いない。ここは安全に魔法や遠距離武器で仕留めるに限る。ただし魔法は威力が強すぎると、食肉として利用出来ない状態になってしまうので、注意が必要である。

 乾季に狩った足蹴鳥は、保存食として加工して寒季に食べ、暖季に狩った物はそのまま食堂や屋台などで、串焼きや唐揚げなどにして提供される。


「串唐揚げとか良いね」


 昼食を食べるにはまだ早いこの時間、どの店に行くにもあまり混雑しないだろうと、のんびりと各屋台などを見て歩いて行く。時折、目当ての物ではないが、良い匂いのする食べ物などがあって、非常に食欲をそそる。とはいえ、少ないながらも、(すで)に朝食を口にしているのであまり量は食べられないだろうと思われる。

 人通りが多い場所を通ると、どうしても周りからの視線が気になる。そんなにエルフが珍しいのだろうかと思いつつも、ふと目を向けた先に、香ばしい匂いを(ただよ)わせる屋台を見つけた。近くに寄ってみると、ケルケルの串唐揚げ屋台のようで、若い男性スタッフが、汗を流しながらも一生懸命に作っていた。

 よし、ここに決めた。


「すみません」

「あ、いらっしゃいませ!」


 注文をしようと話し掛けると、調理の手を止めてこちらに目を向けてきた。目が合うと一瞬固まるも、すぐに普通に応対してくれた。若干(じゃっかん)視線が私の耳に行くのは、無視することにする。


「串唐揚げを一本……いえ、この際ですから二本下さい」

「あ、は、はい。ただいま! え、えぇと、二本で六トルマです!」

「はい」

「は、はい。丁度いただきます。ありがとうございました!」

「じゃあねー」


 お金を渡すと、それと引き替えにウロウの葉に(くる)まれた形で、渡される。

 ウロウの葉とは、屋台などの持ち帰り用の料理を提供している店や、薬品を取り扱う店などで扱われていることが多い植物の葉である。とても大きくて柔らかい上に、破れにくくて丈夫(じょうぶ)。匂いもない為、食品などに匂い移りしない。そして、年中採れるのでスーパーの袋か紙袋、風呂敷のように広く使われる存在である。

 製紙技術はあり、多少お値段は張るとはいえ、広く本や紙が出回っている世界であるが、紙袋のように使い捨てとして使うには勿体(もったい)ないことから、こういった場面ではウロウの葉や、地域によってはウロウに近いカルジーサの葉を使うことが多い。

 ウロウの葉に包まれた二本の内、一本を取りだし、町中を歩き回りながら(かじ)り付く。出来たてだから熱々でサクサクで、でも中のお肉はすごく柔らかくて、肉汁が口の中に広がるも、脂っこさはなく、とてもサッパリしている。何か下処理に香草(ハーブ)系を使っているのか、わずかながら爽やかな風味も感じる。二本は流石(さすが)に多かったかなと思ったが、これなら胃もたれの心配もなく、ペロリと食べられてしまいそうだ。


「これは当たりね」


 そう(つぶや)きながら、冒険者ギルドへはいつ頃向かおうか思案していたところで、突如(とつじょ)背後から女性の声で呼び止められた。


「あ、あの! そこのエルフさん!」


 周りにエルフはいないので、必然呼ばれたのは私ということになる。串唐揚げを(くわ)えながら振り返ると、人間族の、成人しているかしていないかくらいの見た目の少女が、息を切らせて立っていた。


「何かご用ですか?」


 記憶を探るも、こんな若い人間族の知り合いはいない。一〇年前までの冒険者時代のことを考えても、彼女は当時五歳かその辺りだろう。とても私と接点があるようには思えないが、一応害はなさそうなので話を聞こうと思う。


「あ、あの私、この先のルックカ冒険者ギルドで職員をしています、イユと言います。失礼ですが、フレンシアさんでお間違えないですか?」


 イユと名乗った少女は、息を整えると同時に、走ってきて乱れたキレイな茶髪のセミロングを手櫛(てぐし)で整えながら聞いてきた。


「はい、私がフレンシアですけど、私が何か?」


 本当に何かしただろうか。冒険者ギルドには後から向かおうと思っていたので、その予定が早まっただけと思えれば良いのだが、彼女の必死さからすると、何かまずいことでもあるのだろうか。私が知らない間に犯罪に荷担していたとか……それなら、ギルド職員じゃなく、町の衛兵やギルドに雇われた冒険者が来るはずである。では、何か引退時の書類に不備でもあったのか。それだとしても、一〇年間全く外部と接触を断っていた訳ではない。一応、行商人との交流はあったし、その護衛の冒険者と話をする機会だってあった。であれば、その時に知らせれば良いだけのこと、わざわざ私を探して町中を走り回る必要は見当たらない。

 疑問が頭の中をグルグルと駆け巡るも、答えに辿り着くことはなく、ただ串唐揚げを持った状態で固まっていた私は、そのまま彼女の次の言葉を待った。


「私と、一緒に、ギルドへ来ていただいてもよろしいでしょうか?」

「分かりました。元々後で行く予定でしたので、構いませんが」

「え? よろしいのですか?」

「え? はい」


 何か驚くようなことでも言っただろうか。とりあえず、次の予定は決まった。


「あの、串唐揚げ、一本食べますか?」

「へ?」

「美味しいですよ?」


 まだ、少し混乱している様子のイユさんへ、手に持つウロウの葉の包みを差し出す。このままでは話が進まないので、こちらから話題を振ってやり、落ち着かせる。


「え……と、よろしいのですか?」

「いいですよ。せっかくですから。温かい内に食べて下さい」

「は、い、ありがとうございま、す……頂きます」


 そう言って包みを受け取ったイユさんは、葉を広げ、串を取り出して食べ始める。


「あ、美味しいです」

「でしょ? この屋台の人、良い腕していますね」

「これ、どこで?」

「この通りの先の屋台ですよ。ところで、食べながらで良いのですが、ギルド職員であるあなたが、何で私を探していたのですか?」

「あ、そうでした! えぇと、ギルドに来た冒険者から、この町にフレンシアと名乗るエルフ族が来たらしいという話を聞きまして、それを聞いた別の職員が何やら慌てた様子でギルド長に伝えに行ったところ、私にあなたを探してギルドに連れてくるようにと指令を受けまして、それで……」

「大体の事情は分かりました。ですが、一体私は何をやらかしたのでしょうか?」

「私も詳しいことは何も……ただ、探してこいとだけ……」

「まぁ、行けば解決するのでしょ? でしたら、行くだけですよ。私もギルドには用事がありましたし」

「ありがとうございます」


 二人並ぶと、イユさんの方が少しだけ、私より背が低いことが分かった。私が一六〇ナンファくらいだから、一五〇ナンファ程だろうか。何となく包みをイユさんに渡したことで空いた左手を、左に立つ彼女の頭へと伸ばし、()でる。


「ええ!」


 突然の行動に驚いた声を発するも、嫌がる素振りを見せなかったので、それから少しだけ撫でて手を離す。妹とか出来たらこんな感じなのだろうかと思った。年齢差は気にしないことにする。

 二人揃って串唐揚げを食べ終えた後、串を葉に包み、コートのポケットに入れる。葉はもちろん、串も木の枝を(けず)っただけの棒なので、どちらも燃料になる。宿屋の夜の明かりは当然自前のランタンを使うのだが、油もタダではないので、出来れば節約したい。よって、串を(くだ)き、ウロウの葉と一緒に燃やし、明かり代わりに使おうと思ったのだ。決してケチではない。やりくり上手と言うのだと、誰も聞いていないのに無意味に強がる。

 通りを歩き、ギルドへ向かう途中、時折私は、出店や屋台を覗いたり本屋へ入ったりと、寄り道が多く、その都度(つど)イユさんに引っ張られて渋々(しぶしぶ)軌道修正する。しかし、隙を突いて、今度はアクセサリーショップに突撃するなどし、彼女を慌てさせていた。

 彼女には申し訳ないが、私の目的は、色々な町や村などの集落や、国を見て歩き、その風俗習慣(ふうぞくしゅうかん)、風習などとも言われるものなどを記録に残すことだ。ちゃんとギルドには行くのだから、多少の道草は許して欲しい。ただし、すぐに行くかどうかは別の話ということで。

 こんなこと、口に出せば流石のイユさんも怒るだろうと思うが、この人懐っこい少女の怒った表情も見てみたいと、ふと思ってしまった私は悪くないと思いたい。

 そんなやりとりをしていたら、目の前に、懐かしの冒険者ギルドの入り口が威圧感を持って現れた。威圧感を感じたのは、私が一〇年前一方的に冒険者を引退したことによる後ろめたさから来る物だろうか。いずれにしても、冒険者の再登録を行う為に遅かれ早かれ来ることになると分かっていたが、こうして目の前に立つと無意識に足が止まってしまう。自分一人であったら、ここで立ち往生してしまっていたかもしれないが、今ここには同行者がいる。


「では、フレンシアさん、行きましょうか」

「ん……」


 手を繋いでいた訳ではないが、イユさんに手を引かれるような感じがし、そのまま彼女の後に続いて、ギルドの扉を(くぐ)った。

【国】

 ジスト王国

【土地】

 ルキユの森

【気候】

 暖季、暑季、乾季、寒季の四季があり、暖季と暑季の間には雨季がある

 森の西端にはカヨレハギユ山脈がそびえ、一部が火山となっている。それにより、地熱が森全体を包むことで寒季での地面の凍結はなく、また雪が地表に積もることもほとんどない

【生物】

 暖季から乾季に掛けて小飛竜(リヨバーン)が縄張りを主張し、暑季に入るとそこに闘飛虫(とうひちゅう)が参戦する

 夜には夜猛鳥(やもうちょう)が現れることがある

 小飛竜などの縄張りの外であることが多いカヨレハギユ山脈近くでは、狼鳥竜(ろうちょうりゅう)が一〇頭程の群れを作って生息しているが(まれ)に小飛竜に襲われて縄張りから追い出されることもある

 深い鬱蒼(うっそう)とした森であるので大型の怪物(モンスター)は生息しておらず、ほとんどが大きくても中型程度の怪物である。動物はクマやイノシシ、シカ、タカ、ウマといった中型から大型に分類される動物が生息し、怪物を除く動物界の生態系の上位に位置している

 その他の動物は、ウサギ、ネズミ、リス、キツネ、タヌキ、イヌ、ネコなどが。また虫は、ハチ、チョウ、バッタ、カマキリ、ゴキブリ、クモなどの多くの種類の動物(節足(せっそく)動物、環形(かんけい)動物なども含む)が生息しており、これは他の森林地帯とも変わりはない。エルフの里があるからと言っても特別なことはない

 数十年に一度、大型以上の怪物が出現することがあり、その時は、エルフ族やドワーフ族、そしてルックカから冒険者が派遣され対処に当たる。このことは伝承で伝えられる。原因は不明

【植物】

 魔法薬(ポーション)の材料となる薬草やキノコが豊富にあり、また質も良いので、取引の対象となることも多い

 クス、カエデ、ヒノキなどの非常に様々な種類の木々が混在しており、また別種同士で交配が行われているのか不思議な特性の木々も珍しくない。またそういった木の根元には、上質な薬草やキノコが自生していることが多く、手順に沿って採取することが出来れば、中級の魔法薬の素材として使用出来るが、非常に繊細(せんさい)(いた)みやすいので取り扱いに注意が必要

 寒季でもほとんどの木は葉を落とさない常緑樹(じょうりょくじゅ)が豊富なのが特徴

【備考】

 エルフの里がある森で、森の名前は人間族が名付けたとされている。エルフの里の住人は、ただ単純に森、もしくは里としか呼ばない

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