20頁目 同胞とアルバイト:後編
前回のあらすじ。
エルフ族の女性が経営する素材屋さんへ行った。
後編になります。次回は明後日の投稿になります。
学生時代に飲食店のアルバイト経験はありますが、接客ではなく調理担当でした。コミュ障みたいなものなのでその方が助かりましたけどね。
「フィア、ただいまー」
「あ、おかえりー」
扉を開けて声を掛けるとと、彼女は既に出発する準備を終えていた。
いや、準備が早いのは良いのだけれど、その、手順とか管理の仕方とかちゃんと教えてから出て行ってくれるのよね?
頬が引きつりそうになるのを抑えて、平静を装う。
「準備……早いね」
「そうよ。行くと決まったからにはすぐに支度しないとね。それじゃあ、店番よろしくね!」
「えぇと、どこに何があるかとか、素材の値段とか教えてもらってないんだけど……」
「大丈夫大丈夫。何とかなるって」
「えぇー……」
最悪売れなくてもただいてくれれば良い。値段の方も適当で良いとか……
私自身、少し特殊過ぎる経緯があることからエルフらしくないエルフである自覚があるが、この短い邂逅で、彼女もそれに近くなかなかにエルフらしくないと思っていた。しかし、ここにきて彼女のエルフらしい物欲のなさが顔を覗かせた。
正確には別の欲が出たから、その他のことはとりあえず良いというもの。優先順位が下がったということか。
この変わり様に頭が痛いが、引き受けてしまった以上は引き下がれない。この依頼、無事に完遂してみせる。
そんな決意をする頃には彼女は店を飛び出しており、既にいなくなっていた。早速心が折れそうである。
「はぁ」
何度目の溜め息だろう。フィアが店を出て既に数刻。あれから数人の来店があったが、常連客なのか最初から買う物を決めていたようで、素材を手に取って会計を求めてきた。幸い、それらはどれも私の知る素材で、その品質と相場からおおよその値段の算出が出来たので、問題なく対応出来た。
その時に「新しい店員さん?」「まぁ常々仕入れの商品に愚痴ってたからねー」「頑張ってね」「フィアちゃんも可愛いけど、君も可愛いね」など、一部関係ない話もあったが、事情を説明すると、最初は見慣れぬ店員に皆少なからず訝しんだ顔をしたお客も、納得したようで好意的に接していただけている。中には「おお、あの『迅雷』が店番とは贅沢だなー!」などと興奮する人もいたが、数日限りであることを告げると「期間限定か。それはまた来なければ」と、余計に息を荒げて帰っていかれた。
まぁ商品を買ってくれるなら、店番を任された以上は売り上げに貢献したいというもの。その一役を担ってくれるなら、嬉しいことである。
若干看板的な扱いになっている気もするなと考えた時、ふと鉄火竜の討伐の後に商人からお誘いを受けたことを思い出した。あの時は直接依頼を受けるつもりも看板娘にもなるつもりもなかったが、まさか自分から動いて看板娘になってしまうとは、未来というのは分からないものだ。まさに一寸先は闇。まぁ今回の場合は闇ではなく光明だと思うことにする。
しかしお客がいなくなると、色々と考えてしまう。
自身が提案し引き受けた依頼とはいえ、こんなに急に物事が動くとは思わなかったので、それを引き起こしたフィアに対して少なからず呆れ、溜め息が出るのも無理ないことと思う。
「フィア、一人で大丈夫って言ってたけど、本当に大丈夫かなー……」
一通り呆れた後、次に来るのは心配である。持っていた装備は、片手剣に片手で扱える軽い盾と軽装であった。出来るだけ採取量を増やす為に、袋などは大きめの物をいくつも持っていった。ウマを借りて、山へと向かうのだという。
彼女の身体の動かし方を見るに、戦いは素人ではなく、中堅冒険者並か、もしかしたら少し上かもしれない。実力だけで決まる訳ではないが、まともに冒険者をしていたら、銀ランクくらいにはなるのではないだろうか。
「そういえば……」
彼女自身は冒険者に向いていないと言っていたが、少なくとも戦闘が出来ないということはないようだ。となると、他の理由はすぐには思い付かないが、詮索しようと深入りしようとも思っていない。
誰でも触れて欲しくないことの一つや二つはあるもの。無闇に突いて、出会って半刻にも満たないながらもせっかく築いた友情に罅を入れる訳にはいかない。親しき仲にも礼儀ありだ。
私がルックカで面倒を見た四人の冒険者と戦えば……四人相手だと流石に負けるだろうが、一対一、もしくは一対二までなら問題なく勝てるだろうと予想する。フィアがどんな魔法を使うかも知らないので、それによっては四人相手でも楽勝出来るかもしれない。
あくまで私が彼女の動きを見て感じたことなので、想像よりも実力が上なら良いが、下の場合は……と考えると心配が尽きないのである。
「まぁ強さだけが冒険者に必要って訳じゃないしね」
午後からはお客が一人みえただけで、その後は閉店時間まで閑古鳥が鳴いていた。オススメの素材屋と聞いて来たのだから、てっきり商売繁盛しているのかと思ったが、違うのだろうか。もしかしたら、どこか大口顧客にまとめて卸したりして収入を得ているのだろうか。ただ、そちらは私が考える必要もなければ、ましては知る必要のないこと。商人がおいそれと、自身の取引先を明かすようでは、信頼が落ちてしまう。
まぁ隠していても情報通としても知られる商人だ。いつの間にか知られているのが常であるのだが、だからといって自分から言うものではない。
お客が来ない時間を見計らって、店内を見て回り、どこに何があり、どれくらいの値段が付けられているのかの確認を行ったり、時折興味深い本があると、ついつい立ち読みをしてしまったりと、思い思いに時間を過ごしていた。
「閉店時間かな」
夕方になり、教会の鐘が鳴ったことで本日の営業は終わりである。
「さて、明日も頑張ろう」
店内の整理整頓を行い、施錠をして店を出る。売り上げの精算などは、下手にお店のお金に手を着ける訳にはいかないので、申し訳ないがスルーさせてもらう。何も説明せずに飛び出した店主が悪いのだ。
真っ直ぐに宿へ帰った私は、今日の店内で立ち読みをして得た知識を使って、少し中級魔法薬の配合を変えてみようと思い、一晩中研究に勤しむのであった。
「うーん、こんな感じかな」
一通り思い付く限り試行錯誤をして、それぞれの素材の特性を生かした新たな魔法薬制作に着手したが、結局は現状を超える物が生み出されることはなかった。しかし、少ない素材で、同じくらいの効果を持つ魔法薬を、低級であるが作り出すことが出来た。素材を減らし、工程を減らすことが出来ればその分、量産に向き、結果として値下げへと繋がり、より多くの人の手に渡ることが出来る。
魔法薬の市場での価格は、等級と位によって変わるが、質が低い物程多く出回っている。これは、魔法薬自体の値段が高いことに繋がっている。
低級の中位の魔法薬で大体一キユより少し上であるが、この世界の食事は、庶民だと一食五トルマ前後であることが多い。つまり、少なくとも六食分、二日間の食事と同じ値段が付けられているのだ。それもかろうじて使えるレベルの低級の中位でだ。
以前、里で商人と取引をした際に、中級の下位の魔法薬を一キユ二五トルマで買ってもらったが、本来の市場価格なら、更にそこに諸々の費用が上乗せされて、最終的には三キユ、四キユになる。とてもじゃないが、庶民が気軽に買えるような値段ではない。
一食二五〇円の人が、六〇〇〇円近い値段の傷薬に手を出すかを考えれば、中々難しいと思う。
今回出来上がったのは、低級の中位魔法薬であるが、これをいずれは中級にまで伸ばせるようになりたい。
「改善点は見えているから、大丈夫」
別に魔法薬で儲けようなどと考えている訳ではないが、何らかの機会に、より多くの人の手に渡るようにしたいと考えている。フィアのお店か、もしくは伝手を紹介してもらうかして並べてもらおうかな。
未来のことに思いを馳せながら、片付けを進めて出掛ける準備を整える。今日もフィアのお店で過ごすのだ。
しばらくは節約生活を強いられることになる。何せ武具の依頼を出しているのだが、物が物だけに値段の予想が出来ない。そして店番を任されている以上、他の依頼を受けることも出来ない。また、現在進行している店番の依頼も、成功報酬として素材を割引価格で売ってくれることであり、お金は要求していない。よって収入はない。
「仕方ないけどね。まぁご飯は一日一食で良いし、そこは助かるかな」
朝食を終えて、フィアの店のある区画へと向かう。道中、出勤と思われる多くの馬車を見かけた。
「朝早くから仕事熱心だこと」
今日は火曜日。鍛冶師などの火を扱う職業にとって、大事な曜日で、毎週火曜はどこの工房も忙しそうにしている。
私達エルフ族、少なくともルキユの森のエルフ族には曜日という感覚はなく、人間族のように祈曜日だから祈りを捧げるなどの活動はない。
カラマ神への祈りは、食事時に行うものと晴れた満月の夜に行われる音楽祭で感謝の演奏を行うものとがあるだけで、特に決まった場所に集まって厳かに祈りを捧げるということはしていない。
宗教観の違いは国だけに限らず、人種や種族、地域によっても出てくる。他宗教の人は他者の信仰に干渉しないのが、この世界での暗黙のルールである。下手な干渉は不要な争いを生み、行く手は戦争という惨事を生むことに繋がる。
前世でも古来より領地や民の獲得に限らず、宗教戦争が数多く行われており、世界から主だった戦争がなくなったとされている時代になっても、各宗教の信仰者同士に禍根を残し、日々大小様々な衝突を繰り返している。
ジスト王国では、主にイパタ神教の勢力が強いが、これは主に人間族であったり、人間族と同じ生活空間を共にしている獣人族の数が多かったりすることに関係している。しかし、全員が全員、イパタ神教を信仰している訳ではなく、私達エルフ族がカラマ神教を信仰しているように、亜人には亜人の文化があり、それぞれの里や集落毎に、信仰する対象が違っていたりする。
これを統一しようという動きが他国にあるとか話に聞いたことがあるが、それによって他種族間による内乱へと発展し、亜人の数を減らしているらしい。しかし、これはあくまで伝聞によるものだ。
南部に隣接するソル帝国もそれと似たような国だが、今は割と静かだ。緊張感はあるが、衝突する様子はないらしい。
他国に関する情報で、庶民が得られる可能性があるルートとしては、他国と交易のある商人と繋がりを持つか、または他国から流れてきた旅人や冒険者に話を聞くくらいしか手段がない。
私は以前の冒険者生活で数々の依頼を受け、その中に護衛任務も多くあった。それによって仲良くなった商人からそんな話を聞いたことがあるのだが、証拠などもなく、あくまで噂の範疇であることから、信憑性は低いと思う。ただ、商人は情報も取引材料で、下手したら情報そのものがお金になる。ということは、あながち嘘と言い切ることが出来ないのが怖いところ。
「今日も一日、よろしくね」
フィアのお店の前に立ち、看板を見上げる。そういえば、昨日は店名までしっかりと見ていなかったなと思って、改めて彼女が経営する素材屋の名前を確認する。
「えぇと、素材屋ローゾフィア? なるほど、確かに名前似てるわね」
ロゾルフィアの経営するローゾフィアという店。うーん、ややこしいが、彼女らしい店名とも言える。
ローゾフィアとは、前世の世界における鉱石の名前である。石言葉は、知恵や叡智などがあり、これは知恵の女神ソフィアにちなんで命名されたことに関係している。
しかし、こちらの世界には、同名の鉱石は存在するが女神ソフィアは存在しておらず、また当然石言葉もない。一体、名前の由来とは何なのだろうか。疑問には思うが、考えたところで仕方がないので、どうでも良いこととして切り替える。そして今日も店番の役割を果たすべく、解錠して中へ入る。
「さーて、今日はどの本を読もうかな」
目的が変わったような気がするが、気にしてはいけないのである。
同胞である彼女に、誰か良い男性を紹介してもらおうか。まだ冒険者を続けるつもりではいるが、死ぬまで続けるつもりはない。少なくとも母が生きている間には里に戻りたいと考えている。その時に、もし良い人がいたら紹介することも出来ると思う。
まだ結婚も妊娠も考えられないが、種族の存続と繁栄の為には血を絶やさないようにしなくては……母や里長からは気にするなと言われているが、若い私が頑張らなければ、本当に滅びの道を進んでしまう。
とはいえ、まだまだ先の話。今はのんびり旅を続ける予定だ。
フレンシアの手記より抜粋