2頁目 ルキユの森と小飛竜
前回のあらすじ。
主人公、旅に出ることを決意する。
記念すべき第一話ということで、張り切りすぎて文字数が想定よりも大幅オーバー。
第二話からは、文字数が減りますことをあらかじめご了承下さい。
母の作った朝食を食べ終え、いつも通りに食器を洗う。その後の行動でいつもと違うのは、これから私は旅に出るということだ。
支度を終え、忘れ物がないかをチェックするが、元よりあまり物を持っていないので大丈夫だろうと考える。旅行記などの娯楽本を持って行くことが出来ないのは、心苦しいが、流石に父から譲り受けた謎の大容量リュックサックでも、入りきらなかった為に泣く泣く諦めることにした。
自身の旅行記を記す為の白紙の本の一頁目には、早速今朝、このエルフの里について記述した。族長のジーさんにも旅に出ることを告げた。ジーさんは「うむ、分かった」と言っただけで、それ以外は特に何も発せず、その表情からも感情を読み取ることは出来なかった。しかし、七八〇歳にもなって早朝から畑仕事とは、果たしてこの人、一体何歳まで生きるのだろうか。
「それじゃあ、お母さん。行ってきます」
「行ってらっしゃい~気を付けてね~」
「分かってる」
これからしばらく会えないというのに、お互いに交わす言葉は簡潔なものである。どれくらいの旅になるのか、自分でも予想が付かない。世界地図がある訳でもないので、実際にこの世界がどのような形でどのくらい広いのか、全く分からないのだ。
一応、人間は、集落周辺の簡単な街道などを記した地図は持っているだろうし、国の中央ともなれば、更に精密な地形図まであるのかもしれないが、一冒険者にそんな物を見せてくれるはずもないだろう。地図は国家機密に該当する。
他国と戦争をするという時、特に侵略をする際には、地形の把握は重要である。優秀な軍師や参謀ならば、地図を見ただけで有利な場所や伏兵の有無、補給路の候補などが分かるという。その為、優秀な測量士、特に距離や観測の魔法が扱える者は、人種や種族問わず重宝されると聞く。
使える魔法は遺伝によることが基本な為、おそらく、代々国に仕えてきている一族が存在していることだろう。結婚も、好きな人とではなく、きっと国が決めた同じ測量系の魔法を扱える異性と結婚させられるのだと思う。そんな生活、私にはとても耐えられない。一カ所でじっと生活することに耐えられなくなったから、こうして旅に出るというのに。
「よしっ」
エルフの里の門を出、森へと足を踏み入れる。エルフの里の住人は、私を含めてこの森のことを森としか呼ばないが、人間族達は、他の森と区別する為にルキユの森と呼んでいる。
森を歩いていると、採取や狩りの時にいつも歩く場所であるというのに、やはり気持ちや覚悟が違うからか、全く別の景色に感じる。ちなみに、一回目の冒険者になるべく里を飛び出した時は、ただ我武者羅だったので詳しくは覚えていない。あの頃は若かった。まだ二〇年前だけど。それにエルフとしては一二〇歳もまだまだひよっこなのだが……現代日本に合わせると、高校生か大学生くらいの年齢だろうか。うん、確かに、立派なひよっこである。
転生前も含めると私の精神は立派におばあちゃんを通り越しているはずなのだが、身体に精神が引っ張られているのか逆戻りしている感がする。まぁこの見た目で「わしぁ元気だぞぉ」とか言いたくないなとは思う。
「あ、薬草……」
今回は採取が目的ではないので、荷物になる物は極力減らしたいのだが、職業病だからか、ついつい、いつもの癖で目が行ってしまう。
一年に数回、不定期であるが、大体季節の変わり目と中頃に商隊が通る上、その他にも護衛や討伐、採取任務を受けた冒険者が通ることもあるので、深い森の中とはいえ、里から町まで続く所には自然と道が出来上がっているので、迷うことはほぼない。
しかし危険が皆無という訳ではない。
夜には視界が悪いし、昼間でも怪物に遭遇することもある。特にこの森は餌も豊富で、寒季でも雪がほとんど積もらないという優良物件なこともあり、小飛竜や闘飛虫といった、準大型の肉食怪物が縄張りにしていたりするのだ。
「小飛竜は、準大型というより、普通に中型か」
そんなことを考えながら歩いていたからか、遠くから、ギャアギャアと鳴く声が近付いてくるのを耳が捉えた。
「噂をすれば何とやら……」
すぐに姿勢を低くし、茂みに身を隠す。
息を潜めて様子を窺っていると、バサバサと羽ばたく音が聞こえ、それが付近で消えた。どうやら近くの木の上に止まったようだ。音を立てないようゆっくりと目線を上げると、予想通り小飛竜リヨバーンが、周囲を警戒しているのか、忙しなく視線をあちこちへと向けている。
寒季では食べ物が少なかったが、暖季に入り餌となる動物が多くなったことから、森に戻ってきたようだ。そして、私の近くに降り立ったということは、狙いは私だろうか。小飛竜は、獰猛な肉食怪物だ。一人で森を歩く私の姿を見て、襲いに来たのかもしれない。
小飛竜リヨバーン。小飛竜と呼ばれているが飛竜種という訳ではなく、見た目が飛竜に似ており、飛竜種よりも半分強の大きさということで、小飛竜と呼ばれている。
基本単独で行動し縄張りの周りを周回しているが、繁殖期である暑季には番で行動する姿が見られ普段よりも凶暴さが増す。生息域は温暖な地域全域で、森や草原関係なくどこでも現れるポピュラーな怪物とも言える。
しかし、よく見る怪物だからと言って危険がない訳ではない。
先程も述べた通り獰猛で攻撃的な怪物で、自身よりも大型の怪物相手でも、縄張りに侵入すれば攻撃することもある。
主な武器は、足の鉤爪と鋭い牙による噛み付きだ。また、鉄に近い堅さを持つ鱗を生かした体当たりも強力だ。だが、しっかり装備を調え、三人以上のパーティで挑めば討伐はさほど難しくない。
物理攻撃には鉄並の強度の鱗を持つ為に耐性がある一方で、魔法に弱いという点がある。飛び回り機動力はあるが、森の中など動きが制限されるような地形なら討伐が楽になる。
小飛竜には火を吐くなどの遠距離攻撃はないので、しっかり距離を取って確実に攻撃魔法を当てることが出来れば、単独討伐も可能である。その為、これから向かう鉱石の町ルックカにある冒険者ギルドでは、単独もしくはペアで討伐出来れば、新米冒険者卒業という慣例があったりする。
私は父から受け継いだ雷魔法のおかげで、冒険者登録から数日で新米を卒業することが出来たことで、その後の依頼をこなすのに非常に手助けとなっている。
生息域が広い怪物な為、いつ、どこで襲われるか分からない。商人にとっては、優秀な冒険者の護衛は是非とも欲しいもの。小飛竜は、暑季さえ避ければ基本的には単独行動なので、一つの商隊に冒険者を三、四人揃えれば、十分安全な旅路を送ることが出来るようになる。
つまり、私にとってはわざわざ隠れる程の相手ではなく、簡単に討伐することが出来る。しかし今回の私の目的は様々な種族の生活や文化の観察に加え、各地の怪物の生態調査も含まれている。よって、邪魔が入らない限りは、こうしてコッソリと様子を見ていきたいと思う。思いっ切り警戒されている時点で私が邪魔者であるのだが、そこは気にしない。狩人であるエルフ族は、我慢比べに強い。それこそ、飲まず食わずで三日、四日息を潜めることも余裕である。
警戒を解き、巣に帰るタイミングで、気付かれないよう後を付けることにしよう。ルックカに到着するのは、何日も後になるが、元より行き当たりばったりの旅なのだ。一日や二日、一ヶ月くらい予定が遅れたところで、何も問題ないし誰も困らない……母が心配する期間が延びることは、一旦棚上げしておこう。
どれくらい待っていただろうか、太陽が真上に上がってきたところで、小飛竜は諦めたようにグルルと喉を鳴らし、飛び立っていった。
「よしっ」
小さく呟き、腰を上げる。追跡開始だ。
荷物を多く背負っているが、こんなの障害にはならない。素早く、かつ気配を悟られないよう慎重に、しかし見失わないように追い掛ける。仮に見失ったとしても、私にはエルフ自慢の聴覚がある。これによりある程度離れていても、あの目立つ羽音は聞き漏らさない。
街道から大分離れた森の奥で、ようやく止まったようだ。私は荷物を下ろし、必要最低限の武器と、記録用の本とペンを持って更に接近を試みる。
小飛竜の巣は地面に浅く穴を掘り、そこに丸くなって眠るようだ。周囲には、餌となったであろう動物の骨が転がっている。
匂いによる探知を避ける為に風下へと移動しつつも更に接近し、近くの茂みへ身体を滑り込ませる。
色は全体的に薄い灰色。中には濃い灰色の個体もいるが、個体差だろう。
新米冒険者卒業で討伐目標にされることも多い上、その素材は防具として優秀なのでベテラン冒険者にも人気がある。それによる乱獲で数を減らしそうであるが、その分、小飛竜も繁殖期には卵を十数個産み、そのほとんどが無事に孵って飛び立つことから、多少の間引きをしたところで問題なさそうである。
今、観察して分かったことは、目の前の個体はオスであるということ。いくつかメスとの違いがあるが、一番の違いは、足の爪の本数がメスよりも一本多い五本である。オスは、縄張りを主張する為に戦うことが多く、その為により攻撃力を高められるように自慢の鉤爪が前四本、後ろ一本の計五本、左右合わせて一〇本ある。また、身体の傷が少ないことから、まだ、さほど縄張り争いの経験がない、若い成体であろうと予想される。遠距離攻撃のない彼らが戦うとなると必然インファイトとなる訳で、そうなると自然と生傷が増えるものであるが、目の前で眠る個体は、まだキレイな身体をしている。ということは、この森の本来の縄張りの主ではないことが推察出来る。これは、もしかしたら面白い物が見られるかもしれないと、ワクワクしてしまう。
昼間なのに無警戒で寝ているのは、油断か余裕か。いずれにせよ、一回この場を離れて、置き去りにした荷物の元へ戻り、改めて周りに見つからないようカムフラージュしておく。昼間であるが、木々が生い茂っているせいで、若干薄暗いが、森で生きてきたエルフだ。この程度の暗さ、視界の妨げにはならない。
再度、小飛竜の巣の元へ移動するも、相も変わらず眠られている。
「のんきだなぁ」
声に出さないよう呟く。
それから、またどれだけ時間が流れただろうか。日が傾き掛けたところで、期待していたそれは起こる。遠くから微かに力強く羽ばたく音が聞こえて来たのだ。
「来た」
期待に胸を躍らせつつも、ジッと身を潜めて成り行きを見守る。すると、眠っていた小飛竜も近付いてくる気配に気付いたのか、顔を上げた。すると、そこには、明らかに怒っているだろう、もう一体の小飛竜の姿があった。
まずはお互いに咆哮し合い、威嚇。上空を飛ぶ小飛竜は、そのまま周囲を旋回しながらも、警戒を続ける。巣から上空を見上げる小飛竜も、しっかりと上を睨み付け、すぐにでも飛び立てるよう姿勢を低くする。
先に仕掛けたのは、後から来た小飛竜であった。素早く落下してきたと思えば、その鋭い鉤爪で、相手の首を狙って飛び込んできた。だが、もう一頭もただ待っていた訳ではない。首を捻って躱すと、今度はカウンターとばかりに、無防備の脚に勢い良く噛み付いた。
体勢を崩された小飛竜は、そのまま空中から引きずり下ろされ、そのまま地面へと叩き付けられた。それにより、互いの位置が上下逆転する。それは物理的なものだけでなく、まるで、お互いの立場を表すようにも見えた。
「強い……」
声に出さないように気を付けているが、それでも口の中で呟くことは止まらない。傷が少ない若い個体だからと見誤っていた。天才肌の小飛竜だ。少ない戦闘で戦い方を数段飛びで吸収し、それを応用する。
戦いとは、いかに相手の弱点を突けるかが勝負の肝となる。相手が守りに入っていれば、守りを崩す。攻撃を仕掛けてきたら、その隙を突いてカウンター。もしくは躱す、防御をするなどして、相手の体勢を崩すことを優先する。逆にわざと隙を作って、相手の攻撃を誘うこともある。
そういっ、一瞬の判断で駆け引きを行わなければ、生き残ることは出来ない。どれだけ多くの選択肢を持ち、そして相手に選択させる余裕を失わせるか。力量差も考慮に入れなければならないし、常に一対一とは限らない。それによって戦い方もどんどん変わっていく。
ただ剣を振る、魔法を撃つだけでは、新米冒険者からは卒業出来ない。
確かに小飛竜は、魔法が弱点だ。上手く距離を取って戦うことが出来れば、勝つことは難しくない。しかし、必ずしも相手よりも有利な状況で戦えるとは限らないのだ。乱入者があるかもしれない、気候や土地の環境によっては、満足に距離を取ることが出来ないかもしれない。また、相手が一体とは限らない。
ゲームではないのだ。いついかなる状況も想定して、常に先を読んで行動する。それこそが新米冒険者に学んで欲しいことであり、それを教えてくれる怪物の一つとして、小飛竜の討伐が卒業試験として扱われるのだ。
戦いを見守っていたが、若い小飛竜の優勢は変わらないようだ。傷だらけのベテラン小飛竜も経験の差を生かし、相手の攻撃を急所に食らわないように上手く立ち回り、何とか反撃に転じようとするも、その隙を突かれて再びカウンターを食らい、慌てて防御に回るという悪循環である。
果たして決着は間もなく付いた。やはり、あのまま若い小飛竜が勝った。
ベテラン小飛竜は、フラフラとした動きながらもまだ飛ぶ力は残っていたようで、ゆっくりと森から飛び去っていく。若い小飛竜はそれを見上げ、勝利の雄叫びを上げたのだった。
新しい森の主の誕生である。この個体を卒業試験で充てられた新米冒険者がいるとするなら、同情してしまう。確かに同じ小飛竜であるが、彼は明らかに他の個体よりも強く、駆け引きも出来る。頭が良い。あの時、のんきに巣で寝ていたのは強者としての余裕からだったか。
私は風向きが変わらない内にその場を離れて、かろうじて彼が見える位置に陣取って観察を続けた。
今の森の王者は、あの小飛竜であるが、この森には、もう一種、準大型の怪物が存在する。闘飛虫。それは、暖季ではまだ姿を現すことが少なく、早くても暖季の終わり、通常なら暑季に入る前の雨季頃に現れて餌を探す。
その二種の縄張り争いを見たいとは思うが、流石にそこまで長居するつもりはなく、後は、軽く巡回ルートや水飲み場、主な狩り場などを観察する。
冒険者ギルドでもある程度の情報は得られるし、本屋に行けば、図鑑にも情報は載っている。しかし、そこから得られる情報は攻撃手段や弱点、後は簡単な生息域くらいと、詳しい生態情報はない。
考えれば分かることだが、そういったことを知りたがるような学者は基本怪物には近付かない。いや、近付けない。危険だからだ。学者の中にはフィールドワークを主な活動とする人もいるかもしれないが、それでもわざわざ獰猛な肉食怪物に接近しようという愚を犯すことはしない。
一方冒険者は、任務の達成を優先する為、そこまでしっかりと観察することはしない。
攻撃出来そうなら攻撃するし、タイミングが悪ければ隙が出来るのを待つくらいで、生態調査をすることはあまりしない。もちろん、学者兼冒険者という人もいるだろうが、そういった成果が図鑑などに反映されていないということは、満足な活動が出来ていないか、公開していないことになる。
怪物の詳しい生態が分かれば、それだけで任務だけでなく、一般市民の危険性が減らせるのだが勿体ない。国としては怪物の脅威よりも、やはり同じ人が怖いのだろう。風の噂で戦争が起きるなどのデマが定期的に流れてくるくらいには、隣国を警戒していることか。
さてと、本当はもっと観察したいし、出来れば他の同種の個体の様子も見て、生活の違いなどを検証したいところだが、私の主な目的は町巡り、国巡りだ。怪物や動物の生態調査も含まれるが、それよりも人々の文化、習慣の観察の方が優先だ。こんな所で足踏みしている場合ではない。
日が落ち、辺りが真っ暗になったが、あまり近くにいて気付かれても厄介だ。静かに立ち去ることとしよう。そう思い、荷物の元へ戻り簡単になくなっている物や忘れ物がないかと確認して、歩き出す。
「真っ暗だなぁ」
木々が生い茂っているので月明かりは届かないし、星もどうにか枝葉の間から見える程度だ。だが問題ない。ハッキリと見える訳ではないが、ここは故郷の森で、私にしてみれば庭なのだ。暗闇程度で迷うことはない。
エルフは成人するまで、里の外に出ることは出来ないと掟があるが、当然抜け穴はある。未成年のみでの外出が禁止されているだけで、保護者の監視下であれば森から出ることさえしない限り、割と自由に動けたのだ。それは、狩猟民族であるが故に、狩りの練習をしたり、食べられる野草や木の実などとそうでない物の見分け方などを覚えさせたりする為には、実施訓練した方が手っ取り早いからだ。
私もその抜け穴を存分に利用し、まだ存命だった頃の父を連れ出して魔法や剣、銃の練習をしたり、母に弓矢の使い方や採取の方法を学んだりしていた。時々、何故か族長が私を連れ出して隠れん坊や組み手をさせたり、ただひたすら森の中を散歩したりして数日家に帰ることが出来ないこともあった。その時は、普段温厚な母であっても流石に怒り、笑顔でお怒りのポーズを取って、私を連れ回したあげく仕事をサボりまくった族長を二刻に渡って説教していた。
そういった経験、そしてある程度は星も見えるので道標もある。その上、自身の雷魔法の応用で微弱な電流を発し、周囲の生物を探知しているので索敵も問題ない。しかし、旅に出て早々、思わぬ道草を食ってしまったことで、このまま歩き続けても、森を抜けられるのは明日の夜ということになる。そこから町まで行ったとしても、門は閉ざされ、入ることは許されないだろう。森の出口が近くなってきたら、一回そこで野営することにする。
「とりあえず一休み」
どれくらい歩いていただろうか、空が明るくなっており、日の光が枝葉の隙間から差し込み、それに草花に付着した朝露が反射し、とても幻想的な景色を作り出していた。
「写真機とかあればこの光景を記録に残せるんだろうけど。写真機、あるのかな。こんな銃があるくらいだから、あると良いなぁ……」
しばらく歩いたところで、一回休憩も兼ねて荷物を下ろし、木の上に登る。
「太陽の位置がこっちだとすると、今の時間は五刻から五刻半といったところかな。方角は合っているね。特に異常もないみたいだし、雲の動きや湿気の具合からして、天候の崩れもなさそう。うん、予定通り、今夜には出口に到着出来そうね」
この世界には時計のように細かい時間を刻む機械は存在しない。古代中国などのように、刻として大体の時間を刻んでいる。
昼と夜が丁度同じ間隔の時に、太陽が昇って沈むまでの時間を六刻とした。現代の時間だと約一二時間である。それを六分割して、時間として活用している。つまり、一刻は二時間であり、半刻もしくは刻半は一時間、四半刻は三〇分ということになる。この世界には、まだ秒や分の概念まではない。一応秒に近いものはあるが、実用性が皆無であるのでほとんど使う人はいない。
何故六刻としたのかは諸説あるが、この世界に於いて六という数字は縁起が良いものらしい。
現代の地球と大きく異なることは、一年が三六〇日であるということである。一月は三〇日ピッタリだ。この影響で、この世界では一週間を表現するなら六日ということになる。それに合わせて曜日も存在しており、日が昇って沈むまでの一連の流れを六日間で表現し、日曜日、火曜日、水曜日、木曜日、祈曜日、地曜日となっている。
日の出と共に目覚め、火を起こし、水を汲み、木を切って(働いて)、家に帰って一日の感謝として祈りを捧げ、日没と共に床に就く。この言い伝えより、祈曜日は家で祈りの為、地曜日は休みを表すことから、この二つの曜日の日を休みとしている職もある。まぁ、これを採用しているのはほとんどが、人間族や、それに近い生活を送る獣人族、そして一部の職種であったりするのだが。
ギルドや宿屋は、基本年中無休なので、曜日の感覚がズレている私のような冒険者でも安心である。
ところで、一年が三六〇日ということは、この惑星の自転速度や角度、体積など、地球とは結構違うのだろうか。天文学者ではないので、そういった知識はサッパリであるが、特にそれで問題が発生している訳ではないし、私自身も何も影響は受けていないので、相変わらず気にせず生活している。
そもそも春夏秋冬と表さず、暖季、暑季、乾季、寒季としている辺り、似てるようでやっぱり違うという部分はいくつもある。
ちなみに、前世の日本では、年始である一月は冬であったが、こちらの年の始めである一月は暖季である。一月~三月が暖季、四月~六月が暑季、七月~九月が乾季、十月~十二月が寒季で、三月の中旬、もしくは下旬に差し掛かる頃から四月に入る前後まで雨季となり、数日間雨が降り続くことも珍しくない状態となる。
「時計、便利だと思うんだけどなぁ」
転生前の記憶はほとんど残ってないが、きっと、現代社会の波に揉まれ、ブラックな企業で時間に追われて昼夜と仕事をしていたのだろうと思う。それが、こっちの世界に来てから、時間を気にする必要がなくなり、それだけでも非常に解放された気分である。
時計云々はともかく、時間の概念に関しては、天文学者の研究がもっと進むことを祈ろう。それとも機械技師か、魔法細工師か。存在するか分からないが、せっかくの異世界だ。あるかもしれないと妄想するのは楽しいし、実際にあると分かり、目にした時の感動はどれ程のものだろう。仮に、出会うことがなかったとしても、それはそれ。残念に思うことはないだろう。そういうものだ。
葉で器を作り、枝や葉に残った水滴を集めていく。コップ一杯にも満たないが十分だ。朝露は、それを水分とする植物や虫達が優先して得るべき物である。私はその残りを少し分けてもらうだけで良い。天の恵みをありがたく頂き、祈りを捧げる。
「それじゃあ、行きますか」
森の中では、ウサギやネズミなどの小動物が動き回り、チョウやハチなどの昆虫が飛び回り、そしてそれを餌とするタカなどの猛禽類が空を旋回している。遠くで、時折ギャアギャアと聞こえるのは、昨日新たにこの森の主となった小飛竜のものだろう。また縄張り争いをしているのか、それとも餌にあり付けたことによる喜びか。いずれにせよ、距離は遠く、巡回ルートからも完全に外れているので、大丈夫だとは思うが、世の中絶対はない。活動しているというのなら、十分警戒して、出来るだけ空から見つからないよう木々が密集しているところを選んで歩く。
この辺りは、イノシシの縄張りらしい。それも数頭の群れを作っているようだ。木に着いている体毛、似ているが微妙に質感が違うし、高さも違う。親子だろうか。そして糞も見つけた。匂いの感じからすると、まだそんなに離れていないらしい。進行方向は……向こうか。様子を見に行きたいが、既に本来の予定より遅れているのだ。と、自分自身に何度も言い聞かせ、欲望を抑える。
日が落ち、二日目の夜を迎えたところで、視線の先に草原が見えてきた。月明かりに照らされ、また微かな風にサラサラと揺れている。
「森、抜けた……さて、ちょっと戻って野営の準備しなきゃ」
明かりは当然点けず、暗闇の中、荷物を下ろしてコートや防具を脱いでインナー姿になる。そしてコートを布団代わりに掛け、手頃な木にもたれ掛かる。
「明日は、ルックカに行って、冒険者ギルドで再登録をして、宿も取って……後は、出来れば美味しい物を食べたいけど、お金は大事に使わないと……適度に任務をこなしていかないといけないけど、出来れば手近なものがあると良いなぁ」
商隊護衛任務は、それに合わせて移動することで次の集落に行くことが出来る。お金も入るし、移動の足もあるしで便利だ。機会があれば活用したいと思う。
大きい町に行けば、それなりに情報は得られるだろうし、今後の行動の指針に出来る。だが、いきなり移動はしない。少なくとも数日はルックカに留まり、町の様子などを観察するのだ。それと、やっぱり美味しい物は食べたい。母には否定したが……間違ってなかった。やはり母はすごい。私のことなどお見通しのようだ。
そうして、明日以降の予定を組み立てていたところで、そろそろ眠気がやってきた。
「さて、明日もまた歩くし、今日はこのくらいにして、寝ようかな。一応、匂い消しを撒いとこう……まぁイノシシくらいしか来ないだろうけど、念の為……それじゃあ、おやすみなさい」
そう言い残し、私は眠りに就いた。
【名前】
リヨバーン
【種族】
鳥竜種
【別名】
小飛竜
【生息地】
温暖な地域全域。主に森など。筆者の体験では、寒冷地では見かけなかった
【大きさ】
成体のオスは頭胴長一〇ファルト前後。メスは大きくても頭胴長八ファルト前後。尻尾の長さに差はほとんどなく二ファルト程度である
【生態・特徴】
全身が灰色の鱗で覆われている
飛竜種ではないが、姿が飛竜に姿が似ており、大きさも成体の飛竜の半分程であることから小飛竜と呼ばれている
群れをつくることはあまりないが、二体で生活している場合は番の場合が多い
獰猛な肉食怪物で、縄張りに侵入する人や自分よりも大きな怪物にも襲いかかるが、返り討ちに遭うこともしばしば
新米冒険者では討伐は困難だが、ある程度怪物との戦闘の経験があれば、三~四人でのパーティなら問題なく倒せる
一人で小飛竜の成体を狩ることが出来れば新米卒業と言える。物理攻撃に耐性を持っているので、攻撃魔法を用いることが重要である
攻撃手段としては、その頑丈さを生かしたインファイトが得意で、主に噛み付き、体当たり、足の爪、尻尾によるなぎ払いなどの直接攻撃を仕掛けてくる。遠距離攻撃をすることはない為、しっかり対策を立てて周囲への警戒を怠らなければ、討伐は難しくない
数はそれなりに多く、少なくとも二~三日に一回は討伐依頼が出る
繁殖期は、暑季。オスがメス、逆にメスがオスのところへ移動し、繁殖行動を取る。この期間は、番で行動することが多く、お互いに気が立っていることもあり、獰猛さに磨きが掛かっていることから注意が必要である
卵を産んだら、すぐに父親は縄張りを移動し、そこでまた別の番を探す
母親も、無事孵化を見届けたら、また番を探す為に縄張りを変えるので数が増えやすい
だが、幼体の小飛竜はそのまま放置なので、他の怪物に狙われたり、冒険者による討伐があったりすることで爆発的に数を増やすこともない
オスとメスの違いとしては、足の爪を数えれば分かりやすい。オスは片足に前四本、後ろ一本の計五本あるのに対し、メスは前三本、後ろ一本の計四本である。これは、オスは縄張り争いを行うのにより、攻撃手段を得る為に進化したと思われる
また、オスは縄張り争いを繰り返す影響で、細かい傷が付いていることが多く、より傷のある個体は、戦い慣れしている熟練小飛竜ということになり注意が必要である。
筆者は、傷がほとんどない若い小飛竜と熟練小飛竜との縄張り争いに立ち会ったが、終始若い小飛竜が圧倒し、熟練を追い払ってしまったことから、小飛竜などの怪物にも、人と同じように、天才が生まれることがあるらしい。それ故に傷の少ない小飛竜だからと甘く見ていると、痛い目に遭うかもしれない
鳥竜種であるが、鳥っぽいところは口がクチバシのようになっていることくらいで、その他は飛竜種の特徴を持っている。クチバシの形をしているが、中には鋭い牙が並んでいる
【素材】
皮や鱗は主に防具に用いられる
鉄よりも軽い上、鉄並の強度を誇り、数も多く出回っていて値段も手頃なことから、若い冒険者から熟練冒険者まで幅広く扱われている
全身が灰色なので、全身防具を作ると、色合いがすごく地味になる為、お金に余裕がある場合は、追加で塗装などをしたり、追加素材で装飾やトゲなど形をいじったりすることもある。筆者もケチらずに塗装しておけば良かった。今からでも遅くないはず。早速防具屋に行ってみようと思う
尻尾の先端は鋭く頑丈なので武器にも加工出来る
肉はあまり美味しくないが、この癖の強さがまた良いとする人もおり、酒のつまみとして偶に酒場で提供されている