17頁目 翡翠鳥と死闘
前回のあらすじ。
簡単な依頼のはずが……?
モンスターの名前は別名含めて、思い付きです。
某ゲームの実際の名前とは別に名前があるのが格好いいので、作者も真似しています。
あ、真似では駄目? リスペクト? オマージュ? 横文字は分かりませんね。
洞窟から二〇〇ファルト程離れた岩陰で一夜を明かした私は、翡翠鳥が動き出す前に準備を始める。とはいっても、日帰りの依頼任務の予定だった為、背負い袋は宿に置きっ放しである。よって今の手持ちは少ない。最低限の魔法薬などの薬品や携帯食料、曲がった矢がないかなどの確認作業である。
「よし、剣も問題なし。弓の張りもこれで良いね。矢は三八本。足りるかな」
遭遇率の低い怪物は、その分情報が少ない。よって、有効打などは不明で、また攻撃手段もあまり認知されていない。分かっているのは、名前と飛行速度が速いこと、そして肉食でほぼ同じくらいの大きさの小飛竜も襲って食べる程。
ここから立てられる仮説は、クチバシの攻撃は絶対に避けなければならない。そもそもあらゆることがアンノウンなのだ。食らって良い攻撃などない。かすり傷でも毒があるかもしれないのだ。
「ライフル持って来れば良かったかな」
今更ない物ねだりをしても意味はないが、宿屋に置いてきたことを少し後悔している。
「雷魔法効くかな……」
雷魔法使いとしては少なくとも上位、自惚れで最上位クラスだと自負している私であったが、そのほとんどの攻撃は鉄火竜に通用しなかった。もし同じくらいの耐久度があれば、今度こそどうにも出来ない。
鉄火竜は動きが遅い為にあんな無茶な接近戦が出来たのだし、また攻撃手段などの多くの情報を事前に持っていたから戦術の組み立ても行いやすかった。
「まぁでも、契約した以上はやらないとね」
昨夜はしっかりと睡眠を取ったし、携帯食料だが朝ご飯も食べた。体調は万全だ。もし魔法も物理も駄目だったとしても、私は文字通り三日三晩戦い通すスタミナがある。どちらが先に音を上げるか我慢比べだ。
大きさ自体は昨日確認したが、せいぜい小飛竜よりも一回り大きく、闘飛虫と比べれば若干小さい中型怪物。大型でないことから油断してしまいがちだが、怪物である時点でサイズ関係なく危険だ。気を抜くことは許されない。
「よし」
野営地である岩陰を出て洞窟までの距離を詰める。そして弓矢の射程距離になる位置まで移動し、再び隠れる。
「周囲に気配なし。音の方は……何かが動いているのは分かるけど、翡翠鳥かどうかは分からない。穴までの距離はおよそ六〇ファルトか……電流網で探りたかったけど、範囲外ね」
洞窟内にいる為、多少の動きでも反響し外に漏れている。そのおかげで、この距離でもエルフの耳ならばハッキリと聞き取ることが出来る。
ただし、音で個体を特定する能力はないので、そこは音魔法が使える人や兎型獣人などの音に敏感な種族に頼るべきだ。
そこから日が昇るまで待っていると、穴の奥で何かがうごめいている音を拾った。
「来たかな」
少しの間待っていると、穴の奥から昨日と同様の怪物、翡翠鳥が顔を出して周囲を確認している。
珍しい怪物だ。出来ればこのまま隠れて観察を続けたいところだが、討伐依頼が出ている上に、既に二名の犠牲者が出ている。不用意に縄張りに近付いたことが原因の一つだったとしても、このまま放っておいても事態が好転する可能性は不明だし、小飛竜に代わって家畜を襲うようになると、村の経済も破綻してしまう。
相手の警戒が薄い今この瞬間が勝負。
腰の矢筒から矢を一本取り出し、慎重に弓へ番える。気配と共に呼吸も殺して、ジッとその瞬間を待つ。
相手の動きが止まった瞬間、その一瞬で矢の先端に雷を付与して弓を射った。矢は速度を上げつつ緩やかに弧を描いて突き進み、そのまま相手の右目へと突き刺さった。
甲高い咆哮を上げながら、のたうち回る翡翠鳥。まずは奇襲成功。
そう思う前に動き出す。
その時、今まで自身が隠れていた岩が激しい音を立て、砕け散っていた。
「この一瞬で場所の特定が出来るのね」
右目の損傷具合は不明だが、少なくともまともな視力確保は難しいだろう。そんな中で、正確にこちらの場所を何らかの遠距離攻撃で反撃してくるとは……当たったからと気を抜かなくて良かった。いや、あれで気を抜くようなら、また一から新米に戻った方が良い。油断大敵。一瞬の油断が命取りだ。
昨日飛び立った時と同じように、その力強い羽ばたきで一気にその距離を詰めた翡翠鳥は、太く鋭い足の爪で攻撃してきた。
剣を抜いて応戦する。
出来るだけ相手の死角に入るよう、矢の当たった右目側へと走りながら相手の攻撃を捌いていく。時折、コートの裏側などに仕込んでいる投げナイフを使って牽制を行うも、全てその翼によって弾かれてしまう。
「羽は弱点にならない。片目を奪っても、確実にこちらに攻撃を当ててくる。おまけに素早い」
激しく羽ばたく為、周囲の細かい土、砂や埃などが巻き上げられる。
私は右手に持っていた剣を真上へと投げた。その動きに釣られて、頭を上へ向ける相手。その隙に普段首に巻いている防塵用のゴーグルとスカーフを装着し、砂煙の予防をしつつ無詠唱で雷魔法を放って更に注意をそらす。
自身の姿は、砂の中に紛れて見えづらいはずだが、それでも確実にこちらを狙ってこられるということは、私の電流網同様に何か相手の位置を探る手段を持っているのかもしれない。
落ちてきた剣を掴み、ほんの一時の休息を終えて再び対峙する。
身体に異常を来さない程度に身体強化を施し、また雷を付与した剣で連撃を放つも、いずれも躱されるか翼で防がれてしまう。
「かったいなー」
他の部位は、掠っただけでもその羽毛を散らせているのに対し、翼への攻撃は、何度敢行しても傷一つ与えられない。
同じような色をしているが、翼の羽毛とそれ以外の羽毛とは材質が違うのだろうか。
お互いに有効打が与えられないと分かってから、次の行動へ移ったのは、翡翠鳥が先だった。バッと距離を開けられ、その場で大きく翼を広げてから……
「っ! やばっ!」
私は身体への負担を考慮せずに、出力を上げてその場から退避する。その直後、何かが飛んできて地面を耕していた。
走りながらちらりと後ろを見ると、砂煙の中からぼんやりと見えたシルエットは、何枚かの羽であった。
「なるほど」
つまり翡翠鳥の翼の羽毛は、一枚一枚が鉄の刃のようになっていて、それをおそらく風魔法に乗せて撃ち出すことで、投げナイフのように……いや、この速射性能を見るに、まるでマシンガンのようだ。羽毛は薄くて軽く、しかし硬く鋭い。
「これで剣とか打ったら、業物になりそうね」
余裕そうに呟いているが、今の連射を躱したことで傷付いた筋繊維などに、身体強化魔法を掛けながら同時に回復魔法で回復するという、結構切羽詰まっている状態である。
「継続回復」
簡易詠唱でしばらくの間、魔力を消費しながらも自動で回復するリジェネを付与する。ただ、回復量は微々たる物なので、あくまで相手の攻撃を食らわないで、自身の身体強化に関わる不可の軽減にのみ焦点を当てた使い方だ。
「普通の人だと、魔力枯渇する上に、平行魔法出来ないからエルフの身体様々ね」
もちろん人間族や獣人族でも、しっかりと長い期間の修行を積んだ魔法使いならば、出来るが、継続回復を使用しながら戦闘を行うのはやはり不合理だ。
他のパーティメンバーに補助してもらったり、逆に補助したりする立場に立って、どちらかに専念するのが理想であり一般的である。回復魔法が使えなくとも魔法薬があるので、魔力を消費する心配がない分そちらの方が確実であったりもする。
つまり私のようなボッチでなければ、まず手段として選ばない廃れ魔法である。魔法薬も数に限りがあるし、何よりこんな激しい戦闘の中のんびり魔法薬を飲む暇なんてない。
今着ている鉄火竜のコートで、ある程度の防御は出来ると思うが過信は出来ない。避けられるなら避けるべきだ。それに、相手も本気であるが必死である様子ではない。
「様子見をしている感じね。思ったよりも頭が回るようで……厄介ね」
翡翠鳥からの攻撃は極力受けず避けることに徹しているが、そんな私を追い詰めるように、ジリジリとその包囲が狭まっているように感じられる。
「焦っては駄目。落ち着いて確実に対処をしつつ、突破口を見つける」
相手の攻撃を避けるだけの行動から受け流すことも折り込み始め、エルフと怪鳥との不可解な円舞曲のようにお互いの立ち位置を絶えず入れ替えて攻撃し合う。
打ち合いは何十合と行っただろうか、最初から数えることなど放棄していた私は、ただただ相手の隙を突いて反撃をすることを念頭に、ひたすら我慢の戦術を採っていた。
互いに有効打を与えられず、膠着状態になると思われた矢先、それは起こった。
違和感は手に持つ得物から伝わる妙な感覚だった。
「え?」
戸惑う間もなく、次の剣と翼の打ち合いでとうとう愛用のショートソードが砕けてしまった。
「マジ?」
思えば冒険者時代から数えて二〇年近くの相棒だ。いくら丁寧に扱って、手入れをしていたとしてももう流石に寿命だろう。
手にしていた重さが一気に抜けてバランスを崩し、かつ愛剣が壊れてしまったことに気を取られ一瞬惚けてしまった。その瞬間。
「っ! ぐぅ……!」
私の隙を突いた攻撃は、これまで近距離戦で使用してこなかった羽毛の弾幕であった。すぐに我に返って慌ててその場から離れる。
反応が早かったおかげで離脱に成功したかと思いきや、何やら左腕に違和感があり、視線を落とすと、父の形見の鉄火竜のコートが大きく裂け、左腕の肘から先が寸断されて地面に転がっていた。
それを認識した途端、激痛が走った。
「くっ……」
しかし、素早く雷魔法による神経の伝達信号を阻害。左肩から先の痛覚を遮断。それと同時に回復魔法によって、血管収縮を図り血液の流出量を減少させる。完全に塞がないのは、後から腕を回収した時にくっつけやすくする為である。その際に、同じ部位の継続回復をカットする。
「ちっ」
舌打ちをして、右手の柄だけになった剣を捨て無手の状態になった。その様子を見て怪鳥が嗤ったように感じられた。だが油断をする様子を見せず、確実に攻撃を当てられるように立ち回ってくる。
相手はこちらが既に虫の息と思っているのだろうか、先程までの苛烈な攻撃はなりを潜め、嬲るように攻撃し始める。
嫌な性格である。見た目はこんなに美しいのに、中身がどす黒い。
しかしそれを得意の足捌きと、時折織り交ぜる不規則なアクロバティックな動きで避けながら距離を取った。
いつまでも相手の好き勝手にさせる訳にはいかない。
「さて、そろそろギアを上げようか」
焦りから頭に血が昇って冷静な判断が出来ずにいたが、出血のおかげで血液量が減少したことで、かえって落ち着くことが出来た。もう焦燥感はない。
剣はない。弓矢も片手では扱えない。投げナイフはあるが相手の翼に阻まれて有効打にならない。だが、魔法がある。
元々耐性や有効部位の確認を行いつつの立ち回りであったので、魔法もそれ程威力のあるものを放ってはいない。
それが慢心や油断を生んで、隙を作ってしまったのかもしれないが、必要な情報を得る為で仕方のない被害である。それに負けた訳ではないし、そもそも諦めていない。この程度の怪我、以前の冒険者時代ならざらにある。
「さて、物理攻撃の有用性の検証は終わった。それじゃあ、本気で行くよ?」
その言葉を理解してか、それとも何か私の雰囲気が変わりでもしたのか、いずれにせよその発言を皮切りに、翡翠鳥の攻撃が再び激しいものへとなっていく。
「残念。もう、そちらのターンではないよ」
身体強化の出力を引き上げたことで、リジェネの回復速度が追いつかなくなり、全身に痛みが生じる。それは痛覚を遮断しているはずの左腕からも伝わっており、脳内で痛みとして処理しているのか、鈍い痛みが響いているが無視出来る範囲だ。
こちらの動きが更に加速したことで、焦った相手が再び羽毛マシンガンによる弾幕を放ってくるも、余裕を持って躱すことが出来る。
走りながら右手をコートの内側に入れ、手に届く限りの手持ちの投げナイフを掴み、全て地面へと投げつけた。
「陣形成!」
そして突き刺さったナイフを雷魔法で動かして、魔法陣を刻んでいく。
高速で走るナイフに、翡翠鳥は一瞬戸惑うも、すぐに私への攻撃を再開する。それを身体強化で避けつつ、今度は地面の魔法陣の作成と並行作業で、相手と私を分け隔てるように魔法陣を空中に描いていく。
「まずは捕まえさせてもらうよ」
そう宣言したと同時に、地面の陣が完成する。
「縛雷!」
すると、魔法陣を中心に無数の稲妻が走って翡翠鳥へ殺到する。
それを相変わらずの風魔法を使用しての加速性能で避けていくが、所詮は風速。雷速に適うはずもなく、足に首と拘束されていく。だがそれで抵抗を止める訳がなく、必死に逃れようともがく。
あくまで素早い相手の足止め程度にしか使わない捕縛魔法である為その拘束力は弱く、今にも引き千切られそうである。だが、なかなか雷の鎖は砕けず、ギリギリのところで踏み留まっている。
「その為のナイフなんだよね」
魔法だけでも地面に陣を描くことが出来るのは鉄火竜で行ったが、それをわざわざナイフを用いた理由はここにあった。ナイフを楔として地面に雷の鎖を縫い付ける意味があったのだ。
そしてもう一つの魔法陣。相手が風魔法による切り裂きを行ってくるもその陣より向こう側、私へ届くことはない。
「防御陣」
もしくは障壁。
鉄火竜のコート以上の堅牢さを誇る、詠唱破棄の中で最も防御力のある魔法。
ものすごい魔力が必要な上に守れる範囲は狭く、一度設置したら動かせないなどの制約は多いものの、私の持つ雷魔法の中で一番硬い防御用魔法である。
そしてその間に脳内で構築した術式を展開する。
「この距離だし、雷による拘束もしている。あなたの心臓の位置は把握した」
出来るだけ傷付けない為に、一撃で仕留めるつもりである。キレイな死体であれば、王都の学者に高く売れる上に素材も豊富だ。心臓は素材としてもサンプルとしても使い物にならなくなるが、今は相手の完全無力化が最優先だ。
「これでお終い」
尚も拘束から脱出すべく、咆哮を上げながらジタバタしている怪鳥を視界に納めつつ、腰に固定されている矢筒から矢を一本取り出す。
そのまま矢を掌に載せて、矢尻と腕を真っ直ぐ相手に向ける。今から造り出すのは、雷によるクロスボウ。イメージはチャロンの得物。右腕全体を台座として用い、形作っていく。
一瞬にして出来上がったソレは、既に引き絞られた状態でセットされており、いつでも発射出来る状態となっていた。
「じゃあね」
何の感情も乗せられていない私の一言が引き金となり、雷をまとった矢が勢い良く射出され、そのまま狙った部位を寸分違わず貫通させた。
衝撃や痛みなどから一時的に痙攣するも、すぐに力尽きたようでグッタリとなった。
拘束はそのままで、自身の左腕を拾いに行く。切断面はキレイなもので、流石の鉄火竜のコートも抵抗出来ずにそのまま斬られたのも納得の切れ味であった。それぞれの傷口を水筒の水で洗い、断面同士をくっつけて回復魔法を唱える。これにより、一応は問題ないが、あくまで応急処置。仮縫いの状態なので、満足に動かすことも出来ない。
ここに更に手持ちの魔法薬を飲み、余った分は傷口に振り掛けていく。その上から更に回復魔法と、先程遮断した継続回復の道を開放することで、みるみる内に切断箇所は塞がり、斬られた箇所が分からない状態となった。
度重なる魔法の使用と、無理矢理の回復手段。そして、血液の流出を抑えたとはいえ、かなりの出血があったことによる血圧低下から、足下がふらついた為にその場で仰向けになって寝転がる。
「疲れた……」
自慢の金髪が汚れるのも構わず、ただ体力が回復するのを待ちつつのんびりと空を眺める。
「またやっちゃったな……」
鉄火竜との戦闘以来の大怪我。過去の冒険者時代を含めても、怪我をすることは数あれど、流石に腕が千切れるような事態は初めてだ。
「ブランクなのかな」
一応ルックカで過ごした数ヶ月と、王都へ来るまでに遭遇した鉄火竜との長時間に渡る戦闘で、ある程度の勘は取り戻したと思っていたが、甘かったらしい。
「オリジナル魔法制作もだけど、気を付けないといけないね」
しばらくボーッとしていたが、身体が動くことを確認するとゆっくりと上体を起こし、左腕の調子を見るべく何度も曲げ伸ばしや握って開いてを繰り返す。
「問題なさそうだね」
立ち上がって衣類や髪に付いた土や埃などを落としてから解体用のナイフを取り出し、必要な素材の確保に動く。長年愛用していたショートソードがなくなってしまったのだ。せっかくだからこの剣と打ち合っても傷一つ付かず、鉄火竜のコートさえも切断出来る切れ味を持った羽毛を入手し、何とか剣に出来ないか鍛冶屋と交渉しようと思う。
「でも、こうして間近で見るとキレイな鳥ね……凶暴だし狡猾だけど」
死亡確認を行い、拘束を解いた。そして羽毛の出来るだけ質の良い部分を選んで剥ぎ取っていく。何枚か確保した後に、今度は討伐の証として足の爪の一本を切断する。これを村長に見せて、討伐成功したことを報告するのだ。それから馬車を手配してもらい、王都まで運ぼうという寸法だ。
馬車一台では厳しいだろうから、荷台を二つ、併走するように連結して運搬するしかないと思う。
「傷んじゃうし、何より死体を漁りに来る動物や粘性体が来る前に運び出したいから、急がなきゃね」
足早にその場を去り、オボス村へと戻った。
「ただいま戻りました」
村に戻ると、大勢の村人が村長の家の前に集まっていた。どういう状況なのだろうと思うも、報告をして人手と馬車を確保しなければならない。驚愕の表情を浮かべる村人達の横をすり抜け、勝手に扉を開けて中へと入る。
「勝手に入って申し訳ありません。早急に報告がしたかったものですから」
「い、いえ、大丈夫です。あの晩、村を飛び出してから音沙汰がなかったものですから、てっきり……」
逃げたと思われていたのかな。まぁ仕方ないね。こんな理不尽な依頼、普通は早々安請け合いしない。かといって私自身、お人好しであるつもりはない。
あの怪鳥の生態を見たかったのもそうだし、素材も欲しかったのも本音。
そして何より直接依頼に切り替えたところで、小飛竜の討伐依頼は失敗というか未達成に終わり、ギルドからの収入は得られないが村長から依頼料を取ることを約束している。村長からすれば、ギルドへの依頼と私との直接契約で二重の損失である。お金を取り上げる私が言う立場ではないが、村人の安全の為だ。我慢してもらいたい。
ボランティアで冒険者は出来ない。ここのところの線引きをしっかりしておかなければ、冒険者の地位が失墜することに繋がりかねない。
冒険者に限らない。前世でも救急医療に然り、救助に然り、直接個人がお金を負担することはなかったとしても、税金や保証など、どこからかでその補填されている。慈善事業ではない。タダであの人もこの人も助けていては、いずれは立ち行かなくなって破綻してしまう。金の亡者と非難されようが、そこのところをしっかりと区別が出来ないようなら冒険者としてはやっていけない。
「では、こちらが討伐の証明となる翡翠鳥の羽と足の爪です。ご確認下さい」
「は、はい……」
素材を入れる袋を持ち合わせていなかった為、帰り際、適当に遭遇した大型動物を狩って、皮を剥ぎ、それと植物の蔓と掛け合わせてひとまとめにして持って帰ってきたのだ。
テーブルの上に広げられた素材を見て、息を呑む獣人の老夫婦。
「これが……」
「それと、討伐した翡翠鳥の死体なのですが、珍しい怪物ですので、研究の為に王都まで運びたいと考えています。馬車と人手を手配して頂いてもよろしいでしょうか?」
「分かりました」
「では、最後に、値段交渉しましょうか」
私が提示した金額は五ロカン。金貨五枚分だ。一般の定食が五トルマ前後で、日本円にすると二五〇円程であることを考えれば、五ロカン、即ち一三五〇〇〇円はかなりぼったくりに近い金額だ。もちろん運搬費とそれに携わる人材費も込みだ。流石にそこまで非道ではない。
この金額に、老夫婦は絶句するも、特に値段交渉をするつもりもないのか、言い値で承諾した。嘘の依頼で私を振り回したあげく、腕が千切れたことを伝えているので、下手したら死んでいたかもしれない。そういった迷惑を掛けたお詫びのつもりなのだろう。私はそこについては言及せず、礼だけ言って村人を派遣する為に、村長と一緒に家を出る。
村長の説明に、最初は半信半疑だった村人達であったが、私が素材を見せると驚かれ、特に若い男性達からは恐怖の目で見られた。彼らが、翡翠鳥に襲われて生き延びた人達だろうか。トラウマはあるだろうが、男手が必要だ。出来れば何人かは参加してもらいたい。
翡翠鳥は風魔法の補助で空を飛ぶが、元々が鳥である以上、その身体は軽い。しかし、そのサイズの割に軽いというだけで、一二ファルト前後の大きさもあれば、流石にそれなりの重量になる。
何かあったとしても私が対処することを告げ、何とか村人一〇人と馬車二台を確保して、死体遺棄現場へと向かった。
「確かにコイツだ……」
それは誰の呟きだっただろう。地面に横たわる巨体に、目を見開く一同に指示し、私も一緒になって持ち上げて荷台へと載せる。死んでまだそれ程時間が経っていないからか、まだ少し温かい。
「それでは、王都までよろしくお願いします」
「はい。それじゃあ出発」
村人代表の若い男性の号令で馬車は動き出した。
小飛竜の討伐だと思ったら翡翠鳥の討伐をすることになった上に、日を跨いでしまい、到着予定時間は昼過ぎから下手したら夕方だ。ギルドからしてみたら小飛竜の討伐にどれだけ時間を掛けているのか、とか思っているのだろうか。特に気にされていなければそれが一番良いが、小飛竜に苦戦した金ランク冒険者と流布されるのは信用に関わる。出来れば早急に対応したい。
そんな想いを胸に。馬車に揺られながら、背中の翡翠鳥にもたれ掛かった。
見上げれば、初暑の日差し眩しく輝いている。この暑さだと死体の痛みは加速してしまう。一応布を被せて直射日光が当たらないようにし、村人の中で氷結魔法が使える人も連れているので大丈夫だと思うが、ずっと魔法を掛け続けることは出来ない。私のように種族柄、魔力も体力もあるのなら別だが、彼は一般人だ。適度に休憩を挟まなければ、魔力の枯渇と熱中症で倒れてしまう。
ある程度進んだ所で、お昼休憩やトイレ休憩を挟み、再び王都レガリヴェリアへ向けて出発した。道中は、私が一人で冒険者をしているということから様々な質問、特に武勇伝と異性関係のものが多かったが、それを適当に躱しながらのんびりと馬車に揺られる。
武勇伝はともかく、異性の質問って……ちょっとがっつき過ぎじゃないかな。とはいえ、こんな巨大な鳥を単独で討伐する女性を嫁に欲しいかどうか聞けば、おそらく微妙な反応が返ってくると予想する。
私が普通の村人の男性だったらこんな嫁は嫌だ。まず家事が壊滅的で、野性で原始的な生活だ。まだこういった地方の村々の方が文化的な生活を送ることが出来ているだろう。そう考えれば、村の中の異性かちょっと背伸びをして都会の王都で誰か探すかした方が現実的だ。
自分で思って、自らを抉っていることに気付くが無視する。これは涙ではない。汗である。
【国】
ジスト王国
【土地】
カルサ山
タルタ荒野の中央部。麓からの高さはおおよそ一五〇〇ファルト
【気候】
暖季、暑季、乾季、寒季の四季があるが、雨季はなく、年間の降水量も少ない
乾季から暖季初頭に掛けて、北からの乾燥した風が吹き込むことから、湿気は少なく、年間を通して乾燥している
【生物】
シカやヤギなどの草食動物と、キツネやオオカミといった肉食動物も生息している
かつては炭鉱として機能していたが、その他の鉱石も含まれていることから鉄火竜の縄張りとなっていることもあり、稀に鉄火竜同士での縄張り争いが起こっていることがある
【植物】
乾燥に強い多肉植物が多く自生している。また、種類は少ないが草花も数多く生えている
【備考】
ルックカの北部、王都レガリヴェリアの西部に広がるタルタ荒野のほぼ中央に位置する山。二〇〇年以上昔には炭鉱として栄えており、国の犯罪者を集めて犯罪者奴隷として開拓を進めていた。当時より以前は金属の鋳造、加工の為の燃料として重宝されていたが、王都の南東部にも地表近くに炭層が発見されたことで危険が多い坑内掘りよりも比較的安全な露天掘りへと切り替えることとなり、カルサ炭鉱は閉鎖された
後に、安定した火力が出せる魔石の開発により、石炭の採掘事業そのものが縮小されているが、ドワーフの中には石炭の方が良いとする意見もあり、小規模ながらも、現在は王都南東部で採掘は継続されている模様である




