2日目2
射撃は一発のみ、だが恐らくもう既に捕捉されている。おかしいとは思うが探索者相手の場合怪物の様に見かけからはわからない情報が生命を左右する。それは異能であったり、仕込みだったり色々あるが恐らくのこ速さは…
「獣人か!」
「いーたー!」
振り返る必要もない、あの声はナイスバデーなお姉さんのもの、と言うか速すぎる!昨日はこんなんじゃなかったはずだっ!一体…くっそ、そう言うことか!
俺は地面を見て妙に歩き易いと言うのに納得し彼女らの速度の理由がわかった。獣道だ。俺は無意識に通り易い道を視覚で見つけて獣道に乗ったがあっちは最短距離でこちらを追いかけてきた。道路を走っている車に直線距離を走ってきた車が追いつく様な物だ。だがそれにして無茶苦茶がすぎる!
いくら獣人とはいえ…いや、何か森の中をよく走る様な動物がベースなのかもしれない、そうとなればここでの戦闘は不利…か?町へ向かう道がわかる様に左手に街への舗装された道路を見つけておいたが、そこで戦うのも可笑しなものだ。何処か良い場所はっ!
「この先を…この速度なら後十秒進んだ先に、崖がある。」
「…っ!ありがとう。愛してるぜ!」
「(ギリィ…)」
何か後ろからの殺意が強まったが草木を避けるために下げていた顔を暗殺者の彼女の言う崖を探すためにあげると後数メートルと言うところで地面が消失しているのを発見した。崖と言うよりは峡谷か?いや、問題は…
「向こう岸へ行けるかどうかだっ!捕まってろ!」
跳ぶ…訳がない
「ひゃっ!?」
「っへ!?」
「チィ!バカ妹!逃げられる!」
俺は向かいの崖に向かって跳躍、ほぼ垂直といえど角度のある崖を足場に下に向かって勢いを殺しつつ跳んで先の尖った丸太を崖への着地ギリギリで足元へ打ち出し突き刺し、加速度を殺して着地する。
見上げれば上は遥か彼方だが身体能力強化を使えば登れるし、脚力も合わせれば三角飛びでなんとかなるだろう。
「とりあえず下まで行く。これがどこまで続いてるかわかるか?」
「えっ、はい…」
「なら良い、横穴とかを見つけたら教えてくれ!」
こうして意図しない形で俺の一週間ダンジョン探査は妙な方向へそれ始めた。
…
「ダメ…ね、流石に直下に撃ち下ろしは出来ないわ」
「うう、ごめんね姉ちゃん〜」
大弓の少女は弓を畳んで背中に背負いつつ賞金首の逃亡ルートを思案する。相変わらず異常な執着はあるがそれを楽しみ、自分の意思で制御できる様になってきた彼女は昂ぶる五感の鋭さを一時的に鎮め地図を取り出す。
「ふぅ…ここが未知のダンジョン出ないのが幸いでした。この下は…屍谷、ダンジョン内にあるダンジョンではなく地形ギミックの一つです。」
「うげっ、確かそこって…」
姉は笑みを深める。
「ええ、剣士ゴロシ、幽体やスライムの多く棲まう場所、短剣使いであり質量攻撃使いである彼が少女1人抱えて戦うには…最悪の場所です。」
入り口と出口は既に分かっている。伊達や酔狂で彼女らはここで賞金稼ぎをしていない、地形から生息する怪物まで全てを計算に入れて楽に、そして確実に獲物を仕留める。狩と言うのはそう言うことだ。
しかし、計算してもそう上手くいかないのもまた狩である。姉は舌なめずりをするが短剣使いの能力や戦力に未知の部分があるためよく考える。
「…一旦、街へ行きましょう。この谷の下から這い上がってくるのは早くて十二時間、想定以上のペースでも六時間は掛かります。道具と罠を仕込むには短いですが…やっておいて損はないです。」
「分かった姉ちゃん!」
冷徹に、しかし熱狂して、覚めながらにして酔う。良い狩人とはそう言うものだ。いま必要なのはどの様な面なのかそれを着実に身につけつつある獣は三日月の様な笑みを浮かべた。
「ふむ…死んだか」
時を同じくして赤黒く酸化しダンジョンに吸収され始めた血溜まりを前に目深くフードを被った男が立っている。
「若様に全てを捧げたとはいえ同じ血族、出戻ってきた石程度に敗北するなどなんと情けのないことか…死んだ程度で楽になどさせぬぞ?」
嗄れた。しかしそれでも覇気を持った男はその言葉とともに懐から異様な瘴気を放つ薬品を瓶ごと血痕に叩きつける。するとどうだろうか、邪悪な、正しく淀みと言える様な黒い何かが血痕から人型を作り出し、全身ができたかと思うと本来目などない様な部位、胴や手足を埋め尽くす様な眼が開き、顔と思しき部分には口しかない、その口は一定のリズムと情念を持って何かを呟く。
「ククク、クカカカカ!遂に出来たか、聖なるを穢す邪、この世界においてあってはならない怪物、命を憎み、他者を妬み、心を喰らう。邪悪の化身とはコレのことよ!」
フードを外し狂乱のままに叫び謳う老人の身体を見つけた怪物の目が煌めくと同時に黒いヘドロの様なヘドロが穴という穴から侵入し、体積以上の物が内部に収まった。老人の眼は血走り白目を剥いて静止していたが、数秒の後人間的ではない動きで眼が正常な位置へ戻され、ぎこちない動きで持って坑道を後にした。
砕かれたガラス瓶には『試作』と言う文字と100と言う数字があった。