2日目
おはよう諸君、短剣使いだ。朝飯用の鹿を狩り焼いていく。手の甲には67、やはり十階層は稼ぎがいいなぁ…
「そう言うや前のダンジョンの魔魂は?」
…後で調べてみよう。かなり先の『後で』になりそうだがな!
装備の点検、食料の確認を済ませ立ち上がり簀巻きにした暗殺者を起こしにいくが…
「起きてるかー?」
「っく…こ、殺さないでください!」
一晩にして態度がかなり変わっていた。特に俺を見る眼、それは明らかな怯えと畏敬のような崇拝のようなものすら感じる異常なものへと変わっていた。発している感情も昨日より明確で恐怖一色だ。深く、暗い青の様な深い絶望の底にいる様な気さえする恐怖によって目の前の人物は支配されていた。
俺はこの変化に対し…
「お、おう。殺しはしねえよ」
「ひぃぃぃぃ!」
…なんとも言えない返ししかできなかった。というか買い物に行かせるまではこの明らかに精神的な疾患を抱えたままにしとかないと正気に戻られて殺しに来られたり、逃げられたりすると面倒この上ない、そして同時に至近距離で右眼を直視させるだけでここまでの精神的破壊を可能にするこの眼に今更ながら驚きを禁じ得なかった。
とりあえず環境の改善をして精神的な回復を図る。が、どうすれば良いのだろうか、男の看病とかしたく無いんだよなぁ…
「お前…」
「ふっひぃぃ、ふぎゅっ!はいっ!」
一声かけるだけでなんか凄い感情が荒ぶってんだけど?
「性別は?」
「お、おおおおお、おんにゃです!っく、こ、この体をどうしてもいいので殺さ、ころさないでぇ…っ!」
女子だった。というか迫真過ぎる上に口の端から泡を吹いている。ガクガクと体を痙攣させてもがき全身全霊で命乞いをする彼女に罪悪感というか…殺し殺されるなんて日常茶飯事だし、殺しあった様な相手とチームになって狩りをする様なこともないわけでは無い世界でここまで徹底的に人格や精神を破壊してしまったの現状にいささかやり過ぎた感がある。
っく、この状況を打破できる知識はっ…あるっ!が、使いたく無い!だってもうそれ自演で依存させるように仕向けてるだけだし!
三十分の苦悩の末結局甘やかしたり優しくして人の温もり(自演)で精神崩壊級のトラウマ(自演)を癒す方向にした。たしかに手駒が欲しいとは思っていたが最悪顔を隠して街に入って適当な子供とかに金を積んで買い物をさせたりすればいいと思っていたのだが、何ぶん長期戦になりそうだし、そもそもおそらくこの一週間を乗り越えて探索者組合のある入り口に出てからが勝負みたいなところがある。
だからここでこの少女をこちら側にしてしまうのは致し方ないのである。(自己弁護)
やり方は簡単、ぶっ壊すまでがそれなりに大変なはずだがそこを大幅に省略し効果が出るギリギリのラインで俺と接触している時に水薬を飲ませて安定化させる。大事なのはここで依存させたい対象に対して接触していたり優しげな態度をとること、なるべくなんで安心したり落ち着いたりするのか分からせない事、これを街に行くまでの間手を繋ぐのと離すの、足がもつれて(もつれさせて)俺が抱きとめる、ちょっと毒を盛ってふらつかせたところで抱きかかえる。これらを少し離れたり、素っ気なくしたりするのと交互に行いじわじわと精神を蝕む。
(心が病みそうだ…)
「ど…どうし…た?」
「いや、なんでも無い、それにして殺されかけた相手の心配なんて、君は優しいなぁ」
「…そ、そんなこと、ない…」
何が心にくるかってこっちの思う通り侵食が進んでいること、十二時間食事などもありつつの移動だったがその間にもう離れると震えたり、涙目になったり、動きがぎこちなくなったりわざわざ距離を詰めてきて手を握ったりと悲しくなるくらい人の温もり(壊した張本人)を求め始めてしまっているところだ。
ゲロ吐きそう、というか誰だこんな邪悪な方法考えたやつ、辞めてくれよ此の少女の依存が完成する頃には俺も壊れちまうよ…ま、続けるけどね、催眠術やらなんやらは学術的な興味があってもなかなか手出しできない領域だ。趣味の範囲や自分への施術などはほぼ自己啓発や自己の安定化の為であり突き詰めれば精神修行だ。
だが、今のこれは違う。明らかに他人へ影響を及ぼし、その精神性を汚し、踏みにじり、壊し尽くしている。…そもそもこう言うのはあの忌々しい奴らの専売特許だろうが、ああっ!クソっ!というか妹はどうしたんだろうか、あの夜頭だけ出して袋に入れてしまったが無事だろうか?
…いや、今頃になって思い出してもただの偽善、とりあえず今は自分のことだ。血は繋がっててもただの他人、俺は俺の今を打破するために進むしか無い!
昨晩、短剣使いと暗殺者がいた場所に獣人の二人組がいた。
「はぁー、はぁーっ!十階層についたわね」
「うん〜!あのトカゲ強かったけど姉ちゃんと私なら瞬殺だったね!」
焚き火の後を見つけてここまで来た様だが妹はともかく姉の様子がおかしい、頭から生える二本の飾り羽がユッサユッサと揺れ、吐く息は温帯程度の気温の筈なのに白く、頬やカラダは紅潮している。
しばらくそこで浅い呼吸を繰り返していると彼女は突然弓を構え矢をつがえる。
「っへ?見つけたの?」
妹が呆気に取られていると其の鉉はギリギリと引き絞られ揺らいでいた弓の向きがぴったりと合う。
「そこぉ!」
「…っ!マジか!?」
「ほぇ!?」
風切り音、それも特大、俺はすぐにその異音を察知し彼女を抱えて走る。町の近くで戦えば無駄に町人や探索者を刺激してしまう。降ってきた太矢を外套で掴み取り仕舞うと同時に森を疾走した。
「いたぁ…クヒヒヒ、妹あの方向、進めば匂い辿れるでしょ?」
「う、うん!わかった姉ちゃん!」
(他の雌の匂いがする。許さない、アレは、アレはアレはアレはアレはーっ!)
ワタシノエモノヨ