坑道での戦い
地面を蹴る音が反響し、響く。走る人間の息遣いが遠くにあるようにも近くにあるようにも聴こえ錯覚を起こしそうになるが、暗殺者らしき人物と短剣使いは複雑な構造をした坑道を片や足止めしようとし、片や突き進んで行く。
「いい加減諦めてくんないかなぁ!」
「不可、受けた仕事がどのような事情のもであれもらった分の仕事はさせてもらう」
暗殺者は漸く自らの武器を手に取る。それはふた振りの刀であり長い物と短い物一対の物だ。しかし一体何が…何か引き金を引くような音と共に人間的にありえない加速を見せて暗殺者が突っ込んでくる。俺は迎撃のために投げナイフを投げるが回避して斬撃を放って来たので外套を硬化、金属同士のぶつかるような耳鳴りのする音が出るが斬撃は止められたようだ。しかし暗殺者はその反動を利用し廻り込んでくる。
「どんな手品だぁ?そりゃあ」
「答える義務は無い、そちらも変わった装備だ。お互い様だろう」
先ほどの加速に外套の留め具が耐えられなかったのか、俺の前にいる人物の人相がわかる。短く切りそろえられた白髪、赤い瞳、こんな時勢でもなかなか見ないレベルの見事なアルビノ、中性的な顔立ちと声、体つきからやはり性別を伺うことはできない、俺は短剣を構えて様子を見るが…
「いいや、退け」
「っ!?」
様子を見させすぎである。俺は相手を注視するついでに魔眼を発動、効果は停止、殺しても良かったが跡形もなく消し去る様な力があるとわざわざ停止しか見せたことがないのに警戒させる必要もない、通り過ぎる際に刃を当ててみたが切れなかったので停止中の物体はなんであれ硬化するようだ。
実験もできたことだし先へ進もう。
止まったところから数十秒走ったところにある扉を発見し俺はニヤリとする。あの暗殺者の加速はどうやら連発はできないのだろう。停止は十秒かそこらで解けたはずだが追いかけてきていない…が、面倒臭いなぁもう、次々きやがりやがってYO!
「早かったなぁ!石ころ風情がぁ!」
直上からの奇襲、しかし分かっているならただの的、俺は刀による落下攻撃を避けつつ足の腱を斬り裂き、魔眼で魔眼の効果を停止して離れる。
「ぐあぁああ!?」
「一体どんな罰を受けてんだ?これ」
まぁ、どんな刑罰かは知らないし、興味もない、奴は血走った目をこちらに向け俺が身を隠す坑道の壁に力を発動しているのかドカンドカンと音がするが意味はない、魔眼の効果は昨夜と同じく十秒程度で切れる。彼の魔眼の効果がどんな過程を経て物を壊しているのか知らないが、直下から魔眼を発動させつつ落ちてきて、その場で動けなくなってしまうなんて…
「ぐぅぅ!貴様の!貴様のせいでオレはぁー!!」
「運が悪いな」
俺は離れた位置から魔眼の効果の停止が切れると共にネジ切れるようにひしゃげてただの血溜まりになるのを見届けた。死亡確認は重要だ。俺は周りや持ち主と一緒に捩じくれた刀を手に取り肉塊をつついてみる。
反応は…ない、どうやらクッソ高い蘇生用の魔道具や薬品などの投与はされていないようだ。この場を立ち去って奥に進んでもいいが…俺が一歩踏み出すとそこに投げナイフが突き刺さった。
振り返る間も無く風切り音と共に陽炎のような物を纏ったアルビノ暗殺者が躍り出てくる。恐らく全力での能力向上、刀の機構や自身の持つ異能をフルに発動しているのだろう。
だが、残念だ。体術や体捌き、それまで見事に調和していたはずのそれらが速度という異物によって一切合切残念になっている。勿論、気づかれていないところから急加速して突っ込んでくればひとたまりもないだろうし、正面からでも懐まで一瞬でもぐられれば大抵の場合殺し切れる。暗殺者としても戦士としても申し分ないハズなのだが…
暗殺者が踏み込み、俺の前で止まる。
「ガッ!?」
いや、俺が止めたのだ。ゴキリという鈍い手応えと共に暗殺者は吹き飛び、俺は上げていた足を下げた。
「生憎視力と身体能力は高くてね」
ハラリと落ちた前髪の一部は選んで受けた斬撃による物、なんでこんな真似ができるようになっているのかと言えばそれは一重にレベルの所為だ。今の俺は世界樹と邪龍二つの加護を持っているが、二つの加護に含まれる異能は足し算で算出される。勿論、元から知っていたわけではなく、魔法剣士から聞いた話だ。
なので俺の身体能力強化は実質的にⅦ、脚力もⅣである。
俺は彼女の刀と短刀を拾い上げ解析する。
『疾風太刀、疾風小太刀(呪)
ダンジョン産改造済み
元は敏捷性を少しあげる程度の能力だったが、改造と改悪によってピーキーな一品に仕上げられている。
追加機能は使用者限定、異能限定、所有者固定、異能固定の四つ。呪いはこれを所持していない時の所有者の身体能力、生命力の超低下、加護の機能停止、異能使用不可、能力使用限定化だが、これらの制約によって指で刀に付けられた引き金を引くと肉体の限界などを考慮せず超加速することができる。』
…呪いの装備極まっている。とりあえず俺には無用の長物だが刀身を叩き折って持たせといた。生命力低下とかで死なれても良かったが、俺の第六感、というか何処と無く何処かでこの顔を見たことがあった気がするのだ。温情で水薬を少し飲ませた。
さて、暗殺者(謎)と弟君をどうにかしたところで本日のメイン、ドラゴン君との戦いである。門から入ると相変わらず厳しい顔の赤竜がいきなり火炎の息吹を吹いてきた。
…うん、いいね、なんていうか人を相手にしていると心が疲れる。そういう意味では怪物の類は遠慮も、配慮も、思考も、全てを殺しきることにのみ振り切ればいいのだ。
「アハっ」
「!?」
やばい、ちょっとキモいな、自分の笑みが止められない、感情をきちんと制御できない、だが絶好調だ。
「とりあえず死んでくれ」
俺は加速と共に丸太を打ち出し何時ものように怪物を狩ることに集中した。