一週間の始まり3
さて、嫌な予感は拭えないが漸く山の麓までたどり着いた。本来ならばここから坑道を通り地下深くにあるボスを倒すのが正規ルート、だが…
「賞金が出てる以上、探索者に見られるのは得策じゃない」
なんでこんな逃亡者生活しないといけないのかさっぱりだがそれもこれも風間家のせいだ。というかそもそも御家からかなり離れた血筋である苗字なしの平民のとこまで来てわざわざ身分を明かして脅しに来た彼らは未だに謎だ。非効率的だし、なんの意味があってそんなことをしているのか当時は分からなかった。
そう、当時は、わからなかった。実は彼らの強引な『血族集め』には理由があった。当時、俺がまだガキだった頃彼らの所属する大日本帝国、つまるところ人間の統治者達は世界樹から主権を奪いたかったのだ。
一応対等と天使言っていたが、たしかにその対等は一応、でありこの世界の今を維持しているのは明らかに人ではなく神、そして世界樹だ。権力的に平等でも力で負けている。世界樹の機能が止まれば全滅必死だが、人類の統治機構は無くなっても問題ない、むしろないほうがいいとすら俺は思っている。
…もちろん、そんな事になれば新人類は神の傀儡と成り下がるだろうし、神は人を見限るだろう。
だが、それでも神から与えられた力を手に成り上がった彼らはそのことを忘れ、あまつさえ世界樹へと戦いを挑んだ。
なんの打開案も、世界樹に変わる機構を考えることもせずただただ自らが自分たちが思うようにいかないことを全て世界樹や神のせいにするためだけに、である。
勿論負けるだろう。しかし、それを口実に暗躍する者がいた。それが風間家、いや正確にはあの暗部とかいう腐りきった連中だ。彼らが欲しかったのは兵士ではない、奴隷だ。世界樹と天上によって禁じられてはいるが彼らは人類の統治者の血族、その特権によって事実を隠蔽し世界樹と対等であるための力を他の人間達よりも優れるための道具として使っているのだ。その力を使い魔眼の力を少しでも受け継いだ俺や妹を探し出しわざわざ『親族』に仕立て上げた。
「あーキレそう。」
…昔話は、少し疲れるな、俺は山道を登りながら怒りという感情のままに歩を進める。
実は今さっきまでの回想は必要だからやっているだけだ。必要じゃなければこんな状態になるまでの経緯など思い出すのも腹立たしい、だが怒りという感情を発露するにはとても良い手段だ。
それでなんでそんなことをしながら正規ルートではなく。山登りをしているのかといえばこの山の中腹にしたのでは無くもう一個坑道があり、そこから一気に10階層まで行けるボスがいる。
リスクはあるが昔取った杵柄、今も戦いの記憶は鮮明だ。で、実は攻略当初にも発見されたこのルート、最初はただのどん詰まりだと思われていたのだが、ある種の強い感情を持ちながらその領域へ踏み込むと行動の奥にある壁が消失しドラゴンと戦うことができる。
勿論、火を噴くトカゲでは無く正真正銘のドラゴンだが、なぜこんな機構があるのか、そもそもなんで一層目からこんな物がいるのか、色々と学説や噂が飛び交ったが、結局そこにあってそういうものだということしか分からず。わざわざ一層にいるやつがここを使うわけが無いし、十層にたどり着いた探索者は世界樹からダンジョンへ侵入したすぐの場所から転移することができる。
「ま、俺は前も今も、無茶苦茶な理由で利用せざる得なかったんだよなぁ…」
昔はもうとりあえず心が死んでいたので死んでもいいから早く階梯を上げるため、今は追っ手を巻いて一週間平穏に過ごすため、全く…
「笑えるぜ!」
キレそうになりながら笑うと誰でも悪人スマイルになる。俺は行動のある中腹までたどり着き、中に入って少し休憩することにした。
「おかしーなー、さっきまで短剣使いくん近くにいたはずなんだけどー?」
その姿は短剣使いの避けた街の中にあった。
「け、剣聖様!そんな格好で外に出てしまってはいけません、それにお力もかなり削がれている様子、もう少し養生ください!」
「えー、なんでさ、そもそも君ら組合員がそこまでしてくれる義理は…」
看護婦のような女性とそれを振り払うこともできない腕力の魔法剣士がもめていると周りがざわつき始める。
それを察してか看護婦は他の組合員を呼ぶが、不意に人垣が割れる。
「いいや、剣聖、いや元剣聖で元天使といったところか、規則破りにもほどがあるが、現世に強力な探索者が増えるのは良いことだと咎をやらずにいるんだ。少しはおとなしくしていたまえ」
「っげ、大天使」
魔法剣士は目の前に現れたこの地域の世界樹の統括者に悪態をつく。
「っげ、とはなんだね、そもそもあの青年がここに寄らなかったのも君が騒ぎを起こしたせいだ。本来であれば君らはここで合流できるはずだったのだ。」
「ふーん、お得意の未来視ー?でも多分それもう意味ないよ?」
大天使と呼ばれた男は顔をしかめるが、すぐに元の無表情へ戻る。
「確かにあなたに使うのは意味のないことでしょうが彼は…」
「ううん、今の私に運命切断は使えないよ、それに彼からの加護も体の問題でまだ使えないしねー」
「…まさか、彼はすでに運命への干渉ができるというのですか?」
「うん、と言うか…多分彼、最初から最後まで君らの思い通りにはいかないよー?」
大天使は今度こそ顔を歪ませ空へ浮き上がっていく。
「神への反逆など、今の貴方ではできないでしょうが一応忠告しておきます。貴方はまだここに居るべきだ。」
「にひひー、そうだねー、次会った時は…その時ね?」
「ええ、次会うことはないほうが良いです。では」
彼らは不穏な会話を終わらせると同時に周りの探索者は突然剣聖が見えなくなったかのように振る舞い始め、組合員も看護婦も彼女を見失ったかのようにキョロキョロとしている。
「はぁ…キッツイなぁーまさかこんなとこに飛ばされるなんてぇーツイてないよぉ〜!」
そう叫ぶと彼女お腹から可愛らしい音が鳴る。
「…はぁ、病室戻ろ」
驚くべき事に水薬の治癒力向上では無く自力で傷を治しまるでピンピンしている彼女がつい先ほどまで植物状態だったなど、誰も信じないだろう。だが、階梯さえ足りていれば彼女の異能は息を吹き返し、鍛え直せば彼女の体は彼女の望むように変容する。凡ゆる意味でどう完成するかが決められた彼女は、同時に決められたことから外れるの得意だった。
「さ、魔法剣士として華々しく復活しようか!」
そう息巻く彼女の目には全力を出せるようになって尚、神に操られたり、様々なハンデはあれどたった10階梯で自分を打ち倒した青年の姿がある。
「とりあえず、合流しよう!」
そのためにはあの大天使の言う通り養生しなければならないだろうが、果たして彼女はどれほどの間ジッとしていられるだろうか、少なくとも、永くは持たないだろう。
「さて、行くか…」
坑道で休んでいた俺は焚き火を消し立ち上がる。出入り口付近だったから火が焚けたがここから先はしばらく坑道という名の地下空間だ。くれぐれも爆発させたり、火を放ったりしてはいけない(戒め)
過去の自分が黒焦げになったのを思い出して少し笑ってしまった彼だが目の前に人影が現れるとその笑みは軽薄で、ただ上辺に貼り付けただけのようなものへ変貌した。
「…ターゲットだな」
「それって標的に言っても意味ないよね?」
黒いフードで顔を隠し全身を外套で覆った中性的な声の人物はヤイバを構えるより先にナイフを投擲、
「あまい」
「そちらがな」
ナイフを目隠しに突貫してきた人物は最短最小の行動で短剣使いに肉薄、そして加速する。だが短剣使いもナイフを迎撃、同時に何本かキャッチし投擲仕返し、坑道の狭い通路の壁や天井を蹴りつつ幼女から奪った投げナイフをばら撒く。
「っふ!」
「じゃ、先に行くから!」
通路の奥へと陣取った彼は暗殺者が反転するより先にナイフが地面に当たって爆発するのをみて疾走した。
「っ!逃がさん!」