あーたーらしいあっ!さっ!がキタっ!2
「ふわぁぁぁ」
眠い、だがどうやら時間だ。ハイヒールのカツカツという石畳を突く音、それに続いて重量感のある装備を着込んだ複数人の足音が響く。
「えーっと、5番さんと9番のお二人組ですねー、失礼しますよー」
無駄に爽やかな声で美人秘書風のお姉さんが番号を読み上げ、異能封じの神縄を持った世界樹によって管理されている衛兵自動人形が2人一組で拘置所の鍵を開け、抵抗しなければ優しく。抵抗すれば…
「グヌヌヌ!このっ!俺に何をするっ!この風魔分家風間家次男の俺に!」
「…やはりお前は愚かだな、我が弟よ、観念しておけ、日の下にさらされれば古い家の血筋などこんなものだ。」
ま、ふん縛られる。
「言っておきますが、世界樹様及び探索者ギルド、天使様その他ダンジョン付属機関に置いてはあらゆる物は平等です。探索者となった彼に関わったのが不運でしたね、大日本帝国大樹市支部裏公安局員さん♪」
…俺は何も聞いてないからな、いいか?
じたばたと暴れる風間家の残念な方をぼんやりと見つつ、俺は査問会の前の最後の記憶整理を始めた。
ま、簡単な事である。あの後市内での大規模な異能の使用、恐らく俺のもそうだが一番のはもちろんあの残念な方による魔眼だろう。
というか馬鹿なんだろうか、大雑把にこの日本と呼ばれていた島に住んでいた人類ベースに改造を加えた者として新造され、さらに過去に忍者と呼ばれていた人物を祖先に持つ前時代の人類や、恐らく神の悪ふざけだろうが暗殺者やらなんやら混ぜ込んだ結果生まれたNINJA(失笑)とかいう恵まれた生まれをかなぐり捨てた様なスタイル、なに、漫画かアニメかなんかの影響か?それならば笑っちまうぜHAHAHAHA…その血族に入ってなければ本当にそれだけで済んだんだよなぁとちょっと目頭を揉む。
そう、何を隠そう今の新造人類はただの人間でも人間として何か特徴を持たされている。経年による変化や交雑による進化、退化はあれど運悪くというか、日本人気質というか、身内間での血の純化とか、外部の血がなんとかとか、そんな馬鹿げたことの末に生まれる事となった身としてはため息、というか忌々しいとしか思えない運命の悪戯にうんざりである。
いや、まあそれは昨日の記憶とは関係ない、ただの愚痴だ。で、だ。停止の魔眼といっても戦闘用のそれである。一瞬や一秒程度の遅延を目的としているそれは思いのほか早く解け、大爆発、もちろん俺は妹の入った袋を小脇に抱えて離れることでことなきを得たが、大樹市及び世界樹による感知に引っかかり、その時悲しいかな彼らに再び突っかかられ護身を余儀なくされていた俺はハッピーセットで捕まっちまったと、そういうわけだ。
テクテクとしばらく歩かされると世界樹内部の巨大な虚のような場所についた。さすがはこの周辺最大級、半径50kmの世界樹だ。内部施設もしっかりしている。いや、という過去の前までいた場所が場所か…そういえば昨日も今日も誰かに話しかけられるだけで少し気分が高揚するのは、魔法剣士以外の人間がきちんといるという状態のせいだろうか、いや、これはどちらかといえば高揚というよりも安堵、だろうなぁ…
ハイヒールのお姉さんが立ち止まり、兄弟が先に奥へ進んでいく。
「そういえば五番さん、ダンジョンの攻略、おめでとうございます。」
「…どうも」
お姉さんが笑顔で祝福してきた。その笑顔になんの裏も表も感じれずただただ感謝されるということに一瞬たじろぎ…何処か人間的な本能に満たされる感じがした。それは他者の存在であったり、同じ種族の存在するグループ内に自分が存在しているのだという確証だった。
「ま、きて早々に揉め事というのは褒められませんが、お家のゴタゴタと言うのは何処でもあるものです。今回は運が悪かったと諦めてくださいね」
「ええ、所で俺と一緒に送られてきた彼女は…」
俺が魔法剣士について尋ねようとした瞬間、自動人形が動き出した。
「…っ」
「…大丈夫です。彼女は…生きてはいますよ、驚いたことにね」
ハイヒールのお姉さんが呟いた言葉を聞き取り、少し安心すると同時に嫌な想像をしてしまう。
こんな世界だし、そもそも俺のつけた傷が深すぎたのかもしれない、昏睡か植物状態か…どちらにしても『生きてはいる』と言うのは吉兆と凶兆を同時に孕む言葉だ。間をおいてそう言ったと言うことはそう言うことなのだろう。
俺は溜息をつく。次会うときはダンジョン産の霊薬が手土産になりそうだ。
「グッドモーニング、囚人くん、いや、前時代の血脈を神工的に再現された挙句に面倒なしきたりだのなんだのを作って生きている忍者擬き君達の被害者…っむふ、まぁ街中で大暴れしちゃった時点で残念だけど罪状的には『器物破損及び異能を使用した乱闘』って感じだね〜」
そこに居たのは昔よくそこらのパン屋で見た真っ白な少女だった。勿論、天使である。が、この大樹市において天使というのは実は三人ほどいる。このような都市は多くはないが、巨大な世界樹とダンジョンを抱える都市では当たり前らしい、だが、一人いれば世界樹は稼働し正常に業務ができるため残り2人は時たま仕事に駆り出されはするが大体街をうろうろしている。
「んで、何か釈明はあるかな?前の2人は釈明と言う名の言い訳とめんどくさい特許やら許可やらの意味のない話をずっとしてきたから町の外周ギリギリに放り出したんだけど」
「特にないです。」
「うむ!潔し!無罪!…って言いたい所なんだけどねー」
天使の表情が曇る。
「一応、人間の統治者による都市の運営を完璧に否定しているわけじゃないからね…」
…ま、そうだろうなぁ。出てきたのは風間家の兄の方、首にチョーカーを付けられている以外は先ほどと変わらないが、その表情は俺を見下している。
「貴様が私に対して特に攻撃していなかったのは計算外だった。愚弟は流石にやりすぎたが、何もしていない貴族階級である私に対しては世界樹からの制裁は微々たるものだ。」
天使は苦笑いしつつ「一年の異能使用禁止と禁止事項違反時の即死のどこが微々たるものなんですかね…」と呟く。うん、全然微々じゃないね。
風間兄は天使に対して顔をしかめるが、続ける。
「そして貴族階級への反逆は死罪…と、言いたかったがな」
「流石にそれはダメですね、貴方方から襲いかかっているのは明白なので自己防衛も効きますし、そもそも沙汰自体が無かった事になることもあり得るほどです。なにせ彼が使用した異能は局所的かつ攻撃の防御に使用されました。今回は血族に対する連帯責任ですが、廃嫡している彼にはそれすらも要らなかったと当機は判断しています。今回の罪状はほとんど本来ならば彼の罪ではないのですからね」
天使は風間兄を見るが彼はそれを受け流し手にした書状を読む。こちらには聞こえなかったが天使はやれやれと言った風に首をすくめる。
「ま、言うなればお上の圧力だよ、一応世界樹と人間の統治者は同格程度として扱われるからね、被告の刑罰は『一週間のダンジョン強制探索』である。」
「ふん、まぁせいぜいあがき我らを楽しませることだ。」
そう言って風間兄は去っていく。俺もこのまま強制転移かと思ったが天使様のお話は続く。
「さて、じゃあこっからはただの忠告さ、多分だけど君は暫くダンジョンの中にいた方が楽だよ、探索者組合からもう報告があるけどダンジョンの出入り口に暗殺者やら魔眼使いやらが集まってるって、それに町の半分は彼らの領地だ。家に帰るのも、そもそも買い物できるのかも怪しい所だね、こっちとしてはこれ以上どうこうできないから、自力で頑張って?」
「…っ〜!」
天を仰ぐ。
「マジカヨ」
「ああ、本気さ、じゃ、頑張ってね!」
天使様の励ましとともに俺はこの地域における最大規模のダンジョンに放り込まれた。
そして同時にここから一週間の地獄が始まるのを何処か予感していた。




